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「伝説の超コスプレイヤーは、やはり金色に輝く」

作者: ウェルダン穂積

一章「プロローグ」


「聞えますか、この声が、この言葉が届く、すべての人たち・・・

かつて一度は夢をみた世界を、愛をおぼえていますか・・・」

そう男は言った。

「この世界に生きるすべてのものたちに告げる」

男はボロボロのみすぼらしいコスプレをしていた。

そして、叫んだ。

「愛と夢を取り戻せ!」


アニメや漫画の台詞じゃない、

この私たちの、この時間軸、この世界線、

このリアルの中で拡声器を持って秋葉原で叫んでいたあの

コスプレイヤーを、私は殴ってやりたい。


あの無責任な、伝説のスーパーコスプレイヤーを。


二章「あのデモをみた」


 記憶がハッキリしないけれどあれは10年以上前。だから小学校6年生くらいかな。朝から池袋、新宿を巡り秋葉原に着いた。まだなんにも考えてなかった私たちマセガキ3人は一緒にお洒落を探して街を歩いていた。

 大きなスクランブル交差点で信号待ちをしていた私たちは遠くから聞こえる声に気が付いた。

「なんか聞こえる」

クルミが私の袖をつかみ消え入るような声を出して辺りを見回す。

「なにあれ?」

鼻で笑いながらネイルを光らせ指をさしたのはエミコ。

そこには拡声器を持って顔の半分を覆う銀色のマスクを被り赤マフラーをした男がいた。

今ほど携帯で写真をバシャバシャとる時代じゃなかったから、みな手を止めてあっけに取られるか、バカにして笑っていた。

 物々しい政治団体のような雰囲気ではなかった。楽しいお祭りという感じでもない。今となっては珍しくないコスプレパレードのようにも見える。が、あのコスプレは?


 信号待ちをしている私たちはそれをただ見ているしかなかった。

布を貼り合わせて作られた不自然な仮面。赤いマフラー仮面は拡声器をこちらに向け叫んだ。

「この歌が聞こえるすべてのものに告げる。

我々は今こそ、サブカルチャーが訴えてきた・・・」

「ダサい・・・」

クルミは男を見ないように私の袖を強く引っ張った。

「最悪・・・」

エミコが呟いた。…私は胸を貫かれていた。

「愛と夢を取り戻すのだ!」

男は握りこぶしを上げると後ろに続く集団はバラバラな歓声を上げる。

「迷惑・・・」

と誰かが言った。迷惑?迷惑なもんか。いったい今、誰に迷惑をかけている?

「忘れるな、アニメはアニメじゃないことを。

ただ消費されるだけの正義の味方を、今こそ君たちが…」

私の眼は釘付けになった。

「貧相すぎるコスプレね、土下座して作者に謝って欲しいわ」

エミコの口は漫画のように尖っていた。確かに、格好は貧乏くさくてボロボロだった。あのアニメのキャラクターが何かはわからないけれど、きっと本当はもっと奇麗でカッコいいんだと思う。

そのエセデモ隊の中には魔法少女の格好をしたおじさんもいた。ピンク色のド派手なドレスにドレスと同じ色のウィッグ。

「トラ、ウマ」

クルミが呟く。それを聞いたエミコが

「ありゃ確かにトラウマだ」

うずくまりそうになりながら腹を抱えて笑っている。

白いタキシードを着た謎の男に、巫女さんの格好をしたおじさん。さらに後ろに続くのは黒ずくめのアーミースーツ、機動隊というのだろうか。それを見すぼらしくした集団がいた。マシンガンを腰に付けているけれどきっと偽物だろう。警官隊に前後を守られながら進む集団。

「日本は平和だな」

近くにる誰かが言った。

赤いマフラー仮面たちは交差点を過ぎ少しずつ遠くなっていく。

「今、日本の自殺者は毎年3万人を超えている。こんな世界で、こんな装備で大丈夫か!」


当時のことを聞いてもクルミはまったく覚えていないしエミコも

「あれ、たしか新宿でそんなことあったも」

とほとんど何も覚えていない。あれは、本当にあった出来事なのだろうか。


三章「私はコスプレイヤー」


 私は二ノ宮京香にのみやきょうか。コスプレイヤー。コスプレイベントでは囲み撮影が大きな輪になるくらいにビッグになった。つまらないお洒落より、激しいぶっとんだ衣装が好き。笑われるのを覚悟のうえでコスプレできなきゃやってけない。毎年大阪でも名古屋でもコスプレパレードが開かれる時代になり、私は大きなイベントに参加するたびに現場でネットで喝采を浴びた。

「キョウカは良いよね。私なんてストーカーに毎回追い回されて怖くてやめようか、って悩んでるよ」

Qちゃんはお胸の大きなコスプレイヤーで人気者。それゆえ、批判も多く、変なカメラマンに追い回されている。

「あんたは隙が多いの。女だからって、なめられてんのよ。少林寺拳法をなぜか父親が習わせてくれたのが、こんなところで活きてくるとは思わなかった」

特技に書いた少林寺拳法を折に触れてパフォーマンスに取り入れてアピールしているから、私には変なストーカーも怖くて近づかなかった。夜道で背後に不安を覚えると近くにあるものを激しく蹴り上げるのが習慣になっていて、こないだはゴミ捨て場のポリバケツを蹴り壊して私はその場から走って逃げた。逆に同性からはモテて、求婚されたことまである。

 コスプレを始めたきっかけはあの幻のようなデモ活動の光景が眼に焼き付いていたから、とは誰にも言えない。いつか、あのダサいコスプレイヤーに会えることを期待しているなんて、さらに言えない。

 そんな気持ちはいつしか薄れ忘れていった。


 名古屋で開かれた街全体を舞台にしたコスプレ大会。私はチャイナドレスで戦うファイターのコスプレをして少林寺拳法のパフォーマンスをした。それが大ウケして、審査員特別賞をもらった。スリットの入りすぎた衣装から見える足から繰り出す高速の蹴り技。カメラの前で足を開いて、私なにしてるんだろう。Qちゃんは、そういえばあれほど気味悪がっていたカメラマンの一人と恋仲になっていたな。少しずつ、何かから遠ざかっている気がする。なんだかどうでもいいことを考えたらひどく疲れた気がする。トンっと地面を蹴って大きく前に跳躍し、群がるカメラのレンズに本気で当てるつもりで前蹴りを繰り出した。カメ子たちが尻もちを付き驚愕しながらシャッターを切る。

ふーっと大きく息を吐き胸の前で腕を交差させるとフラッシュが私を包んだ。

 グランプリに輝いた女の子のコスプレは完璧で小道具の一つ一つのディティールも本物だった。背中に生えた小さな翼はふわりとしていて動くたびに散りばめられたラメが光りを煌めかせた。自分のお色気パフォーマンス路線が邪道で恥ずかしくなった。

天使のような女の子はマイクを向けられて応えている。

「私みたいな、何のとりえもない人間が、これだけのライトを浴びて、、、みなさんこそが、私の天使です!」

とアニメの台詞を引用した完璧な受けをして大喝采を浴びる。

「では! シャオ・リンのコスプレをしたキョウカさん、あなたの今の気持ちをお聞かせください」

え? 私に来るの?! なんにも用意できない。

「え、ええと。夢と、愛を、おぼえていますか?」

乾いた空気の中、数人が笑った。自分の言葉で話すことで笑われることがどれだけ怖いことなのか、私は知らなかった。急に足が震え出した。そう、あの時の秋葉原での光景がフラッシュバックした。場馴れした司会の男がフォローするように言葉を継ぐ。

「今の気持ちを誰に伝えたいですか」

「あ、赤いマフラー仮面…」

やってしまった。完全に場は静まり返り、キョトーンという巨大な文字が数トンの重さで会場全体を静かにさせた。

全国にネット生中継されていた様子が掲示板で話題となり「赤いマフラー仮面」はトレンド入りした。


4章「赤いマフラー」


 怖くてしばらくコスプレもする気が起きないし、ネットも開く気になれなかった。

 電話に何通も着信履歴があり、その中に小学生の同級生クルミの名前があった。コスプレイヤーなんて気持ち悪くて大っ嫌いと一方的に絶交してきたクルミ。

「キョン! 思い出したの!」

唐突に何を言うかと思ったら赤いマフラー仮面の話だった。

「私の記憶がすっぽり抜け落ちていたの。あの秋葉原の記憶…」

「だって、あれはクルミが夢でもみてたんだ、って」

「いいや、私キョンがコスプレして舞台に上がって、それを応援してパソコンの画面で見ているうちに、そしてキョンがマイクを持って愛と夢を覚えていますか? って言ったときに」

私はそんなことを言ったのか。人が変わったようにクルミが早口でまくしたてる。

「思い出したの! 赤いマフラー仮面を」

つまり本当にクルミはあの時の記憶が本当にトラウマになっていてコスプレイヤーに拒絶反応を起こしていたらしい。そして秋葉原のあの日のことを思い出したのだという。

「ごめん、本当にごめんなさい」

クルミは何度も電話越しに謝っていた。

「クルミ、泣いてるの?」


 クルミは赤いマフラー仮面を捜索してくれたらしく、それらしき人物を見つけた、と連絡してきた。赤いマフラーを使ってネタをするお笑い芸人がいるらしい。手がかりがあまりに少なく、とりあえず私たちは小さな千川の劇場に行き直接見てみることにした。

 地下に階段を下りた先に扉がある。きちんと締まらない扉を開けて中に入ると受付には携帯をいじる男がいて不愛想に5百円、を要求してきた。赤いマフラーを使う芸人の名は「シンノスケ」。赤いマフラーをなびかせて登場した男はスポットライトの下でケチな自虐ネタを披露してどんどん服を脱いでいった。お客が笑わないと服を脱いでいく正義の味方らしい。最後にパンツ一枚になった男はパンツを脱ぐのと同時にマフラーをふんどし代わりにして見事に恥部を隠したまま舞台を去った。

 クルミは顔を真っ赤にして俯いていた。

「完全に見えました」

受付で名前を言っていたからなのかファンだと思われたらしく、舞台の上とは違い気取った態度で「シンノスケ」が馴れ馴れしく話しかけてきた。私はクルミの腕を掴み大急ぎで小屋を後にした。絶対に違う。


しばらくしてクルミから連絡があり

「ネットで見つけたよ!」

と早口で話し始める。それはあのパレードの中にいた一番立派なコスプレをしていた宇宙服の男。同じコスプレをイベントのまとめサイトで見つけて連絡先まで突き止めていた。

「インタビューするのよ。コスプレに憧れている女子が同人誌を作りたいからって話を持ち掛けたら絶対に断らないでしょ」

次の日にはメッセージを送り、その男「たっちゃん」の返事を待った。


 秋葉原の洒落た喫茶店で待ち合わせると時間ぴったりに男は現れた。髪の毛を遊ばせてアニメのキャラクターのような髪をしている。眼の色は青くカラコンをつけているようだ。

「お待たせです」

渡された名刺には完璧なコスプレイヤーを演じている姿があり雑誌のモデルの仕事までしているらしい。

「で、何から話したらいい」

たっちゃんは滔々とコスプレの履歴を話し始める。

「僕は歳を取ったら、おじさんに、おじいちゃんになって、その年齢に似合うコスプレをずっと続けていくんだ。生涯現役コスプレイヤー。最高の人生だろ」

確かにこの人はすごい。コスプレ仲間から彼女まで見つけて一緒に暮らしている、という。完璧に人生を味方につけている。なんでこの人はあの赤いマフラー仮面と一緒にいたのだろうか、ますますわからない。

あの秋葉原のデモ行進に話題を向けるように思案していたら、向こうからその話題を出してきた。

「昔ね、秋葉原でコスプレしてみんなでデモ行進をしたことがあるです。その時が、なんだかよくわからなかったけど一番楽しかった。シュプレヒコールがブレストファイヤーなんですよ」

たっちゃんの顔は子供のように輝いていた。

「あの、実は私、それ交差点で見てたんです」

「え! それは驚いた。あんな黒歴史の目撃者に出会えるとは」

覚えていることをすべて話すとたっちゃんは大笑いした。

「赤いマフラー仮面? いや、あれはマスク・ド・プリンス。赤いマフラーは勝手に水島さんが着けていたんだよ」

なるほど、どうりでキャラクターが見つけられなかったわけだ。クオリティが低い上に勝手にアレンジまで加えていたとは。

「今はほとんど連絡を取り合っていないんだけど、何してるんだろう」

SNSを調べるとすぐに突き止められた。

あの男は水島義男という名で今はラーメン屋でアルバイトを続け、40歳くらいだという。

千葉県にあるチェーンのラーメン屋。スマホで調べてみると、系列店がいくつかあるが船橋の近くだとしたら一つしかない。

「あなたはなんで水島さんに会いたいんですか」

私は虚を突かれた。なにも言い返せずスマホから顔を上げ、ただ宙を舞う思考に、なんの答えもないのを知った。

「そんなに会いたいの?」

何でなのかわからない。会いたい、という言葉が持つ響きに顔が熱くなった。

まるで恋してるフラグじゃん。

「許せないんです」

それが一番しっくりくる言葉だった。

「あんな風に、自分勝手に現実に作品を持ち込む奇麗ごとが。そして、あんたには愛と夢があるのか…って」

コスプレをやってきて本当に苦労してきた。目の前にいる人もきっと本当に努力と苦労をしてきたからこれだけのディティールが出せるのだろう。それなに、なぜあの男はあんな格好でいられるのか。

たっちゃんがゆっくりと持っていたティーカップを置いた。

「水島さんは、自分の人生を生きていないのかもしれない」

急に寂しいことを口に出すのでなんだか切なくなる。

 新幹線の時間があるので帰るという。次のコスプレイベントでぜひ会おう、と約束をした。

 たっちゃんにあんな寂しい顔をさせてしまった赤いマフラー仮面に今度こそムカついてきた。私はあいつを殴りに行く。


5章「モブ」


SNSからたどり着いたYAOTUBEを見ると水島は映画のレビューを長々と話していた。チャンネル名は『伝説の超コスプレイヤー』登録者数はたったの416。クソださい布を貼り合わせて作った帽子とマスク、熱を帯びた語り口は確かにあの赤いマフラー仮面だ。しかし、動画の編集もおざなりで背景も部屋の中なのか散らかっている。当然、再生数は二桁止まりで、誰にもみられていない。

喋りは流暢にしているがライティングも暗いし、テーマがトレンドと無関係だったり、どの動画も見られていない。同情票で「いいね!」ボタンを押した。

 調べて行った船橋の近くにあるラーメン屋。水島はいなかった。三日連続で通ったのに会えない。

「ありがとう、お姉さん、よっぽどのラーメン好きだね」

なんだか常連に思われたらしい。

「すみません、水島って人、働いてませんか」

「え? 水島…。よっちゃんのことかな」

「はい、義男さんです!」

「義男、さん?」

なんだか恋人と勘違いされ、チェーン店の居場所を嬉しそうに教えてくれた。

 秋葉原に近い神田の駅近く。3階建てのラーメン屋は大繁盛していた。ほとんど満席の店内に案内されカウンターに座る。一人だけ赤い手拭いを頭に巻いた店員が私の前を横切った。間違いない、赤いマフラー仮面だ。

お冷を素早く丁寧に置き、メニューを聞きにきた水島。手はボロボロで、目の下にクマができていた。後ろからは店長らしき男の怒声に呼ばれた。

「ありがとうございます、ゆっくりして行ってください」

柔らかく言うと走って後ろに消えていく。ユニフォームも着古したようで生地が擦れて薄くなっていた。何かを怒られているらしいが、その間にも次から次へとお客さんが注文のために店員を呼んでいる。完全にお店がパンクしているようで、3階建ての上のフロアにもお客さんがいるのだろう。階段を素早く上がる水島は一瞬ふらついたように見えたが、上がっては下り、上がっては下り、とてつもない量のタスクを処理していた。居酒屋としてお酒とツマミも出して人気になっているらしい。常連と楽しそうに会話をしている水島は、店長にすぐに叱られた。明らかに全身から疲れが出ている水島は階段を下りるときに寝ながら下りているように見えた。私がいた短い時間だけで10回は怒鳴られていた水島義男。他のアルバイトは顔を強張らせ見て見ぬふりをしているようだった。愛と夢とやらはどこへ。直視できないくらい惨めな姿。

 いったい私は誰を探しているのだろう。


ボスキャラは

見るも無惨な

モブだった


 ラーメンは美味かったかどうか、もう覚えていない。


 船橋にある大型ショッピングモールのイベントに企業案件のコスプレで呼ばれた私は帰り道、近くのコンビニに入り、レジの前で身体が動かなくなった。レジにあの水島義男がいるのだ。あのラーメン屋はアルバイトじゃなかったはずだが、副業をしているんだろうか。

「いらっしゃいませ」

眉を上げた水島は一瞬「あれ、どっかで」みたいな顔をしたのが腹が立つ。そのまま会計を終えてコンビニを出た。あの時よりは元気そうな笑顔で一生懸命声を出して働いていた。

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

うまく言えないけれど、その声の響きには温もりを感じた。大きな声を出すわけでもなく、ただ丁寧に、語り掛けるような言い方で。入口の近くで少しだけ私は立っていた。水島は語り掛けるように何度も「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」を繰り返す。YAOTUBEも誰にも見られず、彼の人生に与えられ許された表現がそれだけでしかないかのように、見えた。

 入口の横にはアルバイト募集のポスターが貼ってあった。私はさりげなく自撮りをするふりをして募集の連絡先をパシャリとスマホに納めて帰った。


6章「コンビニ」


『なんでここで働きたいと思いましたか?』

という質問のシートを前に、私は横目でコンビニの店長を見た。なんで、って水島をぶん殴るためよ。

「えーと、ここは何でもいいですか?」

「はい、なんでもいいんですよ。形式だけのものですから」


『愛と夢を取り戻すため』と書いた。



「新しく入った、二ノ宮京香です! よろしくお願いします」

早朝のコンビニアルバイト。

「水島と言います。よろしくね」

ニコリと笑うとすぐに接客に入った。丁寧に教えてくれた、と思うとすぐにふと視線を外し、ごまかす様に元気に接客をする。照れ屋なのだろうか。

「ここに印があるでしょ、この印を目安にして素早く」

二つの動作を同時にこなして短縮することを押してくれた。

「これは奥義だからね」

そう言って大口を開けて笑った。

「夢はなに?」

それぎ仕事以外の最初の水島の言葉。とにかく何を話してもオーバーリアクションで嘘みたいに驚いた。

 私がコスプレをしていること、イベントに出ていること、コンビニのアルバイトが初めてなこと、少林寺拳法をしていたこと、アニメが好きなこと、家が遠いこと、クジラが好きなこと、夢がないこと、友達が少ないこと、3・11のこと、誰も助けてくれなかったこと。

「京香さんはクラリスに似ているね」

そして有名な女優さんの名前をあげて私を褒めた。まるで子供と一緒にいるようだった。

「お兄ちゃん、元気だね」

とレジで主婦に声をかけられる水島さんは確かに見た目が20代にも見える。


 ある日突然、水島さんは私をご飯に誘った。

「あの、美味しいファミレスがあるんだけど行きませんか?」

美味しいファミレス。どんな下手な誘い文句だ。一体どうしたというのだろう。

 誘われるまま、同じ時間に上がった私は水島さんと食事をした。急に深刻な顔をなった水島さん口を開いた。

「君は、アキバパレードを見ていたんだね」

君を探している人がいる、と「たっちゃん」から連絡が入ったという。

「そ、それがなにか」

なぜか私は秘密を握られたような気になり汗が吹き出した。真っ直ぐに水島さんは私の目を覗き込んだ。

「僕は、どんなだった」

私はわかりやすく生唾を飲み込んでしまい、ゴクリと音がした。

「コスプレのディティールは、最悪でした」

私が言うと水島さんは笑った。

「でも、とても情熱的で、本物を見たような気がしました」

「本物?」

「一つの嘘も、偽りもない、」

「本質的な、何かだね」

「そうです、私にはそれが忘れられなくて」

「僕に会いに来てくれた」

小さく頷く。

「いいえ」

そして首を左右に振って私は言った。

「あなたの友人も言ってました。自分の人生を生きてください、と。愛も夢も、どちらもあなたの人生には関係がない。あなたはボロボロになって何を成し遂げました? あなたは純粋だからこそ、本物に見せかけた最も嘘つきなのよ!」

自分でも驚くほどの大きな声を出していた。

「そうか」

水島さんは自分が立ち上げた経営が傾き大きな借金を抱えていること。夢の一つも叶えられずに人生が止まっていること。ギャンブル依存症になった時代のこと。そしていつか必ず人生を逆転させること、を話してくれた。

「三島由紀夫の格好をして三島由紀夫賞を獲る? いい加減にしなさいよ! あんたいよいよ死ぬまで追い続けられる夢を見つけて安心してるわね! あんたはただの言い訳の天才。金も、夢も、破綻しちゃって、他人に使われて生きているだけ。いつまで青春している気なの!」

「なるほど。確かに、呪われた青春をループするアニメのキャラクターだよ、僕は。それも見た目は若いと言われるだけで歳だけ重ねて人生は進まない、地獄のような呪い」

「なんで受け入れんのよ! そんな人生」

「これがリアルなんだよ」

「今のあなたを見たら、あの時の赤いマフラー仮面はなんと思うでしょうね!」

「私はこう言うよ、お前には考えもつかないような地獄を俺は見ている。そのリアルを感じて見せろ、ってな!」

「情けないやつ!」

握り拳を握った瞬間に左後ろの方からパシャっとカメラのシャッター音が聞こえてヒソヒソ話す三人組が笑っていた。

「この辺にしといてやるわ」

一刻も早くこの場から立ち去りたかった私は少林寺拳法の身のこなしでバッグを真っ直ぐ殴るよう取って帰る支度をした。

「あの」

水島はまだ何かを言おうとしたけれど、私は振り返らなかった。

「ありがとう」

そう聞こえた。


「あんなのも言い訳なのよ」

私はなぜか泣いていた。

「あなたは私の…」


7章「ガラスの靴」


 企業案件が立て続けに入り、芸能事務所所属の決まった私はコスプレのユニットを組むことになった。なんだか急に有名人になりかけているのでアルバイトに入るときはわざと寝ぐせを立てて、メガネをかけ、それこそ別人のコスプレをした。数日後に事務所のマネージャーから連絡が入り、副業禁止を破っているという連絡が来て、事務所を辞めるかアルバイトを辞めるか選べ、と言われた。


 時間の空いているものだけで細やかながら送別会を開いてくれた。事務所の休憩室で消費期限が近い商品を集めてパーティをした。結局お忍びでバイトしたことは内緒で、みんなには私が田舎に帰るということにしてある。水島さんだけが秘密を知っていることになる。今日はラーメン屋の仕事で来ていない。みんな泣いて別れを惜しんでくれた。

「また絶対遊ぼうねー」

「絶対連絡ちょうだいよ。福井に遊びに行くから」

短い間だったのに、みんなに惜しまれて私は幸せものだ。


 あの人のロッカーに私は八万円かけて作った特注の「マスク・ド・プリンス」の仮面を入れた。「くじ引きで当たったけれど頭のサイズが合わないので、どうか使ってください」とメモを添えて。これで少しはコスプレのクオリティも上がるだろう。

「ガラスの靴、必ず届けに来てよ。私は高いところで待ってる」


 スマホの通知「伝説の超コスプレイヤー」の新着動画を開いた。そこには私のプレゼントしたマスクを被った「マスク・ド・プリンス」がマイクを持って立っていた。

「諸君、青春とは、今この瞬間を輝かせることである。マスク・ド・プリンス40歳、今が人生の最たる時である!

カップ焼きそばを毎日食べても誰にも心配されずに静かに終わる人生を叫べ、叫ぶんだ!

目の輝きを失わさせる職場の上司に言ってやれ。あなたはなにも苦労などしていない。ただ、洗脳されただけだ! そう、自分が正しいと。私には無限の可能性の命が見える!

心理学は告げる。希望は嘘ですら人の心に影響を及ぼす、と。

手ひどくやられた者たちよ、君たちこそが正しいのだ。我々は、愛と夢を持って、立ち上がる。

競争化した社会に優しさを持って対抗する。そして、私は『弱者の戴冠』を宣言する!」


 再生回数4回。私の口元が自然と緩んだ。

「絶対に這い上がってこい」

押した「いいね」が示す親指を立てた形は高評価なんかじゃなく、あんたを殴る握り拳の形なのだ。


お読みいただき誠にありがとうございました。プロットを並べただけのような感じになってしまい申し訳ありませんが、実はこの巨大な話はまだまだ前日譚と続きがあるんです。

いつか本編でお会い出来たらこれほど嬉しいことはありません。

頑張れ、ダメ人間!!!

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