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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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魔術師の誓約

 誓約の術は魔術師が一対一で行うもの。術者が互いを信頼していないと成立しない。

 拘束でもあり、他者からの魔術への対抗手段にもなる。

 今回は、私とヴェルが互いの居場所を突き止めやすくする魔術拘束になる。

 距離のある相手と会話する道具は、王族から作成手段が非公開にされている。学院内では利用させてもらえても、自分用の物を作らせてもらうことはできない。

 使い魔を常時 顕在化させておくのは魔力が途中で尽きてしまって難しい。

 そのため、特定の誰かと常に連絡をつけられるようにするには、魔術で互いに誓約を行い術者同士を繋ぐ以外に手段が無かった。


 ヴェルの提案には驚いたけど、それは私を信頼してのことだろうし、私だってヴェルの安否が不明な状態で闇雲に動き回るのはもう嫌だ。だからすぐに頷いた。



 術の成就にはいくつもの触媒が必要だ。

 休みのうちに城下町まで出かけて揃えることにした。朝から三人で一緒に買い物に来たけど、必要な物がそれぞれ違うので途中から別行動。

 生命の象徴になる物が必要だけど、何がいいだろう。植物の種でもいいらしい。動物を生贄にするより気が楽だ。

 雑貨屋や魔術道具を扱う露店をあちこち見て回り、スミレの花を水晶に閉じ込めたものを見つける。紫の小さな花にヴェルの本来の髪と瞳の色を連想し、ついそれも買った。魔術の触媒にはしないけど、手元に置きたいと思ったのだ。

 横道に逸れたけど、しばらくして術に必要な道具を揃えることはできた。

 三人で集合するまでにまだ時間があるし、他にもお店をのぞいていこう。ヴェルの誕生日も近いし、そこから一月したらテトラの誕生日もすぐだ。プレゼントを作る素材も探したい。



 買い物を終えて、ヴェルと二人で学院近くの平原で木陰を探す。

 誓約の術を実行するのにちょうどいい静かな場所がいる。学院では邪魔が入るかもしれないから、帰る前に実行することに決めたのだ。テトラは先に帰って昼食を作ると言っていた。

 背の高いトネリコの樹を見つけたので、そこで誓約を行うことに決めた。

「できれば秘めの庭で行いたいけど、帰る余裕はなさそうだから」

 ヴェルはそう言って樹の下に座り、道具を取り出す。

 術の基点になる花の種と、魔力補助の緑の鋼玉。

 私も、白い花を咲かせる種と、紫水晶を取り出した。

 二人で座ったまま向かい合い、差し出された手にこちらの手を重ねた。

 子供の頃は背丈だけでなく手の大きさも変わらなかったのに。今は差がありすぎて、私だけまだ子供みたいだ。釈然としない。

 それが表情に出てしまったのか、ヴェルが不安そうに言う。

「……君が望まないなら、無理に誓約までする必要は、」

「違うの。私だけ見た目が成長しなくて、子供っぽいのが納得できないだけ」

 遮るように言い、軽く力を入れヴェルの手を握る。せっかくヴェルから提案してくれたんだから、誓約を反故にはしない。

「身長があまり伸びないこと、気にしていたんだ?」

 意外そうな口調。

 生徒の前では堂々としないと侮られると思って気にしない振りをしていたけど、本当はもっと身長が欲しい。

「私だけ置いていかれているみたいだから……」

 最近はテトラもメキメキ伸びて、どんどんゲームで見た姿に近づいていく。命に関わる事件が近づいているのを感じて、落ち着かない。

「まだ伸びるだろうから、そう悩まなくても大丈夫じゃないかな」

「……毎回、見上げないといけないのが嫌なの」

「え?」

「隣にいるのに、見上げないとヴェルの顔が見えないのは、嫌」

 正直にそう話すと、ヴェルは目を瞬いた。

「いつもヴェルは私に合わせて屈んでくれるけど、私の背が伸びればそんなことしてもらわなくても済むのに」

 気遣いは嬉しいけど、申し訳なさもあるのだ。

 こうやって向かい合うと、余計にそう感じる。

 ヴェルは苦笑して、私の手を握り返す。

「きっとこれからも伸びるよ」

「そうだといいけど……」

 そのやり取りで緊張がほぐれたのか、ヴェルは柔和な表情で言う。

「それじゃあ、始めるよ」


 魔力の基になる鋼玉が渦を描くように溶け、花の種の養分として吸い込まれる。

 私の用意した水晶も、同じように溶けて種の中へ消えた。

「魔術師ゲルダ及びゲルダリアに対する誓約。魔術師ディー及びヴェルヴェディノは、魔術師ゲルダ及びゲルダリアを信用し、見限ることなく離さない」

「魔術師ディー及びヴェルヴェディノに対する誓約。魔術師ゲルダ及びゲルダリアは、魔術師ディー及びヴェルヴェディノを信頼し、進言を聞き入れ共にいる」

 互いの言葉に反応するように、種が芽吹き、育っていく。

 その芽は伸びて私達の握り合う手に絡みつき、熱が籠る。

 二人の魔力が合わさって、伸びた蔓は光を散らし蕾をつける。

 やがて蕾は、吸い込んだ鋼玉の色を交互に押し出すように膨らみ、白い花を咲かせた。

 八つの花弁を持つそれは、輪郭だけ白く残し消えていく。

 術の成立だ。

 流れを見届け、ヴェルがぼんやりと呟く。

「花が、咲いた……?」

 そういえば、資料を読んだとき そこまでの説明は無かった。

 成立時に種が芽吹き、術者間の結びつきが強くなるとだけ。

 私達の手の甲に、さっきの白い花がうっすらと光っているように見える。じっくりと観察しないと視認できないけれど。

 どういった意味があるのかは分からないけど、悪い物ではないのだろう。

 ふと正面を見上げると、ヴェルの耳が赤くなっている。照れているようだ。

 珍しいと思いながら見つめると、無言で私から目を逸らす。

 もしかして、花が咲いた意味を知っているのだろうか。

「ねえ、今の……」

「そろそろ戻ろう、テトラも待っているだろうし、仕事もあるし」

 浮ついたようにぎこちなく言いながらも、こちらの手は握ったまま。

 混乱しているのか、ヴェルは落ち着かない。

 気になったこと聞き出すのは後にして、二人で立ち上がる。

 ゆっくりと手を離す。それでも、術の影響なのか熱は簡単に引いていかない。

 くすぐったい感覚だ。

 これで、離れていても互いの居場所を把握可能なのだ。

 それだけで少し安心できる。



 学院に戻ると静かだった。

 今日は授業がないから、学舎には誰も寄らず、魔術研究棟には私達三人しかいない。

 昼食を作っていたテトラは、私達が帰って来たのを見て明るく言う。

「お帰りー。その様子ならやっぱ上手くいったんだ?」

「ちゃんと成立したわ」

 私の言葉に、テトラは私達の手に視線を向け、愉快そうに言う。

「ヴェルが考え過ぎなんだよなー。ちゃんと花咲いてんじゃん」

 え?

「……ねえ」

「何?」

「二人とも、誓約の術で花が咲く意味、知っているの?」

 私の問いかけに、ヴェルはまた黙ってしまう。

「え……ゲルダリア、もしかして知らずに誓約したの?」

 テトラが驚いたように言う。

「秘めの庭の資料には、簡潔にしか説明されてなかったから」

「あれ、そうだっけ?」

「どういう意味があるの?」

 問い詰めると、テトラは困ったように言葉を濁す。

「それはさあ、ヴェルが説明することでしょ」

 それだけ言うと、部屋を飛び出して行った。

 火にかけた鍋がそのままだ。

「もう……何で……」

 とりあえず鍋の様子を見る。

 赤い芋を煮た鍋の火を消し、振り返る。

 ヴェルはまだ黙っていた。

「二人とも、誓約の術についてどこで詳しく知ったの?」

「……僕の故郷にあった、古い資料に載っていたんだ」

「秘めの庭の資料には書いてなかったのに」

「それは、あの術で種が芽吹くことすら本来は難しいからだよ。そこまで信頼しあう魔術師同士で協力することも少ないから、花が咲くまで育つのを知らない魔術師が多いんじゃないかな」

 例が少ないから記録にも残りにくいということらしい。

「それがどうしてヴェルの故郷では記録に残っていたの?」

「魔術士同士の誓約は、あの街では珍しくなかったんだ」

 秘めの庭や魔術結社では行われないようなのに?

「どんな状況で行われていたの?」

「……それは……」

 肝心な部分で詰まってしまう。

「あの街の人以外に言い触らしてはいけないことなら、無理には聞かないけど……」

 ああでも、テトラは把握してるんだっけ。

「秘匿しているわけじゃないよ。ただ上手く説明できないだけで……」



 結局、はっきりとした説明は聞けずに一日が終わる。

 ヴェルはしばらく頭を冷やしてから説明し直すと言っていた。

 倉庫で寝袋に潜りつつ、スミレの花を閉じ込めた水晶を取り出した。それを透かしながら、手の甲の白い花も見つめる。

 意識を集中すると、感覚的にヴェルがいる方角を把握できた。今は宿舎にいるようだ。

 こうやって繋がりができたのなら、誓約の花が咲いた意味が分からなくても構わない。

 本来は芽吹くことすら難しいなら、花が咲いたのは互いの信頼関係が通常より強いということ。喜んでいいはず。誓約時に言ってもらえたことも嬉しかった。

 両手で水晶を包んで眠る。

 満たされた気持ちになるのは久しぶり。

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