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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間24/迷惑王子の変遷

イライザさん視点

 とても気持ちの悪い夢を視る。

 私がうなされながら冷や汗をかく原因は、あの乙女ゲームで見聞きした不快な鳴き声と姿。

 ギョロギョロした目玉と長い牙の生えた口が不規則にいくつも並ぶ、黒い靄が蠢いていた。

 人を食べることに味をしめて知恵をつけた妖魔は、月のない夜に王立学院の結界に阻まれて怒っている。

 そうだ。この学院には不浄のモノを通さない魔術が組まれていて、本来なら怪異とは無縁の領域なのだ。

 そこへ、鈍色の服を着た誰かがやって来た。夜目が利くのか、暗がりの中にも構わず迷いなく歩く。その誰かは、妖魔を阻んでいる結界の要である門に、手のひらサイズの鈍器を打ち込んだ。

 二度、三度。それを繰り返し、結界に綻びが生まれた。

 妖魔はその隙を逃さず中へと侵入する。清めの術で自分の身が削れようとも構わず、一心不乱に目当ての人間を追う。

 そして、そんな妖魔を何食わぬ顔で見送った誰か。

 いや、それは私が知っている人間。

 父親の言うことを信じて疑わず、アストロジア王国を潰そうと考えている隣国の王子。

 ナクシャ王子は、無表情のままその場から姿を消した。


 お、おまえかー!

 ソーレント姉弟のルートで、学院に大物の妖魔を侵入させた原因は!

 そう思ったところで目が覚めた。

 めまいと動悸で、少し苦しい。

 荒い呼吸を整えながら、今の夢を思い返す。

 ゲームで遊んでいるときに学院の警備ガバガバすぎだろと思っていたけど、ナクシャ王子のやらかしがあったのか……。

 ゲームの中のナクシャ王子は、姿を見せないルートでも余計なことをしていたようだ。

 いや、これは私が視た夢であって、本当の裏事情は分からないけれど。

 ソーレント公爵は、娘が妖魔憑きとなったことをひた隠し、対処法を探していた。公にしてしまえばきっとすぐに大勢の識者の協力で解決しただろう。でも、それでは娘が世間から悪く噂されかねない。異形の生き餌にされた娘、などと。

 だから、安全な場所で自分の子供達を生活させたのに。ゲームの中のアストロジア王国に安全な場所なんてなかったのだ。

 それは私が暮らしてきたこのアストロジア王国でも同じだったかもしれない。

 でも今なら。国内の問題はある程度解決できたし、ソーレント姉弟も、ナクシャ王子も無事でいる。発狂と洗脳の心配はない。

 これから、ゲームの中では越えられなかった次の段階へと進む。



 学院で過ごせるのは明日まで。

 ナクシャ王子が落ち着いて暮らせる場所から引き離すのは不安が多い。入念な準備をしてきたけど、見落としはないだろうか。

 そんなことをガーティと話し合い、確認する。

 今日と明日は学院が休みなので、普通の生徒たちに気付かれずに出発する用意は順調に進んでいる。

 他の生徒には、ナクシャ王子が学院から離れることをまだ伝えていない。

 ナクシャ王子がまともに授業に出ないことはよくあるから、学院を離れて数日は誰も気にしないだろう。いいんだか悪いんだか……。

 昼になって宿舎の中庭で休んでいると、イデオンがソリュからの伝言と資料を持って来た。ガーティがお茶を用意すると言うのを断り、イデオンはいつものように柔和な表情で簡潔に説明する。

「貴方の信用する魔術師に、この資料を渡しておいて欲しいそうです」

「わかりました、ありがとうございます」

 信用できる魔術師……。ガーティやドゥードゥにも見てもらっていいだろうか。あとは、一緒にジャータカ王国へ向かうゲルダリアやディー達。ノイアもそれなりに魔術が扱える。

 そう考えていると、イデオンは想像していないことを言う。

「私もあの国へ向かう際に同行することが決まりましたので、道中で何かあればお申しつけください」

「……貴方が学院から離れるのですか?」

 ノイアの日常には、イデオンが側にいた方が良いと思っていたのに。何故か二人には接点がろくにないまま、こんなことになるなんて。

「ええ。フェン様の配剤です」

 フェンとアーノルド王子の護衛からも外れるのか……。あの二人を護衛するより、ソリュをイデオンに見張らせることを優先したのかもしれない。

 イデオンは礼をしてすぐに去って行く。

 渡された資料をガーティに読んでもらった。

「これは、魔術補助の魔石を人為的に練成する手法ですね。南と北の国ではある程度知られた手段ですが、この国では公開が制限されていました。けれど、情報制限をかけているようでは、これから先が厳しいと判断したのでしょう」

 要するに、これからはバッテリーを自前で準備しろと言われたようなものか。

「それは難しいことではないの?」

「本来であれば、手間がかかることです。特殊な道具も要ります。けれど、この資料によると、今までに知られている手段を簡略化する術式が開発されたようで、北の大陸で行われているものより労力を使いません」

 私に魔術は扱えないけど、ガーティの行動の幅が広がるのであと1日でも実施する甲斐はあるとのこと。そういうことなら、早く他の面々にも伝えに行こう。



 資料に書かれた内容は私には理解できないので、ガーティに複写してもらう。

 それを届けに魔術研究棟へ行くと、既にノイアとゲルダリアがいた。

 ゲルダリアは、ノイアに魔術研究棟の鍵を預けて、ここにある道具や機材を自由に使ってもらうのだと言う。

 そこに、私が預かった資料の複写を渡して二人へ説明する。

 資料に目を通しながら、ゲルダリアは嬉しそうに言った。

「これなら、色々な研究が捗りそうです」

 ノイアも資料を覗きこむ。

「もしかして、南の国よりこの国の発展が遅いのは、この情報が隠されていたせいでは……」

 電気を使わないファンタジー世界のエネルギーである魔力。その確保量が少なければ、できることは限られてしまう。

 ゲルダリアはノイアの発言に頷いた。

「こんな手段が存在したなら、もっと早く知りたかったです。私達も自力でどうにかできないかと調べて研究していたのですけど、学院での仕事もある以上、研究する時間が足りません」

 この国は魔術情報の公開がいつも遅い。南の軍国との国力差が開きすぎているから、迂闊に発展を進めて警戒されるのを避けているのかもしれない。出る杭は打たれてしまうから。南の国がその気になれば、この国もジャータカ王国もすぐに灰になる。

 ゲルダリアは、ややはしゃぐようにノイアへ言う。

「できればで構わないのですが、ノイアさんに私の研究を引き継いでもらえませんか?」

「どんなものでしょう?」

「この資料を参考にして、強力な魔術素材を新しく作るんです」

「素材、ですか?」

「そうです、それは水でも土でも、植物でも、鉱石でも金属でもいい。糸や布も含めて。特殊な道具だけでなく、日常で使う道具を作るための素材を、魔術で強化したいんです」

 その説明に、ノイアは考えこみながら答える。

「素材自体に魔力があるなら、魔力を持たない人のための道具も作れるかもしれないんですね」

「そうです」

「分かりました。私に可能な範囲で研究してみますね」


 話がひと段落ついた後、ノイアが言う。

「シャニア姫から聞いたのですけど、今のこの国は盾の街の防御魔術が機能しているから、アーノルド王子の月降りの術も含めて、空からの攻撃は効かないのだそうです。でも、それで守られるのはこの国の中だけなので……。ジャータカ王国では、皆さんどうか気を付けてくださいね」

 ゲーム内でも見た、アーノルド王子の月降りの術。それが今のこの国には効かないのか。バッドエンドの半数はあの魔術でアストロジア王国が滅ぶものだった。

 その懸念ごとが減っているなら、ノイアについては大丈夫だろうか。蝕の術を使う機会さえなければ。

 ノイアの説明に、ゲルダリアが資料に再度視線を向けた。

「空からの攻撃魔術……。他の国でどれぐらいの規模のものが開発されているかは分かりませんが、この資料の術の応用で対策できそうな気がします」

「応用ですか?」

「はい。敵に魔術を打ち込まれたら、それを受け止めて、こちらで利用する魔力へ変換することができるかもしれません」

「それが可能であれば、多少は膠着状態になっても耐えられそうですね」

 私の言葉に、ゲルダリアは苦笑する。

「とは言え、現場でどんな魔術を扱うのかは、指揮を執る人の判断次第です」

 ああ、そうだった。

 指揮官は、あいにく知らない王族だった。シルヴァスタの男性だと聞いている。シャニアの従兄弟だと言うから傍系だ。王位継承権はシャニアの次にあたる。ソリュといい、その人といい、国家運用に支障が出ない人材がジャータカ王国へ向かわされることになるようだ。

 アストロジア家の人間が動くのはこの国の危機だと公言するようなものだから、アーノルド王子を表立って動かすわけにはいかない。けれど、戦場になりかねない場所へ王族が出ないのでは、民から顰蹙を買う。

 ノブレスオブリージュというのは厄介なものだ。民を宥めるには無難な手段ではあるけど、国家運用を行う人間を戦地に出して死なせては、国が傾く。

 この国の王族が三家に分かれて役割分担しているのは、きっとこういう時のため。

 シルヴァスタの男性は、女性より占術の能力が低いとの噂だから、きっと親族間で肩身が狭いだろう。これから、そんな人に挨拶して一緒にジャータカ王国へ向かうのかと思うと、気が重い。



 一日が終わる前に、ナクシャ王子へ会いに行く。

 護衛の人たちに部屋へ通してもらうと、読書をしていたナクシャ王子は立ち上がって私にしがみついてきた。

「イライザ。会えて良かった。これからのことで忙しいので、今日はもう会えないかと思っていた」

 一日会わないだけで、プライドもへったくれもなく私に甘えるような状態になってしまった。ストレスで気が弱っているのだろう。

 猛獣をあやすような気分で、ナクシャ王子の背中をポンポンと叩く。

「落ち着いてくださいね。私は貴方のことを忘れはしませんから」

「……イライザ」

 私の名前を呼びながら、彼はしがみつく腕に力を込める。本当に力加減のできない猛獣みたいな状態だ。

 それでも、夢で見たあの姿よりはマシなもの。

「ナクシャ王子。私は今日、良くない夢を視ました。貴方が心無い者に騙されて、悪事を働く夢です」

「……」

 少し強張ったようにナクシャ王子が反応する。自分の過去の行いを糾弾されたように感じたのだろうか。

「けれど、今の貴方が相手であれば、私は安心して共に過ごすことができます」

「イライザ……」

「貴方はあの国へ帰らなくてはいけません。ナクシャ王子を騙して、何も考えさせず、悪事に加担させる者が、貴方が引き継ぐべきものを踏みにじる。そんなことはもう終わりです」

「……私にあの国の在り方を正すのはとても難しい。ただ、貴方が側にいてくれるのであれば、私は道を踏み外さすに済む」

 その信頼はとても嬉しいもの。でも。

「ナクシャ王子。間違う可能性があるのは、私も貴方と同じです。対策はもちろん行っていますけれど、騙される、あるいは狂わされることには注意してください。私が正常な判断を行えない場合には、貴方に止めてもらいます」

「分かった。約束する。けれど、」

 ナクシャ王子は呟くように言う。

「狂わされてからでは遅いのだ。父のように」

「では、そうなる前に。私は貴方のことを止めますから、貴方は私のことを止めてくださいね」

「ああ」

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