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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間19/魔術師テトラと魔術師トラングラ

 僕がゲルダリアやヴェルと一緒に居られるのは、あの二人の寛容さもあるんだろうけど。あの二人とは違う属性の魔術を扱えるから、僕はあの二人に対して卑屈にならず協力し合える。もし僕がゲルダリアと同じ属性の魔術しか扱えなかったら、能力を互いに比較し合って、勝手に落ち込んだりうぬぼれたりしたかもしれない。そういう情けないことをせずに済んでいるから、僕にあの二人とは違う能力があって良かった。

 でも、学院に来て一人で行動しないといけなくなってから、僕の能力に限界があるのを感じてイライラしている。

 火の術が効きにくい異形を退治するのは難しい。元々、火も土も屋内で扱う魔術じゃない。近接戦闘はヴェルのおかげで慣れたけど、それも有効じゃない場合があるなんて。この前はタリスの魔術が安定するようになったおかげで解決したけど、助けに行っておいて返り討ちにされていては、馬鹿みたいだ。

 どう対策したらいいんだろ。他の人と一緒に行動した方がいいのかな。シャニア姫にも孤独は良くないって言われてたっけ。あれは縁の話だと思っていたから、今まで自由時間は一人でフラついてきた。でも、そうじゃない?


 学院では僕も役に立っているはずだけど、警備の元締めのお爺さんは僕が仕事に参加するのを嫌がる。生徒と一緒に勉強しとけなんていう。

 そんなの、今更だ。魔術と歴史ならエルドル教授が教えてくれた。自分で作った野菜を売る交渉に必要な知恵は父さんが。料理は母さんから仕込まれた。数学については、幾何学模様を描く術式に必要な範囲だけ知ってる。古語も、魔術に必要な部分だけなら覚えた。面白い植物が育っている地域に行きたくて、地図や図鑑もずっと繰り返し読んできた。

 僕が知らなくて学院で教えていることなんて、貴族向けの領地管理の話ばっかり。何も面白くない。爵位を買いたい人には必要な話でも、個人の商売向けではないから僕が知っても役に立たないし。


 この学院にいて、どうでもいい人間から変な噂を立てられることも終わりそうにない。よく知りもしない他人を好き勝手に言うの、何が楽しいんだろ。他人を娯楽扱いする無神経な人が多い。

 もうここにいるのは飽きて、帰る日が待ち遠しくなっている。

 最初のうちはこれだけ大きい建物の中を探索するのが面白かったし、魔術で出入りの制限される区画があるのが気になっていた。それもすぐに調べ終わって、興味を引くものがなくなった今は、不満だけが増える。


 学舎裏の、学院の中でも長寿の樹木。それに愚痴をこぼしながらもたれかかる。

 こうやって木に話しかけるのも僕の自己満足でしかなくて、魔術的な結果は得られそうにない。無駄なのかな。

 教授は、あの二人に合わせて僕にも魔術師名をくれた。でも、僕が15歳になるまでは、危険な目にあったときに教授を呼べば助けてくれるらしい。要するに、僕だけまだ一人前とは思ってもらえていない。

 ……気に入らないことが多過ぎて、あれこれ悩むのもくだらなく思えてきた。

 見回りの仕事も今日はこれで終わり。

 冬休みにどこへ遊びに行くか、今からもう考えようかな。さっさと魔術研究棟に戻って地図でも見よう。

 そう思ったのに。

 今の魔術研究棟は出入りする人が増えて賑やかなのを忘れていた。

 ゲルダリアが庭でノイアさんやタリスと魔術の話をしている。その邪魔をしないように部屋に入ると、隣国の王子がまた蝕の魔術についてヴェルに質問していた。

 ゲルダリアには言ってないけど、ヴェルはジャータカ王国の過去の、暴虐の王が嫌いだ。その王様のせいで始祖王は蝕の術を作ったから。

 子孫であるナクシャ王子はその件では何も悪くないけど、あの国ではその史実をなかったことにしてしまっているらしい。そんな話を聞かされては、ジャータカの王様や僧侶への不信感は増してしまう。挙句に妖魔は野放し。僕んち、あの国へ引っ越さなくて良かった。



 ジャータカ王国の話を聞いたせいか、妙な夢を見る。

 夢の中の僕は、ゲルダリアに会うことができなかった。

 具合を悪くしていく僕のために、エルドル教授がどうにかして薬の材料を集めてくれた。でも、両親はこれ以上教授の仕事の邪魔はできないと判断して、僕の調子が良いうちに引っ越すことに決めた。

 秘めの庭を去る日、教授が薬を作るための資料の束を僕にくれた。いつか自分で薬を作れるように、と。小さい僕はそれを受け取って、両親と一緒に教授へお礼を言った。

 それから僕は父さんに背負われて、母さんと三人で東の国へ向かった。

 夢の中の僕は、ヴェルとも会わなかったのかな?

 そんなことを考えるうちに、僕らは農作物の豊かな村にたどり着いた。そこの人達は親切で、一緒に働いたらご飯をたくさんくれた。信じられないくらい、小麦が豊作。

 ジャータカ王国では食べ物に困らない。

 そこで健康になって、僕は教授がくれた資料を見ながら魔術で薬を作れないか実験を繰り返していた。最初は失敗ばかりしていたけど、どうにかそれっぽい物が作れるようになっていく。素材になった野菜の質も良かったんだろう。

 魔術を自力で習得して、薬も作れるようになったのは、今と変わらない年齢だった。

 しばらくは両親や村の人達のために魔術を使っていたけど、貴族のところで働くのを勧められた。夢の中の僕は、家族の暮らしが楽になる事を期待して、それを受け入れる。

 ジャータカ王国の貴族にも良い人はいた。他の貴族との交渉が苦手な人ではあったけど、周りからの信頼は厚かった。その人の元で何年か働いて大人になるうちに、ジャータカ王国では北の国との交流が進んで、あの国の工芸品が人気になった。僕の仕える貴族も、北の国の便利な道具や、客をもてなすための調度品が欲しいという。

 その依頼を引き受けた僕は、一人であの国へ向かう。

 危険だとは思わない。ジャータカ王国にも安全な場所は少ないから、そういうものだと思っていた。アストロジア王国や南の国ほど、他の国は異形への対策が徹底していない。野盗も多い。僕は魔術でそれに対抗できるようになっていた。

 交易の盛んな地域を目指して港町に着く。どうにか海を越えて安心したところで、宿の前で狼狽えている子を見つけた。今の僕とそう変わらない年齢だ。剣と本だけの簡素な荷物を抱えている。

 大人になった僕は、その子に何があったのかを尋ねた。

 一人で故郷を出てきたけど、お金をなくしてしまったらしい。

 故郷は廃村になってしまったから帰る場所はないのに、旅に出て早々に全財産を失くすなんて。

 そう落ち込む相手を放っておけず、僕は言う。ひとまず今日は僕が宿代を貸すから、一晩休んで、それからどうするのか考えればいい。休まないと対策も考えられないから。

 多分、この子はここに来るまでの間に、財布を落としたんじゃなくてスられたんだ。この地域もやっぱり治安が良くないから。

 田舎から出てきたから、スリの存在は知っていても、実際に対処するのはまだ難しかったんだろう。

 宿の食堂で、色々話をした。スリは集団で囲んで来る場合もあるから、旅するなら所持金は靴の中に隠した方が安全だとか、その剣は貴重な素材で作られているから お金が無くても絶対に質に入れては駄目だとか。

 僕がしばらくこの街で市場を見て回る予定だと説明すると、相手は日雇いの仕事を探して僕にお金を返すと言う。

 無理はしなくていいよとだけ返事して、次の日にその子が出かけるのを見送る。

 僕も仕事をしようと市場に向かう。しばらく調査を進め、昼ごはんにしようかと考えた頃に異変が起きた。

 広場に、悲鳴が響き渡る。人が散るようにして一点から引いていく。

 逃げ惑う商人達がやって来た先に、どす黒い息を吐く魔獣がいた。四足歩行で、鋭い目つき。狼のように尖った顎や耳に、毒々しい紫の毛並み。その魔獣の背後に、緑色のローブを着た魔術師がいた。あいつがこの騒動の元凶のようだ。

 放っておくことができず、人に飛びかかろうとする魔獣に火球を打った。

 それを見て、背後にいた魔術師は僕を先に殺すと決めたらしい。魔獣に向かって何かを叫ぶ。


 夢の中、自力で魔術を会得した大人の僕は、秘めの庭で育った僕よりも戦い方が下手だった。あの僕だってずっとジャータカ王国で妖魔退治をしていたはずだけど、魔獣と戦うのはあれが初めてだったらしい。

 苦戦して、時間をかけて、結局負けた。

 悔しい。情けない。どうして。どうしてこんなところで、こんな奴に殺されないといけないんだ。

 あとちょっとで勝てると思ったのに。

 宿代を貸したあの子が、そろそろ戻って来るのに。あの子も不思議な剣を持っていたけど、一人でどこまで戦えるのか。あの子に後始末を任せることになるなんて。

 惨めな夢は、そこで終わる。

 ジャータカ王国の魔術師テトラは、そこで終わる。

 両親や雇い主の知らないところで死ぬ。



 目が覚めたあと、悔しさが残っていた。

 夢の中のことなのに。

 敵のローブに描かれていた、歪な鍵のような模様をやけにはっきりと覚えている。

 気分が悪い。

 今日は警備の仕事を休ませてもらおう。

 でもお腹は空いたから、休む報告に行ったあと、魔術研究棟に向かう。畑から芋を引っこ抜いて朝食を作ることにした。

 芋を洗っていると、ゲルダリアがやって来て心配そうな顔をする。

「テトラ、顔色が悪いけど、何かあったの?」

「……変な夢を視ただけだよ」

 いつも通りなフリをしようとしたけど、掠れた声しか出ない。

「体調が良くないせいで悪い夢を視たのかもしれないから、無理はしないでね」

「うん、だから、今日は仕事休むって言ってきた」

「食事も今日は私が作るから」

「いーよ、そんぐらい……」

 ゲルダリアは僕に対して心配し過ぎだ。ヴェルも。

 危ない目に遭うかもしれないのは二人だって同じ。

 ……一人で惨めな死に方をする可能性は、誰にだってある。シャニア姫に占ってもらえた僕はまだ運が良かった。


 魔術研究棟の準備室に、王族の人用の豪華な長椅子が置き去りになっていた。それを借りて横になって目を閉じる。あの人が来たら怒られるかな。でも最近来ない。ソラリスから話を聞くだけ。あの人は他の国との交渉で忙しいみたいだ。

 王族が治安維持の努力をしてくれないと、夢の中の僕みたいに、惨めな死に方をする人間が増える。ジャータカ王国やイシャエヴァ王国の偉い人は、そこ考えてるのかな。

 ナクシャ王子がちゃんとした王様にならないと、ジャータカ王国は無くなって、無法地帯になってしまう。夢の中でうちの家族に優しくしてくれた村も、貴族も、酷い目に遭うかもしれない。

 ……夢で視た人達が実在するとは限らないのに、そう考えてしまう。


 うつらうつらするうちに、部屋が静かになる。ゲルダリアもヴェルも授業に行ったらしい。

 しばらくして、学院からの連絡が部屋に届く。壁にかけられた通信用の板が白く点滅している。それで目が冴えて起きたけど、あの二人はまだ戻って来ない。

 仕方なく通信に出ると、学院内で妙な影を見つけたので警戒するように、と言われた。

 何だそれ。

 まだ妖魔が学院内に隠れていたのか、それとも別口で侵入したのか。

 放っておけないから、書き置きだけ残して出かけることにした。授業中じゃ、あの二人は生徒の安全確保が優先だろうし。

 軽く眠ったおかげで、少し楽になった。

 学舎の中を見て回ると、三階でソラリスと会った。

 ソラリスも、ちゃんと授業受けてていいのに。警備に回っていることが多い。

「何か見つけた?」

 僕の問いかけに、いつものようにあっさりした返事が返ってくる。

「何も」

「どこまで確認してきた?」

「宿舎は他の人が確認に行ったから、俺はこっちに来た」

 そんなやり取りの間に、視界の端に妙な物が映る。

 窓から中庭を見下ろすと、確かに変な影があった。日当たりのいい場所で周りには何も無いのに、ぽつんと黒い円。じわじわ移動して見える。

「聞いたの、あれかな」

 それだけ言って、ソラリスの返事を待たずに窓から飛び降りる。ソラリスが驚いたような声を出すのが聞こえたけど、あれを逃がすわけにもいかない。

 影は、上から落ちてきた僕に気付いてザッと地面を滑る。逃げる知能があった。

 どこに行くんだ?

 逃げる先が学舎の裏だから、また陽動役の異形かも。でも野放しにはできない。

 小物入れから武器作りで余った金属片を出し、猫の使い魔を作って追いかけさせる。僕はそれとは別の方向から学舎の裏へ向かう。

 周囲を確認するけど、他に怪しいものは見つからない。ソラリスの方はどうなんだろ。

 先行して追う使い魔が、黒い影に飛びかかるけどかわされた。動きが早い。日陰に逃げ込まれると面倒だ。反対の通りから追いついて、植物が生い茂る庭に出た。整備された庭で暴れるのは気が引けるし、火を使うと植物も嫌がる。あれの正体すら分からないけど、どうすれば。

 僕のためらいに気付いたのか、影はこちらに向かって飛びかかってきた。咄嗟に横へ逃げたけど、馬鹿にされたみたいで腹が立つ。

 影の通った場所だけ、雑草が枯れている。他から生命力を奪うのは、妖魔がやること。新月祭の日に退治し損なったのが潜伏していたのか。

 火も金属も、植物と相性が悪いから土の術で対抗するしかない。どのみち庭は荒れてしまうけど。

 生命力を吸って回復したのか、影はさっきより大きくなる。

 育って手に負えなくなる前に退治しないと。

 



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