第二話 勇者の真実
「月属性の勇者とは、月の魔力を一身に纏い、繰り出される魔法は大都市を焦土にしてしまうほど強力だそうです」
「そうです? ずい分と曖昧なんだな」
「実は天使から教えられただけで、試したことがないんですよ」
「ふーん、それで?」
「皇帝陛下にそう申し上げたら、アルメイラス王国の王都ルークで試せばよいと言われまして」
「しかし王都を潰してしまったら占領する意味がないんじゃないか?」
「皇帝陛下は他国の都市や民にはあまり関心がないようなんです」
領土だけ広げて地方貴族から税を巻き上げ、自身が肥え太るタイプか。そういう意味では人も消費も多い王都は不要と言うのも、理解するつもりはないが頷ける。
アルメイラス王国は現サミュエル・ルーク・アルメイラス国王で十八代目。対してロイセル帝国のマテオ・アンドリュー・レグロス・ロイセル皇帝はまだ四代目である。
初代皇帝のディラン・レグロス・ロイセルは、元は小さな王国の国王だった。そこに初めて勇者が現れ、まずは魔王を討伐することに成功。
ただ、魔王とは言っても世を恐怖に陥れるような邪悪な存在ではなく、魔族は人族を始めとする他の多くの種族と共存を果たしていた。魔族とは、他種族より魔力が桁違いに多かっただけで、単なる一つの種族に過ぎなかったのである。
その種族の長が魔王と呼ばれていただけだ。
ところがその魔族に否を唱えたのが、初代皇帝のディランだった。それは魔族の放った魔法が誤って暴発し、見物していた王女を死なせてしまったことに起因する。
その時に使われた魔法は攻撃的なものではなく、農地開拓を目的とした土魔法だった。その土魔法が暴発して大量の土砂を巻き上げ、多くの見物人が生き埋めになって命を落としたのである。
ディランは王女を溺愛しており、愛娘を奪われた怒りは魔王のどんな謝罪も受け入れることはなかった。そして、この不幸な出来事を自らの利に利用したのが天使である。
天使と言えば神の遣いとして崇められるべき存在と認識されているが、実態は神になれない俗物と言っても過言ではない。さらに悪いことに、彼らは魔族を毛嫌いしていた。
つまり勇者とは、ディランの復讐心にかこつけて天使が遣わした、魔族撃退用の道具だったというわけだ。
勇者を手に入れた彼は、すぐに魔王の討伐を命じこれを果たす。しかしそれだけでは怒りが収まらず、ロイセル王国は周辺の国々への勇者を使って武力侵略を始めた。
だが、やがて侵略の手が魔族領に及んだ時、それまで無敵の強さを誇っていた勇者が命を落としてしまう。強力な魔族の魔法に、勇者が太刀打ち出来なかったのだ。
勇者を失ったロイセル軍は敗走を余儀なくされ、奪った国々も反旗を翻し始める。これでロイセル王国も終わりだと誰もが思った時、またしても天使が手を貸した。
しかも今度は直接勇者を遣わすのではなく、選ばれたロイセル国民に加護を与えるという手法が取られたのである。
天使は魔族を滅ぼすことを条件に、継続的に国民に加護を与えると約束した。ここで初めて属性勇者の誕生である。
ディランは天使との約束通り勇者を使って魔族を滅ぼし、再び周辺国に対する侵略を始めた。その時に自らを皇帝を名乗り、ロイセル王国はロイセル帝国と改められ、次々と周辺国を飲み込んでいったのである。
ただし二代目と三代目の皇帝は領土拡大はせず、内政に力を入れた。それによりアルメイラス王国は帝国との国交を結んだのである。
「それが代替わりして、いきなり侵略開始かよ」
「私のような勇者を遊ばせておくのが勿体ないと思ったのではないでしょうか」
「知るか!」
「それにしても遅いですね」
「あん?」
「皇帝熊ですよ。いつまでお嬢さんを食っているのやら」
「ああ、そうか。忘れてた」
「忘れてた? 何をです?」
「アルテナ、もう出てきていいぞ」
「忘れてたなんて酷いですよぅ」
木の陰からひょっこり出てきて俺の腕に巻きつく彼女の姿に、ウィリアムは驚きを隠せないようだ。
「な、何故お嬢さんがここに……?」
「そりゃ、熊をやっつけたからに決まってるだろ」
「えっへへー、美味しかったです」
「美味し……はぁ?」
「ま、そう言うことだ。お前も喰われたくなかったら、アイツら連れて大人しく来た道を引き返せ。今なら森の中で迷ったってことで見逃してやるぞ」
「なっ……!」
「それともここで大都市を焦土にするとかいう魔法を試してみるか?」
「ぼ、冒険者風情が皇帝熊を倒したくらいでいい気になるな!」
「お、口調が変わったね。そっちが本性かな?」
「うるさい! 予定は狂うが望み通り森ごと焦土にしてやる!」
ウィリアムは両手を開いて高く挙げ、何やら呪文のようなものを唱え始めた。それを横目に、俺は傍らのアルテナに囁く。
「あんなこと言ってたけどどうする?」
「うーん、全部もらってもいいですかぁ?」
「ああ、いいぞ」
「やったぁ! いっただっきまーす!」
勇者の両手にはまばゆい光が集まっていた。普通の人間なら、すでに目を開けていられないほどの眩しさである。現に彼の背後の兵士たちは、その光を手で遮っているほどだ。
だが、俺にははっきりと見えていた。彼の顔が、その光とは裏腹に青ざめていくことを。
「な、何故……!?」
それは異様な光景だった。彼の手に集まっていた光が、何かに吸い込まれるようにこちらに流れてきたのである。正確には人の形をした光を返さない漆黒の闇、色彩の一切を失ったアルテナに流れ込んでいた。
「何が起きている!? 何故魔法が発動しない!?」
「最期だから教えてやるよ。実はアルテナはな……」
そして続いた俺の言葉に、ウィリアムは信じられないといった表情で目を見開いていた。