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付喪神  作者: 弍口 いく
1/2

前編 死人に抱き着かれた新くん 

「なんか窮屈なのよね、このリビング」

 12畳くらいリビングダイニングに置かれた安物のソファーは、とても座り心地悪いし……。


 ここは沢本さわもとあらたくんの1LDKのマンション、狭小住宅に慣れていないので、どうも居心地が悪かった。

七瀬家ななせけに帰ったら広々してるやん、柊家ひいらぎけと同じくらいの豪邸やん」

 琥珀こはくが呆れたように言った。


 わたし、ことひいらぎ理煌りおは14歳の中学2年生。

 この年で身内をすべて失い、天涯孤独の身の上だ。

 両親死を早くに亡くしたわたしは、たった一人の肉親である祖母に育てられたが、その祖母も癌で亡くなった。祖母は未成年であるわたしの後見人を、旧友の七瀬(すみれ)さんに頼んでいたので、七瀬家でお世話になっているのだけど。


「イイ人なのはわかってるんだけど、どうもあのお喋りは苦手なのよ」

 菫さんは喋り出したら止まらない。相手の都合、顔色もお構いなしで話し続ける。性格は明るく屈託ないし、楽しい話ではあるのだが毎日は疲れる。独りぼっちになって寂しいだろうと気遣っているつもりが、完全に仇になっていた。

 と言うわけで、最近は学校帰り、新くんのマンションに寄り道していた。


 新くんは菫のお抱え運転手をしている、その縁で知り合ったのだ。


「なら、ここで我慢しときぃな、新は無口やし」

 いつも傍にいてくれる琥珀は、わたしが作り出した空想の存在だと思っていた。わたしの前にしか現れないし、祖母や使用人も琥珀の存在に気付かなかったからだ。

 しかし、そうではなかった。


 元は祖父が飼っていたセキセイインコで、セリーナの涙と呼ばれる魔石の力で生まれた妖怪だったのだ。

 人間の姿に変身している時は、グレーの髪にアイスグレーの瞳でハーフっぽいハッキリした顔立ちの少女で、祖父の死後、ずっとわたしを守っていてくれる。


「そうね……」

 わたしは心地悪いソファーに座りなおした。

 わたしがここへ来るのは、菫さんを避ける以外にもう一つ目的があった。

 それは最近いちばんの楽しみ。


「それに、今日こそ抱き着いてみせるわ」

 新くんに抱き着くこと。

 しかし彼は空手柔道有段者の元刑事、簡単に隙を見せてはくれない。狙われていると知っているからなおのこと、手強い相手だった。


「理煌はいけずやなぁ」

 琥珀はおもちゃにされている新を気の毒に思っているようだ。

 なぜわたしが一回り以上も年上のオジサンに抱き着きたいかって? それは……。


 その時、ドアが乱暴に開く音がした。

「大変や~~!」

 ただ事ではない新くんの声にわたしは素早く立ち上がって玄関へ急いだ。と言ってもこの狭小住居ではほんの5~6歩で到達する。


「どうしたの?!」

 そこには女の子をお姫様抱っこした新くんが立っていた。

「え……」

 新くんが女の子を抱いている? ありえない……と驚きのあまり、ポカンと口を開けて棒立ちになってしまった。


「エレベーターで一緒になったんやけど、突然倒れ込んできたんや」

「救急車呼ぶ?」

 それが妥当だと思ったのだが、

「大丈夫です」

 女の子には意識があり、キッパリ断った。


 血の気がない真っ青な顔を見ると、大丈夫とは思えないが、

「よくあることなんです、少し休めば大丈夫ですから」

 弱々しく言った。


「このマンションの住人でしょ、じゃあ部屋に送ってあげたら? 家の人いらっしゃるかしら?」

「ええ、母がいますけど、心配かけたくないんです」

「と、言う訳なんや」

 新くんは訳もなく連れて来たんじゃないと目で訴えながら、座り心地の悪いソファーに座らせた。


 彼女は落ち着いたようで、まだ顔色は悪いものの、ぎこちない笑顔を向けた。

「ありがとうございます」


 わたしはその時になって自分と同じ私立中学の制服を着ているのに気付いた。と言っても見覚えはなかった。しかし彼女の方はわたしを知っていた。


「柊理煌さんですよね」

「え、ええ、あなたも聖ソフィア女学院の生徒ですのね」

 わたしが通っているのは名門お嬢様学校である。

「わたしのこと、知っててくださったの」

 彼女は嬉しそうに目を輝かせた。同時に頬に赤みが差したので、顔色が良くなったように見えた。


「ええ、お顔だけは……」

 知らないと言うのも失礼だと思ったので、咄嗟に嘘をついた。

「驚きましたわ、柊さんがいらっしゃるなんて、お知合いですの?」

「ええ、叔父ですのよ」

 新くんとの関係を説明するのが面倒だったので、また嘘で誤魔化した。


「知り合い?」

 叔父にされた新くんは、ふだんと違う慇懃なしゃべり方に眉をひそめながらも否定はしなかった。

「知り合いだなんて、柊さんは有名人でいらっしゃるから、わたしの方が一方的に存じあげてるだけですわ」


 柊理煌は成績優秀でスポーツ万能の優等生、そのうえ容姿端麗で気品を備えた本物のお嬢様、なにかと注目される存在だった。他の生徒から憧れの存在であると同時に妬まれて敵視される可能性もあるので、つとめて控えめに誰にでも優しく、周囲の期待を裏切らない行動を心掛けているが、それもけっこう疲れるのだ。


須藤すどう杏奈あんなと申します」

 杏奈は立ち上がって深々と頭を下げた。

「ご迷惑おかけしました。もう大丈夫ですから、失礼いたします」

「お送りするわ」

 と言ったが、


「大丈夫よ、ほんとうに、もうなんともございませんから」

 杏奈は慌てて、逃げるように出て行った。





 杏奈を見送った後、

「なんで?」

 新くんに詰め寄った。


 新は半泣きになりながら、

「そうやねん! 信じられへんけど」

 嬉し泣きである。


 彼には秘密があった。

 それは沢本家にかけられた呪い。


「エレベーターの中でよろめいた彼女に抱きつかれた時、避ける間もなくヤバいって思てんけど、変身せーへんかったんや!」

 女性に抱きつかれると、その子と同じ年の女に変身してしまう厄介な呪いを、羅刹姫らせつひめと言う妖怪にかけられているのだ。


「呪いが解けたの?」

「わからんけど、羅刹姫がどっかでくたばったとか」


ちゃうで」

 現れた琥珀が言った。

「死人に抱きつかれても、呪いは発動せーへんやろ」


「えーーっ!」


「死人って? 幽霊やったんか!」

 新くんはさっき杏奈を抱いていた両手を見下ろし、愕然とした。


「わ~~~!」

 気持ち悪いものを触ったように手を振って、感触を取り除こうとした。

 そして、ふと気付いた。

「……ちゃんと、体温あったけど」


「ゾンビって、体温あるのかしら、それともウォーカー?」

「アンデッドかも~」

 新くんはさらに激しく両手を振った。


「どれもちゃうと思うで」

 琥珀が言った。

「じゃあ、死人ってどう言う意味なの」


 琥珀は少し考えてから、

「ようわからんけど、彼女はとっくに寿命は尽きてるはずやのに、なにかの力で無理に生かされてるって感じかな」

「なにかの力?」

「なんか良くないモノ」

「呪いとか?」


 琥珀は真剣な目を向けて、

「とにかく、関わらん方がエエで」

「そうやな、面倒はゴメンや」

 新くんは気味悪そうに言った。


 しかし、災いは向こうからやって来るもんだ。


 そもそも、魔石の力で生きている琥珀に、妖怪に呪いをかけられた新くん、その他にも、わたしの周りには奇妙なモノが存在する。

 そういうわたしも……。


 祖母が他界したとき、強欲な遠縁親子が、わたしが相続した柊家の財産を狙っていた。欲と憎悪に付け込まれ、魑魅魍魎ちみもうりょうに体を乗っ取られて邪悪な妖怪と化した遠縁のおじさんに殺されそうになったあげく、わたしの生家は全焼したのだ。


 その時わかったのだが、わたしの前世は仁炎じんえんと言う高僧で、炎を操る特殊な法力を持っていたらしい。生まれ変わりのわたしにもその力が受け継がれている。

 そう……自分の家を燃やしてしまったのはわたしなのだ。邪悪な妖怪から命を守ろうとして全てを燃やし尽くしてしまった。


 炎を操る異能力を持っているわたし自身、奇妙な存在なのだ。



   *   *   *



 須藤杏奈、同じクラスではないのは確かだが、いや、同じクラスだったとしても眼中になかったのかも知れない。わたしは他人に興味がないから。


 他人を受け入れることが出来ない心の狭い人間なのだという自覚があった。不幸な生い立ちがそうさせている、というのは言い訳だが、自分が徳の高い僧侶の生まれ変わりと知った時、変じゃないかと思った。高僧の生まれ変わりなら、もっと幸せな人間に転生してもよかったんじゃないの?……と。

 でも、幸せってなんだろう。どんな身の上なら幸せと言えるのだろう。


 それはともかく、杏奈とは顔を合わせたくない、死人だなんて、今度会った時、どんな顔すればいいんだろう? 偽りの笑顔は得意だけど、幽霊やゾンビ相手にちゃんとできるかどうか……内心ビクビクしながら一日を終えた。


 絶対関わり合いたくない! 

 そんなことを思いながら、授業が終わると新くんのマンションに向かった。学校では会わなかったが、新くんのマンションに行けば杏奈と会う危険はあった。でも、日課になっていたので、つい足が向いた。





「やっぱりこっちか?」

 エントランスでバッタリ真琴まことと会った。


 七瀬真琴は、菫さんの孫で、わたしと同い年だが妙に大人っぽく見える。

 女優であるお祖母さん譲りの美少女なのは認めるが、感情がストレートで、ズケズケとモノ言う生意気な奴だ。


 そしてもう一人は……見たことない子、これもまたすこぶる付の美少女、と言うことは、

「また呪いが発動したの?」

 

「うわ~~~ん」

 新くんは呪いで女子になると巨乳の絶世美女になる。そして、超泣き虫になる。

「やっぱ、解けてへんかった~~」


 あたしが抱き着いて変身させることを楽しみしていたのに、悔しいじゃない! でも、この泣き顔を見るのは快感だわ。


「あたしのせいちゃうで、新くんの方から抱きついて来たんや、確かめたいとかで」

 どうやら真琴に抱き着いたようだ。

「こうなったら仕事にならへんし、帰って来たんや」


 呪いのため、普通の仕事に就けないので仕方なく、事情を知る七瀬家の運転手をしている新くんだが、14歳の真琴と同い年の女子に変身してしまっては運転できない。


「なんで真琴も一緒なの?」

「それは」

 言いかけてやめた真琴の視線はわたしから外れていた。


 彼女の視線を追って振り返ると、そこには杏奈が立っていた。


「こんにちは」

 注目されて驚いたのか、杏奈は消え入るような挨拶をしてそのまま俯いた。

「大丈夫? また気分悪なったの?」

 昨日と同じく青白い顔を見て、頭に死人と言うフレーズが巡って、こちらも青くなりそうだ。


「大丈夫です」

 杏奈は大丈夫とは思えない引きつった笑顔を向けた。

「お友達?」

 恐る恐ると言った表現がピッタリの様子で、真琴と新に目を向けた。

 そりゃ、怖いだろう、真琴のキツイ目でガン見されてるんだから……。


 真琴は普通の人間ではない、半分妖怪だ。

 父親が化け猫で母親が菫さんの娘らしい。母親は彼女が生まれてすぐに亡くなり、父親はフラッと出て行って、たまには会いに来るらしいが、なんせ本物の妖怪だから人間とは常識が違う。いつも振り回されてうんざりしていると聞いた。


 半妖の真琴も琥珀と同じように、わたしにはわからないなにかを、杏奈に感じたのかも知れない。

 これはマズイかも……と慌てて真琴の手を強く握った。


 初めて琥珀を見た時、真琴は本能のまま牙を剝いて飛び掛かった。弁護士の先生もいたのにお構いなし、後先考えない奴なのだ。


「彼女たちも親戚なんですのよ」

 わたしは真琴を制しながら言った。

「なんかお悩み相談に来たみたいですの」

「そ、そうですか」

 杏奈はそう言いながら、真琴の手をしっかり握っているわたしの手を、チラッと見た。


 なんか変に思われたかもしれないと不本意だったが、放す訳にはいかなかった。凶暴な野獣を押さえておかなければ、今にも飛び掛かりそうな妖気を発している。


 エレベーターが降りて来た。

 あの狭い箱に一緒に入るのは恐怖だが、乗らないのは不自然だ。真琴が暴れないことを祈るしかない。


 しかし、ドアが開いた時、救いの女神が乗っていた。


「あら、杏奈ちゃん、お帰りなさい」

 出てきたのは杏奈の母親だった。


「同じ中学の柊理煌さん、叔父さまがこちらにお住まいなの」

 紹介してくれたので、わたしは爽やかな笑顔で会釈した。

「はじめまして、柊理煌です。604号の沢本新の親戚です」


「お母さんお買い物? わたしも行くわ」

「そう?」

「じゃあ柊さん、また明日」


 わたしはホッとし、二人がエントランスを出て行くのを見送りながら、ドッと疲れが吹き出した。





 新くんの部屋に着くと、

「いつまで握ってるんや」

 真琴の手を掴んだままなのを忘れていたので慌てて放した。


「今にも飛び掛かりそうだったから」

 わたしの皮肉に真琴はムッとした。

「あたしは猛獣か」

「違う?」

 完全否定は出来ないでしょ。


「ところでなにしに来たの?」

「来たくて来たんちゃう、手作りフルーツケーキをアンタにって、お祖母ちゃんからや」

 可愛い箱を差し出した。


「わざわざ? 新くんに頼めば済むことなのに」

「お祖母ちゃんはな、アンタが寄り道するのはあたしのせいやと思てるんや、そやし、あたしらが仲良くなったら、真っ直ぐ帰ると思てるみたい」

「それは違うけど」

「わかってる、けどホンマのことは言わんといてや、あれで傷つきやすいし」

「わかってるわよ」

 ケーキはありがたく受け取った。凝り性の菫さんの料理の腕前はプロ級だ。


「それにしてもさっきの女」

 真琴は眉間に皺を寄せた。まるで威嚇する猫のようだ。

「真琴もわかったんか?」

 突然、琥珀の声がした。

 しかし、姿が見えないので真琴はキョロキョロした。


 それもそのはず、今日はインコ姿で、まだ鼻を啜っている新くんの肩に止まっていた。白いパイドのセキセイインコ、羽の黒い模様がハートに見えてとても可愛い。


「狭い部屋やし、コンパクトの方がエエやろ」

「狭い言うな!」

「失礼、呪い発動中の新くん」

「呪い言うな!」

 新くんはまた鼻を啜り始めた。


 ティッシュのボックスを抱える新くんを無視して真琴は続けた。

「スゴイ嫌な感じやった、見かけは普通やけど、中身がなんて言うか……」

「生きてる感じがしない、やろ」

 琥珀の言葉に真琴は納得した。

「そうか! そうなんや、微かに死臭がしたんや、けどなんで?」

「わからへん、彼女自身は妖怪じゃなさそうやけど」

「となると、呪いかな」

「呪い言うな!」

 新くんがまた喚いた。


「あれ?」

 琥珀はなにかに気付き、真琴の肩に飛び移った。


「なんやろ?」

 金色の糸みたいなモノを爪でひっかけ、真琴の手に運んだ。

「ブロンドの髪の毛?」

「ブロンドの友達なんかいーひんで」

「観光客とすれ違ったんちゃうか」

「そんなモン部屋に持ち込むなよ、気持ち悪い!」

 変身すると怒りっぽくなる新くんは、乱暴に取り上げてゴミ箱に捨てた。


「なにモンやろな」

 真琴はすぐに話を戻した。

「どっちにしても、理煌は関わらないようにするわ」

「それで済んだらエエけどな、なんか嫌な予感がする」


 真琴の予感は当たると聞いていたことを思い出し、背筋に冷たいものを感じた。



   *   *   *



 新くんが呪い発動中は許されるので、わたしはそのままマンションに泊まった。

 もちろんベッドに寝るのはわたしで、新くんはリビングのソファーで我慢してくれる。別に一緒に寝てもイイんだけどね。


 夕方帰った真琴だったが、その数時間後の真夜中、わたしは再びやって来た真琴に無理矢理起こされた。正確には真琴を連れて来た那由他なゆたにだけど……。


「お……重い」

 胸苦しさに目を開けると、そこには那由他のドアップ。わたしの胸元のチョコンと正座して、クリッとした二重瞼の碧色の瞳で見下ろしていた。


 那由他は銀色に輝くショートの巻き毛、ふっくらした口元が可愛い、愛嬌たっぷりの16、7歳に見える少女だが、実は自称、銀杏の妖精だ。彼女は幽世かくりよ現世うつしよの隙間にある空間を自由に移動できるので神出鬼没。だからと言って真夜中に寝込みを襲うなんて!


 わたしは仕方なく眠い目をこすりながら起き上がった。

「真琴がカンカンやで」

「なんで?」


 リビングに行くと、パジャマ姿の真琴がソファーに座っていた。

 せめて着替えて来なさいよ、と嫌味の一つも言いたかったが、激怒しているのが、鬼の形相からわかったので口を噤んだ。


「殺されかけたやんか!」

 いきなり胸ぐらを掴み上げられても訳がわからない。

「なんのこと……」

 すごい力に命の危険を感じた。


「熱っ!」

 その時、ピンチを察知した琥珀が火鳥の小鳥版で、わたしを締め上げる真琴の手に止まった。

「なにすんねん!」

 怒った真琴の歯は牙に変化し、琥珀を食い殺さんばかりの勢いだが、琥珀も負けじと炎を大きくした。


「それはこっちのセリフや、理煌を殺す気か?」

「殺されかけたんはこっちや!」


「二人とも、いったん落ち着こ」

 わたしが割って入り、真琴は渋々気を静めてソファーに座った。

「コレ見て」

 パジャマの襟ぐりを少し下ろして、鎖骨の当たりを見せた。

 小さな赤い痣が出来ている。よく見ると、手形のようだった。


「寝込みを襲われたんや」

「真琴を襲うなんて、命知らずやな」

「どう言う意味や」


「なんの騒ぎや?」

 その時、ようやく向かいのソファーで眠っていた新くんが目を覚ました。

 呪いは24時間有効なのでまだ美少女のまま、でも中身は新くんなので、いつものようにだらしなく、パジャマ脱げかけで上体を起こした。


「それ~~~」

 真琴は新を指差した。

 大きくはだけた胸元に、真琴と同じ手形がクッキリ浮き出ていた。


「新くんも襲われたんちゃうの」

「ん?」

 新くんはその時初めて痣に気付いたようだ。

「なんやコレ?」

「大丈夫なん?」


「大丈夫ってなにが?」

「そうか、呪いが発動中の新くんは無敵やったな」

「襲われても気付かないなんて」

 騒ぎに気付いて目を覚ますのも遅かったが、

「襲われた? 俺が?」

 それはあまりに鈍感すぎる、と真琴は苦笑した。


 新くんは呑気に小首を傾げた。



   *   *   *



 真夜中の訪問者に安眠を妨げされたわたしは、寝不足の目を擦りながら新くんのマンションを出た。


 結局、真琴と新の寝込みを襲った犯人はわからない。真琴は杏奈を疑っていたが、確証もなく一般人宅へ乗り込むなんてとんでもない、と怒り狂う真琴をなだめすかしてなんとか帰らせた。


 きっと真琴の予感は当たっている。

 須藤杏奈には秘密がある。それがなにかは気になるが、これ以上関わり合うのはゴメンだと気が重かった。杏奈と会わないようにと願っていたが……。


 マンションを出たところで杏奈に声をかけられた。

「柊さん、おはようございます」

 笑顔を向けられゾッとした。


「おはようございます」

 背中に氷の塊が転がるのを感じながらも、動揺を隠して爽やかな笑顔を向けた。

「お泊りになったの?」

「え、ええ、お留守番ですのよ、叔父は出張でしたからインコの世話のために」

 咄嗟に嘘をつくのも慣れたものだ。


「学校までご一緒してもよろしいかしら?」

 通学路は一つしかない、さすがに断る理由は浮かばなかった。

「ええ」

 わたしたちは並んで歩き出した。


「またお会いできてよかっですわ、実は母がね、柊さんと沢本さんをお食事にご招待したいって言ってますの」

「えっ? なぜ?」

「貧血で倒れかけたところを助けてもらったと打ち明けましたら、お礼しなければって」

 内緒にしておくんじゃなかったのか?


「迷惑でしょうか」

 上目遣いにあたしを見る目は、とても死人とは思えない。琥珀や真琴が感じでいる違和感はなかった。


「そんなことありませんわ、叔父も喜びます」

 心とは裏腹に調子よく返事してしまった。ここですぐに断るのも不自然な気がしたからだ。


「よかったぁ」

 両手を合わせる杏奈の瞳が喜びに輝いた。

 この反応はマズイかも知れない。これをきっかけに友達になりたいとか思っているのかも知れないと感じ、後悔の念が押し寄せた。


 友達は琥珀だけでいい、なるべく他人と関わり合いたくないわたしは、学校での付き合いは広く浅くを貫いているのに……。



   *   *   *



「理煌さん、須藤杏奈とどう言う関係なんですの?」

 2組の福田敦子が取り巻きを引き連れて、険しい表情で乗り込んできた。


 杏奈と一緒に登校したことが不自然に映ったのだろうが、なんであなたにいちいち説明しなきゃならないのよ、と思いながらも、ここはハッキリさせておく必要があったので、

「インコのお世話でお留守番を頼まれた叔父のマンションが、彼女と同じで、朝、偶然会いましたのよ」

 つとめてにこやかに説明した。


 敦子たちのグループは、わたしの同行を気にする面倒臭い奴らだった。

 さきも述べたように、わたしは成績優秀でスポーツ万能の優等生、そのうえ容姿端麗で気品を備えた本物のお嬢様で、他の生徒から憧れの存在である。そんなわたしとお近づきになりたいと思っている連中なのだ。


「そうだったんですの、待ち伏せされて迷惑されてるんじゃないかと心配しましたわ」

「待ち伏せだなんて、須藤さんはわたしが叔父のマンションに泊まったことなど知らなかったんですから」

「それならいいんですけど、でも……」


 敦子は少しためらってから、

「悪口じゃありませんのよ、須藤さんってなんと言いますか、陰気で得体の知れないところがあるでしょ、関わり合いにならないほうがよろしいかと」

 得体が知れないのは当たっている、敦子も感じているのか? と思ったが、敦子は普通の人間だ、杏奈の正体に気付くはずないと思い直した。


「今日は偶然だったんですのよ、クラスも違うし、またご一緒する機会はないと思いますわ」

「それなら安心ですわ、須藤さんにもハッキリ言っておいたほうがいいですね、一度くらいご一緒したからって、理煌さんにはつきまとわないようにって」

「え?」


 まさか言いに行くんじゃないでしょうね、と慌てたが、その時はもう敦子は背を向けていた。お節介な彼女たちならやりかねない。

 杏奈の青白い顔からさらに血の気が引いて行く様子が目に浮かび、少し気の毒になったが、自分のせいじゃないわよ。


 でも福田に少し感謝かも知れない。

 これで杏奈と関わることはなくなるだろうから。



   *   *   *



 昼近くになって、救急車が校内に入って来た。

 搬送されたのは福田敦子だった。

 

 授業が終わってから聞いたのだが、4時間目に突然倒れた敦子は、救急車が到着した時には意識がなく、病院に着いて間もなく息を引き取ったらしい。

 原因はまだ不明らしい。


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