④ダレス。
「おとう──、と?」
にべもなく私は、目を丸くしてキョトンと首を傾げたまま、目の前にいる少年のような彼を何故か『おとうと』として、認識して見つめていた。
それから、身動きの取れない私は、鬱蒼と生い茂る夜の『魔の森』を、左手の薬指に金に光り輝く『炎の指環』で、伝説黄金装甲を纏う少年のような彼の素顔を照らし出したまま、しばらく立ち尽くしていた。
それくらいに、もう、私は、いつの間にか目の前の『おとうと』のような彼へと、気がつかない内に接近していたみたいだった。
「ね、姉ちゃん──?」
──嘘だろうって、想う。
目の前の少年のような姿の彼を、思考では違うと認識しながらも、私の目が『おとうと』として認識してしまっている。
『魔の森』で、一人。泣いていた彼を。
「何があったの? お姉ちゃんに、言ってみ?」
気がつくと、先に言葉が、私の口から出ていた。
夜の『魔の森』に、さぁーっと、風が吹くようにして月明かりが樹木の隙間から私と目の前の『おとうと』との間を照らしていた。
「僕、ずっと一人だったんだ……」
伝説黄金装甲を装備するには、あまりにも頼りない表情をしている私の目の前の『おとうと』。
まるで、天使の羽根のような金の翼が、『おとうと』の背中の鎧から生えている。
「『アレフ』には、一人で来たの?」
私は、思考よりも先に目の前にいる『おとうと』へと話し掛けていた。
大樹の木の根っこで、暗闇の『魔の森』の中で膝を抱えて座っている『おとうと』が、周囲をほんの少しだけ照らし出すように金色に輝いている。
「んーん。ずっと、一人だよ。分かんない……」
目の前にいる『おとうと』の返事を聴いて、私は、どうしたら良いのか分からなかった。
小さな『おとうと』のお墓には学校帰りとかに寄って、時々、お祈りとかしてる。
けれども、何もしてあげられなくて──。
──私は、『おとうと』が居たらなって、顔を俯かせて、いつも想うだけだった。
「なりたかったものとか、ないの?」
私は『おとうと』の顔を覗き込むようにして、しゃがみ込んで──、黒の大きな三角帽子を地面にそっと置いてから尋ねた。
「勇者──、になりたかったな……」
──勇者。
幼くしてこの世を去った『おとうと』が、どうして、その言葉を知っているのかと想うよりも先に、私は泣いていたんだと想う。
「うんうん。勇者になりたかったよね。ハルト……」
私は、気がつくと、『ハルト』の頭を撫でて泣いていた。
「アキ姉ちゃんは、大魔法使いでしょ? 僕の書いた本には、そう載ってるよ?」
『ハルト』に、名前を呼ばれた私は、一瞬、心臓が止まったように『ハルト』の目を見つめ返した。
「本? 本って、え?」
驚く私を他所に、『ハルト』が鳥を夜空へと羽ばたかせるようにして両の手のひらを天へと差し出すと──。
──『ハルト』の手のひらから生まれた辞典のような分厚い本が、鳥になって夜空へと羽ばたき、早巻きになった時間が、夜の星空の光る天体を駆け巡り──。
──ネジを時計回りに右側へと巻いたようにして、太陽が私と『ハルト』──、それに『魔の森』の奥まで不思議な明るい光が深く生い茂る樹木の幹と枝の隙間を照らし出していて、私の目の前にずっとずっと広がっていった。
「アキ姉ちゃんのこと、ずっと守ってあげる」
『ハルト』が、そう言うと──。
──明るくなった『魔の森』の大樹の影から、『ハルト』が消えて無くなっていった。
「ハルトー!! ハルト!! ハルト、ハルト、ハルトー!! ハルトぉーっ!! あぁぁぁぁぁぁ!!」
私は、やけに明るい『魔の森』で馬鹿みたいに泣き叫んでたんだと想う。
「──なら、このゲームの一周目。アキ姉ちゃん、一人でクリアしてみせて……。二周目の特典で、真の魔王を倒す時、必ず僕のこと必要になるから──」
これから、青く広がるはずだった紺碧の空が、朝焼けの太陽に茜色に染まる。
金色の翼を広げたハルトが、朝焼けの太陽の向こう側へと昇り、消えてゆく──。
(──ハルト……)
私の一生は、私の一生は……──。
『ハルト』との約束を果たすため。
私は、固く『ハルト』の言葉を強く信じて、大魔導師『アキ』になろうと想う。
『ハルト』の魂を、この仮想世界──『アレフ』に召喚して、また『ハルト』と再会するために──。
──冒険へ。始めるんだ。
あの地平線の彼方めざして。
──fin──




