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美奈子ちゃんの憂鬱

美奈子ちゃんの憂鬱 安楽椅子に寝そべって 窓から入る者

作者: 綿屋 伊織

元はサキの「開かれた窓」です。ほとんど盗作じゃねぇか?その通りです。

 ●桜井美奈子の日記より

「桜井さん。お話していた叔母は、すぐに参ります」

 鈴紀先輩は、17という歳が信じられないほど、落ち着き払っていた。

「それまでは私がお相手させていただきますわ」


 ―――結構です。


 その言葉が、喉元まで出かかった。


 ―――さっさと帰してください。


 本気で、そう言いたかった。


「あら?」

 鈴紀先輩は怪訝そうに言った。

「お茶も出さないのですか?」

「……お客は誰ですか?」

「私にいれろと?」

「……」

 私は不承不承、立ち上がるとティーセットに手を伸ばした。

「全く、最近は桜井さんも悪知恵が働くようになって、大変ですわ」

 鈴紀先輩が私に文句を言った。

「車で横付けして拉致ってようやく」

「……素直に来いって電話いただければ」

「応じてくださいました?」

 法事や腹痛、風邪、葉子の面倒……とりあえず10か20、断る口実を思いついてから答えた。

「―――さあ?」

「絶対、応じてくださらないってお顔に書いてあります」

 鈴紀先輩は、私からお茶を受け取った。

「叔母は話し好きな方で、探偵小説のファンでもありますから、桜井さんとはお話が合うと思っていますの」

「どんな方なんです?」

 私は今、自分達がいる場所を見回した。

 何しろ、袋詰めにされ、車のトランクの中に押し込められたあと、袋から出されたのがこの部屋だ。

 ここが何県の何市か、海に近いのか山に近いのか、まるでわからない。

「この一帯は、すべて私有地です」

 鈴紀先輩はそう言った後、小首を傾げた。

 ―――わかるか?

 その目は私にそう問いかけていた。

「かなりの資産家の奥様というところですか」

 それは間違いないだろう。家具から絨毯にいたるまで、周りの調度品はそうそうお目にかかれる代物ではないことくらい、私にもわかる。

 叔母で話し好きな人が、女子高生に相手を求めるくらいだから、一人暮らし……未亡人なんだろうか?

 でも、私はその考えを否定した。

 この部屋は、不思議と男の気配がする。


「叔母にとって、今日は少し、特別な日でして」

 鈴紀先輩はソーサーにティーカップを戻すと、言った。

「丁度、3年前になります。叔母はそれはそれは大変悲しい目にあわれました」


 先輩に出会ったんだろう。


 私は本気でそう思う。


「悲しいめ?」

 それでも、私は波風を立てないように問い返した。

 よくよく考えれば、鈴紀先輩のいう、「悲しいめ」というのは、おそらく凄く悲劇的なことだ。

 普通の殺人事件程度なら、“生命保険のご加入はされていたんでしょう?”程度で斬り捨てる人だ。

 その人をして、「悲しいめ」と言わしめる?

 私は、少し、興味を持った。

「どういうことです?」


 私が続きを促したことに満足したんだろう。

 鈴木先輩は頷くと言葉を続けた。


「今、何月かご存じ?」

「十月です」

「そう……十月」

 鈴木先輩は視線を窓に向けた。

 私もさっきから気にはなっていた。

 鈴紀先輩の視線の先には大きなサッシ窓があって、十月だというのに大きく開け放たれていた。

 秋風というには冷たい風が、広い芝生の庭を通ってサッシから入ると、レースのカーテンを揺らす。


「今年は三年前同様、少し冷たい風が入ってきますわ」

「三年前と、このサッシと―――何の関係が」

「三年前の今日、叔父は、叔母の弟たちと一緒に狩りに出かけました。あの窓を通って―――そして」

「……」

「三人とも……帰ってこなかった」

「帰ってこない?」

「ええ。鳥を撃ちに行ったんです。詳しくは知りませんが、狩猟はお気に入りのポイントがあるそうで、叔父はその日もそこへ向かったんです。ところが、途中には沼がありまして、叔父は足を踏み外し、沼に入り込んだのです。普段は固い所も、前日の雨で踏み込むとズブッと……」

「……」

 芝生の向こうに広がる森の中。

 鬱蒼と茂る木々の下、逃れることの出来ない漆黒の沼地にゆっくりとはまりこむ恐怖を想い、私はゾッとした。

「死体は今でも見つかっていません。今でも叔父達は―――沼のどこかに沈んでいるんです」

「……」

「可哀想に―――叔母は、三人ともいつか帰ってくると信じているんです。一緒に狩りに出た猟犬まで、きっと帰ってくる……そう思っているのです。みんなきっと帰ってくる。いつものようにあの窓から帰ってくると」

「それでああやって窓を?」

「そうです」

 鈴紀先輩は頷いた。

「毎晩、真っ暗になるまでそこの窓は開けっ放し」

「悲しい……お話ですね」

 そう思う。

 最愛の人が帰ってこない。

 死体もないからあきらめもつかない。

 いつか―――いつか帰って来てくれる。


 そう信じて毎日を過ごすのって、どんな思がするんだろう……。


「叔母は」

 鈴紀先輩は、ティーカップを指さしながら言った。

 私はおかわりを用意しながら言葉を待つ。

「叔父達が出ていった時のことを、未だに口にするのです。

 叔父は白いレインコートをかかえて、一番年下の弟さんは猟犬に「そんなに走るな」と窘めながら。

 叔母は犬が苦手だから、猟犬を部屋に入れようとすると怒るそうです。

 弟さんは、そんな叔母の反応が面白くて、わざと猟犬を部屋に入れようとして―――」


「叔母様にとって」

 私は、鈴紀先輩の語る日々に思いを馳せた。

 叔母様にとっては、それはかけがえのない楽しい日々だっただろう。

 そんな毎日が―――今はもう、戻ってこない。

 可哀想だと、思う。


「ええ―――私も叔母の話を初めて聞いた時は、本当に叔父が帰ってくるような気がしたものです」

「そうですね」

 私も頷いた。

「何も知らなければ、今すぐ叔父様が帰ってきても驚きもしません」

「そうでしょう?」

 鈴木先輩は、紅茶を新しく入れたティーカップに口を付け、満足そうに頷いた。

「ですけどね?変なこと言うようで御免なさい。でも、今日みたいにしんとした夕方にこの部屋にいると、私は、今でも叔父達が、あの窓から帰ってくるような気がして……こう、背中がぞくっと……」

 鈴紀先輩は背筋をぶるっと震わせた。


 その時、ドアが開いた。

 部屋に入ってきたのは、銀髪の物静かな淑女―――その言葉が恐ろしく似合う、気品のある女性だった。

「お待たせいたしました」

 60は越えているだろう、背は低いけどしゃんと伸びた背筋。しっかりとした足取りは、体は健康だと教えてくれる。


 ―――少なくとも、ドアから入ってきたし、女だからお化けじゃない。


 そう思った私は立ち上がって会釈した。

「桜井美奈子です。鈴木先輩には学校でいつもお世話に」

「まぁ……鈴紀の叔母の克子でございます」

 何が気に入ってくれたのか、克子叔母様は嬉しそうに笑った。

「こんな田舎にまで鈴紀におつきあい下さってありがとうございます―――鈴紀のお相手は、退屈ではありませんでしたか?」

 まるで女子校の先生を連想させるキビキビとした声が、体だけじゃなくて意志まで強いことを教えてくれる。

「いえ」

 私は答えた。

「興味深いお話をうかがっていました」

「そうですか。窓が開いていますけど、よろしいですよね?」

 克子叔母様は席に座り、ティーセットに手を伸ばしながら言った。

「もうそろそろ、主人と弟たちが狩りから帰る時間なんですよ。いつもあそこから入ってくるもので」

「……」

 なまじ、克子叔母様が楽しげに話すものだから、聞いていて目頭が熱くなった。

 私はせめてと思って、叔母様の代わりにお茶を用意してあげた。

「桜井さん、お茶をいれるのは上手なのです。お味をお楽しみ下さい」

 ―――あらあら、お客様になんて。

 叔母様が恐縮する横で、鈴紀先輩が助け船を出してくれた。

 珍しいと思うけど、感謝だ。

「あら本当に美味しい」

 お茶は叔母様の口にあったらしい。よかった。

「今日、主人達は鳥を撃ちに沼地まで行ってるんですの。帰って来たらこの絨毯なんて泥まみれでしょうよ。本当に、殿方にはかないませんわ」

 克子叔母様は陽気に喋り続けた。

「今年は獲物が少ないので主人がイライラしてますの。季節が変わってカモでも来てくれれば違うんでしょうけどねぇ」

 私は何故か、背筋がゾッとした。

 どうしてこの人は、狩りのことしか言わないんだろう。

 狩りに出て帰ってこなくなった人の話をする。

 鈴紀先輩の言うとおりだ。

 この人は、未だにご主人が狩りから帰ってくると信じているんだ。

 それはわかる。

 わかるんだけど、どうしてだろう?

 何か怖い。

 何かが、私を怖れさせている。

 叔母様の会話は続く。

 話題を変えることさえ出来ないまま、まるで、客のことなんてどうでもいい様子で、空開いている窓と芝生の庭を気にしている。


 三年前の今日。


 狩りに出たまま帰らないご主人が―――この人は帰ってくるといわんばかりに。


 何が怖いか、私はようやく理解出来た。

 叔母様自身が、怖いんだ。

 狂っている。

 叔母様は狂っているんだ。

 死んだ人が、帰ってくると何年も信じ続けているなんて、狂っているとしか言い様がないことに、この時、ようやく気づいたんだ。


 私は鈴紀先輩に、本気で文句が言いたかった。


 今日は、叔父様にとっては命日だ。

 そんな日に私をこんな所に連れてくるなんて、本当にこの人はどういう神経をしているんだろう!!


 それからしばらく、私は鈴紀先輩に同意を求められる格好で叔母様と会話をした。

 なにを会話したか覚えていないから、どうでもいいことだろうし、叔母様は「まぁ、そうですの?」と、眠そうな声で答える程度だ。

 眠気が飛んだのは、叔母様がついに小さくあくびをした次の瞬間。


 ただ、それは私達の会話に感心をもったからではなかった。


 叔母様は席から立ち上がって嬉しそうにこう言ったのだ。


「ああ。やっと帰ってきました!お茶に間に合ってよかったこと。まぁまぁ泥だらけになって!」


 本当にびっくりした。


 ついにここまで狂ったか。

 私はそう思い、助けを求めるように鈴紀先輩の顔をのぞき見た。

 ところが、その鈴紀先輩自身が、恐ろしそうに目を見開いて、窓の外をじっと見つめているのだ。


 死体の山を見ても動じない鈴紀先輩が凍り付いている。

 その驚愕の表情が何とも言えず怖いと思ったけど、気が付いた時には私も誘われるように窓の外を見ていた。


 ―――嘘だ。


 私は自分の目が伝えてくる情報を否定した。


 ―――あり得ない。

 ―――あってはならない!


 そのはずの光景が、そこには広がっていた。


 暮れゆく秋の夕暮れ。

 その夕闇の中を、三人の人影が歩いてくるんだ。

 三人共、猟銃を持っている。そのうちの一人が肩にかけているのは、白いコート。

 その足下には、犬が元気に走り回っている。

 しばらくは誰の足音も聞こえなかったけど、そのうちしわがれたような若い男の声がした。

「そんなに走るな!」


 私は無我夢中でドアを飛び出した。

 何もかもがぼんやりしていた。

 そのおかげで―――門を飛び出した時、通りかかった車に轢かれそうになり、慌てて飛び退いた先にいた野良犬の尻尾を踏んづけ―――私は全力疾走で逃げ回るハメになった。



 ●その日の鈴紀の日記より

 桜井さんがドアから飛び出していった。

 トイレかと思ったら、そのまま外まで出たらしい。

 急ブレーキの音がしたけど、跳ねられた音はしてないし、犬の吠え声と一緒に桜井さんの悲鳴が聞こえるから、交通事故ではないらしい。


 叔父様が窓から入ってきたのはその時だ。


「やあ、ただいま」

 肩にひっかけた白いレインコートを窓の近くの椅子に置きながら叔父様は言った。

「泥まみれだけど、もうほとんど乾いているから安心しなさい。ところで、今飛び出していったのは誰だい?」

「桜井さんという、鈴紀さんの後輩にあたる方です」

 克子叔母様が答えた。

「とて変わった方で、あなた達を見た途端、失礼しますともさようならとも言わずに飛び出していったんですよ?全く、幽霊とでも思ったのかしら」

「いえ」

 私は言った。

「その犬のせいです。桜井さんは犬が大の苦手だと言っていましたから。昔、田舎で野良犬の群に襲われて、逃げ込んだ所がお墓だったそうです。桜井さんのご実家のある辺り、未だに土葬だそうで、桜井さん、お気の毒に埋葬されたばかりの穴に落ちて一晩過ごすハメになったそうですの」

「まぁ」

「それは気の毒に」

「はい。穴の周りで犬が歯をむき出しにして唸ったり、吠えたりしたそうで―――幼少期にそんな経験をすれば、誰だって犬嫌いになりますわ」

 目の前で心底気の毒という顔で叔母様達が顔を見合っている。

 

 でも、桜井さんは人の話をもっと聞くべきだ。


 叔父達は本当に死んでいる。


 そして、叔母もまた、つい先頃、病で息を引き取った。


 叔父達と叔母、四人の幽霊が出るようになったのは、それからだ。


 除霊を水瀬君に頼みたいから、とりあえず窓口たる桜井さんに、幽霊を見てもらおうと思ったのに、説明途中で逃げるとは何事でしょう。

 やはりお仕置きが必要かもしれませんね。


 ……はい?


 一緒に来ないか?


 叔母様?

 どこへです?


 ……叔父様達と再開出来たから、これから逝く?


 ああ。


 ご同道は謹んでご遠慮します。


 ……何だ。

 四人を出会わせればよかったんだ。


 これなら桜井さんを呼んだ意味がないですね。


 ……桜井さん。

 人の別荘の前でキャーキャーうるさいですよ?

 とっとと帰ってください。

 片道200キロありますけど。

 

 最近、美奈子シリーズが書けませんでした。

 人生に苦しみ出すとこうなります。

 不思議なものです。

 GWで仕事という名の義務地獄から解放されただけで書けるようになりました。

 明日でこの解放も終わり、地獄の中に戻ります。

 次に美奈子シリーズが書けるのはいつなんでしょうか。

 考えるだけで鬱になります。

 涙です。

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