幕間21/仲人の杞憂と失敗
新月祭の日。私は貴族ではないからナクシャ王子との交流会とは無縁だったけれど、イライザさんのことが心配で講堂の隅で様子を見ていた。あのオレンジ色の髪の女の子が、ナクシャ王子と接する機会を狙っているようだったので。
しかし。
ナクシャ王子が想像した以上に交流無精な性格をしていたために、杞憂に終わってしまった。挙句にイライザさんを誘拐するように連れて行ってしまい、私は途方に暮れた。
私ではナクシャ王子に追いつけないので、イライザさんのことはガーティさんがどうにかしてくれると信じるしかなかった。
悩んだ後、ナクシャ王子に放置されたご令嬢の様子をそっと窺う。茫然自失の状態で動きを止めたあの子は、友人とおぼしき女子生徒二人が必死に声をかけているけど反応せず、最終的に医務室だか心療室だかに連れて行かれたようだ。
そこまで確認して、私はこれからどうするのか考える。お祭りと言っても何か裏がありそうなのは、王族三人と護衛のイデオンさんの姿がない辺りからして察することができた。
お祭りに浮かれている生徒と、舞踏会中止で不貞腐れる生徒。その人波に混ざって学舎の中を歩いていく。
私としては舞踏会が中止になって助かった。自前で衣装の調達なんてできそうにない。
ゲームの中では、舞踏会に参加する気のないイライザさんが代わりに私のドレスを仕立ててくれていた。でもこの世界だとイライザさんは舞踏会でもナクシャ王子のために苦労するに違いない。私がそれを支援してあげられるかは怪しかった。
優雅なドレスは目の保養でもあるから、どうせなら舞踏会は裏方の立場での参加がいい。
私の衣装は要らないけど、伯爵様の元で働くことに備えて衣装を仕立てる基礎は押さえておきたいのだ。うちの領主様に変な仕立て屋を近寄らせないためにも。
ゲームの強制イベントである舞踏会は、お飾りとしてシャニア姫とアーノルド王子が表に出て、フェン様が裏方で警備の指示を出していた。でも、今は三人とも隠れてしまっている。
シャニア姫の未来予知もこの状況に関係がありそう。
状況を良くするための突破口は何だろう。学院内を調べて回ろうかな。歩いて観察するのは捜査の基本だ。
そうしてしばらく調査して、人気のない場所の魔術照明やランタンが壊されているのを見つけてしまった。
せっかくゲルダ先生達が作ってくれたのに、なんてことを。
私にはそれを直すことができないから、学院管理の人に報告して、ちゃんと機能するものに置き換えてもらった。ゲルダ先生達に伝える気にはなれない。先生、あんなにも楽しそうに作っていたのに。
壊した犯人は誰だろう。
現場付近を歩き回って、裏庭で不良っぽい男子生徒達がランタンを踏み付けながら笑っているのを見つけた。
三人もいては、私一人で注意しに行っても危ないだけ。どうするか悩んで、近くにあった倉庫からイベントの天幕設置に使う大きな白い布を借りてきた。これを利用してお化け姿の使い魔を作ることに決める。
悪いことをすると、お説教お化けが出るのです。
不良達が子供の頃にそんな話を聞かされて育ったかどうかは分からない。でも、魔術に詳しくなく、普段の授業もサボっているなら、これが使い魔と言うものだと知らないかもしれないので。距離を置いた場所から、使い魔経由で怒らせてもらいます。
使い魔の作り方はちょっと前にゲルダ先生から聞いたばかりだけど、上手くいった。
布は風船のように丸くふわふわ浮いた。威嚇のために肩幅のある厳ついお化けの形を取って、不良達を真上から襲撃する。
襲撃と言っても、ワザと体当たりに失敗するように飛んで、吠えた。
『ギャオー!』
使い魔から発せられる言葉は使役する者の声だから、低い声が出るように頑張ってみたけど、イマイチ迫力が出なかった。
「……はぁ?」
「何だこいつ……」
「こんな所で余興か?」
……怖がってもらえなかった。
『余興じゃありません!』
不良達がポカンとしているので、使い魔は手足をばたつかせて一人の頭をはたくように暴れた。
『物を大事にしない人間は、酷い目に遭うんです!』
「うっせーな」
「知るかバカ」
「とっとと失せろ」
腹が立ったので、うっかり使い魔経由で火を出してしまった。
『折角 手加減したのに、馬鹿にするなんて!』
火がかすめて飛んで、一人の髪の毛がチリチリパーマになりかけたことで、やっと不良達は身の危険を感じたらしい。
「めんどくせえ、ずらかるぞ」
「こんなトコまで監視に来んなよ……」
「魔術師に喧嘩売っても勝ち目ねーしなぁ……」
口々にぼやきながら、不良達は逃げ出した。逃げた先でまた同じことをされては意味がないので、途中まで追いかけて宣言する。
『次に物を壊すようなことをすれば、今度は本当に泣かします!』
言ってから、我に返る。不良達はこの使い魔が怪異ではなく、魔術を扱える人間の仕業とは理解できていた。
うーん、これは、学院警備の魔術師の仕業と間違われてしまった?
何にせよ、これから問題を起こさずにいてもらえるといいのですが。
布を元通りに片付けて、反省する。子供騙し過ぎた。もうちょっとうまい諌め方を考えなくては。
学院内を調べて回っても、生徒の行動が許可されている範囲にはそれ以上の問題は見つからなかった。
この学院で働く人達の行動範囲が学院の敷地を囲うような配置なのは、外からの侵入者が生徒に遭遇しにくいようにしてあるためだろう。そこを越えられる前に、今までにどれだけの侵入者が捕まっているのかは、生徒である私には知らされない。
ゲーム内の私は、そんなことなど全く考えずにいた。呑気な私に、よくフェン様やアーノルド王子が耐えてくれたものだ。王族は、自分の命を狙う存在に対して常に警戒しているのに。
本当に、不思議。私があの人達の助けになれるのだろうか。
みんなこの時間をどう過ごしているのだろう。イライザさんとナクシャ王子も。ソラリスさんも。タリスさんはナクシャ王子へ挨拶した後、他の生徒達に囲まれながらどこかへ行った。先生達は学院の警備で忙しい。
私はさっきの失敗でヘコんでいるのもあって、そこからもう自室に戻る。お祭りどころではなかった。
寝巻きに着替えて寝台に潜り、考え込む。これからに備えて何をするのがいいだろう。
……怖がっていないで、蝕の力をうまく扱うことを目指す?
あれはきっと調子に乗って使ってはいけないモノ。
けれど、恐怖というのは理解が及ばないから発生する感情。理解可能になれば、もしかしたら。
早く眠って早起きしたところで、学院内の様子がおかしいと気付いた。
いつもなら、生徒の様子を見に警備の人達が宿舎に来ている。でも、今日は人数が少ない。
食堂に着くまでの間に、警備の人を見かけなかった。
そこに気付いていない生徒は多い。学院での日常を支えてくれる人達の行動に興味がないのだろう。みんな自分の予定しか考えていない。
朝ご飯を済ませ、自室に戻る。今日は授業がない。午前中は授業の復習と予習だけで終わってしまった。午後の行動予定を立てつつまた食堂へ。いつ学院で事件が起きるのか分からないので、ご飯は食べられるうちに食べないと。
お昼にはようやく警備の人達がいつも通りの巡回に戻っていた。
きっと問題が解決したのだろう。
お昼ご飯も終わり部屋へ戻ろうとしたとき、談話室にタリスさんがいるのを見つけた。他の生徒達に囲まれている。タリスさんと仲良くなりたがる生徒は男女問わず多いので、たまにある光景だ。
今日のタリスさんは若干落ち込んで見えた。何かあったのだろうか。気になったけれど、談話室は混んでいる。私が近づける状況ではない。気配を消してこっそりお話を聞いていくことにした。
輪の中にいる生徒達はしばらく雑談を繰り返していたけど、話の流れがひと段落ついたところで、女の子が心配そうに言った。
「ソーレント様、何だか浮かない顔をされていますけど、お加減が良くないのでしょうか?」
その言葉に、皆が一斉にタリスさんを見る。
「いえ。僕の具合が悪いわけではありません。気にかかることがあるだけです」
「気にかかることとは何でしょう?」
更なる問いかけに、タリスさんは少し間を置いて答える。
「この国は魔術に秀でた王が統治する国だというのに、魔術に生きる者への理解が乏しいように思います。我が家に縁ある魔術師が、知らぬうちに不当な扱いを受けていないかと不安に思うのです」
……ゲルダ先生に何かあったのだろうか。
そういえば、お祭りの警備に参加していたソラリスさんの姿もまだ確認していない。いつも学院内で跳ね回っているトラングラさんのことも、今日は見なかった。
「従者の処遇を気にされるなんて、お優しいのですね」
感心したようにのんびりとかけられた言葉に、タリスさんは素っ気なく返した。
「彼らにも家族はいるのですよ。我々と同じです」
同意するように頷く生徒と、気まずそうに閉口する生徒。貴族と言っても、その人ごとに従者や魔術師へ向ける意識に差があるようだ。
このやり取りを機に、学院での魔術師への対応が変わると良いのだけど。
タリスさんの表情がまだ硬いのは、周りの生徒達に期待できずにいるからかもしれない。人に囲まれていてもどこか寂しそうだ。それが面倒見の良い女の子達を惹きつけることに繋がっているのだけど、本人は気づいていない。
タリスさんが魔術師の境遇を嘆いているらしい、という話は、程なくして噂になった。
週明け三日目。
昼休みに散歩がてら日当たりのいい中庭を歩くと、花壇の前で女の子達が噂している。
「ソーレント様は誰にでも平等に接してくださいますけれど、それは下々の者達をつけ上がらせるだけではないかしら」
「魔術師風情にまで気を使っていては、あの方の心労が溜まってしまいますわ」
……逆なんですよー……ゲルダ先生に何かあると、タリスさんが悲しむんです。
と、直に言いに行くわけにもいかない。
私のお節介で状況が悪化しては困るし、どうしよう。聞き流してしまうしかないかな。
よくよく様子を窺うと、あの子達はシャニア姫を悪く言っていた三人組の中の二人。主格の子が離脱して(させて)しまったので、二人だけで過ごしているみたいだ。
二人に気付かれないように通りすぎたところで、鉢植えを抱えて歩くトラングラさんがあちこちを見回しているのと遭遇した。
あの鉢植えに植わっているのは、魔術研究棟で普段トラングラさんが育てている食虫植物だ。ツリガネソウのように細長く下向きに垂れた花だけど、内側に虫を誘い込んで溶かしてしまう。赤黒い花弁が少し不気味だ。
「こんにちは、トラングラさん。今日はどうしたんですか?」
「ああ、ノイアさん。こんにちは。さっき、あっちこちの庭を壊したから直してるんだけど、ついでにコイツを別の場所に植え替えようかと思って」
「……それ、学院の人は怖がりません?」
時々 虫を追うようにぬるっと動くので、食虫植物だと知らない人はビックリしそう。
「でも話が通じるのがコイツしかいないんだ」
「話が通じる、とは?」
「不審者を見かけたら教えてくれって言っても、他の植物だと虫を追うのに夢中で聞いてくれないから」
「……?」
もしかして、トラングラさんはこの植物と会話できるんだろうか。
私が訝しむのに構わず、トラングラさんは食虫植物を植えられそうな所を探している。
「屋上にこの鉢ごと置こうかと思ったけど、屋上は餌になる虫がいないんだよね」
「そうなんですか……」
魔術師の印象が良くないのは、トラングラさんの行動も原因にあるような?
植物が話すというのはよく分からないけど、不審者対策で会話できる植物を植えに来たということは。
「また何かあったんですか?」
新月祭の夜に事件が起きたのは、週頭の放課後に魔術研究棟で聞いた。それからあまり日を置かずに何かが起きたということ?
「……あー、うんちょっと」
ばつが悪そうにトラングラさんは俯く。
「それ、もしかして生徒には伏せられてしまう話ですか?」
私の問いかけに、トラングラさんは周囲を見回し、小声で答えた。
「今日も妖魔と暗殺者を侵入させたなんて、言えないから」
確かにそれは警備の面目が丸潰れである。
「立て続けですね……」
「そっか、ソラリスはノイアさんにも今日はまだ会ってないのかな」
「はい。昨日の放課後にお会いしたのが最後でした」
「じゃあ今のうちに話しておいた方がいいのかな」
「何でしょう?」
「蝕の術は、」
そこで、地面が揺れた。
いや、学院全体?
地震のような大地が響く揺れは、この前の朝のようにすぐに収まった。
「揺れた原因、何なんでしょう……?」
「多分今回も北の国だと思うけど……」
「あ、一昨日の朝もそうだったんですか?」
「北の方角の空が変な色してたから」
ただの地震ではなさそうだけど、この国に悪影響が出ていないっぽいなら、まだ心配はいらない、のかな。
少し考え込んだ所で、声をかけられた。
「ノイアさん」
久しぶりに聞く、透き通る声。
シャニア姫だ。
どこを経由して現れたのかは不明だけど、振り返ると銀色の髪をなびかせた彼女の姿があった。表情からしてそう状況は悪くなさそう? 今まで無事に過ごされていたようでホッとした。
「シャニア様。未来予知の集い以来ですね。もうお体の調子は良くなりましたか?」
「ええ。あのときのお礼も兼ねて、ノイアさんとお話がしたいのです。今からのお時間はよろしいでしょうか」
午後の授業があるけど、それを承知でのお誘いなのだろう。
「私は大丈夫です。次の授業であれば、お休みしてもどうにかなりますから」
トラングラさんが言いかけていた話も気になるけれど、シャニア姫達が新月祭の間にどう過ごしていたのかも知りたかった。
「ありがとうございます。では、トラングラさんには申し訳ないのですけれど、これからノイアさんをお借りしていきますね」
「……はい」
トラングラさんは状況に困惑しているようだ。
シャニア姫が一体どこからやってきたのか、考えているのかもしれない。
私はシャニア姫に続いて、中庭の影にある隠し階段を降りて行く。こんな所にも抜け道があったなんて。
暗い中を歩くのはちょっと不安だ。トラングラさんから侵入者の話を聞いたばかりだし。ああ、それもシャニア姫がご存知なのか、後で確認しなくては。




