寒い時は敵対しようが温め合う?
私が行方不明だったのは、私の認識通りの本日夜八時からであった。
つまり、私は妖精に化かされてもいなかった。
悪友たちと悪ふざけしすぎただけだ。
当初の予定通り、夜久に声をかけられた時点で終わった話である。
「お前か!お前が私に声をかけたばっかりに!私は巻き込まれたんだな!」
宝来通りの神隠し要件は、面識のない男女が巡り合ったそこで、であると彼は言い、そこで彼は危険なナンパ行為が無いように通りを行ったり来たりして市民の安全を図るとともに魔法をかけた妖精を探していたらしい。
夜久は口元を押さえて、あ~、と気の抜けた声を出した。
私達はあれから再びベッドに戻り、ベッドの上で向かい合わせに座り、取りあえず今後の事を話し合っている。
服が無くなった私は夜久の青いシャツを羽織っているが、濡れてしまった下着は脱いでバスルームで干しているという、つまり全裸なのである。
この状況は、私がやりたい盛りの素人童貞の次の行動が怖いからと、無理矢理に話し合いと称して奴を束縛して監視しているに過ぎない。
「ねえ。妖精事件ということで、私の行方不明に明日以降友人も両親も学校も気が付かないにしてもさ、あなたは妖精管理官なんでしょう?同僚はあなたの不在に気が付いてあなたをここから出そうと動いてくれるんじゃないの?」
「まあね。俺の不在を心配してくれるそんな同僚がいたらね。」
ああ、友達いなさそうだな、こいつは。
私はどん詰まりな自分の境遇を受け入れた。
だが、受け入れたが負けたとは言っていない。
ベッドから降りると、部屋の中をぐるっと見回した。
「何もないよ?」
「そうだけどさ。ご飯とかが無いと死んじゃうじゃない?」
私の目の前に何かが落ちた。
足元に落ちたそれは、ビニール個装された菓子パンだった。
それも安いジャムパンだ。
私は屈んでそれを拾い上げ、しげしげとそれを見つめ、それからパンが落ちて来た天井を見上げて大声で叫んでいた。
「やっすいパンなんかいらねえよ!妖精だったら、人間が滅多に喰えない、有名ケーキ屋のフルーツタルトワンホールぐらい持って来いよ!この無能!」
ぶちっと電気が切れて、部屋が真っ暗になった。
ベッドの方から、夜久の、ああ~、という嘆き声が聞こえた。
その次に、ちょうどよい室温だったはずの部屋の温度が一気に下がった。
私の頭のてっぺんからつま先まで一瞬にして鳥肌が立ち、私は凍える寒さに自分自身を腕に抱いた。
「きゃあ!何これ!寒い!」
「凍死したくなきゃ来い!都希!」
私は夜久がいるはずのベッドに飛び乗った。
するとすぐに大きな腕によって体が引き寄せられて、私はほうっと溜息が零れるような温かさに包まれた。
さらに私はベッドに横にされ、私を抱き締める男は私と自分に掛布団をかけて覆ってしまった。
夜久は私を後ろから抱き締め、私の背中は夜久の胸に当たっているという、スプーンのように重なった私達の寝姿である。
男と付き合った事も無い私には近すぎて親密すぎるものであり、少しは離れるべきだと夜久の腕に手をかけたが、彼の腕の表面がかなりざらついていた。
「お前が凍死したくなかっただけか。凄い鳥肌。」
「いいだろ?黙って俺を温めろ。ったく。この状況はお前のせいだ。学校で何を学んでいる?妖精さんと仲よくするための妖精学は必須科目になっているだろう?何を煽ることを捲し立ててんだよ?」
「だって。」
「いいか。妖精ってのは馬鹿だからな、褒めて褒めて褒め称えて、自爆を呼べばいい生き物なんだよ?わかったか?今度からそうしろ。」
私は真っ暗闇な布団の中だったが、ぴたっと夜久に体がくっついているのだからと、頭を上下させて理解していることを彼に示した。
「返事。」
「わかった。うん、今度から、夜久さんの言う事に従う事にする。だから、私をちゃんと守って下さいね?し、信じていますから!」
ほわっと周囲が明るくなった。
うげ、夜久の腕が発光している?
慌てて振り向けば、夜久がにへらっとした表情を浮かべていて、こいつこそ褒めて褒めて褒め称えて自爆させればいいんだな、と理解した。
「や、夜久さんって自分を発光させられるの?す、凄いのね!」
夜久はフフッと笑うと私に頬に頬ずりが出来るぐらいに顔を傾け、私の耳に甘くてかすれた声で囁いた。
「これは妖精のサービスだろうな。」
「ええ!」
私が脅え声を出すと、夜久はクスクスと笑い声を立て、今度は普通に抑えた声で私に再び囁いた。
実はこっちの低い普通の声の方が優しさがあっていい声だって、聞きながら思ってしまった事は絶対に言ってやるもんか。
褒め称える必要性があっても!
「真っ暗じゃ男と女の仲が進まないって思ったんだろ。奴らがこんなことをしているのはな、人間を繁殖させたくて仕方がないからなんだよ。」
「ど、どうして?」
「フォロワーが付くと魔法力が増大するからかな。だから必死に人間を恋愛させようと必死なんだよ。真夏の世の夢の物語のようにね。」
「あなたは意外と教養があったのね。って痛い。」
ほっぺをぎゅっとつままれたのだ。
夜久は私の頬から指を離すと、私の額に自分の額をくっつけた。
親密すぎるよ!
「これから少しそれに乗る。お前は俺が合図した所で、妖精さんありがとうって叫ぶんだ。いいな。明るさと室温は必要だ。」
私だってこんなヤリ部屋で凍えて死んでしまいたくない。
わかったって言って、頭を上下させた。
するんじゃなかったって、一瞬で後悔した。
首筋にキスして来るなんてやめて!