恋の邪魔をするものは
宝石を刀身に使った剣なんて、ファンタジーでは珍しくない。どうしてこの国では私が初めてなのかと考えたけど、そういえばこの国“だけ”は乙女ゲームの舞台だった。
ダークファンタジー系RPGの舞台である北と南の大国に挟まれた、雑魚国家。
街一つを生け贄にして作られた凶悪な魔術道具とは無縁なのだ。
宝石を使うなら、可愛らしい装飾品を作ってヒロインに贈る。魔剣のまの字も無い。
友人から聞かされた、アーノルド王子のルートもそうだった。ハッピーエンドでは、ノイアちゃんの赤い髪に似合う桜色のティアラが用意されていたとか何とか。
でも、この世界のノイアちゃんはもう赤い髪ではないし、王子に恋をしていない。
挙句にこんなことを言う。
「アーノルド王子とシャニア様が結婚なされる日が来たなら、お祝いの席には私も隅っこでいいので参列したいのですけど、私はアーノルド王子から不審者扱いされたままなので無理そうなんですよね」
ぼやきながらお茶を飲むノイアちゃん。
どうしてそうなったのやら。
魔術研究棟の準備室にて、三人でお茶をしながらこうなった経緯を思い返す。
思い悩んだようにイライザさんが言った、
「ナクシャ王子からの求婚が状況にそぐわなくてとても解せないので、何か潤いのある話をください」
から始まり、ノイアちゃんの振りが、
「そういえば第一王子と結婚なさる方が決まったそうですね」
だったので、イライザさんがしょっぱい顔になり、
「その話も裏が怖いのでちょっと」
と、流されて、私達にその手の話題は何もないと気付いてしまった。
潤いとは……?
私やノイアちゃんとしては、イライザさんとナクシャ王子の話に興味があるけど、イライザさん本人がよく思えていない状況なら聞くに聞けない。
当のナクシャ王子もイライザさんへの対応がうまくいかず悩んでいるようで、隣の教室でヴェルとソラリスとタリスに相談している。テトラは猫に餌やりすると言って逃げた。おそらく向こうもナクシャ王子へアドバイスできるような性格の人がいないから、全員が困り果てているだろう。
ナクシャ王子とイライザさんは、これからジャータカ王国を再建する件でも悩んでいるはずだけど、ここでその相談だけはしなかった。一緒に現地へ行くわけではない学生組には話しづらいのだろう。面倒ごとが始まるまでは日常らしい行為を楽しみたいだろうし。
呑気で穏やかな生活を楽しんでおきたいのは、国仕えの魔術師である私達も同じだ。
これからの備えとしてオリハルコンとか賢者の石っぽい物質を作る研究もしたかったけど、大事な人との日常も捨てられない。
新月祭の準備の時期から用意した生地を使って、ヴェルとテトラへの誕生日プレゼントも少しずつ作っていた。
二人の誕生日にはもう隣国へ向かっているだろうから、この学院に居られるうちに渡しておくことにする。現地でそんな余裕があるかどうか分からない。
生徒の立場であるみんなが宿舎へ戻った後。
夕飯の席で二人に言う。
「まだ先だけど、今のうちに二人の誕生日を祝っておこうと思うの」
テトラが妙に納得したように頷いた。
「だから今日はお肉多いんだね」
夕飯は食堂で分けてもらった鹿肉を軽く焼いて、前に畑で異常成長させた野菜と一緒に煮込んだシチューだ。ちゃんとした食事もいつまで食べられるのか分からないので、今のうちにしっかり栄養も取りたい。
お祝いと言っても、私達の会話は今まで通り。これから何の研究をしたいかとか、調査で行きたい場所の話とか。ジャータカ王国から帰った後の計画を既に考えていた。
三人で夕飯の片付けを終え、私は二人にプレゼントを手渡した。
テトラには肩掛けにも使えるバーミリオンのストールを、ヴェルにはフロスティブルーの生地と白い裏地でフード付きのコートを作ってみた。
テトラはストールを広げてじっと見た後、部屋に入り込んだ白猫へ視線をやって、そのままストールで猫を包んで抱き上げる。
「今日はもう部屋に戻るよ。僕まだ色々と準備終わってないし」
「そう?」
「うん、夕飯も、贈り物も、ありがとうゲルダリア。おやすみ、二人とも」
「おやすみなさい」
「おやすみテトラ」
テトラが猫と一緒に去ったあと、早速コートを着たヴェルが機嫌良く言う。
「ありがとう、ゲルダリア。とても嬉しいよ」
「肩幅とかきつくない?」
「大丈夫だよ」
前に、ヴェルが椅子に座って書類整理している間に、背後から忍び寄って巻尺でサイズを測っておいて良かった。この色なら今の青い髪にも、元のスミレ色の髪でも合うはず。
ヴェルがこうやって笑うのは、夏に海に行ったり秘めの庭で過ごしたとき以来。この学院で過ごすのは、本人が言わないだけで嫌なのかもしれない。仕事が嫌なんじゃなく、興味のない人と関わるのが苦手なのだと考えると、これから学院を出てジャータカ王国へ向かうのも、ヴェルにはストレスになりそう。本人は絶対に打ち明けないだろうけど。
「そうだ、ゲルダリア」
「何?」
ヴェルがふと思い出したように言う。
「誓約の延長で行える魔術があるんだけど」
「そうなの?」
聞き返す私に、ヴェルは珍しく迷うように説明する。
「花が咲いた後に、その……使い魔、を常に 顕在化させる手段があるんだ」
いつもなら、さらっと話すのに。
「そんなことができるのね」
「……誓約が上手く成立した二人でならね。ある程度、魔力も消費するけど」
ヴェルは何だか落ち着かない様子だ。
それはそれとして、使い魔を常駐させておけるのは便利かもしれない。
ヴェルは壁に立てかけていた鞄から、何かを取り出した。手のひらに乗る大きさのそれは水晶のように見えたけど、虹色に光を反射した。
それを手に、ヴェルは私と向かい合わせに座って言う。
「昔、魔石の採掘に行ってこれをもらったはいいけど、僕はどう使うか決めかねてずっと残していたんだ。今ここでその魔術に使おうと思う」
私とテトラは魔石をもらってすぐに消化してしまったのに、ヴェルは今まで大事にしていたようだ。
「いいの?」
「うん。せっかくだから。それより、どんな姿の使い魔がいい?」
「空を飛べた方が便利だと思うから、鳥の姿がいいわ」
「分かった」
私の右の手のひらに魔石を乗せ、更にその上にヴェルの左手を重ねる。それからヴェルは私の左手を取って、意識を集中させた。
私の左手の甲に、白い八花弁の花がぼんやりと浮かぶ。右手から魔力が流れ込んで私の内側を巡り、それは左手へと伝って花をきらめかせた。
しばらく熱っぽい感覚とくすぐったさに耐えたところで、右手の上の魔石が消えてヴェルの肌と直に触れあっていることに気付く。
そして、左手の花から光が飛び出し、魔力の流れときらめきが収まっていく。
花から飛び出したそれは、やがて音を立ててヴェルの右手の甲へと着地した。
「ピィ」
金糸雀 のような黄色の小鳥が、鳴きながらこちらを見ていた。
丸っこくて、猫に狙われてしまいそう。そんなことを考えていると、私の手を握ったままヴェルが嬉しそうに言う。
「この子の名前、どうしようか」
「名前……?」
使い魔に名前を付けるなんて、今までに考えたことがない。でもこの子はずっと顕在化できるなら、名付けてあげた方がいいのかな。
……ピィちゃんとかじゃ流石に駄目だよね……。
「私、名前を付けるのは下手だから……」
前世で飼ってたうさぎのこともウサと呼んでいた。あの子にちゃんとした名付けができなかったのは妹も同罪だけど、同じことはしたくない。
ヴェルはしばらく考えて言った。
「じゃあ、真鍮でいいかな」
……ヴェルもペットに名前を付けるのが苦手なのかもしれない。とはいえ私の命名よりはマシだろう。
「アエス、ね。これからそう呼ぶわ」
私の言葉に反応したのか、丸っこい金糸雀は元気に鳴いた。
ヴェルはアエスを左手に乗せ、笑顔で頭をなでている。もしかしてずっとペットが飼いたかったんだろうか。
使い魔と言う割に、私とアエスの感覚共有は全くできない。普通の使い魔とは違うのだろう。どっちかと言えば擬似生命っぽい。
何にせよ、ヴェルがこうも感情を表に出すことは少ないから、私としても嬉しかった。
こうして一緒に居られるうちに聞いておきたいことがあった。ずっと忘れていたけど。
「ねえヴェル」
「うん?」
「私と学院で、」
大事なことを、聞こうとしたのに。
また例の地鳴りがやってきた。
揺れとしては震度2までいかないくらいだけど、揺れる時間が長い。アエスが怯えたように鳴く。
振動が収まってから、アエスを抱えてヴェルが口を開く。
「ゲルダリア、大丈夫?」
「私は平気……」
でも、今の揺れでやっと思い出した。
地響きは、ラスボスが現れる前触れ。
あの鬱ゲーのラスボスや隠しボスは、遺跡の地下の最下層に封印されているから、外に出ようとすると北の大陸ごと揺らされてしまうのだ。
主人公君はまだ故郷の村で両親や村長と慎ましく暮らしていて、ラスボスに効くはずのあの秘剣は表へ出てこないのに。
どうしてこんな早くから封印が解かれようとしているの?
「ゲルダリア?」
私の様子にヴェルが心配そうな声を出す。
今日はお祝いの日だったのに。
やっぱり、勇者役が他にいるからと言ってこれ以上 敵陣営を放置していては何もできない。
色々邪魔されて腹が立ってきた。
今から真剣に、ラスボスを倒せる威力の道具を作らないと。
ジャータカ王国の問題が解決したら、倒しに行ってやる。
恋がどうとか言っている間に世界が滅ぼされては意味がない。先手必勝だ。




