魔剣鍛造計画
これから国が荒れることへの備えは色々考えた。爆弾なら今までも騎士団やロロノミア家に納品してきたけど、まだ時間があるうちに追加で対策をしたい。
そして思いついたのが、魔剣を作ること。
実戦での打ち合いにも耐え、最小の魔力で倍の効果を発揮する魔術触媒としても使える頑丈なものが欲しい。
工房の火力炉は、ヴェルとテトラが術式の設定を散々研究してきたから、私でもなんとか扱えるようになった。金属と鉱石の加工が一人で行えるなら、作れるものが増える。
強力な道具を造るための素材はお高いだろうけど、この学院に来る前も来た後も無駄遣いはしていないから、それなりに良いものが入手できるはず。
……アーノルド王子の魔術に耐えられるものとして仕上がるかは分からないけれど。
ヴェルが蝕の術を使わずに済むようにしたい。
武器の基礎に当たる素材を何にするか。どの素材と魔術でその威力と強度を増すのか。そこを決めるだけでなく、剣のデザインも良いものにしたい。
キラナヴェーダの主人公君が持っている、遥か昔に妖精が作ったという剣のデザインが好きなんだけど、流石にあのデザインを真似するのはマズイよね……。数年後にはテトラがあの子に会うはずだし。またテトラから何で知っていたのかと聞かれてしまう。
授業の合間に剣の構造について考えながら、必要な素材をメモしていく。
昼になって、朝より具合が良くなったらしいテトラが、庭に出ていく。いつものように食虫植物に話しかけているようだ。今日は何故かそれを鉢植えに植えてどこかへ持って行ってしまった。気になったけど、具合が良くなったならそれでいいか……。
ヴェルが庭で矢尻の強度試験をしている間、剣作りの資料も借りて読む。
武器の設計は今までヴェルの作業を野次馬したり補助してきたのでどうにか分かる。
問題は素材集めと実際の鍛造にどれだけ時間が必要かということ。強い武器も、有事発生までに用意が間に合わなくては意味がない。
ゲームによっては、最強装備やラスボス対策の道具を作るために世界中を回って素材を集めることがあるけど、今の私にそんな余裕はない。この王都で用意しなくては。
学院を出ての買い出しは週末まで無理だから、それまでに設計図を書いて、今までの支給品でも役に立つ物を選別しておこう。地味な作業が大事だ。
そんなことを考えていたら、また建物全体が軽く揺れた。
学院の人達は大丈夫だろうか。
揺れ自体はすぐに収まっても、不安に思う人はいるだろうし、建物の強度も気になる。
地震という災害に慣れていない国の建造物は脆い。この世界は日本人が作ったゲームの中のことだけど、建築基準はどうなっているだろう。学院が崩壊するという予知は、地鳴りが原因の可能性もある。
気になったので、部屋に備え付けられている通信道具で警備の方に現状確認を兼ねて問い合わせた。
応答してくれた人によると、まだ混乱を起こした人はいないけどこれからも同じことが続くのであれば分からないということと、学院の構造は王族により秘密にされているので、王族から修繕指示が出るまでは勝手な改装はできない、とのことだった。
ちょっと残念だ。学院がどう建てられているのかも興味あったのに。そういうことならもう自分の作業に集中しよう。
工房に揃えられた金属の性質をそれぞれ確認しながら考える。
ヴェルは普段、物理的に壊すか切るかの目的に分けて金属で剣を造っていた。魔術発動の補助は剣以外の道具に頼っている。
ファンタジー世界特有の不思議物質や金属はこの国にはないけど、オリハルコンや緋緋色金みたいな物を、この国の魔術で作れないだろうか。
軽くて丈夫で見た目も綺麗な万能素材。
でも、金属は私一人で加工するには力が足りないし、魔剣と言うなら素材が金属製である必要もないかもしれない。魔術発動の補助であることが主目的だから。鈍器として扱える必要もあるけど。
いっそ賢者の石っぽい物の調合チャレンジでも……いや時間が……。
あれこれ考え、結局初期案に戻った。
オリハルコンや緋緋色金、それに賢者の石は、今は棚上げ。実際に作れるものを優先だ。道具作りも短期決戦、納期は大事。
ヴェルが授業に出かけた間に、火力炉を使わせてもらう。
炉に素材を入れ稼働させ、魔力増強のための基点になる鋼玉が出来上がるのを待つ。
素材さえ揃えば、憧れのピジョンブラッドやロイヤルブルーだけでなく、夕暮れ色のパパラチアサファイアも自力で作ることができる。なんなら地球上の鉱物には出せない色も魔術による調整があれば可能だ。こういうところはとても楽しい。
炉が熱されている間に、剣の設計図を描いてみた。趣味でいきあたりばったりの物を作るだけなら設計図は必要ないけど、今回は気合いを入れて大掛かりな物を作るので記録しておきたい。
前にテトラが作った黒の円弧の剣は壊されてしまったけど、作り方を記録していないからもう同じ物は作れないらしい。残念だ。
ヴェルが授業を終えて戻ってきた頃には、剣の設計図もまとまった。
私の作業を確認して言う。
「設計図を描くなんて珍しいね? いつもは勢いで作ってるのに」
「たまには記録に残しておこうかと思ったの」
今回作りたい物は時間が要るものだし、作るのに失敗しても記録が残っているなら改善する点も見つけやすくなる。
私の話を聞きながらヴェルはじっと図面を見ていた。
「剣を作る予定なんだ?」
「いつか自分一人で作ってみたいと思っていたから。趣味と実益を兼ねてちょっと……」
そう答えると、ヴェルは妙に納得したように頷いた。
「そっか。ゲルダリアは、細かな調度品や装飾品より、剣とか杖とか、武器を作る方が好きなんだね」
「……実は」
ためらうように言った私に、ヴェルは口元を緩めて言う。
「思い通りに上手く仕上がるといいね」
応援してもらえた。ヴェルはいつでも優しい。他の人に武器が好きだなんて言えば、前線に立たない身で何を言うのかと呆れられそうなのに。多分うちの両親が知ったら、物騒な思考になったと言って泣いて悲しむ。
それはさておき。
武器作りに慣れたヴェルから見て、私が作ろうとしているものが実用的なのかを確認してもらう。
「魔術発動の基礎としての剣?」
「そう。大掛かりな魔術を扱えて、実戦にも耐える物があれば便利でしょう?」
私の発想はヴェルにはないものだったらしく、しばらく考え込んでしまった。
「……確かに、それが両立出来たら実戦に持ち込む道具が減るね。ただ、それを武器として扱うには強度の問題がある」
「鋼玉を軸にすることを考えたのだけど……」
言いながら、火力炉を見る。そろそろ小型の試作品はできただろうか。
「それなら、素材さえ揃えば可能だと思うよ」
ただ、その素材が貴重品だと言うのが問題だ。硬度の高い宝石や金属は、値段の都合で用意が難しく、軽率に量産はできない。結局、鋼の加工が一番無難だ。
お祭り用に学院が用意してくれた素材の残りで試作品を作っているけど、本命のサイズに仕上げるには、今まで貯めてきたお給料が消し飛ぶ覚悟をしないといけない。
火力炉が冷めてきたので、注意しながら開け、中のものを火ばさみでつかんで出した。
小さい手のひらサイズであれば、どうにかなる。後はこれを実戦で振るう剣の大きさで作れるかどうか。
水の中に入れて冷やし、素手で触れる。
綺麗な夕暮れ色のパパラチアサファイアでできた、小型の剣。柄のない状態なので、指揮棒型の魔術道具にも見える。
その鋼玉の内側で魔術強化の術式も上手く固定出来ているし、剣の強度上昇の術が魔術発動を邪魔することもない。
手のひらサイズのそれを見て、ヴェルが言う。
「普通の魔術を使うだけなら、それでも魔力誘導の道具としては充分なのに。それより大きくて強力な物を作る予定なんだ?」
「そうなの」
私の肯定に、ヴェルは静かに問い掛けてきた。
「……シャニア姫との予知で、何を知ったの?」
やっぱり、趣味で剣を作りたいという建前では納得はしてもらえないようだ。これは趣味で作るには金銭的に割に合わない物だから。出るまで回すガチャ課金並みに。
今のうちにちゃんと話しておいた方が良さそうだ。
「東の国境が、魔獣の集団に襲われる光景を視たの。あれに対処するには、広い範囲に作用する魔術が連続で必要だから……」
「それで……」
ヴェルは考えるように黙ったあと、工房にある道具を見回す。
「そういうことであれば、僕も普段とは違う道具を作るよ。いつも王族から依頼されるのは白兵戦用の丈夫で量産しやすい剣だけど、魔術を扱える人間がいないと対処できない事態なら」
「でも、これは私が勝手にやってることで、依頼されたわけではないの」
ヴェルまで趣味の読書の時間を潰さなくてもいい。
「それでも、備えは多いに越したことはないよ。あの王族達が、その予知を聞いて後手に回るつもりでいるとも思えないけれど」
「……これからどうなると思う?」
私にはフェン達が何を考えているのかは想像がつかない。
ヴェルは私の作った試作品を見つめながら言う。
「今まで散々、備えは用意してきた。その上で先手を打つつもりなら、魔獣の襲撃が行われる前に、ジャータカ王国を制圧する」
大げさな、と思ってしまったけど、ヴェルは普段から冗談は言わない性格だ。
「そんなこと、できるの?」
「アーノルド王子がその気になればね。そうでなくとも、この国に被害を出さないためには、戦場をジャータカ王国上にする必要がある。アーノルド王子がこの国に残ろうが出ようが、そこは考えているんじゃないかな」
「確かに、襲撃を待ち構えて迎え撃つだけではキリがないけれど……国境を越えた先へ人を送るのは、流石にこの国の体裁が悪くなるんじゃない? 侵攻扱いされてしまうでしょう?」
「この国には、ジャータカ王国の王族が二人いる。その二人がこの国に助けを求めてジャータカ王国を救済する、という名目であれば、対外的には侵攻の扱いではないよ。ジャータカ王国の内部争いの扱いで済む」
「物は言い様ね……」
「北と南の国を納得させて、なおかつこの国に被害を出さない方法、他には難しいからね。ナクシャ王子を担ぎ出すのが無難だよ。あの王子がそれを受け入れるかは分からないのが問題だけど」
全方位に向けて面倒を少なくする手段が他に見つからないなら、イライザさんが説得することになるのだろう。
その辺りの事情はお偉いさんたち次第なので、私達は何があっても対処できるようにするだけだ。
日常の合間に計画を進めて、ヴェルと二人でそれぞれ武器を作る用意をする。
週末に城下町へ行く許可をもらったし、順調だ。
今週のうちはまだ状況に進展はなさそう。
と、思ったのだけど。
週の授業が終わる日の放課後、ノイアちゃんとソラリスがぐったりした表情で魔術研究棟までやってきた。
「ど、どうしたんですか?」
また事件でも起きたのかと心配したところで、ノイアちゃんが悲しげに言う。
「ここ数日、シャニア姫と色々お話をしていたのですが、他の王族女性の皆さんが学院にやってきたので、追い払われてしまいました……」
「急にそんなことが?」
計画にないことをされては、学院の警備の手間が増えてしまう。そういえば、まだテトラが戻ってこない。
二人をいつものように室内に招き、お茶を淹れる。
オヤツとお茶で落ち着いた頃に、ソラリスが説明を続けた。
「第一王子の結婚相手が決まったとかで、候補から外れた人がロロノミア様に集団で会いにきたらしい」
……ああ、ついにお妃様が決定して、敗者復活戦が始まるのか。
「そのついでに、シャニア姫はお姉さんに呼ばれて行ってしまいました……」
ノイアちゃんは何故だか震えている。
余計なことを言わずに済ませようとしたノイアちゃんとは違い、ソラリスは身もふたもない言い方をする。
「あの人達、怖いな。圧力が凄い」
ノイアちゃんは手元のティーカップを見つめながらしんみりと言う。
「私、一人っ子なので仲良し姉妹とか仲良し兄弟というものに憧れていたのですけど、シャニア姫は明らかにそうではないようだったので……何だか悲しくなりました」
世の中にはそういうこともある。私は優しい弟に恵まれたけれど。
「ロロノミア様は、この国の都市計画でも解決してから出直せって言って追い払ってた。山間地域の水源確保案とか、虫害が酷い地域の農業計画とか」
インフラ整備ができないとロロノミア家の次期当主とは結婚出来ないらしい。かぐや姫より現実的な要求ではある。
ノイアちゃんとソラリスが落ち着きを取り戻して帰って行ったところで、今日はイライザさんとナクシャ王子がやってこなかったことに気付く。ヴェルの予想した通りの事態進行なら、説得中ということだろうか。
テトラも疲れた顔をして帰って来た。
「怖い、王族怖い」
ソラリスと同じ反応だ。
「お疲れ様……」
「なんであの人達、わざわざここまで来るの……」
テーブルの上に突っ伏したテトラに、ヴェルが労いの言葉をかける。
「大変だったね。でも、追い払われたようだから、しばらくは来ないと思うよ」
「だといいけど……」
ノイアちゃん達の前では黙っていたのに、ヴェルは今になって推測を話す。
「第一王子の婚姻相手が決まったなら、戴冠が近いのかもね」
その言葉に、テトラは不思議そうに顔を上げる。
「え、でも。今はそんな、お祝い事をしてる場合じゃないでしょ?」
「普通の王であれば、戴冠は慶事だよ。でも、導きの王は違うんだ。魔術結社の人達が言っていた通りのものだよ」
「……始祖王の加護を、修復して維持する?」
「そう。この国の護りを強化するための王様。非常事態への対策なんだ」
ヴェルの説明に、テトラは落ち込んだように言う。
「それ、王様可哀想じゃない? 祝ってもらえないんだ?」
「一応、祝いはするけど、それが主目的じゃないからね。戴冠の儀だけ優先して、通常の戴冠で行うような催しは後回しじゃないかな。告知が一切ないから」
「……非常事態……」
それだけ呟き、テトラも黙り込む。
「導きの王がいるなら、アーノルド王子が王都を離れてもこの国の護りは問題ない」
ヴェルが思い詰めたように言うので、私はわざとらしく声を出す。
「何にしても、ほら、夕飯はちゃんと食べないと。余裕があるうちに」
不穏なことが控えているからこそいつも通り過ごして、それから。
素材の買い出しと、魔剣造りだ。
初投稿から一年が経過しました。
まだしばらく完結まで届きそうもないのですが、このままこの話にお付き合いくだされば幸いです。




