①アレフ。
「さてさて、今宵もおやすみ前に、いっちょゲームでもやるお~」
弟のいない私のメッキ加工されて古びたピンクの2段ベッドと、ハートの壁紙の剥がれかけた小さな勉強部屋に、小窓から月明かりが流れこむ。それと、小学校の入学のお祝いに両親から贈られた使い古した勉強机にも。
私はベッドの上で独り言を言ってから、ピンクのモフモフのパジャマを着たまま、異世界ファンタジーもののゲームをやるために白くて小さなデバイスをイヤホンみたいに耳に装着する。
(「──五感が、あなたのアバターに投影されます……」)
いつもの機械音声。『アレフ』──。
──始まりと言う名の仮想世界を司るメインシステムの音声が、私の耳の奥から脳内へと心地良く響く。
「来た来た来た! 来たおー!」
ちなみに、私は学校では陰キャでメガネっ娘の高校一年生。
黒くて長い髪の毛をそのまま背中で一つくくりにしている、俯いた姿勢の似合う猫背女子。
けど、母親に似て変に胸が大きいから、やたら男子からジロジロ見られるし。
母親は、キャバ嬢で今夜もお客と同伴。私一人。父親は、数年前に他の女と消えた。
私は一人、月明かりが射し込むこの部屋で夢を見る。生まれてから、しばらくして幼く死んだ弟が、もしも私に居てくれたならなって、いつも想う。
それなら、私だけが不幸を背負わずに済んだのかもって。私のお気に入りの魔法使いの縫いぐるみ──『エミィちゃん』みたいに、たぶん大好きな弟と一緒に、居れたのかもって。
学校や全国模試でも常にトップクラスの成績は取ってる。けど、そんなのは、どうでも良い。母親への期待に応えるための建て前。
母親は、男に自分を売る女のくせして、やたら勉強しろとか目くじら立てて私に言うババァ。おまけに、お得意様との浮気がバレて、父親にも逃げられたクソ女。父親も父親で、そんな母親を見限って他所で女作って私を見捨てたゴミに過ぎないが。
「この瞬間が、たまんないんだおー……」
私の成りたかったもの。
決して、現世では叶わない願いと夢。
それは──。
──三角帽子の魔法使い。
私の目が、なんだか夢みるようにしてトロン……となって行くのをいつも通り感じる。
三角帽子の黒魔法使いこと、私のお気に入りの『エミィちゃん』の縫いぐるみを私は抱きしめながら、私のアバター『エミるん』へと、仮想世界を司るアレフの力によって投影されてゆく──。
「あぁ……。あ……」
──言葉にならない言葉が、口からこぼれる快感が全身を襲う。
保健体育の授業で習った絶頂って、こう言う事なのかなって、頭で想う。
私のピンクのフワフワのパジャマから、右手に指空きの黒の手袋がはめられ『魔法の杖』と言う初期設定でランダムに装備出来る水色の水晶を携えた私用の木製の杖が握りしめられる。
そして、左の手にも同じ黒の指空きの手袋がはめられた。
けれど、初日にしてゲームガチャで私が引き当てた10万分の1の確率を誇る幸運レアアイテム『炎の指環』も、私の左手の薬指に『アレフ』の自動最適化意識システムで装備される。左手の薬指って、なんだか意味深。しかも、『炎の指環』って。
そうやって──。
──私がゲーム内で覚醒して気がついた時には、私が10日前から散策している『魔の森』へと、いつものお気に入りの黒の大きく折れ曲がる三角帽子を頭に『アレフ』にかぶせられて、青色の光の粒を空へと昇らせた『記憶の泉』の前に私は立っていた。
それから、少しだけ、私が顔を上げて見ると──部屋の小窓から見えてた円いカタチの月明かりが、夜の『魔の森』の暗闇に大きな樹木の枝の隙間から影を搔い潜るようにして浮かんでいるのが見えた。




