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39 絶望と希望

「絶望とは、どういうことだ」

「……」


 問われて、わたしはつい口ごもってしまった。

 本当にこの方に言ってしまってもいいのだろうか。

 本当のことを話しても、理解してもらえないかもしれない。下手したらお怒りを買ってしまうかもしれない。


「兵器の開発を負担に思っているのなら、今から辞退したっていい。辞退しても、ウルティコ氏の保護をやめたりなどしない。ただ、俺は……君に無理強いをしたくない」


 なんとお優しい方だろう。

 寛大な性格であられるのはお父上によく似たようだ。でも、わたしは……どうしても躊躇ってしまっていた。


「クロード様。それは、いまご説明しなくてはなりませんか?」

「……できたらな。だがそれも、話したくないのなら話さなくていい」


 クロード様は、本当にお優しい。

 でも遠すぎる(・・・・)

 すべて打ち明けるには遠すぎるお方だ。


 こんなわたしのことなど捨て置いてくださればいいのに。国の行く末に比べたら、わたしのことなんてごく些末なことだ。なのにどうして、そこまでわたしを気にかけてくださるのだろう。ただの、一介の義肢装具士でしかないのに。


 わたしは自分の心の内に目を向けた。

 辛いことばかりだった過去を、思い出す。


 レイナさんやウルティコさんには気軽に話せた。でもなぜが、クロード様には言えない。

 わたしのことなんかで悩んでほしくない。

 少しでもお手を煩わしてほしくない。


 その時、ノックがして給仕のロボットが部屋に入ってきた。

 トレイの上には湯気の立つカップが二つ乗せられている。


「オ待タセイタシマシタ。オ茶トノゴ所望デシタガ、就寝前デスノデ、勝手ナガラホットミルクニ変更イタシマシタ」

「ふむ。その配慮は適切だ。許そう」


 ティーテーブルにカップが置かれると、ほどなくしてロボットは退室していった。

 わたしたちはどちらからともなくそれを手に取る。


「わあ、あったかい……。いただきます!」


 わたしはほんのりと温かさの残るカップを両手で持つと、さっそく一口飲んだ。

 新鮮な牛乳……だと思う。

 というのも一度も生の牛乳は飲んだことがなかったからだ。

 加工されたチーズやバターだってたまにしか食べたことがない。だから「これはミルクです」と言われてもすぐには理解できなかった。


 でも、父さんも母さんも過去に飲んだことがあると言っていたので、特徴からしてたぶんそうだと思った。

 とても甘い。

 これは何杯だっていけそうな気がする。


「俺は……国民に希望を取り戻したい」

「クロード様?」


 ひと息ついたであろうクロード様がぽつりとそうつぶやかれた。


「民だけじゃなく、君たち協力者にも……そうなってほしいと思っている。だから、いま君が絶望しているならば、己を不甲斐なく思う」


 寂しそうにそう語られたクロード様に、わたしは慌てて反論する。


「く、クロード様は何も悪くありません! わたしが絶望しているのはもっと、違うことです……クロード様にはわたし、とても感謝しているんです」

「……感謝」

「はい。クロード様はわたしをさらなる高みに導いてくださいました。わたしは今まで何もできない人間でした。でも、クロード様の専属技師にしていただいて、兵器の開発者にも任命してくださって……少しは使える人間に、なれたんです」

「俺のはあくまで『きっかけ』だろう。君が成長できたのは君自身の努力のおかげだ」

「そう、かもしれません。でも……クロード様に出会わなかったら、わたしはずっと絶望しつづけたままでした」

「アンジェラ、君は……」


 そうだ。この方はわたしを救ってくださった。


 父さんと母さんを助けられなかったわたしを。

 手足が腐りつづけていくお客さんたちをどうにもできなかったわたしを。

 ずっとこのままでいいと思っていたわたしを。

 絶望の只中にいたわたしを。


 見つけだして、わざわざそこから引っ張り上げてくださった。


「クロード様には感謝してもしきれません。だから、わたし……これからはなんでもやれます。やれる気がしてるんです」

「……なんでも」

「はい。どんなに辛そうなことでも、大変そうなことでも。それをやりとげれば、きっと今までよりマシな自分になれるって。マシな世界になるって。そう信じてるので」

「必ずしもそうなるとは、限らんぞ」

「そうですか? でも現にわたしは今までより幸せになれました。もっともっと、いろんなことができるようになりたいです。そうすれば……。そう、しないと……」


 絶望に追い付かれてしまう。

 それは嫌だ。

 体がこわばる。わたしは、それを隠すようにテーブルにミルクカップを置いた。


「君は、ずっと何かにおびえているようだ。絶望の原因が何かはわからないが……。そこから逃げるために、君はこの国に貢献していたのだな」

「……はい」


 クロード様もカップをテーブルに置いた。

 そして、意志の強い目を向けられる。


「それは、苦しいことだな。のちにこの選択をひどく後悔するときが来るかもしれない。だが、そんなときの恨み言も、俺が聞こう。それが君に仕事を命じた者の責任だ」

「クロード様……」


 責任。

 それは、さきほど大浴場でウルティコさんも言っていた言葉だった。


「話はわかった。君がどういう覚悟で仕事に臨んでいたのか、多少なりとも知れてよかった。貴重な休息の時間を奪ってしまってすまなかったな」

「いえ……」


 ちょうど話がキリ良く終わった。

 ホットミルクを飲み終えたわたしは、一礼をし席を立つ。


「では……おやすみなさいませ、クロード様。あの、変なことをいろいろ言ってしまって……すみませんでした」

「変なこと?」


 そう言って、小首をかしげられるクロード様。


「え……あの、その、お気にされていないならいいんです。これからも真面目に働かせていただきます。なので、その……わたしのことはあまりこれ以上気にしないでいただけると……」


 ああ、何を言ってるんだろう。

 しどろもどろになりながらも、失礼な言動はなかったかと今までの会話を振り返る。


 しかし、クロード様は軽く微笑を浮かべ、ゆっくりとわたしの側までやってきた。

 急に距離が近くなってわたしはあわてた。


「え、あの、クロード様?」

「気にするなとは、無理な相談だな」

「え?」


 あの青の瞳が近づいてきたと思ったら、わたしはクロード様に口づけをされてしまっていた。

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