対の魔剣
素材を求めて、三人で城下町にやって来た。
普通のお店が並ぶ通りは賑わっているけど、魔術絡みの物を扱う地区に普通の人はやってこないので、混雑とは無縁だ。のんびりと買い物ができる。
今回もヴェルとテトラは必要な物が違うので、しばらく別行動。
私は鉱石などの素材を扱うお店へ向かう。
お目当ての素材はちゃんと揃っている。それどころかかなり値下がっていた。これなら素寒貧にならずに済むけど、何があったのだろう。
「素材の価格変動が起きているみたいですけど、何かあったんですか?」
お店の人は私の質問を待っていたかのようにイキイキと説明を始めた。
「海岸沿いで魔術素材としての真珠と珊瑚の育成が始まったんだ」
「真珠と珊瑚が?」
そういえば海の街でそんなことを言っていたっけ。
「北の国では、昔から真珠を生む貝と珊瑚を魔術で育てて妖精へ捧げていたそうだよ。その知恵を借りてこの国で作られたのがこちらさ」
そう言って、店主さんは真珠を見せてくれた。直径1センチくらいある純白の真珠が、化粧箱の中で輝いている。
夏にルジェロさんとケット・シー達があの地域に滞在していたのは、その魔術情報を提供するためだったのかもしれない。
「大粒ですね」
本来なら数年かかって生まれる真珠が、短期間にここまで育つなんて。
「ああ、形も真円に近い特上品さ。最近ではこれが魔術師さんたちに人気でね。色も白から黒まで選ぶことができる。珊瑚の方も魔術素材として優秀な物に仕上がっているから、今まで人気だった鉱石にも劣らない。お客さんもお一つどうかな?」
自信満々に新商品を売り込もうとする店主さんに、私は笑顔で言う。
「鋼玉を作るための粉末、在庫があるだけ全てください」
素材の質が悪いという理由で安価になったのでなければ、計画通りの物を買うだけだ。
私だって北の国からの魔術で作られた新素材は気になるけれど、真珠や珊瑚では剣の強度は補えない。鋼玉で刀身を作って、それからまだ追加できる要素があれば考えよう。
在庫があるだけ出してもらった素材は、ロバの使い魔を作って運んでもらうことにした。流石に量が多い。
荷物を運ぶロバを連れて、他のお店の商品も確認していく。
最近になって北の国から得られた新素材は真珠とサンゴだけでなく、ガラスもだった。
今まで透明なものは水晶で作っていたけど、強度さえ解決できるならこの国でもガラスが普及するかもしれない。
北の大陸との文化交流や情報交換は進展している。これはきっと、これからジャータカ王国からの物が入って来なくなることへの備えでもある。
北の国では魔石も流通しているのに、この国では相変わらず市場に流れていない。ロロノミア家が押さえているのだろう。申請書類を出さないと買えないままだ。購入許可が降りるまで時間がかかるから、今回造る剣には利用できない。
学院に戻って、すぐに魔剣造りに取り掛かる。
火力炉は丸一日私が占拠することになるけど、ヴェルもテトラも気にせずに貸してくれた。二人も何かを作る計画をしているのに。
申し訳なく思いながらも、慎重に作業を進めていく。
まずは、魔術の威力を増強する術式を鋼玉で形作る。赤と青と緑の三色の線が折り重なる幾何学模様の細長い宝石。それが仕上がって想定通りに機能するのを確認し、次はそれを埋めるための刀身を造る。
魔術で刀身に当たる鋼玉だけ無色透明な状態に加工する。うまく仕上がれば、中の構造が透けて見える、トランスルーセントな剣が出来上がる、はず。
柄は細く長くして、後で金属を被せて補強したり追加工ができるように余裕を持たせた。
作業開始から半日かかった。火力炉で更に数時間加熱して完成だ。
炉の中で何が起きているのか分かるように、火力炉には透明な窓が付いている。
中で目当てのものがじわじわと仕上がっていくのを眺めていると、ヴェルから声をかけられた。
「熱くない? 大丈夫?」
陶器のカップに入った水を手渡される。
「ありがとう。つい見入っていたから」
そろそろ水分補給しないと危なかった。熱で体中が汗べったりだ。剣が無事に仕上がったらお風呂に行きたい。それから夕ご飯。
ゆっくり水を飲む。内側から少しだけ熱が取れて、頭が冷えた。
一息つくと、ヴェルがしょげたように言う。
「……最初はお茶を淹れようとしたんだけど、失敗して薬缶が爆発したから、テトラに怒られたよ」
その様子に、つい苦笑してしまう。
「怪我はしなかった?」
「それは平気だったよ。薬缶も直したし」
金属を加工するだけの火力は出せるのに、調理用の低温は無理らしい。
「調理用のかまども、ここの火力炉みたいにあらかじめ利用できる火力を制限しておいた方が良さそうね」
「……うん」
普通は調理用のかまどには薪を入れて火をつけて扱うけど、テトラやヴェルは火の術で直に調理している。でも、ヴェルは加減ができないままのようだ。これはもう感覚がつかめないものと思って道具の方を調節するのが良さそう。
……私やテトラに会わなかったゲームの中のヴェルは、どう生活していたんだろう。食堂の料理、ちゃんと食べていたんだろうか。
そういえば、あの乙女ゲーではノイアちゃんのパラメータに家事能力もあったんだっけ。王族の攻略にその能力は不要そうだから、多分あれは……。
私がそんなことを考えこんでしまったところで、火力炉の中を観察したヴェルが言う。
「このままなら、設計した通りに完成しそうだね。鋼玉で作ると聞いた時は驚いたけど」
「金属より宝石の方が魔力誘導に向いているし、それなら見た目も好きなように作ろうと思ったの」
せっかくファンタジー世界の住人になったのだから、刀身が透けた剣とか物理的には作れない構造の剣とか作ってみたかったのだ。
「ゲルダリアの発想は僕にはないものだけど、それがこうやって形になるのは面白いよ」
ヴェルの言葉を聞きながら、火力炉の熱を弱くしていく。もうすぐ完成だ。
「二人のおかげで私一人でも剣が作れるようになったこと、とても嬉しいの。剣を扱うことも私には難しいけど、扱いかたも今までに教えてもらえたし」
色々な意味で、ヴェルに会えて良かった。
これからもこうやって一緒にいるためには、面倒ごとを全部解決しないといけない。
そのための魔剣だ。
いっそのこと、ラスボスに挑めるだけの強さが欲しい。
火力炉が冷えるのを待つ間にお風呂に行って、汗を流してさっぱりしてきた。
これから完成した魔剣のお披露目の時間だ。
火ばさみで慎重に剣を取り出して水の中へ入れ余熱を取る。
水から引き上げた透明な刀身は、中心にある魔術増強の鋼玉をきらめかせた。
金槌で軽く叩いてみる。強度も想定通りのようだ。
工房から出て、隣の部屋で待っていたヴェルに剣を見せた。
「どう? これなら少ない魔力で強力な術が使えると思うの」
私が細身の両刃剣を二本抱えていることに、ヴェルが驚く。
「二本同時に作ってたんだ?」
「素材が思った以上に値下がっていたから、当初の予算で二本分作れる事になったの」
二本セットでお給料一年分の魔剣。
……この表現だとあまりぱっとしない。強さも何だか微妙っぽい。いやまあ、これは『ぼくのかんがえた さいきょう の魔剣』という状態だけど。
ゲームで見た武器と被らないデザインを考えるのは難しい。
私のそんな事情はともかく、剣を手にして見回したヴェルは褒めてくれた。
「いい仕上がりだよ。これを打ち合いに使って傷めるのは気がひけるけど、魔術を使うための補助具としてなら、優秀だと思う」
「ヴェルにそう言ってもらえるなら安心ね」
武器職人から保証してもらえるなら心強い。
「これから庭で性能試験をしてくるわ」
どんな術がいいだろう。学院内で攻撃的な物を使うわけにはいかない。
畑の作物に向けて、生命力増強の補助魔術を使ってみよう。
一本はヴェルに預けたまま、意気揚々と畑へ向かった。
そして、両手で剣の柄を握り真上に掲げ、補助魔術を発動させる。
柄を経由して少しだけ流した魔力は、三色の鋼玉の内を伝い威力を増幅し、透明な刀身からエメラルドグリーンの光を溢れさせた。そして、その光は庭どころか、この棟を飲み込むかのような勢いで弾けた。
「……え?!」
光を受け、庭中の植物がざわめく。
発育の早い根菜がずるりと蔓を伸ばし、ハーブ類は葉を一回り大きくした。収穫まで時期があったはずのベリーは、急速に実をつける。
テトラが育てている巨大な食虫植物達に至っては、踊るように揺れて更に成長した。
想定した以上に威力が増している。設計を間違えただろうか。
ぽかんとしていると、ヴェルが剣の設計図を持って来て言う。
「試したのがこの術で良かったね。ここまで威力が増幅されると、攻撃的な術を使うのは危ないかもしれない」
剣を下ろし、ヴェルに聞く。
「もしかして、計算を間違えてた……?」
設計図を確認するけど、こっちは何もおかしくない。
「術式の計算自体は合っていると思うよ。今まで鋼玉を素体にしてあの術式を描こうとした記録が無かったから、鋼玉との相性が知られていなかっただけで」
「鋼玉で作るともっと威力が増すのね」
「ここまで豪快に鋼玉を使うことは珍しいからね」
「珍しい、の? この国は宝石魔術が発展していないけど、北の大陸の妖精は宝石が好きだから研究が盛んのようだけど」
だから短期間で真珠や珊瑚を育てられる。北の国の魔術でも鋼玉に価値があるなら、ここまで素材が値下がったりしないはず。
「他の国はこの国ほど鋼玉が採掘されないよ。ああ、だからかな……」
ヴェルは私の作った魔剣に視線を落とす。
「どういうこと?」
「国ごとに物の価値が違う。この国では鋼玉がよく取れるけど、魔術素材だから他の国に輸出を渋る。でも、北の国から良質な素材が提供されたなら、それに合わせて融通するかもしれない」
「北の国はこの国の宝石が欲しくて色々と提供してくれたのね」
「多分ね。鋼玉を使う魔術が北の国で研究されるのはこれからじゃないかな」
北の国の人達が鋼玉欲しさに素材の価格変動を起こしたなら、近いうちに買い付けに来るのだろう。その前に私が買えて良かった。王都の商人さんは私のせいで鋼玉を国外へ売る機会を逃してしまったわけだけど、そこは許してほしい。余裕ができたら何か買いに行くから。
「それはともかく、実戦でこれを使う日に備えて調整とかもしないと。ヴェルにも協力してもらっていい?」
「うん、大丈夫だよ」
ヴェルは何かを考え込む。
有事を想定してシミュレーションでもしているのだろうか。ポツリと言う。
「こっちも、作っている物を早く仕上げないと」
魚のスープができて夕飯の準備が終わったところで、どこかに行っていたテトラも戻ってきた。作った魔剣を見せようとしたところで、テトラが言う。
「ねえゲルダリア、庭の植物に何したの……」
何だか不審がられてしまっている。
「この剣で生命力増強の術をかけたら、想定より威力が出て勢いよく育ってしまったの」
「ええ……なんか、猫にマタタビあげたみたいに酔ってるんだけど」
「酔う? 植物が?」
「うん。今まで僕が散々話しかけても無視してきたのに、今日は機嫌が良すぎて軽口まで言ってる」
「そんなことになってるのね……」
私には植物の感情とかは感じ取れないので、ワサワサ育ってしまったぐらいにしか思っていなかった。
テトラは私が作った魔剣を手にしてじっと観察する。
「どうしたのこれ」
「これからに備えて作ったの。二本あれば、ヴェルとテトラが使えると思って」
「ふうん。これ、良い道具だけどさ、僕は剣より、ゲルダリアみたいに鈍器のほうが向いてる気がする」
「鈍器……私はちゃんと杖は杖として使っているから」
「杖の用途なんて怪我人やお年寄り以外には鈍器じゃん。護身の」
それはそうだけど……。
「僕も自分で自分の道具を作るからさ、その剣はゲルダリアとヴェルで使えばいいよ」
「そう?」
「うん」
思い出して、私は試作品を取り出す。
「そういうことなら、テトラには試作品の方を渡しておくわ」
指揮棒サイズの、パパラチアサファイア。
「いいの?」
何故だかテトラは受け取りをためらったように見えた。
「テトラの好みには合わない?」
「いや、そうじゃなくて。タリスじゃなくて、僕が使ってもいいの」
どうしてそこを気にするのだろう。
「タリスは魔術師じゃないもの。合う道具と合わない道具があるでしょう?」
「……そう、だね」
ヴェルは鍋からスープを三人分 盛り付けながら、私とテトラのやり取りを静かに聞いている。
何だろう、せっかく新しく道具を作ったのに、空気が微妙だ。




