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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
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番外 ◇ 犬と空虚と猪鍋

 僕にとって食事の時間は家族との会話時間だった。

 何を食べるのかはどうでもよかった。

 弟や妹達は好物が欲しいとごねることがあったから、僕の分を譲った。

 兄さん達からたまにそれを心配されたけど、僕は食べる物なんてどれでもよかったから。

 弟や妹達が楽しかったことや遊びたいことをそれぞれ好き勝手に喋るのを聞いたり、兄さん達が猟に出たときの話や造った武器について聞くのが楽しかった。

 にぎやかな時間が嬉しかった。

 だからあのとき、僕は毎日何を食べていたのか覚えていない。


 騎士団に保護されてしばらくは、物を食べる気になれずに寝込んでいた。

 生き残りの中で魔術の素養があるのは僕だけだったから、一人だけ秘めの庭に引き取られることが決まって、エルドル教授と出会う。

 教授はこの施設の説明をすると言って、ラーラさんとジョンさんを連れて来てくれて四人で食事をした。

 今思うと、あれは教授が僕を心配してくれていたんだろう。

 決まった時間に食堂へ行くとラーラさんは笑顔で食事を盛りつけてくれたけど、他の魔術師達は好きな時間に自分で鍋から必要な分だけ器に勝手に盛りつけて食べていた。

 だから、僕は一人で食事をするようになる。

 研究に夢中で魔術師達は食堂に長居しないから、いつも静かだった。

 楽しくない。

 食事が、楽しくない。

 食べる物は何でもいいけど、楽しくないなら、要らない。



「ヴェルヴェディノは前衛なんだから、ちゃんとご飯食べないと倒れちゃうでしょ」

 ゲルダリアが秘めの庭に来て、一緒に研究するようになってそう言われた。

 彼女は僕が武器作りに没頭する度に呆れた顔をする。

「戦うなら栄養が必要なの」

 魔獣を退治したいなら食事をしろ、という念押し。

 生命力が尽きては戦う前から負ける。それは分かっている。

 でも、食事は、楽しくない。

 味がわからない訳ではないはずだけど、食べるという行為が苦痛でしかない。

 ゲルダリアは僕が偏食だと勘違いしたようで、食べやすい食材と調理方法を探してくれた。

 あれから、食事に空虚さを感じることは減っていく。

 それからすぐ後に、体が丈夫になったテトラが魔術の勉強を始めて僕らと一緒に行動するようになる。

 家族と暮らしていたときほどのにぎやかさではないけど、二人と一緒にいるのは楽しい。

 三人でラーラさんを手伝いながら食堂でご飯を食べる。それが日常になった。

 ラーラさんはときどき僕とゲルダリアに言う。

「二人がここに来てくれて良かったわ。うちの子も歳の近い子がいないと寂しかっただろうから」

 でもそれは逆なんだ。

 ゲルダリアが秘めの庭に来なかったら、テトラもラーラさんも隣国に引っ越していた。

 僕は今頃、一人になっている。

 そんな生活は、きっと耐えられない。


 毎日、武器を使った鍛錬と、始祖王の伝承にまつわる魔術の暗唱と、武器の造り方の確認を繰り返す。

 それだけは何を置いても優先した。

 それを忘れてしまえば、僕には家族からもらったものが何もなくなってしまうから。

 家族の声も顔もだんだん忘れていく中で、最低限の情報はどうにか残っていた。

 過去に教えてもらったことと、仲間が二人。

 それで、今の僕の生活はどうにか成り立っている。 



 秘めの庭に来てから何度目かの、魔獣退治。

 ジョンさんの案内で着いたのは、どこかの貴族の別荘地。

 黒く大きな猟犬が門の前に座って、訪問者である僕らを観察していた。

 初めて見る犬種に、テトラが嬉しそうな声を上げる。

「かっこいい!」

 近づこうとするテトラを、ゲルダリアが止める。

「危ないから近寄ったら駄目」

「え、でも、あの子は賢い犬じゃないの?」

「賢い子でも、飼い主以外は敵かもしれないから。他人がうかつに近づくと怒ることがあるの」

「でも、僕らを見てもまだ吠えないよ」

「飼い主さんのためでしょ。私たちが何か余計なことをしたら、きっと怒るんだから。飼い主さんにも失礼がないようにしないと……」

 妙に警戒するゲルダリア。

 別荘の管理を任されている使用人が来て、僕らを中に案内してくれる。けど、ゲルダリアは犬をじっと見つめたまま入ろうとしない。

 ジョンさんがゲルダリアをかばうように犬との間の位置に立つ。

「さあ、中に」

 そう促され、やっとゲルダリアは門をくぐる。

 屋内に入って犬の姿が見えなくなったところで、テトラが聞く。

「ゲルダリアは犬苦手なの?」

「……親戚が、大きい犬を飼ってたの。でも飼い主が飼い主だったから、その子もあまり賢くなくて……。あれから、大型犬にはあまり近づきたくなくて……」

 しつけがされていない犬と、何かあったらしい。

 ゲルダリアに苦手なものがあるのは意外だった。

 畑に出る害虫はいつも黙って一人で退治してしまうし、ミミズを見つけたら喜んで畑まで持って行く。

 僕の武器作りも、熱と金属で手が荒れるのに構わず手伝ってくれる。

 ゲルダリアは清潔であることを心掛けているけど、作業で汚れることには文句を言わない。

 だから、大抵のことは平気だと思っていた。勝手な決めつけはよくないと、少し反省する。

 それにしても、しつけのなってない犬なんて、いるのか。

 庶民は自分の食事を用意するのでやっとだから、甘やかされて育つ犬なんていない。狩りができない犬も、人を襲う犬も要らない子だ。

 だから狩人は、猟犬が人に危害を加えないようにちゃんと訓練する。猟犬は、指示された狩りの獲物以外を襲わないよう育つ。

 狩りができない犬を甘やかして育てるのは、貴族ぐらい。愛玩目的だけで飼われる犬なんて、町や村にはいない。

 ……。

 ようするに、ゲルダリアは庶民の出じゃないんだ。

 前々から会話中に、そんな気配はあった。

 ゲルダリアは貴族と庶民の貧富差なんて気にせずに秘めの庭で暮らしている。何のためらいもなくラーラさんの手伝いで食堂に立つから、最初はゲルダリアも庶民なのだと思っていた。

 でも、貴族の出なら、本来は僕がゲルダリアと会うことなんてなかった。

 彼女が魔術師であろうとすることを辞めれば、ゲルダリアとは会えなくなるかもしれない。

 それは、嫌だな。

 日常がまた変わってしまうのは。


 ぼんやりと考え込んでいると、両側から引っ張られる。

 ゲルダリアとテトラが、僕をのぞきこんでいた。

「大丈夫? これからすぐに魔獣退治に出るけど」

 ゲルダリアの問いかけに、慌ててうなずいた。

「すぐに出られるよ」



 別荘の管理者によると、今回の魔獣は大型の猪のような姿なんだとか。

 それを聞いてテトラが喜ぶ。

「シシ肉! 持って帰る!」

 僕らは食材を得るために狩りに来たわけではないけど、庶民の生活は逼迫している。魔獣といえど食用になるなら利用していた。

 ジョンさんは出身が狩人だから、そういったことに慣れている。

「そうだね。うまく捕まえて血抜きできれば、良い食材になるかもしれない」

 貴族は魔獣の肉を嫌がるから、別荘の人も僕らが魔獣の肉を持って帰るつもりでいるのを止めなかった。

 別荘の裏の林は、木々が根元から折れて転がっている。魔獣が暴れ回っているのだろう。

 それを踏み越えて歩く道すがら、テトラが機嫌よく言う。

「猪の鍋なら、母さんがたまに作ってくれるから、僕も料理できるよ。ゲルダリアが持ってきた鍋で、皆で猪肉食べよう」

「じゃあ、無事に狩りが終わったらお願いするわ」

 そう返したゲルダリアは、緊張したように道具を確認している。

 今回の狩りにはさっきの黒い猟犬も参加しているから、落ち着かないみたいだった。

 魔獣の姿を確認し、一度退いた。

 牙が異様に成長した、巨大な猪だ。あれに正面からぶつかられたらひとたまりもない。

 ジョンさんが再度狩りの手順を確認する。

「突進してくるだろうから、正面に立たないように動くんだよ。横に逃げて距離を取るんだ」

 魔獣を追い込む場所を決める。

 ジョンさんは倒された木を斧で割って、罠として組み立てていく。その手順を、テトラが熱心に聞いていた。

 別荘の人と猟犬は、作戦前に魔獣がこちらへ来ないか見張っている。

「……することがないね」

 ゲルダリアに話しかける。

 僕らは魔獣を逃がさないように魔術なり弓矢なりで攻撃して追い込む役目だから、準備の段階では役に立てなかった。

 林の中では爆弾も使えない。

 身体強化の術さえ使う許可が出るなら、近接戦での魔獣退治もできるようになるのに。

 僕が作る剣はまだ役に立てられない。

「補助も大事な仕事だから、そこは仕方ないわ」

 ゲルダリアはそう言いながらも悔しそうだ。

 どうすればもっと強くなれるのか考えていると、ゲルダリアが言う。

「慌てて強くなろうとすると、詐欺に引っかかるんだから」

「詐欺?」

「そう。変な奴に力が欲しいかって呼びかけられて魔剣をつかまされたり、世界を半分やるとか言われて、真に受けると酷い目に遭うの」

「……それ何の寓話?」

 ゲルダリアはときどきこういうところがある。 

 出典が分からない話を持ち出すけど、一体どこでそんな話を聞いてくるのだろう。

 秘めの庭の書庫にある本にも書いてないことが多い。

「そんなことになるくらいなら、魔剣を作る側になったほうが楽しそうでしょ」

「魔剣の話なんてあったっけ……?」

 少なくとも始祖王アストロジアの伝承の中では出てこない。

 北の国には妖精が作ったという武器の話があるらしいけど、そのことなのか。

 あの国の話はあまりこの国には流れてこないから、僕は詳しく知らない。

 ゲルダリアは他の国の逸話や伝承も聞いて育ったんだろうか。

 準備が完了して魔獣狩りが始まったので、それ以上は聞けなかった。



 林の木々は更に追加で数本犠牲になったけど、人間と猟犬は全員無事だ。

 うまく魔獣を生け捕りにし、頚動脈を切って逆さに吊す。

 ジョンさんが猪の解体準備を始めたので、テトラと僕は一緒に説明を聞く。ゲルダリアは血抜き用の薬を作っていた。

 魔獣の肉は、みんなで数時間かけて食材らしく解体できた。

 それを見て猟犬達がモノ欲しそうに尻尾を振る。でも、貴族の飼い犬に変な物は与えられないので、別荘の管理人たちは猟犬を僕達から引き離そうと奥へ連れて行った。

「失礼だなー、ちゃんとおいしく料理できるのに」

「テトラの料理の腕前が問題なわけじゃないから……」

 二人のやりとりを聞きながら、ふと思う。

 ゲルダリアが貴族出身だとして、彼女の身内はゲルダリアが普段何をして何を食べているのか、把握しているんだろうか。

 ……知ったら卒倒するかもしれない。

 ゲルダリア本人は、気にせずに僕らと同じ物を食べているけど。

 別荘の調理場と食材を貸してもらい、テトラが猪鍋を作る。

「まだ肉はいっぱいあるし、ここの調味料を分けてもらえたから、帰ったら母さんと父さんにも同じの作るんだ」

 家族のことを話すテトラが、少しうらやましくなる。でも、テトラにはこのまま家族と何事もなく過ごしてほしい。

 ときどき秘めの庭から出かけないといけないけど、ちゃんと家に帰る。そんな生活を、テトラには続けて欲しかった。

 ゲルダリアも僕と似たことを考えているのか、テトラが家族の話をするときは優しい顔で聞いている。

 

 いつか僕らも一人前の魔術師になったら、一人で魔獣退治に行ったり他の仕事を受けることになるかもしれない。

 それでも、しばらくは三人一緒にいたかった。

 僕はもう一人にはなりたくない。

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