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29.波乱


チチチと小鳥のさえずりが聞こえる。まるで靄がかかったように遠くの方で。

顔に温かな日差しを感じ、瞼の裏の赤さを漠然と感じる。


少しずつ現実の感覚が戻り、ソフィアはゆっくりと目を開けた。頭上には太陽。さやさやと揺れる葉の音から、屋外にいることわかる。自分は仰向けになっているようだ。


――― 私、何をしていたのかしら


幼い頃は庭でに転んだまま昼寝をしてしまうこともあったが、今はもう大人なはずで・・・


夢見心地のまま、そこまで考えてから、ソフィアはガバッと飛び起きた。

自分が王宮の庭で何者かに口を塞がれたことを思い出したからである。


今更遅いのだけれど、身を固くし警戒しながら周りを見渡す。


「え・・・」


危険を悟った一瞬の恐怖が今も残るが、そこにいたのは想定したような犯罪者らしい顔ぶれではなかった。


ソフィアの前で立ち竦んでいるのは、少年というにはまだ少し幼さの残る、十二、三歳ぐらいの男の子。着ている服は一目で上質で手の込んだものであることがわかる。そして少し離れたところで、いかにも男の子に仕えている風情の屈強な従者が片膝をついて控えている。


二人から視線を外さないまま、目の端でさっと周りを確認すれば、人の背の高さを少し上回る植栽がぐるりと周りを囲っている。ソフィアが横たわっていたのは大理石でできたベンチで、レオと一緒に回った庭園迷路の中の一か所であることに思いが至る。


――― よかった、まだ王宮の、それもあの四阿のすぐ近くなのね


日の高さからいっても、まだそう時は経っていないだろう。


「もしかしてあなたたち、私を助けて・・・」


そこまで言ってから言い変える。


「くださったわけではなさそうね」


もし助けてくれたのならば、このような反応ではないだろう。

心配そうに介抱するというよりも、ソフィアが発する一言一言にビクッと反応している感じだ。

ただ、場所からも、相手の様子からも、何か邪悪な意図というのは考えられそうにないことに、ソフィアはアは少し安堵する。


何が起きているか全くわからないから少し反応を待ってみたものの、何も言葉が返ってこない。


――― これでは埒が明かないわ


男の子を先に問い詰める気にもなれず、ソフィアはまずは従者の方に視線を向けた。


「・・・私をここに連れてきたのはあなた?なぜこのような乱暴な真似をなさったのか、きちんとご説明して頂きたいのですが」


従者は発言を許されたと解釈したのか、深く低頭をした。


「ここまでお連れしたのは私です。失礼な真似を致しましたことは私が責めを負いを追いますので、何卒お許しください。どうしても拝謁する機会を頂きたかったのですが、ほかの手段がなく・・・」


――― 拝謁?


自分に対して随分と大仰な表現を使うものだと違和感を抱きながら、相手の言葉を遮る。


「どんな理由があろうと、意識を失わせるなど、失礼な真似という表現で済ませられるものではないと思いますが。このようなことをなさって、どうして私があなた方と安心して話ができると言うのでしょう」


ソフィアが低い声で問い質すと、従者は顔色を蒼白に変える。


「仰る通りではございますが・・・決して、決して御身を危険に晒すつもりではなく・・・」


今更とは思うが、ソフィアの心象を少しでも良くしようと必死であることが伝わる。

しかし、従者が言葉を重ねようとしたのを、凛とした声が止めた。


「フレッド、僕が説明する」


「殿下・・・」


――― 殿下?


目の前に立つ男の子は真っすぐソフィアの目を見る。まさかと思いながら言葉を待つ。


「お許しください、すべて私の責任です」


頭を下げると、金糸のような髪がサラッと顔にかかる。華やかな容姿は誰かに似ている。


「あなたは・・・」


返ってくる返事は大体想像できたが、間の後、子供らしからぬ大人びた表情で、男の子は覚悟を決めたように口を開いた。


「ミラスタニア国から参りました、ヘンリー・フィラデルと申します」


――― この子があの国の第三王子・・・


フィラデル家はミラスタニア国の王家の名前だ。


「すべては私が指示したことなのです。どうしても誰にも聞かれずに、お願いしたいことがあり、どんなお咎めも受ける覚悟でこのようなことを致しました」


「私にお願いしたいこと・・・?」


ミラスタニア国の王子が、一体、何をお願いしたいというのか。

この国の方が国力が上とはいえ、ソフィアはあくまでも辺境の貴族令嬢。ここまで非常識な方法で、決死の形相で願いたいことなどあるはずがないのだが。


「もしや・・・レ・・・」


レオが関係することか、と言いそうになって慌てて口を閉じた。

いくら幼馴染とはいえ、王太子の名を馴れ馴れしく呼ぶのはまずい。


でも、唯一思い当たることとすれば、それしかない。自分と、ミラスタニア国に接点はなく、繋ぐものがあるとすればこの国の王太子たるレオだ。


ソフィアの推測は正しかったらしく、言いかけた音だけで察したのか、ヘンリーは躊躇いがちに頷いた。


「エミリア王女殿下とのことですね?」


おそらく身を引いてほしいということなのだろう。姉を思っての行動と思うと、そのようなことをまだ少年とも言えないような男の子に言わせるのは忍びなくて、自分は幼馴染だと説明しようとした。


が、その前に、ヘンリーがソフィアの言葉に反応した。


「はい、姉のことです。しかし、誤解なきよう恐れながら申し上げます。決して無理に姉を王太子妃にして頂きたいということではございません。せめて、しばらく、この王宮に留めて頂けないかと・・・そう願っております」


「王宮に留める・・・?」


まるで意味がわからない。

ヘンリーもソフィアの困惑を感じとったのだろう。


「不審に思われるのはご尤もです。これには、その、理由がありまして・・・」


そこまで言ってから、ヘンリーの言葉が続かない。

ソフィアは催促するのは得策ではないと思い、辛抱強く待った。


乱暴な真似までして話したいと言いながら、なぜいざとなると躊躇うのか。

ヘンリーが伝えようとしているのは、誰かの耳に入っては困る、普通では言えないことなのだろう。


徒に時間が過ぎる。


ソフィアがいなければ、きっとアリアは動転するだろう。いや、もし身探しのまじないがかけられているならば、じきにここに来る。

そうすると、リスクを顧みずにした彼らの行動は無に帰す。それでいいのだろうか。


我ながら人が良すぎると思いながらも、ソフィアは忠告しようと口を開いた。

が、その前に背中を押したのはヘンリーの従者であった。


「殿下、時間がございません」


俯きそうになっていたヘンリーは、その言葉にハッと顔を上げた。

遠からず、ソフィアを探しに人が来るであろうことを気付かされ、ヘンリーは腹を決めたようだ。


「不躾なことばかりで申し訳ございませんが、どうか、内密にお願い致します。国の王家の恥ともいえる話なのです」


そう前置きをし、言葉を選びながらヘンリーは話し始めた。


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