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はなやぎ館の箱庭  作者: 日三十 皐月
第1章 「箱庭の日常」
20/39

終幕 「星の欠片は月を見上げる」





「宇宙ってさ、どれくらいの広さだと思う?」




ーー初めて声を掛けられた時、何度も出会ったことがあるような気がした。

頼人に出会った時のことを、芹はいつだってそう振り返る。


放課後、返却された本を棚に戻していた芹に、頼人は微笑みかけて続けた。



「例えばこうやって、指で丸を作ったらさ、この丸の中も宇宙なんだ」


「…えっと…」


「覗いたら三鼓さんだけが見えるっていう宇宙。でも三鼓さんの方からは俺の顔だけが見えてる。で、マクロから見ると俺と君が対面にいて、もっとマクロから見ると地球っていう惑星にいて、もっとマクロから見るとそもそも宇宙の中に俺らはいる」


「……」


「でもミクロから見ると、俺らの頭ん中だって宇宙だ。そう考えると、宇宙はどれくらい広いのかって質問はさ、人間は大体どれくらいの大きさなのか?って聞いてるのと同じなのかもなぁ」



初対面だというのに、よく分からない話を続ける頼人。

しかし、不思議と違和感なく受け入れることができた。


芹は作業していた手を止めて、ゆっくりと頼人に向かい合う。



「確か…隣のクラスの坂間くんだよね?」


「そうそう。知っててくれたんだ、頼人でいいよ」


「いや…さすがに呼び捨てはちょっと…じゃぁ、頼人くんで」


「いいね。俺は知ってるよ、有名だもん三鼓さん」



呼び捨てで良いと言う割に、芹のことは苗字で呼ぶ頼人。

芹が微笑んで再び作業を始めると、頼人は周りをきょろきょろと見回しながら溜息をついた。



「三鼓さんの周りって、いっつも誰かいるんだよなぁ。すごいよ」


「どういうこと?」


「ほら、図書室の外とか。ファンクラブみたいになってんじゃん」



言われて廊下の方へ視線を遣ると、男女幾人かからさっと視線を逸らされた。



「いつもああやって視線を逸らされるから、嫌われてるのかと…小さい頃からよく分からない理由でお友達からいじめられたりハブられてきたから、高校でもこれかって感じに思ってたけど」


「いやいや、あれは目合わせられないだけだって。まぁ感じは悪いか。三鼓さんが嫌がってるよって伝えたらすぐやめんじゃないかな」



言うなり、伝えてくるわと告げて外へ出て行く。

すると、廊下にいた人たちは頭を下げながらどこかへ行ってしまった。



「数は減るんじゃない?」


「……ありがとう」



戻ってきた頼人は、何でもなかったかのように笑って、再び不思議な話を続けた。



「地球に落ちた星の欠片はさ、自分と同じ星の欠片を探すんだ。光り輝くそれを、俺たちは拾い集めるようにして出会っていくんだってさ」



天体に関する本に触れながら、淡々と言葉を綴っていく頼人。

その横顔を、芹はじっと見つめる。



「一つ一つの欠片にコアって言われる核の部分があって。そこに刻まれてるコードが、いわゆる運命って呼ばれる、地球にくる前に自分が決めてきた音なんだってさ」


「音?」


「俺たちは響き合うことで存在してるから、その音に共鳴して進んでいく。それを、全部決められてるなんてつまんないって感じるか、自分で決めたことを成し遂げるために進んでいると感じるかは人それぞれ」



そこまで話して、頼人はにこっと笑って振り返った。



「って、じいちゃんが言ってた!」


「おじいちゃん、何者?」



作業を一通り終えて、図書室を出る。

ひょこひょこと着いてきていた頼人に視線を送り、一緒に下駄箱へと向かった。



「頼人くん、高校近いの?自転車で来てるの見かけたことあるけど」


「そ。ばあちゃんちに住んでんだけど、めっちゃ近いよ。チャリで5分くらい」


「いいね」


「俺ね、ばあちゃんの介護がしたくてこっちの高校に来たんだ。だから実家は遠いの」


「そうなんだ。おばあちゃんちは、お母さんの方?お父さんの方?」


「母方。だから父方と母ちゃんめっちゃ揉めてた。最終的に、まぁ跡継ぎは兄ちゃんがいるから大丈夫っしょ、みたいになってオッケーもらった感じ」



靴に履き替え、自転車を回収してきた頼人と一緒に学校を後にする。

特に何を言うでもなく2人隣り合って歩くことになった帰り道。


何だかむず痒い気持ちになって頼人を仰ぎ見た芹は、とびきり嬉しそうな笑顔を向けられて思わず面食らった。



「びっ…くりした、何?」


「ごめん!!何やかんや勝手についてきておいて何だけど、一緒に帰ってんのやっぱめっちゃ嬉しいわ!!隠せん!にやけてんのバレたよね、本当ごめん!」


「い、いや、いいけど」


「やべーー!!嬉しーー!!話しかけてみるもんだな!今更だけど嫌じゃない?実は、ついてくんなよこいつやば…とか思ってない!?」


「思ってないよ」



ここまで好意をはっきり示されると、芹も悪い気はしない。

心の底から嬉しそうな頼人を見ていると芹までにやけてしまいそうで、照れ隠しに話題を逸らす。



「おばあちゃん、孫が自分のために遠くから来てくれるだなんて嬉しかっただろうね」


「めっちゃ喜んでた。でもその気持ちだけで満足だって言うから、もうめちゃくちゃ他の理由考えた。とりあえずずっとサッカーやってたし、ここの高校サッカー強かったから、強豪校に行きたいから行かせて!!つってこっち来た」


「サッカー部なのは何となく知ってたけど、そういう理由だったんだ。びっくりだよ」


「県内の強豪校に行けって言われたけど、ここのコーチに教わりたいんだ!!って言ってゴリ押した。ここのコーチのことなんて全然知らんかったけど。めっちゃ優しいから結果オーライだった」


「よかったね…」


「てかね、ばあちゃんの介護したかったのもそうなんだけどさ。じいちゃんちってまじで面白いんだ。夫婦で星の観測とかしてたから色んな機材があるし、話もめっちゃ面白くて好きで」


「うん。私も不思議な話って好きだな。図書室でのお話、面白かったよ」


「でしょ?父方が母親に厳しかったから、今までこっち全然帰って来れなかったんだけどさ。今回無理やりこっちの高校受験して本当良かった」


「すっごい行動的」


「それぐらい、じいちゃんとばあちゃんが好きなんだよ俺」



別に父方が嫌いってわけじゃないけどさー

と口を尖らせる頼人。


そんな話をしていると、あっという間に頼人の祖父母の家へと着いてしまった。



「えーと、俺んち着いちゃったけど…もしかして三鼓さんちって遠い…?」


「ううん。そこの駅で電車乗って、隣駅で降りたらすぐ」


「良かったー気遣ってついてきてくれてんのかと…。んじゃ駅まで送らせて」


「いいよ、すぐそこだから」


「ここでバイバイすんのは絶っっっ対ダサい。俺には分かる。俺んちここだからさ、また暇だったら来てよ」


「ありがとう。嬉しい」



それから、他愛のない話をして。

電車に乗り込んだ芹を見送る頼人に、手を振った時。


どこか切ない気持ちになった。

別れを惜しんだ。何度も出会っているような幻覚に襲われて、その度に別れを切なく思う自分が見えた。


星が瞬くような記憶の数々。


目眩を覚えて、頼人の見えなくなった車窓をなぞる。

走馬灯の様相で駆け抜けていく景色が、ひどく愛おしかった。





ーー毎日のように同じ時を過ごした2人は、学年が上がってしばらくした頃に付き合い始める。



「芹、彼氏できたの」


「うん。最近だけど」


「そっか」



中学の後輩だった潮が同じ高校に入り、頼人と芹、3人で過ごすことも増えた。

それは芹にとって、幸せな日々。



「潮、昨日更新した小説読んだよ。面白かった」


「ありがとう。今度単行本出るよ」


「買わなきゃ」


「いや、渡すから。買わないで」


「俺にもちょーだいよ」


「お前は買え。10冊くらい買え」


「何でよ!!別にいいけど!!」


「いいんだ」


「何なら配って歩くわ!一年生の日下部潮さんの作品でーす!!つって」


「絶対やめろ」



芹にとって宝物の日々。

毎日がきらきら輝く、そんな日々だった。




やがて卒業して、頼人と結婚して、お腹に命を宿し、出産して。


萌と名付けた小さな命を2人で抱きしめると、その温もりに眩暈がした。

ひだまりのようなその温かな空間は、確かにここにあるのに。


柔らかな笑顔でこちらを見つめる2人を、離すまいと強く抱きしめる。

心の奥底がざらつくような不安に駆られる日が続いた。




ーーそして、その日は訪れる。



「急性ーー……、…、すぐーー、病院…、」



ザーザーと、荒い電子音のような幻聴。

自分の鼓動の音に邪魔されて、尚更良く聞こえない。



「ーーさん…聞こえますか」


「…はい…」


「○○病院へ…、て…、」



そこからの記憶は、芹にはない。

燃え盛る炎で焼き切ってしまったかのように、ぽっかりとそこだけ抜け落ちている。


覚えているのは、全てが終わった後。

頼人の祖父と話した記憶。



「ーー先に行っちまった。次の日食が近かった。あいつは船に乗り遅れる前に、行っちまったんだ」


「……」


「だが分かってても、別れってのは辛いもんだなぁ」



誤魔化すように笑った目尻に、残した雫。

静かに耳を傾ける芹へ、頼人の祖父は続けた。



「婆さんも先に行っちまったことだし、俺ぁもうじき呆ける。娘とあんたに全部託す書簡を残しておいた。好きに使うといい」


「…え…」


「星の導きよ。美しいあんたに出会い、宝物を産んでもらって、あいつは次の旅に出た。そんで次の旅路でまた出会うだろう。旅人ってのはそういうもんだ」



砂嵐が起こるように、記憶の景色は移り変わる。




次いで脳裏に浮かんだのは、萌を連れて頼人の実家へと向かった時の記憶だった。



「ーー私はやりたいこともない。萌ちゃんの為に使ってあげて」


「でも…」



頼人の祖父が遺すお金について、頼人の母親はそう言った。

食い下がる芹に、母親は微笑む。



「これまで、お父さんのよく分からない話に付き合ってきてくれて…ありがとうね。私、義実家では本当に苦労したの。でもお父さんはそれを、星々の導きだって。自分でその苦労を選んできたんだって」


「……、」


「正直私が辛かったことをそんな一言で片付けられて、ずっと嫌だった。でもね。今なら何となく分かるの」



お昼寝をしている萌の頭を、優しく撫でる手のひら。

いつかの面影を重ねるその姿に、芹の胸は切なく締め付けられる。



「頼人と出会ってくれて、頼人を愛してくれて、可愛い萌ちゃんを産んでくれて、ありがとう。きっとこの先大変なことの方が多いと思うけれど…きっと、幸せにね。できることがあったら、遠慮せずに頼ってね」


「…はい」


「…あぁ…この寝顔。頼人に良く似てる…」



堪えきれず、ぽろぽろと溢れ出した涙。

寝ている萌を起こさないよう声を押し殺して泣く頼人の母親に、芹は何を言うこともできなかった。




ーーそれから、月命日には必ず手を合わせに帰ってくることを約束し、三鼓の姓に戻した芹は、萌と共に、実家へと帰ってきた。


頼人がいないという事実から、これまで逃げるようにして過ごしてきた。

しかし実家に帰ってふと立ち止まると、波のように押し寄せてきた現実が一気に芹を呑み込む。


幼い萌が心配そうに見上げているのに、涙を止めることができない。


涙に明け暮れる度、家族はいつも側に寄り添ってくれていた。




ーーそんな毎日を過ごす中で、ある日潮からメッセージが届いた。



〔芹、元気?〕



ふふっと笑うと、不意に涙が溢れた。

慌てて駆け寄ってきた春一に肩を支えられ、芹は小さく首を振る。



「…兄さん、大丈夫。潮から連絡が来て、ちょっと気が緩んだだけ」


「…びっくりした。笑いながら泣くから」


「私もびっくりした。何か、いつも通りな感じっていうか…安心して涙出ちゃった」



その時、芹の脳裏にふと夜空の風景が思い浮かんだ。

トーク画面を開いたままのスマホを握りしめて、春一を仰ぎ見る。



「兄さん、少し外に出てもいいかな。1人で」


「……」


「大丈夫。絶対帰ってくるから。信じて」



芹を1人にさせないようにと気を張ってきた家族。

母親を一瞬振り返った春一だったが、やがて静かに頷いた。



「気をつけてな。潮ちゃんによろしく」


「うん。…ありがとう」



心配そうな母親に萌を預け、すぐに戻ることを告げて外へ出る。






〔何とかやってるよ。どした?〕



ーー夜の風が、芹の頬を撫でた。

よく頼人と過ごした、星空が綺麗に見える場所へ座り込んで夜空を見上げる。



〔あのさ、アトリエ欲しくない?〕



想像していなかった返答に目を見張って、それから何度かやり取りを重ねる内。

潮の祖父の洋館に何人かで住むこと。

その中の一つをアトリエとして使ってもいいということを告げられた。


萌が小さい内は難しいだろうと断ったのだが、潮は食い下がる。



〔使ってよ芹、いつ泊まりに来てもいいから。いつでも部屋は空けとくからさ。好きに使ってよ。みんなでワイワイしよう。もちろん気分じゃない時はいいから〕



ーー星の光が、何度も瞬く。

胸の真ん中がどうしようもなく熱くなった。

夜空を照らしている月の光が眩しくて瞼を閉じた、その拍子に再び涙が頬を伝う。



〔どうするべきなのかは分からない。この提案が芹にとって喜ばしいことなのかも、正しいことなのかどうかも分からない。でも、芹の笑顔が見たいよ〕


〔芹を少しでも幸せにすることができるなら、それ以上の幸せはない〕

〔私はいつも、いつだって待ってる。待ってた場所に、芹がいつでも来れる場所ができたってだけだよ〕


〔もし良かったら、〕



そこで途切れた返信。


芹は一文字一文字を大事に読み返しながら、両手でスマホを握りしめた。

そうしてもう一度夜空を見上げた時、地上に星が落ちてくる。



「流れ星…」



幾つか落ちてきた星々を、じっと見つめる。



ーー地球に落ちた星の欠片はさ、自分と同じ星の欠片を探すんだ。光り輝くそれを、俺たちは拾い集めるようにして出会っていくんだってさ



いつかの、頼人の言葉が思い浮かぶ。

今落ちた星々も、もしかしたら自分と同じ星の欠片を探すのかもしれない。

そして、出会って、また頼人のように旅に出るのだろう。


どうしてここへ来て、出会って、また旅に出るのか。

私たちは何をしたくて、こうして生きているのか。


萌に出会い、頼人とお別れをした芹は考える。

1人ではないと、側で支えてくれる家族。


そして、いつでも変わらず、寄り添ってくれる潮。


ーーそうだ。私は、まだ旅路の途中なんだ

たくさんの人に出会いながら、支えられながら。

美しい夜を超えて、光に満ち溢れた朝を迎えていく。何度も、何度も。




〔潮。いつも待っていてくれてありがとう〕




明るい方を目指して。






*   *   *   *   *   epilogue






(で、誰が一緒に住むの?)


(あまねんと、蛍と、おそのと、あとかのあ)


(かのあ?!)


(今配信者やってるんだけど、一人暮らし始めてすでに挫折してんのよあの子。自炊できない掃除できないっつって)


(まぁ…大体想像つくかな。そっか、お家出たのか)


(うん。だから、定期的にお掃除してくれる業者さん呼ぶし、ご飯は皆で食べるしって感じにするけどどう?あと防音室完備よ。って誘ったらすぐ食いついた)


(美味しかっただろうねそれは)


(ま、めちゃくちゃ広いからなんでもできるよ。畑作ってもいいし、何か飼ってもいいし)


(考えとく。ありがとうね、潮)







終幕 「星の欠片は月を見上げる」 了







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