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はなやぎ館の箱庭  作者: 日三十 皐月
第1章 「箱庭の日常」
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第5話






〔近所のカフェで働いてる大学生がめちゃくちゃイケメンだった話聞く?〕




〔いいけど、遠目で確認して近くに来たら目逸らしちゃう勢の蛍さんはそこで話終わりってオチなんだろどうせ〕


〔私を舐めているな潮。残念、会話したったわ〕


〔マ?〕


〔年齢聞いたら同い年だったんだけどね…。眩しかったわ…大学生…〕


〔我々の得ていない時間が彼らにはあるよなぁ〕


〔しかも陽の者だからさ。私が大学に行ったとしてもそんな眩しい時間は得られないんだっていうのが余計くるよね…〕


あまねん

〔ん〜確かに楽しいけど、現在進行形で行ってる身としてはまだよく分からないんだよね。卒業したら分かるのかな〕


〔そういえば近くに陽の者おったわ〕


おその

〔おっ 私の話してる?〕


〔あっ してないです〕


おその

〔何でなんだよぉ…!!花の大学生のはずなのに!どうして私はキラキラできねぇんだよぉ…!!!〕


〔キラキラの大学生達はバーに飲みに行ったり海でビキニ着たり朝まで流行りの曲カラオケで歌い倒したり、彼氏彼女とランドでデートしてるんだよ〕


〔最早その情報すら古い可能性あるよなぁ〕


おその

〔家でゴロゴロ菓子食いながら一人でパソコンいじってんの最高に楽しいんだよなぁ〕

〔はなやぎでやってる陽のことが私の唯一のキラキラポイントで草〕


〔いっぱい楽しいことしような…〕



あまねん

〔でも蛍のそういう話初めて聞くからちょっと嬉しいな〜 その男の子とは話して進展あった?〕



〔ほら、陽の者はこういう話をウキウキで聞いてくれるんだって〕

〔君たちとは全然違うわやっぱり〕


〔正直あんま興味なくてごめんな〕


おその

〔人のキラキラ話聞いて何がおもろいねん〕


〔まぁ聞けよお前ら〕


あまねん

〔どっちでもいいけど陽の者って呼ぶのやめてほしい…〕



〔進展っていうかさぁ。まぁ、仕事のあれで結構頻繁に行ってるんだけどね。その度にすごい話しかけてくれるんだよね、向こうから〕


〔倒置法のドヤ顔草〕


〔ドヤァ〕


おその

〔フーン付き合っちゃえばー?〕


〔全力で興味ない返答やめて?〕


あまねん

〔いいね!声かけられてるってことは好感触じゃない?〕


〔うーん。パソコン持ってきて作業してるのが面白いのか何なのか分からないけど、なんかちょっと話すようになってさぁ〕

〔この前連絡先交換したったねん〕

〔イケメンの連絡先が私の携帯に入ってる事実、どう?っていうただの報告でしたけど、どう?〕


あまねん

〔ものすごい進展じゃん!〕


〔よかったねぇ〕


おその

〔すごいねぇ〕


〔ありがとう。どんな顔してんのか想像できるけどそれが聞けただけで満足だわ〕


〔まぁ、連絡先交換して蛍ちゃんが舞い上がってるってことだけは今回の報告で分かったよ。おめでとう、後は頑張れ〕


あまねん

〔応援してるよ!引き続き何かあったらいつでも言ってね〜〕


おその

〔はー。私もカフェで仕事してイケメンの連絡先でも手に入れてくるかー〕








「お待たせしました、カフェモカのお客様…」


「あ…はい、私です」


「お熱くなっておりますので、ご注意ください」



にっこり、と微笑まれ、蛍は歪な笑みを浮かべながらすっと視線を逸らす。

目の前に座っていた芹は自分の分のコーヒーを受け取りながら、遠ざかっていく店員の背中をちらりと見遣って言った。



「微笑まれて視線逸らしてて草」


「直視したら溶けるよあんなの喰らったらさぁ!」


「一緒にカフェでコーヒー飲もうとか言うから何かと思ったら…」


「あまねんに来てもらったら何か好きなのモロバレしそうだし、後の全員は興味なさすぎて論外だし…もうセリーしかいないんだよ、私には」


「そうね、この感じだと選ばれた理由も頷けるわ」



トーク履歴に目を通し、芹は一つため息をつく。


落ち着いた老舗カフェの中、来ている客は休憩中の営業マンとご老齢の紳士と、静かにSNSの写真を撮っているおしゃれな女性のみ。

穏やかな曲が流れる空間はとても心地よく、コーヒーも美味しい。


しかも店員が好みとなったら来ない理由はないだろう。

お客の少ない時間を狙って作業しに来ているという蛍を、芹は恋する小学生と話しているかのような優しい瞳で見つめて続けた。



「それで?どんな話するの?」


「なんか、いつもパソコン持ってきてますけどお仕事ですか?って聞かれてそれとなく答えたり、コーヒー好きなんですか?って聞かれたり、ケーキは何系が好きですか?って聞かれたり…」


「聞かれてるねぇ」


「うん…何か頼んだりお客さんいない時とかに声かけてくれる感じで」


「うんうん」


「漫画描いてるっていうのは伝えてなくて…ここでは描く以外の作業してるから、ライターとかそっちの仕事だと思ってるかも。聞きたそうだなとは思うんだけど、言った方がいいかな?」


「蛍が話してもいいって思ってるならあれだけど、そうじゃないなら特別話す必要はないと思うよ」


「だよね、あぁ…セリーってやっぱりあれだわ、安心するわ…」


「なにそれ」


「あと顔も良い」


「もっとなにそれ」



照れて誤魔化すように言った蛍の頬は、ほんのり赤い。

いつも飄々としている蛍のこんな姿は珍しく、芹のテンションも少し浮ついた。



「それで、蛍はどうしたいの?」


「どっ…どうしたいって……」


「私は聞いてるだけで楽しいけど、蛍の求めてるものは知っておきたいかな。今はまだ分からない、と思ってるならそれでもいいんだ。大事なことだから」


「そ、そりゃぁ…お付き合いできるならすごいことだけどさ、やっぱり全然生きてきた感じとかも違うと思うし…」


「うんうん」


「そうなると私とは合わない、と、思うし…多分今声かけてきてくれてるのは、私が周りにいないタイプの人間で物珍しいから色々聞いてきてるだけだと思う…ので…」


「そうかな」


「だから……」


「蛍、私は蛍が何を求めてるかを聞いたんだよ。彼が思ってるかもしれないことを聞いたんじゃなくて」


「………えっと…そう…だから、まだ…まだ分からない、かな。声をかけてくれる今が、楽しいし、嬉しい、から」


「そうだね」


「うん…セリー、ごめん…ついてきてもらったのに…」


「えぇ、私は今何を謝られてるの…?友達にコーヒー誘われてきただけなんだけどな」


「いや、だって…動機が不純なのに目的が結局はっきりしてないから…」


「付き合いたいと思ってないと恋の話はしちゃだめなの?目キラキラさせて話してる蛍は純粋に可愛いし、一緒にお出かけしてこんな話ができて、私は嬉しいよ」


「セリー…」


「あーそろそろケーキ食べたいな、セットで頼まなかったけど大丈夫なの?」


「あ、最初に来て同じ感じで頼んだ時、会計でセット価格に替えてくれてたからいけると思う」


「めっちゃ助かるじゃん」



言いながらメニューを開き、美味しそうな写真付きのケーキメニューを眺める。



「ティラミスにしようかな。すごい美味しそう」


「ここのティラミスめっちゃ美味しいよ。私はー…そうだなぁ、今日は苺のタルトにしようかな」



芹が軽く手を挙げると、例の大学生がすぐに駆け寄った。

一瞬で縮こまって顔を伏せてしまった蛍だったが、芹が注文しないのを察知して小さく口を開く。



「あ…えっと、ケーキなんですけど…ティラミスと、苺のタルトを一つずつ」


「かしこまりました。他にご注文はございませんか?」


「はい」


「すぐにお持ちします」



にっこり微笑まれて、蛍の視線が再び逸らされる。

再放送かな?と芹が見つめていると、そんなに見つめないでよ…と蚊のなくような声が返ってきた。


程なくしてケーキが運ばれてくると、また蛍の視線が下げられる。

例の大学生は「お待たせしました」とケーキを前に置いて頭を下げると、うずうずしたように口を開いた。



「今日はお友達の方とご一緒なんですね」


「あ、はい…」


「ごゆっくりどうぞ」



もっと話したい、という気持ちとゆっくりケーキを食べてほしい、という気持ちが混在したような顔で、大学生は下がっていく。



「…なんかね、古武術してるんだって」


「へぇ、強いんだね」


「彼、花房はなぶさくんって言うんだけど、なんかおじいちゃんがそこの師範代らしいんだ」


「えっ、花房…古武術…って、マジ?もしかして花房古武術道場じゃない?だとしたら兄ちゃん門弟で草」


「アクティブ兄貴って古武術もやってんの?最早恐ろしいんだけど」


「小学生の時から今まで通ってるから、もうあの人には誰も勝てないよ…」


「怖すぎ」


「彼もあの修行を…そんな風に見えないけど、道場に通ってる人ってそんな人ばっかりだったからなぁ。すごい優しそうなのに蹴りが見えないみたいな」


「あの優しげで陽キャっぽい感じの彼がめちゃくちゃ強いとか。ギャップ萌えがすぎるわ」



コーヒーで喉を潤わせてから、頼んだケーキを一口。

二人揃って暫しの間美味しさを堪能する。



「おいしー…ティラミスすごい好きな感じだよこれ」


「苺のタルトもめっちゃ美味いよ。ちょっと食べる?」


「いいの?ありがと……いやめっちゃ美味しい。タルト生地すごいねこれ、普通のとちょっと違う。何が違うかは分からないけど」


「そうなんだよねー何が違うかは分からないけどいつもめちゃくちゃ美味しいんだよねぇ…」



うんうん、と食べ進め、あっという間に空になったお皿。

美味しいコーヒーとケーキを堪能し、さてどうしようかと顔を見合わせた時。


お皿を下げに来た例の大学生ーー花房が、おずおずといったように再び口を開いた。



「ーーあの、もしよろしかったら…お店の新作予定なんですが、試作を召し上がって頂けませんか」


「試作?いいんですか…?」


「勿論です」



お皿を下げ、戻って来た花房がにこにこと差し出したのは、紅茶の良い香りがするパウンドケーキ。

ふんわりした生クリームとソースが添えられたそれは、コーヒーととても相性が良さそうだ。



「それと、こちらも新作で出す予定のモカチーノです」


「いい匂い…」



パウンドケーキ、そしてお洒落なカップに淹れられた新作モカチーノが二人の前に並べられる。



「これは棚からぼた餅…誘ってくれてありがとう蛍」


「いや、こんな大役…むしろ来てくれてありがとうだわ」



頂きます、と手を合わせてまずはパウンドケーキから味わう。

それからモカチーノを味わった後、二人はほとんど同時に言った。



「「最高」」


「本当ですか?良かった!」


「焼き面がちょっとほろっとしてるのもすごくいい。中はふわふわだし、クリームとソースとパウンドケーキのバランスが…良すぎる」


「モカチーノもすごく美味しい。カカオの量もちょうどいい。パウンドケーキの方も、私紅茶好きだから…個人的にめちゃくちゃヒットです」


「あ、そうなんですよね、実は。新作を出そうってなった時にまず思い浮かんだのが、蛍さんのことで」


「………………………」


「今回紅茶のパウンドケーキに挑戦したら喜んでもらえるんじゃないかと思って。だからその、そう言って貰えてすごく嬉しいです」


「………あの…はい、めちゃくちゃ…めちゃくちゃ美味しいです…」


「ありがとうございます…!お友達の方も、ありがとうございます。美味しいと言って頂けて安心しました、これで自信を持って新作として出せます!ご協力感謝します」



照れて頬をかく姿を、蛍も照れて見つめる。

芹もまた、そんな二人をほっこりした気持ちで見つめた。








「いやぁ…セリーさん。今日は本当に付き合ってくれてありがとうね」



ーーお会計を終え、カフェの外へ出ると。

蛍は満足げに、しみじみとそう言って笑った。



「最後、何か話すかと思ったけど。君たち何も話さないんだもん。むしろお邪魔なのかな?ってくらいだったよ」


「何を話せばいいのか、胸いっぱいで考えられなかったんだよぉ…」


「彼もそんな感じだったね。うーん、もどかしくてニヤニヤしちゃうわー」



堪えきれない頬の緩みを一応隠しながら答えた芹。

平和な商店街を、二人名残惜しいようにゆっくりと進んでいく。



「前に紅茶ケーキを頼んだ時に、紅茶のお菓子好きなんですよねーって話をしててね」


「それは激熱すぎるよ…蛍の為に作ったパウンドケーキ……何かもう、ごちそうさまです」


「正直嬉しすぎて言葉出なかった…」



余韻に浸って進む、はなやぎへの帰り道は暖かい。







*  *  * epilogue






(どうだった?花房くん。パウンドケーキは喜んでもらえたのかな)


(はい、マスター!美味しいって言ってもらえました…俺もう嬉しくて)


(それは良かったね。正直もどかしかったから、少しでも進展があったなら嬉しいよ)


(すみません…連絡先交換したのに、なんか緊張して全然メッセージ送れないんですよね…)


(うぅん。新作試食してください!とかじゃなくて、連絡先交換してるんだしもうお友達としてお店以外で食べてもらったらいいのにと思っちゃうけど、やっぱり難しい?)


(どっ どこで食べてもらえばいいんですか、それ。作ったんですけど、って言って一体どこで食べてもらえば)


(君は本当に…真面目だねぇ…。公園デートとかも似合いそうだよ君たちは)


(いやいや、デートだなんてそんな!俺はもう、作ったものを食べてもらえただけで幸せなので!)


(将来うちでパティシエになるって大学通ってるけど、君ね。彼女に食べてもらう為に毎回新作作ってたら…)


(か、彼女だなんてそんな!!!)


(ショーケースが紅茶味のお菓子で一杯になっちゃうよ、って言いたかったんだけどね。そこなんだね)


(すみません、俺…舞い上がってしまって…)


(いいんだよ。新作を積極的に作ってくれるのは全然有難いし、嬉しいからね。しかし…いやぁ、青春だねぇ)







第5話 了


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