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ほだされたわけではない

 夜久のキスは嫌らしい男の癖にキレイだった。

 ぶちゅッというものでもなく、単に柔らかな唇が抱きしめた時に触れてしまっただけ、そんな風なキスだった。


 耳のすぐ下、という、場所としては凶悪な場所だったけれども。


 夜久がしたキスが嫌らしいキスだったら、私は冷静に対処できた気がする。

 でも、このキスは、私がもしも好きな人と付き合ったとしたら、その人に後ろから抱きしめられた時のハプニング的な、そんな夢見ていたようなキスだったのである。


 夜久だけれども。


 私は一瞬で全身に電気が走った。

 体はぎゅっと縮こまり、胎児のような格好に丸まったのだ。

 そう、足の指だってきゅっと丸まった気がする。


 夜久のくせに!


 夜久は私の体の反応に気分を良くしたのか、私の耳元で嬉しそうな含み笑いをして見せて、私の後頭部に自分の額をくっつけてきたのである。

 喉に響かせた低い男性の笑い声は、中学から女子校育ちの私には初めて聞いた声であり、彼が出来なければ一生聞く事の出来ない声であろう。


 男性の声がこんなに深みがあって素敵なものだと、悔しいが夜久によって私は知ることになっただなんて!


 きゅっと足を胸に抱いてしまったから、私を抱き締める夜久は簡単に手を伸ばして私の膝裏に指を当てた。


「ひゃっ。」


「お前の足はさ、細いだけじゃ無いんだな。細くてきれーでしっかりした筋肉が付いている。」


 言葉どおりに夜久は私の筋肉を膝裏から腿に向けてそっとなぞった。

 ほんの数センチ。

 嫌らしい場所には程遠い所だけ、ほんの少し。


 私は触られなかった足の間こそがしゅんと縮みこんだ気がした。

 いや、ちょっと痛くなった。


 男の子は興奮すると大きくなって痛くなると聞いていたが、女の子も同じような場所が腫れて痛くなるものなの?


「可愛いな。俺の腕に爪を立てて感じたって教えてくれる。本当に可愛いな、お前は。」


 ふうっと息を耳元に息を吹きかけられて、私は再び体に力が入り、彼に言われた通りに彼の腕にしがみ付いていると知りながらも彼の腕にしがみ付いていた。

 だって、何かに捕まっていないと自分を見失ってしまいそう。


「都希は本当に可愛いよ。あんな化粧をしてふらふらしていた時は迷子の可哀想な子供だったけれど、素になった都希はどこから見ても美味しそうで可愛い。」


「ひゃはっ!」


 耳を齧るな!

 うわ、うなじに鼻を当てるな!


「都希を本気で感じさせたい。いいかな。」


 え?


 ええ?


 夜久の指先は再び私の腿の裏に触れ、その指は上へとゆっくりと進んでいく。

 ちょっと待って、その先は私の股の間で、その先の私の肌は何一つ身に着けていないまる出しじゃないの!


「ちょちょちょっと待って!わ、わたしは初めてだから、待って!」


「誰だって初めて、だろ?」


 あと数ミリでまる出しの私に触れられる!

 私はそこで大声を上げていた。


「妖精さ~ん!ありがとう!こんな男を私に会わせてくれて!」


 部屋はぱっと明るくなり、室内も瞬間的に温かくなった。

 私は夜久を押しのけようと左の腕で肘鉄をしようとしたが、彼の方がごろっと動いてしまう方が早かった。

 狙った獲物が消えた私の身体は勢いよく仰向けになってしまった。


「あ。」


 両足が立膝状態で開いているという姿は、何も履いていない下をまる出しに見せつけていると同じ状況だ!


「きゃああ!変態!」


 私は慌ててシャツの裾を引っ張ってまる出しな下半身を隠したが、わざわざ立ち上がって私を見下ろしていた変態は私をしっかりと見ていた。

 彼は私と目が合うやにやっと笑って見せ、これ見よがしに腰のベルトを外して制服のズボンを脱ぎ捨てた。


「な、ななな何をしているのかな?」


「君だけ見られて損かなって思ってさ。不公平感の是正?君とは仲良くしていきたいからねえ。」


 私は慌てて起き上がると、ベッドの脇に立つ夜久を両手で突き飛ばした。

 私の両手でぐらりともするはずのない男は、私に突き飛ばされようとした事をとても嬉しいという風に声を上げて笑った。


 こんな破廉恥な男をどう説得すればいいの!


 私は次に起こることから逃げ出したいと両手で顔を覆い、次には悲鳴に近い大声を上げるしか出来なかった。


「やめて!見たくない!保健体育の教科書で知っているから見たくない!お父さんのも遠い過去に見ているから男性器は知っています!だからやめて!」


「元気いっぱいな状態は初めてでしょう?お父さんので元気な時も知っていたら、それこそ問題だけどね。」


「あんたは!私は初恋だってまだなんだ!初恋した相手と経験したい事を勝手に体験させるなよ!私は好きになった相手と段階を踏みたいんだ!その時に新鮮な気持ちで彼と付き合いたいんだ!」


 私の頭に大きな手が乗った。

 髪の毛をくしゃっと乱すような撫で方をしたその手はとてもやさしく、私は両手から顔を上げて夜久をそっと見返した。


 夜久の微笑みは兄が妹に向けるようなものだった。

 嫌らしさも何もない笑顔。


「夜久?」


「いいな。お前に恋される男は。」


「夜久。」


 夜久は私の前で何かを呟きはじめた。

 彼は呪文を唱えながら自分が脱いだばかりのズボンを私に投げ、私がそれを受け取るや軽くウィンクして見せた。

 私は次に何が起こるか気が付いた。

 気が付いたから行動を起こしていた。

 夜久に飛び掛かったのだ。

 彼は私を抱え込みながら床に転び、そして大笑いを上げると、私に馬鹿と言って私の額にキスをした。

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