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隠れる気のない隠しボス

 直前に得た情報で追加の準備も整えて、予定よりも早く学院を離れることになった。

 集団でぞろぞろ移動しては目立つかもしれないから、私達三人はナクシャ王子やイライザさんより半日先にジャータカ王国へ向かう。

 日の出前に学院を出てしばらく歩き、王都の外れにある騎士団の逗留所に着いた。そこで着替えて、手配してもらったコンテナに乗り国境沿いを目指す。

 ここからはいつもの魔術師の黒いローブではなく、アストロジア王国の町人によくある軽装を着ていく。私は白のインナーシャツに紺の肩出しワンピース。靴も学院内で履いていた黒くて底の薄いものから、長距離を歩くのに向いた革のブーツへ。魔獣退治へ行くのに着たり履いたりしたものよりは軽くて動きやすいけど、防御面が心配だ。道中何事もないといい。

 テトラも白いシャツに紺のズボン、革のブーツという軽装だ。ヴェルだけ魔獣退治に向いた、見慣れた黒づくめの格好をしている。

 国境を越えて集合先の町につくまで、行商の振りをしておくのだ。

 個人商としてやっていく知識はテトラが父親であるボギーさんから伝授されているので、ジャータカ王国内の目的地へ着くまでは、テトラが商人の振りをして私が姉役。ヴェルは護衛役で、剣と弓を隠さずに備えている。

 商人の振りをするための商売道具も、学院で今まで作ってきた道具の余りを再利用。護符や護身の小道具を仕入れて売り歩く商人という設定だ。

 そのついでに、私は久々にヴェルにもらった装飾品を身に付けていた。青いリボンで髪を後ろに束ね、虹色に光を反射するブレスレットを右手首にして、商品の宣伝担当役っぽく振る舞うのだ。学院では少しでも何かを身に付けると、女子生徒から囲まれて誰からの贈り物かと質問責めにされるのでやめていたけど。

 ジャータカ王国の西、つまりアストロジア王国の近隣ではイライザさんの一家が治安強化に尽力して妖魔対策を行ってきたから、護符を売り歩いても人が殺到して足止めされてしまうなんて心配はない。泊まる場所の確保と物資補給さえ出来ればいいから、最低限の売り上げを出す道具だけ新しく用意した。いつまであの国にいるか分からない以上、保存食を早々に使い切る訳にはいかない。



 お昼前には、東の国境の石壁に囲まれた四角い砦までついた。情報収集とお昼ご飯を兼ねて、二階の検問所ではなく一階へ入る。ぱっと見は厳つい建造物だけど、一階は道の駅やサービスエリアみたいな役割の休息所だ。宿も厩もあるからとても広い。

 食堂に入って人気の料理をお願いしたら、ジャータカ王国の名物料理、辛味のある朱色のスープと、香ばしく焼いた鶏のもも肉が、ナンのような平べったいパンと一緒に配膳された。テトラはお店の人に大盛りを頼んだけど、ヴェルは相変わらず外食が苦手なのか水だけだ。

 辛すぎず甘すぎずな味付けの食事を楽しみながら、食堂で働く人達に話を振る。最近は平穏で、物騒な事件はこの辺りでは起きていないらしい。商売に向かうなら今が良い機会だと応援してもらった。

 あの国から魔獣の集団が送られてくるより先に行動できそうだ。

 情報を得られて安心してご飯を食べた後、アエスの姿が見当たらないことに気付く。さっきまでヴェルの左肩の上にいたのに。

「アエスは?」

 探しながら二人に聞くと、私の右に座るヴェルが言う。

「さっき荷物の中に潜り込んでいったから、迷子の心配はないと思って放っておいたんだ」

「荷物に?」

 テトラの隣の台車に積まれた荷物の山へ目を向けると、人工錬成した魔石を入れた小袋がもぞもぞと動いている。何でそんなところに。今はそっとしておいてもいいか。

 食後のお会計を終え、食堂の人達にあるお願いごとをした。私達の扱う商品の宣伝として食堂の壁に小型の音叉を飾ってもらう。これは後からやってくるイライザさんたちに、私達が何事もなく無事にここを通過したという合図になる。

 私達の頼みを聞いてくれた給仕のお婆さんは苦笑している。アストロジア王国やジャータカ王国には音叉による調律が必要な楽器なんて普及していないから、こんな物が売れるわけないと思っているのだろう。私達としては敢えて売れないであろう物を持ってきたので、妙な好事家が来られては困る。


 検問所で通行許可証を出して、ついでに馬車を借りる手続きをした。これで一番近い町には日暮れ前に到着するはず。

 馬車と言っても荷車を馬二頭に引かせた安価な物だ。今日は天気が良いので、雨晒しになる心配なく道中の景色が楽しめそうだ。

 馬方のおじさんは馬を走らせながら、テトラによる行商の計画を聞いている。

「おおー、そうか、坊ちゃんが商売すんのか、そこの姉さんじゃなくて」

「お目付け役なんだよ。この旅で目標の儲けを出して一人前として認められたら、屋号作って僕一人で旅に出る予定なんだ」

「へえ! この仕事してっと商人さんの家の決まりは色々聞くけど、皆大変そうだねえ」

 おじさんがテトラの創作話に気を取られている隙に、私とヴェルで荷台に魔術をかけて揺れを軽減しておいた。魔術のない国の馬車は揺れが酷くて酔いそうだ。積荷とかも痛むのが速そう。

 それから荷物の山に埋もれたアエスを探す。

 魔石を入れた小袋を取り出すと、妙に軽い。

「……中身、減ってる?」

 真珠と変わらない大きさの魔石だから、どこかにこぼしてしまったのだろうか。

 そんなことを考えながら綴じ紐を緩めると、小袋の中でアエスが魔石をついばんで飲み込むところを目撃してしまった。

「あー!」

 思わずアエスをひっつかんで揺さぶった。

「ぺっしなさい!」

 私のその行為に、アエスは目を回して苦しそうに鳴いた。

「ピィ、ピィッ」

 ……鳴けるなら、喉に詰まらせはしない?

 落ち着いてアエスを見ると、つぶらな瞳を潤ませて抗議するように鳴く。

「プー」

「……ごめんなさい」

 一連の流れを見ていたヴェルが、気まずそうに言った。

「そっか、魔力不足か……」

「どういうこと?」

「アエスの顕在化には、僕とゲルダリアから少しずつ魔力を引き出す必要があるんだけど、僕がさっきちゃんと食事をしなかったから……」

「それで、ヴェルから魔力を引き出さずに魔石で補ったってこと?」

「多分ね」

 つまり、今のヴェルは空腹なのを我慢しているということ。それを察知したアエスはヴェルへの負担を避けたと……。

 済んだことは仕方ないので、ヴェルには私が作った保存食を食べてもらい、魔石錬成を今からまた行うことにした。

 資料に書かれていたその手順は、空中に特定の魔法陣を描いて集光するというもの。だから、鋼玉を透明な板状にしてその上に魔法陣を刻んでおいた。これで毎回魔術発動しなくて済む。

 集光板を箱の上に乗せておけば、時間をかけて魔石が中に溜まっていく。

 太陽光発電みたいなものだ。今日の天気が良くて助かった。



 ジャータカ王国に来て最初に泊まることになった町は、近場に大きな川が流れていて大規模な農園がある。アストロジア王国からそう遠くないのに、作物の育ち具合が全然違う。おかげで野菜がとても安くて、テトラが肩を落とす。

「立派な野菜を育てるの、アストロジア王国じゃメチャクチャ大変なのに。こっちじゃ葉物も根菜も小麦も全部、クズ鉄より価値が低いんだね」

 豊作すぎて農作物が二足三文の投げ売り状態なのは、農家として育てられたテトラにはショックらしかった。

 代わりにこの国では金属の価値が高い。魔術による付加価値があれば更に値がつく。

 宿の人との交渉で、ヴェルが作った斬れ味の良く丈夫なサバイバルナイフ一本と引き換えに、三人分の部屋代と食材代が相殺になった。

 私とテトラは調理場の石窯を借りて、この国の料理の作り方を教わりながら夕飯を作る。香辛料がたくさんあって味付けが難しい。

 出会ってすぐの頃にヴェルは偏食なのだと思っていたけど、どうやらそうではなく、知らない人が作った物を口にできないようだと気付いた。本人に直接確認はできないけど、テトラの反応からしてもそうなのだろう。

 荷物の見張り役として食堂で待機しているヴェルは、私とテトラが料理を運んでいくと、ほっとしたように息をついた。情報収集がてら他のお客さんと会話していたのだ。

 ヴェルと会話していた褐色の肌のおじさんは軽快に笑いながら去って行く。

 テトラは夕飯のスープとお肉に意識が向きつつもヴェルに聞いた。

「何か変わった話とかある?」

「何も。この地域はグレアム家の支援で安定してるって話を聞いたくらい」

 事前に説明された状況通りなら、面倒ごとはやはり皆と合流した先からのようだ。

 夕飯を食べたら、すぐに部屋で休むことにした。明日からは徒歩だから、体力は温存したい。



 出発の前に一応、町長さんに頼んで町の広場で場所を借りた。

 護符売りの行商ごっごをして「流行外れの物しか扱っていない残念な商人」という印象を町の人に与えておいたのだ。後からイライザさん達がここに寄ったら、私達のことが伝わるはずだ。グレアム家のシマで下手な商売してる奴がいたんですよプフー、とか笑いながら言われるかもしれない。

 荷物を畳んで去ろうとしたところで、広場の人達が歓声を上げた。

 ちらっと騒ぎの中心を見ると、銀の竪琴を抱えた吟遊詩人らしき人が立っている。

 白い肌に碧玉の瞳。まつ毛が長く垂れ目で、中性的な細い顎。艶のある長い黒髪を左肩でまとめている。そして、古代ギリシア人を連想させるような白い衣装。絵に描いたような美形がそこにいた。

 いや、いや、あれは、まさか。

 冷水を浴びせられたような衝撃を受け、心臓が竦んだ。思わず後ずさる。

 何で“アレ”がこんな時期にこんな場所へ来ているの。勘弁してほしい。

 私の肩の上にいたアエスが小さく鳴いて、はっと我に帰る。

 慌てて二人へ小さく声をかけた。

「今のうちに先へ行かなきゃ」

 私の言葉に二人も軽くビクリと震えて頷いた。意識を奪われるような魔術への対策をしているのに、それを無効化されたかのような現象。

 軽く恐怖しながら、三人で慌てて町を出た。

 ヴェルと荷車を押しながら、テトラが呻く。

「何なのあの人……」

 厳密には、アレは人じゃない。

「怪しいけど、私達は関わってないで目的地まで行かないと……」

 振り返るけど、私達の後をつけてくる存在はいない。どうやらアレはまだ町の中で吟遊詩人の真似事をしているらしい。

 ということは、私達が目当てで観察に来たわけではない。

 キラナヴェーダ2というゲームが始まるまで、まだ五年以上も時間があるのに。一作目すら始まっていない。

 隠しボスである影苛の王の意識が、こんな早い時期から目覚めていたなんて。

 あの性別不詳の美人なアレは、封印地の遺跡から飛ばされてきた精神体。ゲーム中で序盤から散々見かけていた。主人公君が軍人として初任務に向かう途中の背景でモブに混ざっていたり、主人公君とヒロインちゃんが信用できる人を探してバジリオ君とアリーシャちゃんを呼んだカフェの隅に居たりとか。あちこちにさりげなく登場していた。端的に言ってストーカーだけど、人外相手に人の倫理や道徳が通じるわけもない。

 そういえば、ユロス・エゼルの遺跡はジャータカ王国の南東側に近いんだっけ。

 動乱観察が趣味のあの隠しボスは、これからジャータカ王国内が荒れるのを察して見物に来たのだろう。

 私達が呑気に旅行気分でいられるのはここまでのようだ。先に集合予定の町に行った人達は無事だろうか。あるいは、後から来る予定のイライザさん達がアレに目をつけられているのか。

 アレが表に出ているということは、禍虐の王(ラスボス2号)も意識は目覚めているということになる。

 ……北の大陸の揺れは刺礫の王(ラスボス1号)のせい。

 ラスボス2体と隠しボス1体が、復活を隠さなくなってきている。ジャータカ王国の再建どころではなくなりそうだ。

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