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幕間28/儀式計画と集う者達

今回はノイアちゃん視点の話です。

 学院の屋上で、電子音に似たピコピコした曲が流れ出す。

 テンポの速さと楽器の音色の影響でポップな印象だ。どこかで聴いた気がするけど、思い出せない。耳に残る旋律なのに。

 私が聴き惚れる間にも、半透明で円形の楽器は、弾むような音色を奏で続ける。

 ベンチに座って演奏しているアリーシャさんは、とても楽しそうだ。

 アリーシャさんは、タリスさんから預かった道具にすぐに馴染んだ。そして、昼休みに屋上で色んな曲を披露してくれた。彼女の故郷の音楽だという。

 盤を二つ膝の上に乗せた状態で、両手の指が物凄い速度で動く。デバイスへの情報入力で、音声入力より指を使った方が速い人のように。

 アリーシャさんは、身体能力の高さを芸術にも活かせる人らしい。

 探偵にも音楽的教養は必要だし、私としてはこの手の才能にも憧れる。

 それにしても。

 タリスさん、あの楽器が完成したら、いの一番にゲルダ先生に見せたかったんだろうなあ……。ゲルダ先生も、音楽を使った魔術についてはずっと調べていたようだし。

 アストロジア王国には楽器の種類が少ないし、その分野に触れる人は少なくて資料も足りないとぼやいていた。

 ……この国で見かける楽器は簡素な作りの物が多かったのに、ゲルダ先生はどこで音叉の存在を知ったんだろう。南の国からの資料があるのかと思ったけど、魔術研究棟でそれらしい物は見つからなかった。


 と、思ったところで。不意に第三者の声が聞こえた。

「ああ、実に素晴らしい演奏だ!」

 振り返ると、男の人が拍手しながらこちらにやって来ていた。

 銀の巻き毛を後ろで束ね、旅装に向いた厚手のコートと革靴を身に付けていて、すらりとした背格好。顔つきは二十代後半ぐらい。旅の途中のような格好の割には髭もなく、清潔感がある。

 そこまで観察したところで、アリーシャさんがパッと立ち上がる。円盤楽器は隣にいた私の膝の上。

「不審者!」

 警戒心をむき出しにして構える彼女に、男の人は笑みを崩さず肩をすくめた。

「いやあ、急に邪魔をして申し訳ない。私の名前はセルヴィス。友人からは律楽の王などと呼ばれはしたが。許可を取ってこの学院にいるので、そう邪険にしないで欲しい」

「ホント?」

 流暢な名乗り。それを聞き流して威嚇を続けるアリーシャさんに、 相手は構わず話を続ける。

「ああ。これが許可証さ」

 脇に抱えた小物入れから、カードのような物が差し出される。アリーシャさんは近づくことなくそれを凝視し、睨みつけるように言う。

「盗難品とかじゃないの?」

 疑い続けるアリーシャさんに、彼は弁明を諦めたらしく、肩をすくめて笑う。

「そこを疑われてしまうと証明は難しいねえ。私はここで魔術の実践をしに戻ってきたんだ。事前に王城に寄ってアストロジア家の許可も得たけれど、その証拠について問われても何も出せないよ」

「どうしてわざわざこの学院で実験するの?」

「この学院は魔術に向いた構造だからね。そのための準備としてこの学院に住み着いている白い猫を探しているんだが、何か知らないかい?」


 しばらく聞いた話を要約すると、この人は音楽と踊りの複合魔術を南の国で研究していて、実践のために帰ってきたらしい。

 この人の専門は楽器演奏だから、踊りを担当できる知り合いに会いにきたのだとか。

「……それで、何で猫?」

「諸事情でね。仕方なく猫の姿になっているんだ。けれど、どれだけ探して回れど見つからないねえ。もしかして、自力でここから出て行ってしまったんだろうか」

「胡散くさい……」

 アリーシャさんの反応は当然だ。セルヴィスさんは苦笑する。

「呪いで猫の姿になるなんて、今の時代の人間には物語の中の話でしかないだろうね」

 人の姿を他の生き物へ変えてしまうほど強力な魔術を、この国で扱える人はいないはず……。始祖王以外に、そんな強力な術が扱える魔術師は聞いたことがない。

「何でそこまであたし達にベラベラ説明するの?」

「先程の演奏が気に入ったからさ。その腕前を見込んでお願いしたい。私の研究に協力してもらえないだろうか。奏者は多い方がいいのでね」

「……魔術実験への協力……」

 悩むアリーシャさん。内容に興味はあるのだろう。

 私は私で疑問に思うことを尋ねてみた。

「先程の説明だと、奏者だけでなく踊り手も必要のようですが、そちらはどうなさるのですか? 白猫さん、最近見かけませんし」

 急に口を開いた私に、セルヴィスさんは目を丸くする。そして、感嘆するように声を出した。

「ああ、君はとても聴き心地のいい声をしているねえ!」

「え、あ、ありがとうございます?」

 主人公役として、とても良い声帯を授かりましたので……。

 セルヴィスさんは目を輝かせて言う。

「良い演奏には、良い歌声も欲しいものだ。君には歌唱による参加をしてもらえないだろうか」

「歌については訓練したことがないのですけど……」

 せっかくアイドル声優の声帯を授かっておきながら、宝の持ち腐れである。でも、私の故郷には民謡らしき物が無かったから、歌う機会がさっぱりないのだ。

「君達に演奏や歌唱を引き受けてもらえるのであれば、今のうちから楽譜など魔術実験に必要な情報を公開しよう。私が踊り手の代理を探す間に、訓練してもらえるとありがたいのだが」

 ためらいつつ、アリーシャさんは質問する。

「何のために行う魔術なわけ? 大掛かりな儀式に、危険はないの?」

「危険なものであれば、王族から許可は取れないさ。私が計画しているのは、守護獣を編み出すこと。それは、これからこの国に必要になるモノだ」

「守護獣……?」

「人や土地を守るための存在を、魔術で編み出す。それは古来よりこの国の願望でもある。この実験がうまくいけば、アストロジア王国の護りは強固になるからね。今回は実験段階だから、守護対象を君たちの望む場所、あるいは個人に限定してもいい。要は、守護獣を編む術さえ確立できれば良いのだから」

 そういうことなら。守護対象を私達が選んでもいいなら。

「……引き受けます」

「ノイアちゃん?」

 アリーシャさんが驚いている。確かにこれだけの説明でこの男の人を信用するのは早計かもしれない。でも、悪い人には見えないし、魔術が良くないものであれば、アーノルド王子が察知して止めに来るだろう。

 私は学院に来てからまだ何の役にも立っていない。それなのに、イライザさんやゲルダ先生達は危ない場所へ向かってしまった。

 ならせめて、今からだって、私はみんなの役に立つことをしたい。ここにいて、可能なことを。

 


 セルヴィスさんから受け取った楽譜が、前世の私がいた時代で使われた五線譜と同じで安心した。これがこの世界独特の楽譜だったりしたら、泣きながら解読しないといけなかった。

 曲に合わせた歌詞はこの国の文字で書かれているけれど、言語はこの国の言葉ではなかった。推理小説で見かけた暗号みたいだ。そう思いながらセルヴィスさんに聞くと、この言語は北の妖精の言葉だと言う。

 妖精の言葉と言っても、ゲーム(この世界)を作っているのは日本人だし、音は日本語に似ているから、発声には困らない。

 とにかく、引き受けた以上は練習あるのみ。

 あの人が踊り手を見つけてくる五日後までに、少しは音程に合わせて歌えるようになりたい。

 今まで通りの日常もあるので、朝起きたときと寝る前に自室で腹式呼吸の訓練をし、昼休みに屋上で発声練習をする程度になってしまうけれど。

 それとはまた別に放課後の魔術研究を行いたかったから、前日に続いて資料探し。

 タリスさんは忙しいのか今回も来なかった。バジリオさんも用があって居ない。

 アリーシャさんは片付けを手伝ってくれたけど、担任の先生に提出する書類があるとかで、先に帰っていった。

 魔術研究棟の戸締りをしていると、ソラリスさんから声をかけられる。

「……ノイアさん、何だか、疲れてないか?」

 ずっと目をショボショボさせていたので、隠しようがないですね……。

「最近、読み物を増やしたので、睡眠時間が減っているんです」

「そうなのか。それなら、無理にここでの研究を続けなくても、ゲルダ先生は怒らないと思う」

 その言葉に、うっかり、ずっと思っていたことを喋ってしまう。

「うーん、そうなんですよね。ゲルダ先生は他人に無理させるの、嫌がるんですよ。本人は無理しちゃうのに」

「……」

「みんなそうなんです。何故か私のことは気遣ってくれるのに、本人は無理して。イライザさんも、シャニア姫も。私はみんなの愚痴を聞くぐらいしてもいいのに、それも無くて」

 一人だけ、安全地帯に置かれている。

 頼ってもらえるほどの信用が、足りないのかもしれない。

 好感度調整には慣れていたはずなのに。推理ゲームでは、容疑者であると同時に被害者候補でもある人達から信用されないと情報が出ないし、犠牲者が増えてしまう。その調整はうまくやってきたのに。

 この世界で信用を得るのは、難しい。

 アーノルド王子からの信用を損ない過ぎたせいで、女子含めて全体の好感度が連動して落ちてるのかな……。好感度が連動するシステムの恋愛ゲームがあるらしいと聞いたことがある。

 そう考えていると、ソラリスさんの髪から覗く銀の瞳が、私を映していることに気付いた。

「貴族は、愚痴を言ったら未熟、みたいな風潮があるから、そこは仕方ない」

「ソラリスさん……」

「庶民と違って、体面崩れると死ぬって大げさに思ってるみたいだ。いい格好しいだから」

 その意見に、思わず吹き出しそうになる。

「それは、そうなのですが。思っていても、あまり口に出さないほうがいいです」

 ソラリスさんの直球な発言には時々心配になる。タリスさんの場合はさらっと流してくれるけれど、そんな寛容な人ばかりではないので。

「……難しいな。正直である方がいい場合と、言わずにおいた方がいいことの見極めは」

「心配してくれてありがとうございます、ソラリスさん」

 まだ人付き合いがよく分からないと本人は言うけど、信用できると判断した相手のことは色々と気にかけてくれる。警戒心が強くなってしまっただけで、根はいい人なのだろう。

 ソラリスさんはまだアリーシャさんやバジリオさんのことも注意深く様子を見ているようだけど、打ち解けられる日が来るといいな。せっかく一緒に研究室を借りるのだから。




 セルヴィスさんとの再会を約束した日の、お昼休み。私とアリーシャさんはまた屋上で演奏と歌の訓練をしていた。

 アリーシャさんは、預かった楽譜もすぐに滑らかに演奏してみせたから、今日の実験も問題ないだろう。

 私の方は五日程度の訓練では大して進歩はしていないけど、妖精語の発声にはどうにか慣れた。長く歌うための身体能力はまだ足りない。音楽家も体力勝負というし、付焼き刃な歌唱力で、うまくいくだろうか。

 そう考えていると、屋上にセルヴィスさんがやって来た。

 今回は、まさかの人達が一緒だった。アリーシャさんがそこに驚いて演奏を中断する。

「え、お姫様?」

 それを聞き取ったのか、シャニア姫は私達に向かってふんわりとお辞儀をする。

 彼女が踊り手を担うということは、今回の魔術儀式の話はアーノルド王子とフェン様にも伝わっているのだろう。そして。

「ここが今回の魔術の場か」

 そうセルヴィスさんに問いながら辺りを見回しているのは、二足歩行の黒猫だった。普通の猫より一回り大きく、革靴と赤いスカーフを身につけている。

「喋る猫……」

 思わず呟いた私の言葉を聞き取って、黒猫はこちらを向いた。

「俺は北の妖精族、ケット・シーのコルドだ。猫じゃないぞ」

 子供のような高い声で貫禄のある喋り方をするので、ついじっと見つめてしまった。三角形の大きな耳がピョコピョコ動いて、撫でてみたい衝動に駆られるのを必死で耐える。モフモフ……。妖精さんも踊るのかな。

「は、はじめまして。私はノイア・ミスティという人間です」

「人間なのは見れば分かる」

「うっ、スミマセン……」

 緊張してしょうもない挨拶をしてしまった。

 私とアリーシャさんが混乱しているのにも構わず、セルヴィスさんは背負ってきた楽器ケースを下ろし、中身を組み立て始めた

 細長い金属をいくつも組み合わせ、鉄琴のような楽器がセットされる。そして、その前には針金のような人形も置かれていた。

 その次に、セルヴィスさんは大きな弦楽器を、見たことのあるデザインの音叉を鳴らして調律し始める。

「……その音叉は」

「これかい? この国へ帰るとき、検問所で見つけて買ったのさ。たまにはこういった調律も試してみようと思ってね。南の国では楽器すら魔術での調律が多いけれど、基本的な手段も大事だから」

「そうなんですね……」

 アリーシャさんがはっとして言う。

「何でこの国に針金人形が?」

 セルヴィスさんは淡々と答える。

「ああ、その簡易ゴーレムは南の国で許可をもらって買ったんだ。断じて技術窃盗ではないよ。今回はその楽器を演奏させるんだ」

「……ならいいけど……」

 鉄琴を演奏するゴーレム?

 思わずじっくりと観察してしまう。針金人形の背面には、いろんな漫画で見たゴーレムと同じように、emeth と書かれている。アルファベットをこの世界で見るのは初めてだ。南の国では使われているのか。

「準備が大変な儀式なんですね」

 セットはセルヴィスさんが全部やってくれている。楽器の組み立ても調律も私にはできないから、手伝えることはなさそう。

「守護獣を編み出す魔術は他にもあるけれど、あれは二人の人間同士の愛情が必要だからね。前提である誓約の成立が難しい上、守護対象は限定的なんだ」

「そんな魔術もあるんですね」

 感心していると、シャニア姫がぽそりと言う。

「昔は、吟遊詩人に恋の唄の題材にされるほど人気な術でしたの」

「昔は?」

「婚姻の誓約が成立した者同士で自分達の守護獣を生み出すのは、特定の街で行われていたことなんだよ。とはいえ、もうあの街は残っていないからね」

 ……王都に入る前の、あの廃墟の街。もし今も残っていたなら、街には守護獣がいっぱいいたんだろうか。守護獣がいたのに、街は襲撃に耐えられなかったなんて。

 私の考えを察したのか、セルヴィスさんは真面目な顔で言う。

「今回は、その守護獣の何倍も強い魔術生命体を編み出す計画なんだ。確実に、悪意を打ち砕くために。その研究はどうにか間に合った。後は実行するのみ」

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