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異界旅行記  作者: 青咲りん
第1話 再興の村
2/2

ロックバード

「ミールィ。ミールィ起きて」


 鈴を転がすような、柔らかい声が優しく鼓膜を震わせる。

 この声は、俺と一緒に旅をしている女の子詩音しのんの物だ。


 俺は頬をぺちぺちと叩く詩音の手を掴むと、ゆっくりと瞼を開いた。


 どうやら今日の天気は曇りのようだ。

 昨晩はあんなに晴れていたのに……。それに、空気も少し湿り始めている。


(今日は雨か)


 この気温なら、雪になることはないだろう。


 俺は詩音の顔を見上げながら、おはようの挨拶を交わした。


「おはよう、詩音。

 昨日はよく眠れたか?」


「おはよう、お陰様でぐっすりだった。

 朝ごはんできてるから、すぐ支度して」


「了解」


 静かに、しかし頬を少し赤らめながら言う彼女の指示に従って、俺は凭れて寝ていた岩の裏、川が流れているところへと向かい、顔を洗う。

 犬のタロウはしばらく詩音の護衛だ。


 我が家、というか、この旅での炊事は、基本的には詩音の仕事だ。

 俺は料理がからっきしというほどでもないのだが、それでも彼女話の方が料理が上手い。

 なので炊事関係は彼女に任せている。


 従ってこの旅での俺の役割は、そんな詩音の護衛と食料の調達、そして夜の火の番になる。

 火の番はどうしても俺一人では難しいから、後半からはタロウに任せているのだが。


 タロウは優秀な犬だ。

 元は『共喰い』の頃にオーストラリアで作られていたらしい生物兵器である『妖兵ようへい』なのだが、こいつはそれが野生化したもので、いつだったか、怪我をしていたところを助けたらなぜか懐いてしまったのだ。

 以降、俺と一緒にボディガードをしている。


「すまん、待たせた」


「んーん、構わない。座って?」


 詩音の笑顔が今日も可愛い。


 俺は彼女の対面に腰を落ち着けると、お椀をもらってスープを淹れてもらった。

 今日のスープは昨日狩ったコカトリスの肉と卵を使った、親子丼ならぬ親子スープだ。


 ……あぁ、御察しの通り、コカトリスも野生化した『妖兵』の一種だ。

 巨大な鶏のような生き物で、尾羽のところには巨大な蛇が生えている。

 体長は平均して8メートルほど、大きいのでは10メートルを超えるものもいる。


(あの凶暴な鶏が、今やこのザマと思うと、諸行無常と思わずにはいられないな)


 詩音が全員分のお椀にスープを掬ったところを見計らい、俺は祝詞を上げ始めることにした。


「楽園の王に感謝を」


「楽園の王に感謝を」


「ワンっ!」


⚪⚫○●⚪⚫○●


 俺たちの旅の目的は、ただ一つ。

 ほぼ全ての人類が死滅して尚、最後に残った楽園の国──《シャンバラ》を目指すことだ。


 『共喰い』による影響のせいで、地球上の植生や地形が変わり果てた今、『楽園を目指すのに『共喰い』前に作られた地図は意味を成さない』と俺を送り出してくれた親父は言っていた。


 『共喰い』は全てを奪っていった、とは爺さんの言葉だ。

 家族も国も、財産さえも失ってしまった。

 しかし失ったものはそれだけに限らなかった。

 量子兵器や虚数兵器によって山は吹き飛び大陸は抉れ、津波が起こるわ飛空庭園は落下するわで、まさに天変地異が起きていた。

 そんな兵器の影響なのか、対戦を生きた親父らの次の世代──つまり俺たちの第二世代は突然変異を起こし、それまでの人類を大きく超える身体能力を獲得してしまった。


「セイッ!」


「ピィイイイ──ッ!」


 空から奇襲を仕掛けてくる、体高25メートルくらいはありそうな巨大な鷲のような鳥(たぶんこれも『妖兵』だろう)を、自作のパルチザンを払って迎撃する。


(しばらく分の食料はコカトリスがあるし、倒さなくてもいいんだけど──ッ!)


 ヒットアンドアウェイ、空襲を仕掛けては上空へ引いていく鷲を睨みながら、心の中でぼやく。


「正直、こう何度も襲われると腹が立ってくるな!」


 これで襲ってきたのは3回目。


 おそらく、鷲の狙いは俺の背負っているバックパックの中身──つまり、コカトリスの肉だろう。


 バックパックの中に押し込んでいる、時間停止処理ができる高性能四次元クーラーボックスからは、絶対匂いなどが漏れたりはしないはずだが、たぶんこいつの頭の中では『人間+鞄=鞄の中に食べ物』という方程式か、もしくは『人間=食べ物』なんていう物騒な公式が成立しているのだろう。


「くっ!」


 空から降ってくる鉤爪をポールで払い、案を描くようにしてを猛禽の足の肉に返しのついたピックを突き刺すことに成功する。


「詩音、離れてろ!」


 よし、このままこいつを地面に引き摺り下ろして──


 返しのついたピックに引っかかった鷲を、力の流れに沿わせるようにして、弧を描いて地面に叩きつけようとした、その時だった。


「ピィイイイ──ッ!」


「なっ!?」


 鷲は一声鳴き叫ぶと、それまでホバリングするようにゆったりと羽ばたいていた翼を、不意に高速に上下させ、上空へと槍ごと俺の体を持ち上げにかかった。


「はぁ!?くっそ、こいつなんつぅ力してんだよッ!」


 前の2回のこの鷲なら、この戦法でやすやすと地面に叩きつけられた。

 それで脳震盪を起こして気絶するか、暴れているところを眼球越しに脳味噌に向かって剣を突き立てることで解決していた。


 だが今回は上空へ逃げるという選択肢を取られた。

 このままでは俺諸共空へおさらばしてしまうことになるだろう。


 地上から離れそうになる俺のコートを、タロウが後ろから噛み付いて地面に引きつける。


「ナイス、タロウっ!」


 歯を食いしばりながら、必死に鷲の脚と格闘する。


 チッ、ここで槍を失うのはちょっと辛いな。

 まだ腰に剣とナイフ、それからコートの裏と袖の内側にダガーがあるが、しかしどれもこの状況を覆すには足りない。


(さてどうしたものか……)


 頭の中で必死に戦略を組み直す。

 しかしどうもいい方法が思い浮かばない。


(仕方ない、一か八か、このまま諸共空に飛んで、こいつの背中に登ってから剣でぶっ刺して仕留めるか……!

 ただこの方法だと落下ダメージが怖い。

 最悪死ぬ可能性も──)


 そう、考えた直後だった。

 俺の耳に、聞きなれない祝詞が響いてきた。


そらおわ兵士つわもの共の神々よ、我が祝詞に応え、我が意思に共鳴せよ。

 しからば我が弓、我が矢の一閃を以ちて、汝らが天敵を討ち滅ぼさん」


「……っ!?」


 次の瞬間だった。


 ──パァン!


 それまで俺と格闘していた鷲の様な怪鳥の頭が、盛大な破裂音を立てて爆散したのだ。


「うおっ!?」


 あまりに唐突な展開に一瞬反応が遅れるが、しかし頭上に落下してきた鷲の妖兵をなんとか槍のポールで防いで地面に受け流すことに成功した。


「あ……っぶねぇ……。

 もう少し遅ければ潰されるところだった……」


 額に噴き出してきた冷や汗を手の甲でぬぐいながら、地面に落ちた鷲の妖兵を見下ろす。


(にしてもデカいな、こいつ。

 こんなデカい奴の頭を一撃で破裂させるとか、なんて威力だ……)


 少なくとも、弓や槍なんて中世の武器なんかじゃあ無いことだけはわかる。

 この威力を出すなら、せめて対物ライフル並みの威力が無ければ無理な気がしてならない。


(にしても銃声が聞こえなかったのは……や、サイレンサーのお陰か?だとするとさっきの祝詞は……)


 と、そんな時だった。


「大丈夫ですかぁ、お兄さぁん!」


 俺のことだろう、そう呼びかけてくる声が鼓膜を打った。

 おそらくさっき助けてくれた人だろう。


「あ、あぁ助かった。礼を言う」


 声が聞こえてきた方向に顔を向けると、そこには一人の美少女がいた。

 年の頃は高校生くらい──俺より年下か。

 長い黒髪に白地に紺、そして胸元に赤いスカーフをあしらったセーラー服を着ている少女で、手には自分の身長を上回ろうかと言うほどの弓が携えられている。


「……もしかして、その弓で撃ったのか、あの鳥?」


 材質は見るからに昔日本で使われていたらしい竹の弓でも、西洋で使われるイチイの弓でも無い、金属製の弓だった。

 リールが付いている様に見えないので、おそらく昔見せてもらった競技用のアーチェリーボウでは無い、純粋なリカーブボウだ。

 しかも弦の材質も植物性というわけでもなさそうだし……。


「はいっ!さっきのしゃはこの絶空燐ぜっくうりんの仕業なのです!

 えへへ、驚きました?」


 尋ねる声に、そう元気よく応える絶滅危惧種女子高生。


(おいおいマジかよ、こんなの使うとかなんつぅ膂力してんだよ、この女……)


 正直、あの鷲を差し置いて、今敵に回したく無い相手ナンバーワンかも知れない。


「はぁ……」


 唐突すぎるトンデモ女郎の登場に頭が痛くなる。


 でもまぁ、これ以上考えても仕方ないしな。


 早くもそう切り替えると、まずは自己紹介をすることにした。


「俺の名前は相良相馬だ。

 こっちは連れの詩音・ヤコヴレヴナ・ミハイロフで、この黒犬は妖兵ブラックドッグのタロウだ」


「よろしく」


「ワンっ!」


 手を差し出し、握手を求める。

 あんな大弓を使うんだ、きっと握力もものすごく高いのだろう。


 そんな思考が頭の片隅に残るまま、俺は彼女の握手を待った。


「あ、そうでした!

 私、鶴見つるみあずさっていいます、17歳ですっ!

 よろしくお願いしますっ!」


 名乗るなり、ガシッ、と勢いよく俺の手を包み込む様に両手で握る鶴見梓(17)。

 年齢が本当に高校生だったということにも驚いたのだが、それよりもはるかに、俺の手を握る彼女の手が、驚くほど柔らかいことの方が驚いた。


(あんな重そうな弓を扱うというのに、なんて柔らかさなんだ……)


 そう、例えるならばマシュマロの様な感触だ。

 人肌の仄かな温もりに、吸い付く様な肌触り。それらを併せ持つ柔らかい掌……。


(下手をすれば、詩音より柔らかいんじゃないか?)


 詩音の手もそれなりに柔らかいが、料理をするという手前、彼女の手は幾分硬さがある。

 といっても男の手の様にゴツゴツしているというわけでもなく、十分に柔らかいのだが、これはこれでまた別ジャンルの扉が──


「ミールィ?」


「はっ!?」


 そんな思考の沼にズプズプとハマりかけていたところへ、不意に詩音の少し蔑む様な、そんなニュアンスの呼びかけが鼓膜を打った。


「す、すまん……」


「い、いえ、こちらこそ……」


 なぜか顔を赤らめながらそっぽを向きつつ、手を離す鶴見さん。


(あぁ、俺の楽園が……)


 少し名残惜しいが、しかし長居もしていられない。


「すまないが、あの鳥の解体、手伝ってくれないか?

 話は解体しながらでもできるだろう」


「そ、そうですよねっ!

 あのまま放置しておくと、他の妖兵や動物も呼んでしまうかも知れませんし」


 こうして俺たちは、あのでかい鳥の解体をしながら情報交換を始めるのだった。

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