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58. ソフィスティア6


「レオン、私の騎士になるってどういうこと?」


図書の間で、ソフィスティアはレオンを隣り合うように座らせていた。

普段は周りのものを下がらせて、一人籠もっている場所に、こうして二人でいるのは不思議な気持ちだ。


図書の間に着いてすぐ、レオンハルトと少し話をしたいと言った。いつもであれば、それは聖なるお方がやるべきことではないと止めそうなエレナは止めず、レオンハルトを呼んでくれたのだった。


「ソフィは自分で言ったことをすぐ忘れるんだな」


からかうような口調でレオンハルトは言う。


「騎士になれと言ったのはソフィだろう」


「そうだけど・・・まさか、こんなにすぐに騎士になって側に来るとは思わなかったわ」


こうして、騎士となったレオンハルトと、図書の間で膝を突き合わすような距離で座って話しているなんて、夢を見ているような気もする。


全てが前例通り、形通りの神殿において、ありえないような状況だ。


「どういう経緯で騎士になることができたの?何があったのか、詳しく教えて。簡単なことじゃないはずなのに・・・」


騎士の仕事が守ることならば、力が強ければその役割は果たせる。しかしそれだけではないことも事実だ。


「この図書の間でわかったことを言えと言われていたから、剣について書かれた本の記述に引っかかりを感じると言ったんだ。もしかしたら剣に触れば何か思い出すかもしれないと。次の日には騎士の鍛錬場に連れてかれた。剣を渡され、少し振って見せろと言うので、相手がいないとできないと言ったら、若い騎士が出てきて、手合わせをすることになった」


「手合わせ?」


「ああ。あんなに弱い奴に手合わせをされても、準備運動にもならないが・・・相手の剣を打ち落としたら、団長と名乗る男が、何か思い出すことがあったかと聞いてきた。ない、と答えた。ただ体は剣の使い方を覚えてるようだ、剣を扱うことに違和感はないから、もしかしたらこのような生活をしていたのかもしれない、何かのきっかけで思い出すかもしれないがわからない、と言った。それから何人かと手を合わせを行い、その場は終わった」


ソフィスティアはレオンハルトの話を驚きとともに聞いていた。


あの夜、ベランダから飛び降りたレオンハルトの身のこなしには驚いた。

只者ではないとは思っていたが、まさかそんなに強いとは。


騎士の若者であったとしても、この神殿の騎士団に配属される者はそれなりの腕前であるはすだ。簡単に勝つなんて俄には信じられないけれど、現にレオンハルトは騎士となって側に来てくれた。


ーーー 記憶失う前は、一体どんな生活をしていたのだろう


「それからはすぐに騎士団の一員のような扱いになった」


「何か思い出したのね?」


ソフィスティアは早く続きが聞きたくて、被る勢いで聞く。


「何も」


レオンハルトはあっさりと答える。


「え・・・・でも、剣の扱いを体が覚えていたんでしょう?もしかしたら、それで記憶が戻るかもしれないって思ったんじゃないの?」


それに対してレオンハルトはクスッと笑った。


「そんなのは方便だ」


「でも、騎士に勝つなんて、よほど鍛錬を積んでいないと・・・」


「あの程度は何ていうことはない。むしろあの程度の力でソフィを守れるのか、疑問だな」


ソフィスティは絶句した。


目の前のレオンハルトは剣など持ったこともないような、妖精の化身のような整った顔立ちをしている。これで剣の腕も強いとなったら一体どんな人だったのだろう。


国の中であればもっと噂になっていても不思議ではないから、やはりこの国の外の王族や貴族なのだろうか。


おそらく騎士団や神殿の者もそう思ったのだろう。

レオンハルトは思った以上に丁重な扱いを受けているようだ。


それでもどうして自分の側に騎士として仕えることができるようになったのかがわからない。


「それで、どうやって護衛の騎士に?」


「拙速に行動しても信用しないであろうことはわかったから、しばらく様子を見ていた。そのうち魔物の討伐で経験豊富な騎士が足りないという話を耳にした。

そこで騎士団長に直談判をしたのだ。せっかくここにいるのであれば、命の恩人であるソフィスティア様を守る騎士でありたいと。そしてもしかするとそうすればなにか思い出すかもしれない、なんとなく見覚えがあるような気もしているから、と言った」


「えっ!そうなの?私と会ったことがあるの!?」


ソフィスティアはレオンハルトに思わず詰め寄った。


「そんな話は、言っていなかったのに・・・」


レオンハルトは笑った。


「それはそうだ。これも方便だからな」


「ええっ!つまり嘘ってこと・・・?」


ソフィスティアは唖然としてレオンハルトを見る。

しかしレオンハルトは全く悪びれるところがない。


「本来であれば、誰が一番強く、その者がどうしたいかで決めるべきだ。しかし全てにおいてまどろっこしいやり方をするこの場所のやり方に合わせるしかない。私の目指すものはひとつなのだから」


レオンハルトはじっとソフィスティアの瞳を見る。

絡め取られそうな妖しい気持ちになる眼差し。


「そのために手段はそう大事なことではない」


レオンハルトの言うことは、一つ一つ、ソフィスティアの今まで培っていた、いや、教えられてきた価値観と違いすぎていて不思議な気分になる。


レオンハルトの言うことをそのまま正しいと思うには躊躇いがあるが、確かにそうでもしなければレオンハルトがソフィスティアの近くに来ることはできなかっただろう。


ーーー まあ、思い出す可能性はゼロではないのだから、嘘をついたということでもないのかな・・・


そう自分に言い聞かせながら、ソフィスティアはそれ以上何かを言うことはやめた。


逆に言うとそこまでしてソフィスティアの側にいたいとレオンハルトは考えているのだ。

そう思うとなんだか心の奥の方が温かくなるような気持ちだった。


「それでその希望が叶ったのね」


「ああ。腕の確かな者でなければソフィスティア様の護衛の騎士にはなれないと言われて、交代する騎士と一対一で力比べをした」


「え!ロレンツォと!?」


ソフィスティアは思わず声を上げた。


「大丈夫だったの!?」


目の前にいるレオンハルトはどこも怪我してないのだから、大丈夫だったことは当たり前なのだが、思わず確かめてしまう。


ロレンツォの腕はまるで丸太のように太く、体も大きく、壁のような男だ。それに対してレオンハルトはまだ少年のようなほっそりとした、しなやかな体つきだ。

どう考えてもレオンハルトはロレンツォにかなわないのではないかと思った。


「もちろん何も問題はない」


レオンハルトは、なんでそんなこと聞くのだと言わんばかりに言う。


「力が同じぐらいであれば良いのだと理解したから、互角になるように戦い、納得させた」


勝つこともできたが、それを調整した方というような口ぶりだ。


「力を抑えた、っていうこと?」


「俺がロレンツォよりも力があるということが分かれば、魔物討伐に行った方が効率的だという話も出かねないからな。どこの誰かも分からない俺を、そういう場に送り出すことはなるべく避けるだろうが・・・魔物の種類も少しずつレベルが上がってきて手を焼いている時もあるようだから、その可能性もあると思ったのだ」


そのような話は初めて聞くことだった。

レオンハルトは騎士の中にいたからこそ、耳に挟んだんだろう。

ロレンツォのような者が呼ばれるのも理解できる。


「魔物だけは絶対に会いたくないと言ったし、頼まれても行くつもりはない。俺がいる場所はソフィアの隣なのだから」


「そ、そう・・・」


レオンハルトの言葉には時々ドキッとさせられる。


「違うのか?」


綺麗な顔が、悲しそうに歪むのを見て、


「ち、違わないわ」


ソフィスティはまごつきながら視線を外した。


「レオン、今は『俺』と言うのね」


「ああ。騎士のやり取りを聞いていて、学んだ。親しい者同士はそういう風に話すんだろう?」


「まあ・・・そうかもしれないわね」


ソフィスティア自身はそういうやり取りを良く聞いたことがあるわけではないが、そういうものだというのは知っている。


「これからここで会うときは、もっと色々ソフィと話したい」


「これから・・・ここで!?」


思わず聞き返す。


「ああ」


レオンハルトは頷いた。


「図書の間にいると時折何か思い出しそうになると言っておいた。だから騎士であっても、ソフィが図書の間にいる時は、『ソフィスティア様がお許しになる範囲で』近くにいることは許されるようだ」


「本当!?」


ソフィスティアは我を忘れて、喜びの声を上げた。


レオンハルトが護衛の騎士になった上に、そしてこの図書の間で、一緒に話すことができるなんて、何と言う幸運だろう。


いや、幸運ではない。

レオンハルトの機転でそういうことになったと言わざるを得ない。


レオンハルトはソファから立ち上がり、スッとソフィスティアの前で跪いた。


「ソフィスティア様、お近くにいることをお許し頂けますか」


瞳の奥を煌めかせながら。


「もちろんよ・・・レオン。ありがとう、私の騎士になってくれて」


「この命を捧げ、貴方をお守りします」


レオンハルトはそう言うと、心底嬉しそうに、その美しい顔を綻ばせた。




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