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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間25/片想いする国

バジリオ視点

 放課後、学舎の中庭でアリーシャがやかましく泣いている。

 ゲルダ先生が学院を離れると知ってから、アリーシャの落ち込みは酷い。

 無理もない。あいつに対して根気よく構ってくれる魔術師は、ゲルダ先生ぐらいのものだ。なので、魔術の授業が別の講師に代わると聞いて悲しんでいた。

 俺からしても、次の魔術講師がアリーシャの性格を許容できるかは怪しいと思う。

「会えなくなるなら泣いてる場合か。会えるうちに話でもしてこい」

「うぅ、それはぁ、そうだけどー、先生、引き継ぎと帰る準備で忙しそうだしぃ」

「今まで散々しつこく追いかけ回したくせに、今更になって遠慮してんのか」

「今までも! ちゃんと! 遠慮はしてた!」

「どの辺りがだよ……」

 あの旦那が迷惑そうな顔してたってのに、アリーシャは気づかなかったらしい。



 アストロジア王国に来てからずっと調べてきたことがある。

 この国はこの十年でどう発展したのか。

 俺は諜報員としての訓練を受けていないので、骨が折れた。比喩じゃない。アリーシャが物理的に俺を振り回したことも含めて、酷い目にあった。

 やってられるか、と思いつつ王都の本屋に入り浸り、ある魔術書を見つけた。

 アストロジア王国の庶民にも、魔術による補助で生活を楽にさせるためのもの。著者は伏せられていた。

 でも、あの著者がゲルダ先生たちであれば。この国のこの十年の発展は、健全なものだと信用できる。

 俺に調査をさせている人間がどう判断するかまでは知らんが。

 アリーシャは、俺が諜報員の真似事をさせられているのは何も知らない。あいつは諜報員に向いた性格じゃないので、普通に学生としてこの国に放り出され、学院での生活を楽しんでいる。

 俺に諜報員の役割を負わせた人間は、アリーシャの性格を鬱陶しく思っていて厄介払いしたがった。ユロス・エゼルの学校には通わすつもりがなく、俺に条件を付けた。

「アリーシャは魔術について知りたがっているが、魔術師とは反りが合わない。対してバジリオ、お前は既に大半の知識を会得して、これ以上知らなくても生活に支障はない。ならこうしてはどうか。二人でアストロジア王国の王立学院に通い、アリーシャは魔術の勉強をし、お前はあの国の実情を探る。悪い話じゃないだろう?」

「あいつを引き合いに出せば俺が乗ると思ってんのか、汚ねえな」

 諜報役に向いた能力があって、俺たちと歳が同じ奴らが二人いる。でも、あの二人は優秀さから軍学校に引き取られて、色んな人間からまだ手放してもらえない。代わりに、騒々しいアリーシャと、揚げ足取りの俺を鬱陶しがって外へ放り出す気だ。

「そう怒るなよ。諜報の仕事と言っても、命を張ってまでの無理はしなくていい。ただ、あの国のここ十年の発展に非人道な手段がないとさえ分かればいいんだ」

「そんなもん国家機密じゃないのか。諜報訓練なんか受けてない俺に調べられるかっての」

「そう卑屈になるなよ。あの国でお前が行動可能な範囲の情報を拾うだけでいいんだ。庶民から話を聞くぐらいはできるだろう? 国のお偉いさんに不満があれば愚痴を吐かれるかもしれんし、逆に苦労なく生活できているなら他の国の人間を受け入れる寛容さは生まれる。そういった面を見るだけでも十分なんだ」

「……まともに情報が集まらなくても文句言うなよ」


 俺の故郷の魔術体系はアストロジア王国やイシャエヴァ王国とは違い、魔力のない人間でも扱えるように術式を道具や体に転写できる。

 でも、騒がしいのを理由にして魔術師から忌避されてきたアリーシャは、その術式を転写する施術を受けられなかった。

 ユロス・エゼル式の魔術を行うための要、伝承碑石との接続がない以上、アリーシャが魔術を使うには、アストロジア王国での魔術を覚えるか、北の大陸式の魔術を覚えるかの二択だった。

 アストロジア王国の魔術は術者の内側にある力を引き出して行う。

 北の大陸では、大気中に満ちた魔力を引き寄せて使う。

 前述の手段では術者の魔力が尽きれば終わり。

 後述の手段では魔力の枯渇した土地で何もできなくなる。

 それらの欠点を避けるために、ユロス・エゼルでは違う手段の魔術が研究された。

 あらゆる魔術情報が刻まれた伝承碑石と人を魔術でつなぎ、必要な情報は全てそこに書き込まれた碑文から引き出すという手段だ。これならわざわざ魔術の種類ごとに違う発動手順を踏まずに済む。ただ、魔術の発動が簡略化されているために、使えばすぐに他国とは違う魔術だとばれてしまう。そのため、諜報員としてアストロジア王国で生活するなら、魔力の流れを察する魔術師の前ではユロス・エゼル式の魔術は見せられない。

 そう分かっていたんだが。

 一度、学院内を彷徨う異形相手にやってしまった。退治できずに逃がすなんて、失態にも程がある。しばらくは、あの異形のせいで俺まで不審者のあぶり出しに巻きこまれるんじゃないかと気が気じゃなかった。

 だけど、王立学院の管理側はユロス・エゼルからの諜報員を探すことより、生徒へ危害を加える侵入者の排除を優先したようで、まだ俺は野放しになっている。この国の第二王子であれば、ユロス・エゼルからの魔力装填を察知してしまいかねないのに。

 それからはアリーシャのためにもしばらく大人しくしようと決めた。だというのに、新月祭の日は侵入者が多すぎて、我慢できなかった。

 学院に侵入者がいるなんて話が生徒にまで出回っては、俺も煽りを食う。なので、こっちで見つけた妖魔は勝手に退治した。噴水前に転がっていた顔に傷のある赤毛の男は、あからさまに怪しい格好をしていたから、台車に縛り付けて物資搬送路から学院の外へと蹴り出した。学院の結界が壊れていたせいで、俺が不審者を外に放り出したことも警備連中には察知されずに済んだみたいだ。

 あれからしばらくは問題なく過ごせたってのに。

 アリーシャは泣き止みそうにない。



「ゲルダ先生、もう会えないのかな……」

 グズグズと泣きながら呟くアリーシャ。

「前任者が戻って来たら、そりゃ帰るんじゃないのか」

 急に魔術の授業の担当講師が代わるってんで、何事かと思ったが。

 生徒へ挨拶にやって来た前任者曰く、

「孫の世話をするためにしばらく私もお休みをもらっておりましたけれど、そろそろ孫も可愛い盛りを過ぎて私のことをババアなどと呼ぶようになりましたし、息子の嫁にも疎まれているようですから職務復帰を決めさせてもらいます」

 こりゃ面倒な人間が来たな、と生徒の大半が思っただろう。急に職務復帰を決められてもな。

 ……その言い分がどこまで建前でどんな裏事情があるにせよ、あの魔術師はアリーシャと相性が悪そうだ。

「先生とお別れの挨拶したいけど、泣いてうまくお話できないと意味がないし……」

 そんな泣き言を聞いていると、誰かが庭を通り過ぎていく。

 手入れする気がなさそうな金髪頭の男子と、ユロス・エゼルにはない紫色の髪の女子。あの二人も魔術研究棟へ入り浸っている生徒だ。それに気付いたアリーシャが立ち上がって声をかけた。

「ノイアちゃん!」

「アリーシャさん。こんにちは」

 振り返ると人の良さそうな笑顔でアリーシャに挨拶する女子に、アリーシャは勢いよく駆け寄って縋るように両手を取った。

「ゲルダ先生とお別れの挨拶、ノイアちゃんはもう済ませた?」

 アリーシャのその問いに、ノイアと呼ばれた女子は、一瞬きょとんと目を丸くした。それから、慌てて言う。

「あ、はい、私はもうご挨拶を済ませてきました……」

 何か妙な間があったな。そう考えながら、俺は相手の髪を見る。

 紫色の髪と瞳は、この国限定の特殊な魔術の使用者だったか。

 本来はこの国の王族であるロロノミア家への監視役の一族がいた。だが、百年前の事件でその一族の街が壊滅して、一族の大半はおそらく北へ連れ去られたか何かで散り散りに。その記録はこの国の庶民向けには残されていない。詳細がはっきりとしていないからだ。ユロス・エゼルの国は昔からこの国の動向を探っているので記録はある程度残っていて、伝承碑文から引き出せるため、俺はその情報も確保できたが。

 俺が色々思い出している間、アリーシャはまた泣きながら話をしていた。

 身長のあるアリーシャによる圧迫感にも構わず、静かに頷きながらそれを聞いた相手は、アリーシャが落ち着いたところで言う。

「次の魔術の先生、魔術研究棟は利用されないそうなんです。それでですね、私たち、放課後に魔術研究棟を借りて魔術の練習とか研究をしようって決めたんです。鍵もゲルダ先生から預かってきました。アリーシャさんも、一緒にどうですか?」

 その提案に、アリーシャは全力で叫んだ。

「本当? じゃあ、あたしも参加する!」



 アリーシャの機嫌が良くなったならそれでいい。

 俺も諜報の仕事には飽きたし、普通の学生らしい生活がしたい。

 ……ユロス・エゼルの軍学校へ入ったあの二人からは、緊張感が足りないとか言われそうだが。

 あいつらは元気だろうか。俺とアリーシャがアストロジア王国へ行くことになったとき、妙に心配された。

 後輩からこの歳にして既に女傑呼ばわりされるあいつは、俺とアリーシャのこれからを心配して憤慨するように言い放った。

「あんな未成熟な国で、得られる学なぞあるものか」

 随分な言い様だ、と今は思う。俺がこの国の生活に馴染んでしまったから。

 ここでの生活もそこそこ安定している。他国からの侵入者がやってくる物騒さはあっても、アリーシャみたいに気付いてない奴ばかりだ。

 この国は、北や東の国からちょっかいをかけられていても、それをはねのけて何事もなかった振りをするだけの余裕がまだある。俺が侵入者と遭遇したのは、学院の規則を無視して行動していた故だから文句は言えない。故郷に帰れば、諜報役を課せられておいて下手を打ちすぎだと笑われるだろう。

 元々、この国はユロス・エゼルの国を出し抜こうという意思がないのだ。そうでなければ、俺はとっくに捕まるか追い出されるかしていただろう。

 わざと諜報員を泳がせて、アストロジア王国はユロス・エゼルに害を与えるつもりはないと宣言している。そう感じたのは、この学院で生徒に近隣の国との国力差を解説している件もある。

 この国にはないが、ユロス・エゼルの国にはある技術、魔術。それを把握した上で、アストロジア王国は童話にあるような古式の魔術を偏重する。

 一方、ユロス・エゼルの国が大規模な魔術兵器を造ろうとやっきになって発展したのは、初代アストロジア王でなければ異界からの脅威を除けなかったという過去が悔しかったため。ユロス・エゼルの管理下にあるゲラティア遺跡には、アストロジア王が封じた異界の住人、影苛の王と禍虐の王が眠っている。あれが目を覚ましたとき、今度こそは自国で片をつけると息巻いているのだ。その話を、アストロジア王国は庶民に伝えていない。貴族すら知らないようだ。

 ユロス・エゼルの国が、初代アストロジア王の友人となった異界の住人を味方につけようと奮起していても、アストロジア王国は放っている。争う気がないのだろう。あるいは、律楽の王と智海の王であれば、どこの国へ招かれようとアストロジア王国の敵にはならないと信じているのか。

 厄にまみれた土地が、とある魔術王に救われ再生し、発展と衰退の波を繰り返す。隣国であるそのアストロジア王国のことを、ユロス・エゼルではずっと追うようにして記録している。向こうはこちらの国の過去すらろくに伝えていないのに。隣国の魔術王に救われたユロス・エゼルは、救った王に忘れられ、その王の子孫からは、国力差が開きすぎたので逆撫でしないように振舞われている。

 今のユロス・エゼル中枢の人間はアストロジア王国の凋落を嘆いているけど、あれは、共に添いたかった国と歩み寄ることに失敗し、相手が他国から侵食されるのを防げなかったことを悔いているようでもある。

 ユロス・エゼルの国がアストロジア王国を気にし過ぎていて、一方的な恋でもしているかのようだ。

 そこに付き合わされることは、俺には馬鹿らしい。



 日の出前の早朝に起きて、調査のために宿舎を出る。

 この学院は貴族階級の生徒のためにある場所だから、その従者には護衛として戦士や暗殺者みたいな人間が多くいた。それらと遭遇しないように気配を消して出歩くのは毎度難儀する。

 宿舎の裏通りを抜けて、貴族階級の生徒が寄らないであろう通路へ出る。学院の労働者が利用するそこを見回しながら歩いていると、曲がり角から何人かの人間が歩く足音が聞こえた。

 思わず立ち止まって様子を窺う。

 やって来たのは、大量の荷物を抱えている、三人の魔術師。

 ゲルダ先生達だった。荷物の量からして、今日が帰る日だったのか。こんな時間から?

 姿を消しているわけでも忍んでいるわけでもないため、三人はすぐに俺のことに気付いた。学院の裏門へ向かう方角はこちら側なので、三人はそのまま俺のいる方へ歩いてくる。

 気付かれてしまった以上、無視するのも不自然なので声をかけることにした。

「……ゲルダ先生。おはようございます」

「おはようございます、バジリオ君。早起きですね」

 ゲルダ先生は布でぐるぐる巻きにした長い物を両腕に抱えている。今までの緑の杖や銀の杖はどうしたんだろう。

「 うまく寝付けなかったので」

 俺の言葉に、ゲルダ先生はにこやかに頷いてみせた。

「そういうこともありますね。極力睡眠を取った方が良いと分かっていても」

 俺の言い訳をそのままに信じているわけでもなさそうだけど、この人はいちいち問い詰めてきたり否定したりはしない。隣にいる旦那の方は俺のことを訝しんでいるのが顔に出ているけど、身長差があるのでゲルダ先生はそこに気付かない。俺とアリーシャの間でもよくあることだ。身長差があると隣にいる人間の表情が全く見えない。

「先生達はこれから元の仕事場に帰るんですか」

「そうですね、色々と寄り道する予定もありますが、いずれは」

「アリーシャが、ゲルダ先生に別れの挨拶をしたいけど上手くできないと泣いてました」

 俺の言葉に、ゲルダ先生は眉尻を少し下げて申し訳なさそうにする。

「そうだったんですね。こちらも忙しくて会いにいけずにいたので、アリーシャさんには悪いことをしてしまいました」

「もう先生は学院に戻って来ないんですか?」

「そこは学院を運用する人達の計画次第ですから、私の方では分かりません」

 そりゃそうだよな。愚問だったが、アリーシャが知りたいであろうことは確認しないとだ。

「アリーシャは故郷の魔術師にはウザがられてて、ちゃんと構ってくれたのはゲルダ先生だけでした」

 そう言うと、ゲルダ先生は少し息を飲む。

「……そんなことが。アリーシャさん、いい子ですのに」

 いや、幼馴染の俺が言うのもなんだが、あいつかなり面倒くさいぞ……。何だろうな、この人のアリーシャへの甘やかしっぷりというか、過度な期待は。

「先生、何でそんなにもあいつに優しいんです?」

 それはずっと気になっていた。その疑問に、ゲルダ先生は間髪入れずに返答する。

「魔術に興味津々でいてくれるのは、私にとって嬉しいことですから」

 そう言えるほどだっただろうか。

 魔術王の統治した国を支える貴族の子供が、アリーシャほども魔術に興味を持たないなんて、妙な話だな。この国、本当によく分からん。

「機会ができたら、またアリーシャに会ってくれますか?」

「はい、都合さえつけられたなら」

 それさえ聞ければ、俺には充分だ。

 こんな早朝に三人して出て行こうとして、何か裏があるような予感がしていても。

 わざわざユロス・エゼルへの報告に書くこともない。

 先生は荷物を抱え直して、愛想よく言う。

「では、これで失礼しますね。バジリオ君も、どうかお元気で」

「はい。またいつか」



ユロス・エゼルの伝承碑文は、クラウドサーバーみたいな仕組みの魔術です。

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