幕間27/仲人は幽霊倶楽部の結成に参加する
イライザさんやゲルダ先生達が学院から離れた後も、私とソラリスさんは今まで通りに放課後は魔術研究棟へ向かう。
タリスさんも時々来る予定だそうだし、アリーシャさんとその連れの人も来るみたいなので、私が先生達に代わってちゃんと管理しなくては。今のうちに何があるのか把握しておこう。推理小説みたいに、建物の間取りとかどこに何が備えてあるのかを図にしてまとめておけば、非常時にみんなと情報共有ができて便利かもしれない。
学舎の並びから外れた先の別棟へ入るための、金属製の格子戸。いつも私が訪れる頃に開いていたそれは、これからは常に閉まっている。鍵を預かっている私かソラリスさんが開けない限り、誰も魔術研究棟を利用しないのだ。
大袈裟なまでにサイズと重さがある錠に、シンプルな形状の鍵を入れて回す。魔術反応を起こして解錠され、わざとらしく金属の重い響きを立てて格子戸が横へ動く。
そこを越えた先に庭と畑があって、その境目に学院中で見かける細い循環水路が走っている。その先の建物が教室、準備室、工房。当然ながら今までとは違い、それらも閉まっていて誰も居ない。
今までも散々ここにやってきていたのに、先生達がいないのでは、まるで雰囲気が違う。静か過ぎるあまり、踏みこむのに躊躇して、深呼吸する。
ひとまず庭や畑の植物の様子を見る。
食虫植物の中でもひときわ目立っていた、黒い大きなハエ取り草が無くなっていた。あれが魔術研究棟に来る生徒を驚かせる一番の要因になっていたけど、完全に慣れてしまった私には、何だか物足りない。
低木の果物類は採取できるだけ持っていったみたいだ。豆類、根菜、ハーブも、育つのが早い物は収穫済み。綿花はまだ収穫時期が遠い。薬の素になるお花は順調に育っているので、近いうちに開花しそう。
循環水路のおかげで、植物は放っておいても枯れないだろう。でも、私も植物を使う魔術を試すかもしれないのでここも手入れしておこう。故郷の特産品を育てるよりは簡単だ。
私があれこれ確認している間、ソラリスさんはじっと入り口の方を見ていた。
「何かありましたか?」
「……猫が来ない」
「この学院に住んでる子達のことです?」
「ああ」
学院内には、生徒達だけでなく、管理のお仕事をしている人達が面倒をみている猫も多い。普段はこの棟にもその猫達がやって来るのだけど、今日はいない。あの格子戸、猫なら隙間を潜れそうなのに。魔術で入れないようになっているんだろうか。
「ソラリスさん、猫好きなんですか?」
深く考えずそう聞くと、ソラリスさんは首を横に振る。
「俺はいつも威嚇される」
でも、こうやって話に出す辺り、ソラリスさんも猫に興味があるのだろう。懐かれなくて残念がっている風だ。
「そういえば、トラングラさんはここでよく白猫と遊んでましたね」
「あの猫は、何か怖い」
そんな話をしていると、呼び声が聞こえた。
「おーいノイアちゃん!」
アリーシャさんだ。
勢いよく駆け込んできた彼女は、私に飛びついて嬉しそうにはしゃぐ。
「ここ開けてくれてありがとー!」
「いえ、こちらこそ。研究のお手伝いをお願いできるのは、とても助かります」
賑やかなアリーシャさんに、ソラリスさんが一歩引いたけど、とにかく三人で奥へ向かう。
準備室を開けて隣の工房の確認に向かおうとしたところで、アリーシャさんの連れの小柄な男子がやってきた。私に向かって疲れたように口を開く。
「おいあんた、何かあったらアリーシャに迷惑だってはっきり言えよ。こいつ本当に察しが悪いからな」
「もー、バジリオはすぐそうやって 自分だけはまともです って振りするー」
「お前が力加減せずに他人を振り回さなけりゃ、わざわざ言わねえよ」
「ふふ。お二人は仲が良いんですね」
悪態を付き合いながらも一緒にいる関係、とても良いと思います。
私の言葉に、二人はそれぞれ否定的な発言をするけど、典型的な『喧嘩するほど仲がいい』の見本な関係性で微笑ましい。
イライザさんやゲルダ先生達に会えないのは寂しいけれど、アリーシャさん達がいてくれるなら、私とソラリスさんもどうにか研究が進みそうだ。ムードメーカーが居てくれるのとそうでないのでは全く違う。ソラリスさんも、私と二人だけで研究するのではつまらないかもしれないし。
今日は工房にある道具の確認と、大きい紙にこの棟の地図を書いて終わった。
明日からは先生達が残した記録を参考に、簡単な薬を作る予定になった。今まで魔術訓練中に怪我をしてもゲルダ先生が治してくれたけど、私の魔術での回復では心許ないので。
バジリオさんは工房内にある道具を入念にチェックしていた。この人も能力的には魔術師寄りに見えるから、作りたい物があるのかもしれない。
「そういや、工房の奥の倉庫って入ってもいいのか?」
バジリオさんの質問に、ソラリスさんが頷く。
倉庫はゲルダ先生が寝起きしていたけど、今はもう片付けられて剣や弓など武器類がしまわれているらしい。また明日のぞいてみよう。
「ここにある道具、持ち出してもいいのかな?」
アリーシャさんは、棚にあったハンドベルを一つ取って鳴らしている。気に入ったみたいだ。
「学院内で使うだけなら構わないそうですよ」
「どう使う気なんだ、それ」
「ただ鳴らすだけでもいーじゃない、音が綺麗なんだから」
「意味なく鳴らして何が楽しいんだか」
「意味なくないよ、綺麗な音は心にいいの!」
二人のやり取りを聞きつつ、四人で片付けをして宿舎に戻る。そのままみんなで食堂へ。
今日はバゲットっぽいパンと、酸味のある野菜と一緒に煮込まれた鶏肉のスープ。
美味しいホカホカご飯がいつも用意されているのは、とても幸せなこと。しばらく四人で静かにご飯を味わっていた中、ふと思い出したようにアリーシャさんが話し出す。
「魔術研究するの、あたし達四人だけ? いつも放課後は色んな人が集まってたみたいだけど」
「もう一人来られる予定ですよ。今日は忙しかったのかもしれません」
貴族間のお付き合いは私には詳しく分からないけれど、タリスさんはあれこれ気を回さないといけないことが多いみたい。
「ゲルダ先生に会いに行くとたまに見かける男子かな? 若葉みたいな色の髪の」
「はい、タリスさんです」
「あの人、制服に刺繍入れたりしてるから、お貴族様なんだよね? この国の人、貴族ほど魔術は魔術師にお任せって感じなのに、魔術に興味あるんだね」
「色々と、事情があるみたいですよ?」
「ふーん?」
私は曖昧に濁して誤魔化しておく。
生徒たちの間で噂されていることは、魔術研究棟の近隣に隠された部屋があって、そこでナクシャ王子主催の交流会が開かれているという内容。その交流会は、許可が降りた人だけ魔術師に隠し部屋へ案内してもらえる。上流貴族のタリスさんと隣国に詳しいイライザさんはその集まりに参加できる立場なのだと、何故か信じられている。
実際にはそんなものはなく、ただ魔術研究棟に集まって魔術訓練をしたり、ナクシャ王子だけイライザさんと勉強したり、それぞれ違うことをしていた。でも、事情を知らない人達は、貴族の華やかな社交を想像している。タリスさんとゲルダ先生が姉弟だなんて、夢にも思わない。
黙って食事を続けるバジリオさんは、私達のやり取りは聴いているらしくたまに視点がこちらに向かう。何か気になることがあるのだろうか。
夕飯を終えて四人で食堂を出ると、タリスさんが本を片手に歩いているのと遭遇した。
私が声をかけるより早く、曲がり角の向こうから女の子の声が聞こえる。
「お待ちくださいませ、ソーレント様!」
その言葉に何故かビクリと震えたタリスさんは、私たちに向かって小声で言った。
「すみません、先輩たち。見つからないように隠してください」
返事を待たずに、タリスさんは私達四人の背後で屈んで隠れた。
数秒して、アクアマリンを連想する瞳と髪の女の子が姿を現す。編み込んだ髪と制服に装飾品を追加しているから、貴族の子なのだろう。彼女はキョロキョロと辺りを見回すけど、私達四人には構わず、そのまま先へと走り去った。
それを確認し、バジリオさんが荒く鼻息をつく。
「庶民には声などかけられんってか」
「や、あの子、本気で気付いてなかったっぽいよ?」
アリーシャさんの言葉を聞きながら、タリスさんを振り返る。
「もう大丈夫そうですよ」
「すみません、ありがとうございます……」
立ち上がり、申し訳なさそうに礼をするタリスさん。
「何かあったんですか?」
私の質問に、タリスさんは手元の本をきつく握りしめて答える。
「最近、どうも僕の同級生の間で賭けが行われているみたいなんです」
「賭け、ですか」
「はい。僕がどの倶楽部に参加するのかと」
倶楽部。そんな物があったとは。学園モノには部活動とかが付いて回る要素だけど、私は今初めて知った。ゲーム中でも聞かなかったような?
ソラリスさんが不思議そうに呟く。
「何だそれ」
タリスさんは気まずそうに言う。
「……貴族間の、社交の延長です。学院内で各々が主催する集会に、どれだけ人が集まるのか、競う人達が居るんです」
その説明に、バジリオさんが低い声で言う。
「やっぱ庶民のことはガン無視なんじゃねえか」
「と、とにかく、そんなわけで、最近あちこちから声をかけられるんですけど、僕が特定のどこかに属しては学院内が荒れることになりそうなので、避けているんです」
「貴族のその面倒さ、うんざりする」
ソラリスさんは相変わらず率直に感想を述べる。
「でもそれさー、考え無しだよね」
アリーシャさんが、手元のハンドベルを鳴らさないよう押さえつつ言う。
「勧誘しようとしている相手も自分で倶楽部を主催するかもって、思わないのかな?」
「それは……」
タリスさんは口籠った。
「きっと、僕が自分から人を呼び集めることはないと、確信されているのだと思います」
「どうして?」
「僕には、人から探られたくないことがあるから」
「そんなこと、人間誰しもあるもんじゃないのか?」
バジリオさんとアリーシャさん、タリスさんとは初対面のはずなのに、グイグイいく……。物語において、主人公の行動を促す仲間キャラみたいに。
「そうならそうで、勧誘するのが無駄だと思ってくれてもいいのにね? 倶楽部の主催を行える権力があるのにそれを嫌がるなら、他人の作った倶楽部にも参加するわけないでしょ」
アリーシャさんの真っ当な意見に、タリスさんはぎこちなく頷く。
この学院に通う貴族の子は、既に権力闘争の真似事を始めている。卒業後にすぐ爵位を引き継ぐ予定の人もいるから、今のうちからうまく立ち回りたいのだろう。今は王族の三人が姿を見せないから、タリスさんがターゲットにされてしまっているようだ。
バジリオさんが何を思ったか、提案する。
「逃げたいなら、こいつが言うように主催側になればいい」
「……けれど僕は、」
「集まってくる連中の相手が嫌なら、架空の団体をでっち上げればいいんだ。そんなもん、よくあることだろ」
バジリオさん、どこで育ってそんな発想が出るのだろう。庶民の出で、架空の団体のでっち上げなんてやったことがあるんだろうか。周りにそういう人がいる?
そんなことを考える私に構わず、バジリオさんが続ける。
「俺たちは貴族じゃないから、名義を貸してやったところでハクはつかないけどな。それぐらいはしてもいいぞ」
その提案に、全員が怪訝そうにバジリオさんを見る。
バジリオさんは私に向かって言う。
「どうせ、さっき言ってた魔術研究の面子って、このお坊ちゃんだろ? なら、俺たちの集まりを、その倶楽部とやらのでっち上げに使えばいい。面倒ごとに巻き込まれる前に」
架空の倶楽部を作るなら、何をする団体なのか決めた方が説得力とか存在感が増す。ということで、次の日の放課後にその詳細を詰めることに決まった。
その準備をするタリスさんがやってくるのを待つ間、薬を作ることにする。
みんなで庭にあったハーブと根菜を収穫。教室には授業で実験用に使う かまどが四つあるので、四人でそれぞれ薬を作ることにした。
資料どおりに素材を鍋に入れ、火力の確認。煮詰めながら、魔力で素材の要素を引き出して強化すべく、専用の混ぜ棒を使ってぐるぐる回す。童話の魔女みたいだ。
慎重に作業を終えて、あとは冷えるのを待つだけになった頃、タリスさんが両腕に何かを抱えてやってきた。
「遅くなってすみません。ようやく用意が終わりました」
「いえ、こちらもちょうど作業がひと段落したところです」
タリスさんは持ってきた物を作業台の上に4つ並べた。
教科書サイズのガラス製の半透明な円盤に、薔薇の花びらのような紋様を象ったブロックが埋め込まれている。
「これはどういう物ですか?」
「楽器です」
タリスさんの説明を聞きながら、私はその円盤を一つ手に取った。音ゲーの盤を連想するけど、音が出る構造には見えない。
「楽器って鐘と笛以外にもあるのか?」
そんな質問をするソラリスさんに、アリーシャさんが言う。
「いろんな形態のがいっぱいあるよ。この国は楽器も種類が少ないし、普及してないけどね」
「おいアリーシャ」
「えっ、あ、うん」
アリーシャさんの言葉を、バジリオさんが何故か遮って止めた。
タリスさんは説明を続ける。
「前に姉さんと話をして、この国は芸術方面の援助が足りないと気付いたんです。芸術にも種類はありますが、ちょうどうちの領地に南の国から来た楽隊が逗留していたのもあり、音楽について調べるところから始めました。今の流行りは、魔術を使って奏でる盤状の道具とのこと。北の国との交流が再開してから硝子を使った工芸品が多く入ってきたこともあり、その技術と南の国の魔術楽器を融合させた物を、我が家で試作していました」
円盤に埋め込まれた花びら模様は十二枚。それを指先でなぞって魔力を流すと、電子音のような音を奏でた。スマホやタブレットに楽器アプリを入れて、画面をタップして演奏するのに似た扱い方でいいみたいだ。
順番に触れていくと、ちょうどピアノの白鍵と黒鍵を合わせた、ドからシの十二の音階で一周する。
好奇心のままに円盤に触れる私達に、タリスさんは言う。
「我が家では、現在この楽器の普及を計画していますから、僕が主催する倶楽部はこれの宣伝を行うもの、ということにしておきます。そうすれば、ここでの魔術研究を邪魔されることもないでしょう」




