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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間20/能力解放

 影の周囲の地面を崩すも、逃げられた。あいつを狙って石筍のように土塊を生やすけど間に合わない。逃がすたびに庭が荒れて、植物が食われて枯れた。

 影が育って、僕を馬鹿にするように牙を鳴らしてギイギイ喚く。こっちの苛立ちを面白がっている。

「うるさいよ」

 僕の文句を無視し、口を生やした影は飛びかかって来た。土塊を巻き上げて盾にする。物質的な防御は通って、埃を立てて妖魔を弾く。

 こういう時、ゲルダリアみたいに殴るための杖があった方が楽だな。

 魔力誘導の道具なら杖の形じゃなくてもいい。なのにゲルダリアが杖を用意するのは護身のためだ。大抵の人間は魔術師が非力だと思っているから、近接すれば済むと思ってる。そういう連中を追い払うのに、長い杖はちょうどいい。

 花壇の囲いの白い石が壊れて、花が、常緑樹が、枯れる。

 こんなことなら、庭ごと妖魔を焼いてしまった方が速い。でも。

 ガサガサと、背の高い木が葉を揺らす。妖魔と僕が暴れるせいで、散らなくていい葉が枯れていく。

 ……ソラリスがまだ追いついて来ないってことは、別の場所にも何かいたのかな。

 こうなると、僕がこいつに餌としてここへ誘い込まれただけになる。

 孤独は良くないって、思い出したばかりなのに。

 無駄に時間をかけたせいで、向こうはついに目玉まで生えた。ギョロリとした赤い瞳。不気味ではあるけど、こっちからしたらわざわざ弱点を表に出してくれて助かった。

 深く息を吸う。感覚が鋭くなって、惑わされずに向き合える。

 驚かすつもりでいて当てが外れたのか、向こうは僕が急に冷静になったことで動きが鈍る。

 壊した花壇の破片を、目玉に向かって投げつけた。妖魔がそれを避けた先へ土塊を打ち上げる。

 衝撃で靄のような妖魔の体が削れるように減っていく。

 追い打ちをと思ったところで妖魔は庭の奥へ逃げ出した。

「待て!」

 そっちは駄目だ、あの木がある。学院の中で最も長生きの木が。

 あれを枯らされるわけにはいかない。百年以上も大事にされてきてるのに。

 妖魔の進行を阻むために、既にぐちゃぐちゃにした花壇のことは諦めて、加減を止める。

 土で波を作り、庭ごと妖魔を飲み込んだ。

 耳障りな、甲高い悲鳴が聞こえる。

 妖魔だけじゃなく、巻き込まれた植物も泣いているように感じた。

 この学院の庭は、どこも庭師が丁寧に世話をしている。大事にされているそれらを、酷い目に遭わせる手段しか取れなかった。

 妖魔は土から這い出てきたけど、核が壊れたのか徐々に姿が崩れていく。

 どうにか退治できた。

 でも。

「……ごめんなさい」

 庭の原型は留めていない。

 思わず、植物たちと、庭を大事にしてきた人たちに謝ってしまう。

 僕に他の魔術が使えたら良かったのに。動きにくいからって武器を持たずにいるんじゃなかった。ヴェルみたいに飛び道具あった方がいいな。

 謝って庭が元に戻るわけじゃない。庭師の人たちになんて言おう。

 悩んでいると、ざわざわと葉の擦れ合う音が大きくなる。それに混ざって、僕の意識に何かが届く。


『仕方のないこと』


「……え?」

 声のようなものが聴こえた。


『土に根ざした身では、これが限度』


 ……風がないのに、庭の奥の常緑樹から、大量の葉っぱが舞う。

 そして、それは土まみれになった僕から、汚れを払うようにして散った。

「あ……」

 思わず、背の高いあの木を見上げる。

 僕の思い込みとかじゃなく、ちゃんとあの木には人間に近い意思があったんだ。軽い魔術の力も。

 何事も無かったかのような状態に戻った僕に、再度 声のようなものが聴こえた。


『助けられた礼はこれしかできない。あとはそちらに任せる』


 ……僕は敵じゃないって理解してくれている。今までずっと話しかけてきたの、無駄じゃなかったみたいだ。何だか嬉しい。

 植物の言葉を聞き取れるようになったこと、ゲルダリアやヴェルは信じてくれるかな。

 教授ならきっと、ちゃんと聞いてくれる。

「やること終わったら、ちゃんと庭師を連れてくるから。それまでこのままで、ごめんなさい」

 僕の言葉に、さっきとは違う植物たちからの声が届く


『気にしないで』

『それより、早く他の人を助けに行ってあげて』


「分かった」

 汚れを払ってくれた葉っぱを拾い上げ、使い魔を作る。魔術の触媒として、とても質の良い葉だ。

 ソラリスはどこへ行ったんだろう。早く見つけないと。



 学舎内を走らせている使い魔が血痕を見つけた。物騒な痕跡を学院内には残しておけないから、使い魔にその血を回収させる。そうしたら、使い魔の核にした葉っぱが黒く濁って萎びた。

 血に毒が混ざっている。この国の人間相手に毒なんて使うのは無駄なのに、他の国から来た暗殺者はそこを信じていないのか、持ち込みたがる。

 血を流したのが誰なのか考える暇はない。使い魔と一緒に血の跡を追う。

 それは、学舎を出て学院裏の人気のない場所に向かっていた。

 生徒が通らない、荷物の搬送路。その先に、魔術による視覚強化で人の姿が見えた。

 灰色の装束に紫の短髪の人間と、怪我を負わされたソラリスがナイフで切り合っている。

 あの髪の色は、ノイアさんと同じ金環蝕の魔術使い。ソラリスには不利だ。足をかすめるように傷つけられ、ソラリスの動きは鈍い。と言っても、毒を負わせる戦法は効いていないから、あの侵入者もソラリスに上手くトドメが刺せずにいる。

 二人はまだ僕に気付いていない。

 侵入者はソラリスに罵声でも浴びせているかのような怒りの形相。知り合いかもしれない。僕にはそんなの関係ないから、遠慮はしない。

 土の術で地面を陥没させる。

 ぐらっと揺れた後、灰色の影は地中に消える。

 あいつはソラリスを殺すことしか頭にないのか、他の魔術への抵抗はまるでなかった。

 ソラリスは駆け寄る僕に気づいて動きを止めた。それから、深い穴に落ちた相手を見る。

 加減せずに落としたから、どうなっただろ。

「生きてるか?」

 ソラリスが地中に向かって声をかける。

「うるせえ死ね」

 罵倒が返ってくるなら、こっちが気遣ってやらなくてもいいか。

 そのまま使い魔を警備の元締めの所へ走らせる。今回の件はこれで解決だろうか。

 自害されないように魔術で気絶させたけど、逃げ場のない状況でもソラリスに文句言うのを優先してるなら、そこまで暗殺組織に忠実な奴ではないのかも。

 小物入れから青い液体が入った水晶の筒を出して、ソラリスへ渡す。ゲルダリアから持たされた傷薬だ。

 ソラリスが自分で薬を塗って怪我を治している間に、他の警備の人たちが来てくれた。穴からあいつを引き上げて、情報を吐かせるために連行していく。

「助かった、ありがとう」

 ソラリスが僕にそう言って、残った薬を返してくれる。

「毒盛られてたみたいだけど、医務室とか行かなくて平気?」

「平気だ。全然毒が効いてない。俺も驚いた。この国の毒消しの術が強力なのは学院に来てから知ったけど、ここまでとは思わなかった」

「他の国では強い毒なの?」

「大型のイノシシでも即死する」

「そんなに……」

 それより強い毒を消さないといけない土地だったんだ、この国。

 最初にこの土地に住もうとした人、どうかしてる。

 学院管理の一環で、定期的に貯水槽へ毒消しの綱玉を入れているけど、その仕事をサボらなくて良かった。

「話したくないならいーけど、さっきのあいつ、ソラリスの知り合い?」

「……そうだ。同じ施設にいた」

 結局、ソラリスは聞きさえすれば話してくれる。

「じゃあ、あいつの狙いはソラリス?」

「いや、ロロノミア様を狙う指示を受けていた。でも、組織から抜け出すつもりの途中で俺を見つけて、代わりに殺す気になったらしい」

「余計な気を起こさなきゃ、今頃は無事に脱走できてんのに」

「一人だけうまく脱走した俺が妬ましかったらしい」

 それで取っ捕まってたら意味がない。せっかく逃げる機会があったのに、自分で台無しにするなんて。

「ソラリスのこと殺す力もないのに」

 あいつは僕より小柄だったから、長時間戦うだけの体力はなさそう。

「毒が効くと信じてたんじゃないか? 蝕の術は、あいつにも使いたくないものだったから今回も使わずにいたし、それが仇になった」

「うん? 使い方が分からないからじゃないの?」

「ノイアさんが言ってた通りだ。蝕の術には嫌な感じがする。使うと自分ごと壊れるんじゃないかって思う嫌悪が湧く。だから、死ぬのが怖いと使えなくなる。使うのは、感覚が麻痺した奴だけ」

 その説明に、思わず文句を言った。

「そういうことさあ、もっと早く話しといて欲しかった。知ってたらノイアさんに研究なんて頼まなかったのに……」

 ヴェルにも使わせたくない。

 前に、脱走した暗殺者がゲルダリアを狙った日。ヴェルは蝕の術で奴を殺そうとした。

 その後のヴェルは、怒りが収まらないから落ち着くまでゲルダリアには会えないって言ってたけど、本当は蝕の術を使ったせいで不安定になってたからなのか。

 ヴェルが話したがらないはずだ。術者が自壊するなんて。

「悪かった。俺も、最初はうまく説明できなかったんだ。説明するための言葉が、分からないから」

 ソラリスは苦しそうに言う。

「……言葉」

「最近になってようやく、自分の感じたことを適切に表すための単語があるのを知った。やっと覚えた。だから、」

「ああうん、そういうことなら」

 仕方ない。

 感情をどんな言葉で表すのか知らずに育ったなら。

 さっきのあいつも、ソラリスに死ね死ね言ってたけど、妬ましいとか、羨ましいとか、悔しいとか、感情の分類と言葉選びができないから、繰り返し同じ言葉しか言えなかったんだ。幼児みたいに。

 伝えたいことをうまく説明できないのは、悲しいし悔しい。ソラリスは、今になってそう感じてるんだ。



 学院側への報告が全部終わった後。

 庭師さんたち三人と一緒に、散々なことになった庭を片付ける。

 その途中、ソラリスから聞いたことをゲルダリアに話すかどうか考えていた。

 ヴェルはきっと嫌がる。本人も可能な限り蝕の術なんて使おうとしないし。

 でも、またゲルダリアに何かあったら、ヴェルは躊躇わずに蝕の術を使うんだ。そこだけは想像がつく。

 対策、何かないのかな。

 変な奴が学院にさえ来なかったら、こんなこと悩まなくていいのに。結界、壊されないようにしてるのにな。どこで突破されてるんだろ。

 植物の声が聞き取れるようになった今なら、もっとうまく情報収集ができるかもしれない。

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