幕間23/各国王族事情
イライザさん視点
いつまでも、隣国の王子をこの国で遊ばせておく余裕はない。
それは最初から分かりきっていたことだから、フェンが新月祭の後に私とナクシャ王子にこれからの話を持ってきたのをすんなりと受け入れた。
護衛に囲まれながら、ナクシャ王子も私と一緒にフェンの説明を聞いていた。もう逃げ場はないと覚悟できたのだろう。
北の大陸からジャータカ王国へ渡る人間は先代のジャータカ王の時代から増え続け、国が乗っ取られてしまったのも止むなしな数になるという。
北の国としては、ならず者が自国から出て行くのは大歓迎だったから、規制はしなかった。そのせいでこっちの大陸は酷い目に遭っている。
ジャータカ王はそのならず者の集団に利用され、隣国であるアストロジア王国を支配できるなんて考えた。実際に支配されてしまったのはジャータカ王国のほう。ナクシャ王子が暗い表情でそう話したのはかなり前。
「これ以上、アストロジア王国としても、ジャータカ王国の現状は放っておけない。あの国が自力で正常な状態に戻れないのであれば、こちらから介入させてもらうしかない」
そう話すフェンも不本意そうだ。そんなことにこの国の財と人を使いたくないのだろう。
北のイシャエヴァ王国としても、ジャータカ王国で自国の犯罪集団が勢力を増したことに気付き遅れた負い目はあるけれど、あちらも自国に蔓延る不正への対処で手一杯らしい。
「もう少し準備を行いたかったのだが、シャニアの占いを聞いて予定を変えた。近いうちに決行する」
この国が襲撃を受ける前に、ジャータカ王国を乗っ取った集団へ宣戦布告をする、あるいは奇襲をかけるのだろう。
フェンはナクシャ王子にはっきりと告げた。
「この国に被害を出さないために、貴方には矢面に立ってもらう。貴方がジャータカ王国の立て直しを図るための支援として、あの国へアストロジアの魔術師と騎士を送り、王宮を占拠している北の国の者を一掃する」
フェンの言葉に数度瞬き、ナクシャ王子は頷いた。
「父が己の始末をつけられない以上、やむを得ないのだろう」
ナクシャ王子がその計画を受け入れた後、フェンから私にも話があった。
これからに備え、ロロノミア家はグレアム家へある依頼をしていたらしい。
ジャータカ王国の庶民がナクシャ王子を受け入れられるように、グレアム家が現地で探りを入れ、それとなく話を広めるように、と。
その仕事には、グレアム家の当主とドゥードゥ達が向かったらしい。
あの国の庶民は王族や貴族がどうしているのかの情報が与えられていないので、王が誰であっても気にしない。
野盗や妖魔から生活を守ってほしいというジャータカ庶民の願いを叶えたのは、グレアム家のみ。だから、あの国の民は我が家の人間の話を素直に聞いてくれたらしい。
北の国からの悪しき集団によりジャータカ王が洗脳され、国家として機能していないため、これからナクシャ王子が問題を解決するためにアストロジアの魔術師を連れてくる。もしかしたら現王の洗脳が解けないまま親子で争うことになる可能性もある。けれどナクシャ王子に民を傷付けるつもりはないので力を貸してほしい。
その頼みを、庶民はあっさり受け入れた。
我が家が過去にジャータカ王国の庶民から信用を得てきたことが役に立った。
あの国の庶民や僧侶がアストロジア王国からの魔術師と騎士の逗留を許してくれるなら、残る問題は、どこを戦場にして、ならず者をどう処分するかということ。
最近の交渉で、北の国はジャータカ王国へ渡航制限をかけて人の出入りを止めた。代わりに、犯罪者の引き取りも拒否。
となれば、ジャータカ王国内で捕まえて牢に入れるしかない。
処刑なんて血なまぐさいこと、迂闊に頼めることではないから。
アストロジア王国でそんなことまで引き受けてくれるわけもなし。ナクシャ王子はどうするのだろう。
説明を終えたフェンが部屋から出て行った後、しばらくナクシャ王子は瞑想するかのように目を閉じていた。
やがて深く息をついて目を開き、向かいの席に座る私へ右手を伸ばしてきた。
その手を両手で取って聞いた。
「王様になる覚悟はできましたか?」
私の質問に、ナクシャ王子は力なく言う。
「貴方が妻となってくれるのであれば」
色気のないプロポーズだ。
あのゲームの中で唯我独尊な振舞いをして弱みなんてまるで見せなかった迷惑王子とは思えない、憂いた顔。
「妻であろうとなかろうと、私はどんな状況下でもナクシャ王子を支えたいと思います。けれど、その答え次第で民の生活が決まってしまうのは困りますね」
苦笑しながらそう答える。
「私よりも、イライザの方が民から信頼されている。貴方が統治したほうが、民のためだ」
「ナクシャ王子、私にできることは可能な限り手伝います。けれど、王であるべきは貴方です」
ここはファンタジー世界だからこそ、王の血筋が重要視される。
特定の遺伝子を抱えた人間にしか反応しない呪いがある以上、私がジャータカ王国の立て直しに協力するだけでは足りないのだ。
「そうだろうか。私よりもカマラ様の方が教養がある。あの方が王であっても問題ないはずだ。今まで我が国は女性王族を蔑ろにしてきたが」
カマラ様というのは、金の姫として変態に捕まっていた人だ。ナクシャ王子のお爺さんの姉である彼女は、捕まってしまった当時の姿のまま歳を取っていない。夏の間に、私も彼女と会って交流した。
「確かにカマラ様は優秀な方です。けれど、あの方も現在のジャータカ王国についての情報が足りない点では貴方と同じですから。協力をお願いすることはあっても、あの方一人にお任せすることはできません」
「それは、そうなのだが」
ナクシャ王子は低く呟いて、また黙り込む。
ジャータカの国から余計な人間を排除して現王が正気に戻るのなら、ナクシャ王子が王位を奪うような強行手段は必要ない。けれど、誰もそう楽観視していない。
あの人が正気に返ったところで、今までナクシャ王子に対して不当な扱いを強いたことを反省するとも思えない。正気である方が王としてタチが悪いかもしれないのだ。
どうあっても哀れな王様。反省の機会さえ用意されない。夢を見たまま隠居してもらうのがジャータカ王国にとって一番安全だと判断されている。最初から貴族の操り人形みたいな王様だった。自分で考えて決めたと思っていること全て、誰かの手のひらの上。そうと気付いたら苦しむかもしれないし、最後の悪あがきをするかもしれない。だから、洗脳を解かずに王座から降ろして、保護する前提で計画は進む。
ナクシャ王子を護衛の人達に任せて部屋を出る。
外で待っていてくれたガーティを連れ、二人で散歩に出かけた。
人気のない場所で、ガーティが口を開く。
「やはりジャータカ王国から余計な者達を排斥しなくては、この地域一帯の安全確保は難しいでしょうね」
物騒なことをケロっと言うあたり、ガーティも効率優先の暗殺者として育っただけある。
「そうね。南の大国もこの国やジャータカ王国とは地続きであるけど、こちらの国が潰れて南にまで悪影響が出ない限りは静観するでしょうし。ジャータカ王国のどこからどこの地域までが敵の支配下にあるのか、判明しているの?」
「それはこの国の王族からの依頼で、旦那様や兄貴が調べています。お嬢様が過去に奮闘した結果、グレアム家の顔が利く地域までは連中も拠点を作ることを諦めたようですから。見慣れた地域までは武力も魔術も使わず通過できるようです」
「問題はその先ということね」
「ええ。そこから東、街や村だけでなく、王宮の周囲の遺跡や物資中継地は全て敵の拠点だと思った方がいいでしょう」
「何にせよ、民に犠牲は出せないから、あの国へ行ってこちらの陣営が構える場所は街や村から遠い方がいいわ」
道中でゲリラ戦みたいなことが起きるかもしれないし、王宮にたどり着けば本格的に魔術師達による戦いになってしまう。
それが派手な物にならずにいて欲しいけど、魔術の心得がない私にはどんな展開となるか想定できない。
「正確な地図は、グレアム家の行動範囲までしかありませんから。後は現地で斥候役に頑張ってもらいましょう。王宮を根城にする連中とどんな魔術戦に至るのかの想定は、こちらが行動可能な範囲の調査が終わってからです」
「……ドゥードゥが無理していないと良いのだけど」
敵側にこの下準備が気付かれては先手が取れなくなるどころか、この国への攻撃が早まってしまう。
二人で真面目な話をしながら、日当たりの良い庭まで来た。できればナクシャ王子にも日光浴をさせてあげたいけれど、今日はナクシャ王子が閉じこもりたい気分だと言うので諦めた。
ガーティが手荷物から敷物を出して軽食を用意してくれたので、座っておやつとお茶を堪能する。
一息ついたところで、息を切らしたようにしてこちらへやってきた人間に気付く。
「……ひどい目に遭った……」
苦しそうにふらふらとやって来たのは、見覚えのある姿。白地に金の紋様が入ったローブを纏うのは、魔術を専門とする王族。そして、ロロノミア家の人間に多い栗色の髪。
ソリュ・ロロノミアは、前に会ったときよりもやつれて見えた。
調子の悪そうな相手に、ガーティが礼をする。
「お久しぶりです、ソリュ様」
「やあ。久しぶりだね。そちらは壮健そうでなにより」
言いながら、ソリュは私の向かいの花壇の縁へ座り込んだ。珍しく、高貴な身分の者にあるまじき姿勢の悪さで、普段の勢いがない。
「お加減がよろしくなさそうですが……」
私の問いかけに、ソリュはぐったりと答える。
「いやなに、たまにあることさ」
ガーティがソリュの分もお茶を淹れる。ソリュはそれを受け取り、しばらくして落ち着いたようだ。そして、いつものつかみどころのない笑顔に戻る。
「私は君の様子を確認しにきたんだ」
「私の、ですか」
「そう。友人の妹が元気にしているのかどうか」
「……兄のことをまだ覚えていてくださるのは、とても光栄です」
「そんな形式ばった言葉はいいさ。本当に、ユークライド・グレアムというのは稀有な存在だったのだし」
ソリュの言葉に、ガーティが少し震えた。まだ彼女も、ユークライドのことを忘れられずにいる。
ふと思い出し、ソリュに質問する。
「あの、ソリュ様の護衛の方は……?」
私の言葉が終わるか否かの頃に、イデオンの叫ぶ声が聞こえた。
「ソリュ様! また何も言わずに抜け出すのはおやめ下さい」
そんなことだろうと思った。
呆れる私とイデオンに、ソリュは脱力したまま答えた。
「こちらも面倒ごとを避けようと必死だったんだ。ようやくアーシェンセルの指示から逃げ出せると思ったら、姫達の学院訪問と重なってしまうとは……」
「姫達、ですか?」
「ああ。彼女達が自分の立ち位置を確保しようと必死なのを忘れていた。アーシェンセルが妻を決めたなら、こうなることは読めたはずなのに」
そうか、第一王子の婚姻相手が決まったのか……。ゲーム中でもちらほら聞いた話だけど、本来はゲーム終了後の時間軸で起きるはずだったのに。展開が早まっている。
イデオンはソリュにあれこれ注意するのを諦めたようで、離れた所で周囲を警戒し始めた。
ソリュはお茶を飲み干して言う。
「私はアーシェンセルからキャロン、妻に決まったお嬢様の護衛役を課せられたけれど、キャロンは騎士として自尊心が強いから、追い払われてしまったんだ。役割がなくなった以上、しばらくのんびりとできるかと思ったのだけど。これから先、私も君達に同行することに決まってね。それで、君に挨拶しようとここに来たのさ」
「つまり、ソリュ様もナクシャ王子の護衛としてジャータカ王国へ?」
「護衛ではないね。斥候のようなものかな。危機の露払い役とでも言うのか」
「王族である貴方がそんな役目を行うのですか?」
いくらロロノミア家の人数が多いといえ、何故危険な役をこの人に?
「魔術的な受け皿でね。どんな種類の呪詛が飛んでこようが、耐えて解析する仕事だ。この国では、魔術師より王族の方が忌まわしい呪いを受けやすい。研究熱心な魔術師達は、いちいち他人を呪うことに労力を割かないから、専門分野ではないのさ」
納得できるような、できないような。
「ジャータカ王国にいる魔術師達の呪いは、この国の魔術師達では対処しづらいモノなんですね」
「この国の魔術師達は好奇心の塊だからね。他国を侵略して遊んでいるような連中とは思考の基礎から違う。最近の魔術結社では、その手の術への対処にも力を入れているようだけど。君の周りの魔術師も、他人を蹴落とすための呪いには興味がないだろう?」
「……この国の魔術師がその手の呪いを知らないなら、王族を呪っているのは一体誰なんですか?」
ここまで聞いてもいいのか迷ったけど、ソリュはあっさり教えてくれた。
「影から国を破壊する趣味の連中に利用されているのは、隣国だけではないんだ。この国の人間にも、自己判断で余計なことを行う者は多い」
案の定、この国にも魔の手は伸びていて、不安定な状態にあったようだ。
それでも。
この国の滅亡回避はできている。だから次の段階であるジャータカ王国の再建に踏み出せた。
ハッピーエンドは、まだ目指せる。
ふと、思い至ってソリュに聞く。
「先程、王妃様の護衛役にソリュ様をという話がありましたが、王妃様専属の護衛は女性の仕事なのでは?」
その問いに、ソリュは少し考えこんだ。そして。
「……ああ、本来はそういうものだったね。元の候補はイアナだったし。うーん、君であれば明かしてもいいかな。ユークライドも動じなかったことだ」
要領を得ないことを言う。
「はい?」
聞き返すと、ソリュはとんでもないことをさらりと言った。
「私は女でもないが男でもないよ」
……え?
この人は何を言っているのだろう。
「……そのようなことが、あり得るのですか?」
驚いているのは私だけじゃなく、距離を置いているイデオンもだった。
「秘術でね。私の母は、無計画に王族の数を増やして先代の当主に怒られた。そのため、私は母の胎内で過ごす時期に、次代を残す機能を取り上げられたのさ」
普段どおりの口調で淡々と話すソリュ。
黙ってしまった私達に、この人は冷えた場を取り繕うかのように言う。
「これはこれで煩わしいことがなくて便利なんだ。男に限定した呪い、女に限定した呪い、どちらも効かないのだから。便宜上、私は男の振りをさせられてはいるけれど」
「……他の王族の方々は、それをご存知なのですか?」
「アーシェンセルは把握している。だからキャロンの護衛を命じたけれど、キャロンには信じてもらえなくてね。あの子は私を男だと思い込んだままだ」
人間から性別を奪う手段があるなんて、普通は考えたくないだろう。
この国の王族の魔術も闇が深い。
話すだけ話して満足したのか、ソリュは立ち上がる。
「それでは、今回はこれで失礼するよ。私はあの姫達からアーシェンセルを利用する不埒者だと誤解されているから、絡まれると面倒なんだ。さっさと逃げてしまおう」
現実にはその関係性は逆なのだろう。けれど、ソリュはその誤解を否定しないのか。立場上できないのか、面倒ごとを避けたいだけなのか。
王族に憧れる人は多い。そして、第一王子を射止めたとされる人を羨むことや嫉妬する人も絶えないだろう。でも、裏側の事情が軽く見えただけで、とても心が寒くなる。
私はナクシャ王子にプロポーズされてしまったし、それを突き放す気にもなれない。とはいえ、王族間の面倒ごとには煩わされたくない。
その対策についても、考える必要がありそう。




