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 仰げば尊し中学生最後の日、校庭には別れを惜しむ生徒が溢れかえり、咲きはじめたばかりの桜を背にそれぞれが写真を撮っている。

 一方、香坂こうさか唯は別棟二階へ上る階段の踊り場でひとり佇んでいた。窓ガラスを通して外から同級生たちのはしゃぐ声が聞こえてくる。用事さえ頼まれなければ、唯もあそこで名前も曖昧な後輩と名残惜しい演技をしながら花束を受け取り、最後の瞬間を分かち合っているはずだった。そんな想像をしながら外をうらめしく見つめる。

 二階に視線を戻すと、友人たちがクラウチングスタートのかまえで、下着が見えるのも気にせず真剣に教室内部の様子を伺っていた。

 教室から悲鳴が聞こえ、それを合図に友人たちが教室内になだれ込む。教室内から喧騒が聞こえて、さすがの唯も心配になってこっそりのぞきに向かった。

 長テーブルの上に横たわるクラスで一番かわいいサヤカの横であぐらをかいて座っている、見るからに不機嫌で目つきの悪い男子生徒がいた。


「暴行の証拠撮ったよ。ばら撒かれたくなかったら今までの行動を反省して、私たち全員にこの場で謝罪して」


 教室に一番乗りで飛び込んでいったアキが画像を印籠のように見せながら、友人四人を引き連れて男子に詰め寄っていく。

 唯のクラスはささいな言い争いから大ゲンカに発展し、長らく男女が二分していた。女子筆頭のアキ、男子筆頭は長テーブルに座っている志葉しば。もともと二人は仲の悪い幼なじみということもあって、表立ってけんかしているのはもっぱらこの二人とその取り巻きだけだ。実際のところほかのクラスメイトたちはクラスの雰囲気に合わせて派閥に身を置いているだけだった。唯は自分の意思もなく巻き込まれている生徒のうちのひとりだったが、波に漂うクラゲのように付かず離れず流れに身を任せていた。

 基本的に志葉は扱いを間違えなければ害はない。唯はなにもしないから、なにもしてこない相手に彼もわざわざ意地悪なことはしない。

 目つきと口が悪く、女子に対しても気を使わず人の弱点ばかりつくような物言いから、繊細で多感な時期の女子生徒とはとにかく相性が悪い。その反面、目的のためなら手段を選ばずパラメーターを全振りするような潔さと自由な言動から、男子生徒からの支持は厚い。男子と女子が持つ印象がまったく違うというのが志葉という生徒だった。

 被害者のふりをしていたサヤカは長テーブルから飛び降り、アキの後ろに隠れて舌を突き出している。唯はただ見張りをしてほしいと頼まれ無理やり連れてこられただけで、一体なにが起こっているのかわからなかったが、また男女の揉めごとがはじまったということだけは理解した。


「そいつが飛びかかってきたのをはね除けただけだよ」

「必要な部分だけ動画切り取って、私たちが証言すれば100%悪はそっちだよ」


 睨みつける志葉の目がますます鋭くなる。


「はめたのか」

「いままで私たちを散々こけにしてきた仕返しだよ。謝れば許してあげる。もちろん謝罪の様子も動画撮るけどね」


 中学最後の勝負に勝利し、拍手喝采で喜ぶアキたちの姿を見て、志葉が両腕を組みうなだれた。


「謝罪……」


 ため息混じりにそう言って手元でなにかを操作する。サヤカが会いに来たときの会話からいまのアキとの会話まですべてが大音量で再生された。さらに教室の奥から男子生徒が数人、動画を撮りながらひょっこりと姿を現した。


「謝罪だけで済むと思うなよ、くだらない真似しやがって雑魚どもが」


 先ほどの笑顔から一変して顔面蒼白になった女子たちを、鬼の形相で睨みつける志葉と取り巻きの男子。


「アキのゲスい企みなんて最初からわかってたんだよ」

「仕込みとか卑怯だぞハゲ」

「うるせえ、全員そこ並べ。卒業の日に全校配信されたくなかったらさっさと土下座しろ」


 アキ以外の全員が意気消沈し床に正座して各々が謝罪するなか、アキと志葉はぎゃあぎゃあと幼稚な舌戦をつづけている。二人は昔から口ゲンカが絶えないから見慣れたものだが、冷静になって見てみると金切り声をあげて怒鳴っているのはアキばかりで、志葉はほとんど言い返しているだけだった。


「一生童貞の呪いかけてやる。魔法使いになって寂しく死ねヲタク野郎」


 魔法が使えるようになるなら貞操を守るのも悪くない。唯がそんな気楽なことを考えていると、志葉が低い声で切り返した。


「望むところだよ。一生彼氏も結婚もできない呪い返ししてやるわ、生涯干からびてろ」


 あまりに壮絶な状況に唯はおののき、忍び足でその場を離れた。見張りになってほしいと呼ばれた理由は、てっきり卒業記念の告白タイムのためだと思っていたからだ。

 平和主義者の名を騙るただの小心者の唯が階段にたどり着く前に、アキが「ばーか」と絶叫し教室から勢いよく飛び出していった。横切られたときの風に煽られ、身を縮こませその場で固まっていると、アキを追いかけるように志葉も飛び出してきた。

 志葉は硬直している唯に気づき、驚いた顔をして急ブレーキをかけて戻ってくる。彼女たちに加担していたひとりだと知って怒ったかもしれない。あまりの迫力に唯は気をつけの姿勢で立ち尽す。うつむいて嵐が去るのを待っていると目の前にシャツのボタンが迫ってきた。あとずさる分だけ近づいてかかとが壁にあたり、逃げ場がなくなってもじっとボタンだけを見つめた。今日は正規ネクタイ着用必須のはずだが卒業の記念に誰かに取られたのかもしれない。志葉なら相手はおそらく男子だろう、などと余計なことを考えていた。

 せっかくこれまで目立たず標的にならないようにうまくやってきたのに、最後の最後で目をつけられるなんてと失敗を悔やんだ。

 しばらく待っていてもなにも言ってこない志葉をおそるおそる見上げると目があって、両肩をがっちりと掴まれた。


「香坂も呪い確定な」


 中学生最後の日、見張り役の唯は花束のかわりに「一生恋人ができない」という謎の呪いを受けて幕を閉じた。


 そんな大事な中学卒業式に起こった男女抗争も、高校生になると同時に霧のように消えた。今まで狭い世界で生きていた中学生が、別の地域から集まった生徒たちと接してすこしずつ外を知って行くことで成長し、高校二年の夏休みにはじめて開かれた中学のクラス会ではほぼ全員が参加した。

 わざわざ仲直りの言葉を口にするということもなく、あの男女抗争は誰の心にも忘れられない青春の思い出に変わっていた。何人か都合がつかず不参加だったがそのなかに志葉も含まれ、出欠席の返信もなく連絡すらつかなかったという。

 誰かが、志葉は異世界転移していて今頃は本物の魔法使いになっているのだろうと冗談を言った。その理由は、あのとき彼氏ができなくなる呪いを受けた特攻女子メンバーのなかで、謝罪した子たちには彼氏がいて、謝罪しなかったアキと唯にはいなかったからだ。それを知った友人たちは一斉に爆笑し、アキは怒りながらも笑っていたけれど、唯はただの冗談だとわかっていても作り笑いしかできなかった。

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