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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
83/155

幕間22/行方知れずのご令嬢

 姉さんから何故ディー達を信用できないのかと問われたとき。

 自分でも、この拒否感が何に由来するものなのか、はっきりと分からないことに気付いた。

 嫉妬していたようにも思う。ただのワガママのようなものだとも思う。

 感情の分類や定義なんてせずとも、僕はあの二人が姉さんの側にいるのが納得できないままだろう。


 とは言え、割り切れないことを抱えてみっともなく悩んでいる余裕はない。

 実家からのいつもの手紙に、うちの管理する領地でも騎士団による警備の巡回数が増えたとの説明があった。そのため、お父様から王都でも何か起きていないかと心配されている。

 僕が素性の知れない魔術師を家に招いてしまった件もあるから、その後の話を知りたいのだろう。

 どう答えようか。

 僕も姉さんも事件に遭遇してしまったので家の皆もご注意ください、と正直に書くわけにもいかない。

 かと言って、この学院で暮らす大半の生徒たちのように、裏で起きていることなど何も知らず呑気にしている振りもできない。王族から信用と情報が得られない無能だと思われては癪だ。

 お父様は今の情勢についてどこまで把握されているのだろう。


 最近になって、謎の地響きが何度も起きている。あれは北の大陸で何かが起きているのではないかとの噂だ。けれど確証はない。当てにならない噂話をしたがる人たちと関わるより、正確な情報を持っている人に会った方がいい。

 そのために、今日の放課後は魔術研究棟へ向かうことにした。顔を合わせたくない人間がいると言っている場合ではない。

 今日は学院内が騒々しかった。

 警備の騎士と魔術師達が、ある集団を宥めるように引き留めている。そのせいで学舎の中庭は混雑して人だかりができていた。

 よく見れば、混雑の原因は学院を卒業して久しい王族女性たちだった。僕も、あちこちの社交集会に招かれてあの人達に挨拶したことが何度かあった。栗色の髪の、ロロノミア家の三人。

 第一王子のお妃候補だった人達がここにいるということは、あの人達はお妃様にはなれないことが決まったのか。

 それで、ロロノミア家の次期当主への根回しに?

 わざわざ学院にまで押し掛けて警備の邪魔をしては、逆にフェン様から顰蹙を買いそうなものだけど。

 関わらずに通り過ぎようとしたけれど、僕の髪の色は遠目からも目立つらしく、呼び止められてしまった。

「久しぶりね、タリス・ソーレント。ここで会えるとは思わなかったわ」

 仕方なく立ち止まって振り返る。

 僕に声を掛けて来たのは、フェン様の従姉妹、イアナ・ロロノミア。栗色の長い髪を編み込んで後ろで束ね、いつ決闘を申し込まれても対応できそうな騎士の軽装備と剣を身に付けている。他の姫二人が社交用の淡い色のドレスで着飾っているのに対し、この人はいつでも騎士として警戒を怠らない。

 周囲には野次馬の生徒たちが大勢いるのに、誰もこちらを見ていない。イアナ様の魔術で意識を逸らされているのだろう。

「お久しぶりです、イアナ様。皆様はどうして学院へ?」

 理由は分かりきっているけど、一応礼儀として訊ねておく。他の二人は、警備と何かを話していた。僕がイアナ様と会話していることに気付く様子はない。

「フェンと話があったのだけど、すげなくあしらわれてしまったの。こうなることは分かりきっていたけれど、あの子達は諦めが悪いし、シシーリアはそれならそうで妹と話があると言って別行動してしまうし。私としてはすぐにでも帰りたいところ」

 彼女はそう言って、他のロロノミアの姫二人へ視線を向けた。

 この人は妹と従姉妹のワガママをうまく抑えられずに困っているようだ。

「……ロロノミアの皆様だけでなく、シシーリア様もこの学院に?」

「ええ。どうせまたあの子は妹を苛めるだろうから止めたかったのだけど、失敗したわ」

 疲れたように答えるイアナ様。

 シルヴァスタの姫までフェン様に会いに来たと言うことは、第一王子の婚姻相手として選ばれたのは王族女性ではなかったのか。

 イアナ様は、親族が学院の警備に対してごねているのを冷めた目で見つめ、それから僕に言う。

「あの子達、二重に当てが外れてしまったから、疑い深くなっているの。貴方も気をつけて頂戴」

 当てが外れた、とは?

「僕がですか?」

「そうね。貴方も、貴方の姉も」

「……どういうことです?」

「表舞台へ出ない公爵の娘が今どこで何をしているのか、気にしている人間は多いのよ。あの二人も」

 この国の魔術師を管理しているのはロロノミア家なのに、この人たちの元には情報が降りてこないのか。それは要するに、ロロノミア本家から重要な仕事を任せられない人間だと思われているわけだ。

 なら、姉さんが魔術師であることはこのまま伏せておこう。

「僕の姉は、権力には興味がありませんよ。フェン様から仕事を受けることがあっても、取り入ることはまるで考えていません」

 その言葉に、イアナ様は呆れたように答える。

「だからこそ、警戒するの。権力に無頓着な者が、本人の意思に反して重要な役割を得てしまうことは往々にしてあるもの。フェンも、権力をひけらかす人間より能力と結果を優先する。王族であれ、貴方の姉に自分の地位を脅かされないかと心配するのは当然でしょう?」

 ……そんなこと、気にせずに仕事をこなせば良いだけなのに。姉さんのように。

 僕が黙っていると、イアナ様はこちらに背を向けて言う。

「呼び止めて悪かったわ。あの二人に気付かれないうちに、ここから離れなさい」

「分かりました、ご忠告ありがとうございます」

 イアナ様に礼をして、他の姫や野次馬から逃げるように宿舎へ向かう。

 この調子では、今日は魔術研究棟に寄れそうもない。

 得られた情報をまとめて、週明けに姉さんへ報告することにした。




「消えた公爵の娘」

「世間での姉さんへの認識はそうなっていますよ。いくらお父様と僕が否定しても」

 放課後の魔術研究棟で、お茶を飲みながら説明する。

 ノイア先輩とボサボサ頭の人も同席しているけど、この二人なら言いふらしはしないだろう。ディーとトラングラの二人は警備の会議に出ているらしく不在だ。

「私が魔術師であることを公表してはいけないの? 魔術師であることは、そうも外聞が悪いもの?」

 姉さんは機嫌悪く言う。

「いえ。魔術師の情報は他国へ伏せるために一般にも隠した方が良いというだけです。国が擁する魔術師の数が国力として計上されるので」

 そういう意味では、隣国であるジャータカ王国は無能で未発達な国だ。

 姉さんはしばらく焼き菓子を咀嚼していた。イアナ様から聞かされた話に納得できないのか、何かを考えている。

 お茶を一口飲んで、姉さんは不満そうに言う。

「今は権力闘争なんてやっている場合じゃないのに」

「それを理解できない姫達だからこそ、姉さんが魔術師であるという情報を得られないのでしょうね」

 イアナ様は騎士としてある程度は把握しているのだろうけど、守秘義務により他の姫には明かせないのだろう。代わりに僕へ忠告をしてくれた。

 姉さんはそれから、僕の顔をじっと見る。

「……タリスは、ナクシャ王子がこの学院にやって来た経緯をどう聞いているの?」

「はい? そうですね、諸事情でこの学院に通う手続きが間に合わず、時期がずれたのだと」

 何故 急にあの王子の話に、と訝しんだところで、姉さんはボサボサ頭の先輩に問う。

「もう、ここにいる人には一切合切 話しても良いの?」

「フェン様は構わないと」

 何故この人に許可を求めるのか。

 僕のその疑問は置き去りに、姉さんは説明を始める。

「ナクシャ王子は、一度この学院へ通うことを拒否されているの。今ここで生活しているのは、暗殺者として送り込まれて捕まったため。この国は、ナクシャ王子がジャータカの現王にこれ以上悪用されないために、保護しているの」

「暗殺者……?」

 王族が?

 それも、現王の息子であり次代の王の候補が。

「ナクシャ王子によると、ジャータカ王はもう正常な判断力がなくなっているようなの。北の大陸から流れて来た魔術組織や暗殺組織の活動拠点として悪用され、国が傾いている。シャニア姫の予知によると、そのうち、その集団に唆されたジャータカ王の指示で直接的な攻撃が来るわ」

 とんでもない話だ。

「それは、この国全体で早急に対策すべきことでは? 何故情報が伏せられて……ああ、僕や、この学院の生徒は、そこまで信用されていないのですね……」

 自分で言いながら悲しくなった。

 不審な存在に蝕まれているのは、この国も同じなのかも知れない。

 僕も、この学院へ入れてはいけないモノを連れてきてしまった。信用されていなくて当然だ。

 我が家にはどこまで情報が届いているのか。問い合わせて良いのか。手紙が途中で信用ならない人間に奪われ開封される可能性もあった。

「それで、姉さんはそうと知ってどうしてきたのですか」

「私は今まで通り非常時に備えた研究をしてきただけです。薬と、爆弾と武器開発。タリスからはよく思われていないようだけど」

 むくれたような姉さんの言葉。

 ノイア先輩は、僕と姉さんのやり取りが穏やかでないことに困ったような表情をしている。それでも、国家の危機という話を聞かされても動じていない。この人は何を知っているのだろう。

「姉さんは、シャニア姫の予知についてどこまで聞かされているのですか?」

「東の国境沿いが魔獣に襲撃されることと、ジャータカ王宮の崩壊に、この学院の崩壊についてだけです」

「……そんなことが?」

「私と、ノイアさんとイライザさんが参加した集まりで得られた情報です。それ以外については分かりません」

「……ノイア先輩達も、参加されたのですか」

 意外だった。とはいえ、権力闘争と無縁である彼女たちの方が貴族子弟より信用されているのは理解できなくはない。そんな僕に、ノイア先輩はためらいがちに話す。

「私、学院に来てすぐの頃にシャニア様とフェン様から説明を受けたんです。街が一つ滅ぶのと同等の、あるいはそれ以上の事件が起こるかもしれないこと。その事件への対策に、ゲルダ先生達や、私の魔術が必要になること。だから、今までずっと魔術訓練をしていました」

「そうだったんですね……」

 この国を統べる王族は、危機への予測を立ててきたし、対策も講じていたのだろう。そこを察することができない王族と貴族が多すぎた。

 無力さを感じた僕に、姉さんは言う。

「だから、お姫様達が心配することは何もありません」

 どうやら姉さんが怒っているのは、自分がフェン様に媚を売っていないかと疑われていることだけ。

 けれど、権力闘争に明け暮れる姫達は信じないだろう。シャニア姫による予知についても。

 姉さんは不機嫌なまま続ける。

「優先順位が違うから、見えてくることも違うんだわ。私もタリスも、公爵家を存続させることに重きを置いていないけど、お姫様達の仕事は、国を支える人の住処を作ることだから」

「姉さんがどう解釈していようと、あの方々が姉さんを警戒していることには変わりませんから、気をつけてくださいね」

「そう言われても、どうしようもないじゃない……本当に、それどころじゃないんだから。フェン様がその方々に国内の問題を解決するように頼んだのは、これからジャータカ王国との関係が荒れることに備えてなんだから、私のことなんて忘れて仕事をしてもらわないと困るの」

「その情報を明かせるほど、フェン様は姫達を信用していないのでしょう」

 姉さんの気持ちは分かる。国家的な危機を知った上で権力闘争の話なんて、不毛でしかない。

 またしばらく全員が無言でお茶とお菓子を食べる。

 ノイア先輩には余計な話を聞かせてしまったかもしれない。

 そんなことを考えていると、あの魔術師二人が戻ってきた。

「えっ空気重っ……何、今日何かあるの……」

 トラングラがわざとらしく声を出す。

 それに対して、今まで静かだったボサボサ頭の先輩が言う。

「シャニア姫以外の姫は怖いっていう話」

「ああー……そっかー」

 納得したように答えたトラングラは、抱えていた紙束を卓の上に放り出した。そして、焼き菓子をつまみながら言う。

「もうそろそろ、のんびりできなくなるみたいだよ」

「どういうこと?」

 姉さんの問いかけには、渋面のディーが答える。

「これから先の計画に配置される魔術師が決まったんだ。僕ら三人は、ナクシャ王子の護衛として、国境を越えた先にもついていくことになった。学院で過ごせるのはあと一週間ほどだよ」




 あけましておめでとうございます。今年もどうかよろしくお願いします。

 時節の話とは程遠い世界の話を書いているのと、話を書くのが遅れて掲載する時期がずれてしまったのですが、本文中はまだ十月の頭ぐらいです。

 リアルタイムでヴェルヴェディノとテトラの誕生日を祝い損ないました。

 次はヴェルヴェディノの誕生日の話にしたかったのですが、これからの流れとしてイライザさんとナクシャ王子が裏でどうしているのか書いた方が分かりやすいなと考えています。



 余談。

 第一王子の正妻の座に収まった お嬢様を主人公にした視点の方が、クセのない乙女ゲーム向きかもしれないなどと考えていました。

 攻略対象は、第一王子 アーシェンセル、 ユークライド・グレアム、 フォントルロイ卿。

 友人枠にイアナ・ロロノミア。

 ライバル枠にシシーリア・シルヴァスタ。

 アドバイザーのような隠し攻略候補のような位置付けにソリュ・ロロノミア。


 ……癖が無くはないな……ソリュ・ロロノミアの性別についてはイライザさんの回で明かすと思います。

 そのうちゲルダリアとも遭遇予定。

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