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第四話 依頼

「本当にお二人で……?」


皇帝熊(エンペラーベア)の牙と爪です。商人に売ればいい金になるでしょう」

「いや、ですがこれを頂いてしまっては……」


「報酬のことなら気にしないで下さい。言ったでしょう。俺にとっては金よりもこの村の人の命の方が大切だって」


 ストン村では依頼を終えて旅立つ俺とアルテナを、村長のアイザク以下全員が見送りに来てくれていた。見れば小さな子供も何人かいる。

 魔神が護ったわずかな魔族たち。そこには新しい命が芽吹いていた。


 ストンの村に皇帝熊が下りてきたのは、勇者が村を襲った犯人を偽装するためだったからだ。しかしそれを村に知らせるわけにはいかない。


 だから仕方なく、たまたま獲物を追ってきただけだろうということで誤魔化すしかなかった。


「そうそう、代わりと言ってはなんですが、よければこれをこの村の守り神として(まつ)って頂けませんか?」

「こちらは?」


「木彫りのアルテナ像です。今回皇帝熊を倒したのは、実は彼女なんですよ。あまり似てませんけど」


「そういうことでしたら(ほこら)を建てて、しっかりと祀らせて頂きます!」


 俺は自分で彫った、顔と同じくらいの高さの小さな像をアイザクに手渡した。


「おや、アルテナさんは感激の涙ですかな?」

「え? あれ? なんで私……あれ?」


 自分で気付かなかったのか、アルテナは慌てて涙を拭っている。重ねて言おう。今の彼女には魔神だった頃の記憶はない。ないはずだが、この涙は魔神が流したものではないだろうか。


「さあ、帰ろう」

「はい、リアムさま」


 ニッコリと微笑んで俺の腕に巻きつくと、後ろを振り返って村人たちに手を振って別れを告げる。そして俺たちは半日かけて、バルダの街に戻るのだった。


◆◇◆◇


「いよぉ! バカップル冒険者が帰ってきやがったぜ!」

「バカップルじゃありません!」


「アルテナちゃん、リアムなんかやめて俺っちと組まねえか?」

「スケベのジャックさんなんかイヤですよーだ」


 どこにいてもアルテナが俺から離れないお陰で、いつの間にかギルドではバカップル冒険者などと呼ばれるようになっていた。

 もっとも陰でコソコソ言われるわけではないので、イヤな気はしない。


 軽口は叩いても、共に酒を酌み交わす気のいい連中だ。彼らとパーティーを組んだことはないし、俺たちの事情ではこれからも組むことは許されない。それでも、俺はこのギルドやメンバーたちが好きだった。


「依頼完了のサインだ」


「ギルドカードでも確認出来ました。皇帝熊の素材は売って頂けますか?」

「ああ、すまない。村に置いてきちまった」


「そうですか。安い報酬でも請けて頂きありがとうございました」


「そう思うんなら、ギルドのピンハネ分を回してくれてもいいんじゃないか?」

「ピンハ……それとこれとは話が別ですので」


 バツが悪そうに顔を背けたのは、冒険者ギルド・バルダートの受付嬢、ライリー・アゼマである。


 ライトブラウンの肩までの髪に、三角の大きな耳が愛らしい。長い睫毛の下の黒い瞳が特徴的で、長い尻尾があるがそれ以外の見た目は人族と変わりはなかった。


 彼女はギルドがピンハネした中から給料をもらっているので、バツが悪くなるのは当然だろう。

 我ながら意地悪なことを言ったと思う。


 ところで、ギルド内には彼女のファンも多く、初めてここを訪れた時に担当してもらったのだが、男たちの視線が矢のように降り注いできたのを今でも覚えている。


 ただその直後に二頭の地獄虎(ヘルタイガー)を討伐したので、再び敵意の矢が飛んでくることはなかった。この実績があったからこそ、ストン村からの皇帝熊討伐依頼も請けさせてもらえたのである。


 ちなみにアルテナに言わせると、地獄虎は非常に美味だったそうだ。もっともこれまで彼女の口からマズかったという言葉は聞いたことがないので、本当のところは謎のままである。


「ところでリアムさんとアルテナさんは、ランク上げしなくていいんですか?」


「特に困ってないからな」

「私はリアムさまがいいと言うならこのままでいいです」


「そうですか。お二人はすでにAランクの資格も満たしているのですが」


「下手にランクを上げて、つまらない指名依頼が来ても煩わしいだけだよ」

「そのつまらない指名依頼こそが、貴族様からのもので報酬も高いんですけどねぇ」


 貴族の依頼というのはなかなかまともなものがない。


 領民の安全のために魔物や獣を討伐してほしいとか、領内に侵入した野盗を捕らえてほしいとかいうのなら分かる。そのような依頼なら喜んで引き受けてやるさ。


 だが、彼らの多くは自分のことしか考えていない。


 地獄虎の剥製が欲しい。ついでに生きたまま捕らえて、晩餐会の余興に討伐ショーをやれとか、一角獅子(ツノライオン)を手懐けて背中に乗せろだとか。


 地獄虎は狡猾で動きも速く、討伐難度は一頭が皇帝熊の三頭相当と言われている猛獣だ。こんなヤツを見世物にでもしようものなら、先に狙われるのは観客である。


 また、一角獅子は魔物なので魔法を使ってくるし、そもそも手懐けるのは不可能だ。むろん討伐難度はただの獣である地獄虎の比ではなかった。


 基本的に獣や魔物は、遊び半分で狩れるような相手ではない。見た目が愛らしいと言われる三つ目ウサギでさえ、相手を木にする木化の魔法を使って攻撃してくるほどだ。


 しかも魔物の肉は食えない(ただしアルテナは例外)。


 国境を護るバルダのジェイデン・ルヴエル・バルダ辺境伯は別として、俺には彼以外のまともな貴族に出会った記憶がなかった。


「ところでリアムさん」

「ん?」


「出来ればリアムさんに請けてほしい依頼があるんですよ」

「請けてほしい依頼?」


「ええ。ちょっと変わってるんですけど……」

「内容は?」


「娘が勇者に攫われたから取り返してほしいと」

「勇者だと!?」


 それまで騒がしかった他の冒険者たちも、勇者の一言で一斉に息を呑んで静まり返るのだった。

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