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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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祭り後の情報整理

 一晩経って、自分が判断力を欠いた行動に出ていたと気付いて落ち込んだ。

 ヴェルが無事だということに安心して周りが見えなかった。

 テトラだって疲れていたし、学院の皆の安全についても考える必要があったのに。

 お祭りのときに魔除けが人気だったのは、学院に入り込んだ妖魔の影響で弱っている子がいたからだろう。

 自分の大事な相手さえ無事であればいい、なんて言い出したらそれこそ死亡フラグの成立だ。視野が狭まると助からない道を進むことになる。

 ヴェルとテトラはこの学院での人の縁をあまり重視していないから、何か起きれば私を優先してくれる。それは二人の立場を悪くしかねない。

 とは言え疲労や空腹も敵だから、今はごちゃごちゃ言うより状況を立て直すのが先だ。

 カブのスープを作って朝食を済ませ、三人で魔術研究棟を出た。



 週末で授業予定のない今日、学舎は静まり返っている。

 早朝から何度も魔除けの鐘を鳴らしているから、学院に入り込んだ妖魔については退治できているはず。

 三人でランタンや魔術照明を回収して布袋に詰めていく。

 学舎と宿舎をつなぐ庭に出て、ようやく思い出した。

 警戒しながら噴水の周囲を見回すけど、トレマイドは姿を消していた。

 逃してしまったのか、それとも学院の警備によって収監されたのかは分からない。

 もしアイツが学院側に捕まったなら、また私と会話した内容までバラしてしまうだろう。そう考えると、非人道な手段であってもアイツの記憶だけは消しておくべきだった。

 私にとって最低限必要な情報が得られただけマシだと思うことにする。


 生徒の宿舎に向かう。

 こちらも異常はない。

 使い魔をタリスの部屋まで飛ばして話を聞く。今日もタリスは読書をしていた。

 それを中断させてしまったことも気にせず、タリスは淡々と答える。

「こちらは何もありませんでしたよ。けれど姉さんがこうやって確認にくるということは、何か起きたんですね」

「昨日、学院の結界が壊されて人と妖魔が侵入したの」

「そうだったんですか。まるで気付きませんでした。姉さんは怪我などしませんでしたか?」

「私は平気。まだ学院全体での状況は分からないけれど」

「僕と同じく事件に気付かなかった生徒ばかりですし、大々的な警告が学院側から出されていない以上、姉さんが僕を心配して連絡を入れにくるのは守秘義務に触れてしまうのでは? 未然に侵入者を防げなかったなんて話は、学院運営側の名折れでしょう? 極力隠されてしまうと思いますよ」

 そういうものだろうか。

 侵入を許してしまっても被害さえ出なければ、体面を守れていることになる?

 学院が安全な場所でないと知れば恐慌状態に陥る生徒が出てしまうから、それを防ぎたいのは理解できるけど……。不誠実では。

「ああでも、姉さんから連絡が来たのは僕にとって安心できることです。僕の立場では、学院の労働者に何か事故が起きても知らされない可能性がありますから」

「そこまで酷い隠蔽はされないと思うのだけど」

「分かりませんよ、そんなの。一部の貴族は下々の犠牲を悼まない者もいますから、情報が遮断される可能性はあります。姉さんも充分に気を付けてください」

 無事を確認したら、逆に不安になるようなことを言われてしまった。

 領地を抱えている貴族であれば、庶民が領地を支えていると理解しているからそんな無神経なことは考えないと思っていた。でも、タリスがこんなことを言うなら、どこかで傲慢な貴族と出会ったのかもしれない。

 ……うちの親戚だろうか。


 警備員の宿舎に向かうと、前日の騒動の後始末で駆け回る人と、疲労困憊により寝込む人で混雑していた。

 事のあらましについて聞きたかったけど、私達もちゃんと休むよう注意された。

 警備責任者である魔術師のお爺さんは、テトラに向かって言う。

「こっちだって本当はお前のような子供にこんな仕事させたくないんでな」

「子供じゃないよ、もうすぐ十四になるんだ」

「儂からしたら赤子じゃい」

 テトラは昔から子供扱いされるのを嫌う。情報ももらえず不貞腐れた。

「休んでいいなら、今のうちに休みましょう」

 私が宥めるけど納得できないようだ。

 この国にお年寄りの魔術師は少ない。秘めの庭にはいなかった。過去に何度も事件が起きて、生き残った人が少ないらしいのだ。だから、過去の事件を知るお爺さんが、まだ未成年のテトラを事件から遠ざけたがるのは理解できる。

 魔術結社の人は何故か秘めの庭の魔術師に情報を出し渋る。休暇中、教授にそう話したら、過去にあった事件の概要を聞いた。この国は、発展する度にその基盤になる人が事故に遭う。魔術師も同様らしかった。

 そのときに犠牲者になったのは秘めの庭に所属する魔術師だったから、魔術結社側には負い目があるのだとか。



 昼になってやっと状況が落ち着いて、前日の夜に何が起きたのかを聞かされた。

 この学院だけでなく、あちこちの地域で不審な形跡があったらしい。騎士団を各地に散らせて王都の守りを弱くして、学院を狙ったようだ。

 退治された妖魔は、私達が遭遇したのも含めて五体。捕まった不審者は二人。学院への報告なく独断で動く生徒やその従者、講師もいるので、もしかしたら秘密裏に始末された侵入者はいるかもしれない。

 それはともかく。捕まった人間によると、狙いはナクシャ王子の暗殺だったそう。

 妖魔は陽動役。

 内側から学院の結界を壊した人間は、生徒の従者として侵入したのだと言う。どこかで聞いた話だと思ったら、タリスが連れて来て私と会ったあの魔術師が妖魔と組んでいたらしい。新月祭の前にタリスが襲われたのは、妖魔が言うことを聞かなくなったせいだとか。

 得られた情報はそこまでだ。

 トレマイドがいつ脱走してヴェルの姿を真似たのは謎のまま。

 アイツが私のところへやってきたのは、おそらく思考力を壊されていたから。愉快犯の観察道具にされた被害者は、あの鬱ゲーに多勢いた。世界の情勢がゲーム中と変わったせいで、トレマイドが被害者の立場に回ってしまったのだろう。

 私としてはトレマイドがどうなろうが知ったことじゃない。いくら思考力を無くしていたとはいえ、毎回こちらの神経を逆撫でするような言動しか取れないのだ。アイツがやったこと全部、許したりなんかできない。アイツと顔を合わす機会が二度と来ないことを祈っておく。

 それ以上に、警戒しないといけないことができた。

 助ける方法を考えていたシジルが、黒幕である父親以上に性格破綻者だと判明したのだ。

 ゲームで遊んだときは、黒幕であるモルスの子のツユースカとシジルは被害者という認識だったのに。歪んだ思考の親に育てられた以上、あの二人も組織の人間達とやることは変わらないのか。


 RPGにおける世界の危機は定番なもので、その世界自体が脆い素材でできているのかと疑うほど、あっさり消えようとする。 そんな脆い舞台の上で、世界征服欲を抱えた人間が犠牲者を出したり自滅したりを繰り返している。敵と和解できるかどうかは物語次第。

 この世界の場合は、和解不可能な自滅型の悪役だ。黒幕は、自分が利用する予定のラスボスに殺されるという様式美(テンプレ)を披露する。

 ラスボスの封印解除のため贄になったのが、娘のツユースカ。

 ラスボスに力を与えるため餌になったのが、息子のシジル。

 最終戦を前に前述の犠牲でプレイヤーからのヘイトを買ったモルスは、封印地から起き上がった異界の住人に潰され呆気なく退場、という流れだった。

 それなのに、ツユースカがモルスを殺し、シジルが表に出て、あの国の魔術師集団と暗殺者集団を仕切っているという。

 まだあのゲームが始まる時間じゃないのに。

 黒幕があの二人に変わってしまったなら、これから何が起きるのだろう。どのみちあの組織がのさばっているなら、北の大陸が荒れることに変わりない。

 シジルはテトラと同じくらいの年齢だった。姉のツユースカは、私と同世代かもしれない。そんな二人が、既に弁護不可能なほど悪事に手を染めているのは残念だ。あのゲームのプレイヤーは、不幸な姉弟への救済措置も求めていたのに。幼いうちにあの組織から引き離さないと無理らしい。

 ルジェロさんや北の国の人、それに妖精族は、あの二人の行いに抵抗できるだろうか。



 考えないといけないことはまだある。今までみんなに説明できずにいたことだ。

 ヴェルの故郷を滅ぼした魔獣が、どこからきたのかの答え。

 この世界にいないものは、異界からやってくる。ラスボス達と同じ。

 召喚術だ。

 異界とこちらの界の境を抉じ開けて、別の世界から呼び出している。

 魔術耐性が強い生物を大量に呼び出して、人の代わりに戦の駒にしたのだ。

 盾の街は、魔術師と騎士を輩出する土地だから、対人戦であれば常に備えている。

 広域を攻撃可能な魔術が存在する世界で、人による白兵戦を行うのは無謀でしかない。十万の軍勢より数人の魔術師が居ればいい。

 そこへの対抗策は、より強い魔術師を味方につける。あるいは、魔術耐性の強い生物を利用すること。

 だからこの国は事あるごとに魔獣集団に襲われる。

 普段は他の国で生物実験した個体を連れてくるのだろうけど。

 キラナヴェーダの中で、召喚術は過去の実験で事故が起きてゼロから研究し直しと言っていた。

 あれはおそらく、ヴェルの故郷を魔獣に襲わせた召喚師が、アーノルド王子の魔術で死んでしまったからだろう。洞窟で召喚の儀式を行って、魔力が尽きたか様子見かで隠れていたところを強引に山ごと消されてしまったのだ。

 キラナヴェーダの続編では召喚術が確立されていたけど、今ならまだ召喚術への心配は要らないと思ったのに。

 シャニア姫との未来予知で、魔獣の群れが平原を駆けるのを見てしまった。

 あれが一年以内に起きる可能性があるなら、敵側が召喚術の再現研究を速めてきたのだ。

 この国が発展したことを、向こうは警戒しているのかも。

 

 味方から不信感を抱かれずに敵の情報を明かすには、どうしたらいいだろう。

 ずっとその解決策が出ずにいる。

「また何か悩んでる?」

 昼食中、ヴェルに心配された。

「事件が立て続けに起きるから、シャニア姫の占いで見た光景も近いうちに起きることなのかと思って」

 それだけ答える。

 ヴェルも昨日から口数が減っていた。ややあって言う。

「昨日から考えていたんだ。どこに君がいるのかを捜して駆け回って、見つけるのに時間がかかった。最初から互いがどこにいるか探知できればいいのに」

「……そうね」

 不安を抱えて走り回るのは、焦る一方だった。相手が無事かどうかも分からない。

「それで、次に何か事件が起きる前に、対策を取ろうと思ったんだ」

「対策?」

 聞き返すと、ヴェルは緊張したように言う。

「誓約しよう、ゲルダリア」

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