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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
73/155

入れ替わる黒幕

今回の話は新月祭の回(前々回)の直後からです。


 魔女のお菓子屋を片付け、ジェリカさんと別れる。

 ヴェルと一緒に魔術研究棟へ戻ると、テトラがテーブルの上に突っ伏して眠っていた。声をかけるけど起きそうにない。

 お菓子は食べ尽くされていて、代わりに鍋料理が用意されている。

 野菜の皮だけ剥いて元の形のまま鳥肉と一緒に煮込まれた状態だ。素材をそのまま活かしすぎた調理はテトラによるものだろう。本人が食べるだけにしては量が多いから、私達の分も夕飯を作ってくれたらしい。

 二人でその野菜と鳥肉の煮込みを食べたところで、テトラが唸るようにして目を覚ます。私達に気付いてぼんやりと言う。

「……んぇ、寝てた?」

「さっき声をかけても起きなかったから、そっとしておいたの」

「そっかぁ。今日疲れたんだよ……」

 伸びをしながらぼやくテトラ。

「講堂の方で何かあったの?」

「それが……あの王子が学院から脱走しかけたから慌てて止めたんだ……」

「ナクシャ王子が?」

 どうしてそんなことに。

「人に囲まれるの嫌いなんだってさ。だからって外に出ようとされても困るよ」

「それは大変だったね……」

 テトラの様子からして、大事になっていたらしい。中庭まで騒動が届かないから全く気付かなかった。

 あくびを繰り返し、テトラは立ち上がる。

「今日はもう部屋に戻るよ。おやすみ」

「おやすみなさい」

「おやすみ、テトラ」

 二人でテトラを見送ってから、ヴェルが言う。

「ゲルダリアは疲れてない? 朝急に店をやるって決めて用意していたけど」

「皆に協力してもらえたから大丈夫」

 お祭りの裏方は楽しかった。皆のおかげだ。ヴェルが一緒に居てくれたのも嬉しかった。

 ただ、後片付けも含めてのお祭りだ。明日は朝早くからランタンを回収しに学院中を歩かなくてはいけない。

「私達も今日は早く休んだ方が良さそうね」

「そうだね」



 ヴェルが宿舎に戻っていったので魔術研究棟を閉める準備をしていると、女子生徒がやって来た。ハンカチで顔を覆うようにして泣いている。

 明るいオレンジ色の髪を編み込んで装飾を施しているお嬢様。この子は普段真面目に授業を聞いてくれる子だ。

 宿舎の門限が近いというのに、何があったのだろう。

「どうされましたか?」

 私の問いかけに、しゃくり上げながら言う。 

「ずっと、悲しさと悔しさが、止まらないのです。感情を抑える薬は、ありませんか」

 生憎そんな危険物は作っていないけど、突き放すわけにもいかない。

 ひとまず室内に招いて座らせる。

 気分を落ち着かせる香りのハーブを配合してお茶を淹れた。

「良ければ話を聞かせてください。その方が上手く処置できるかもしれませんから。無理にとは言いませんけど」

 魔術的な対処が無理でも、温かいものを飲むとか、甘い物を口にするといった手段ならできる。

 お嬢様は私が淹れたお茶を受け取って、じっと見つめる。少し落ち着いたのか静かにお茶を飲み始めた。

 お菓子はテトラが全部食べてしまった。甘い物は何が残っていたっけ。庭でベリーを摘んでこようか。

 考えるうちに、お嬢様はゆっくりと口を開く。

「ごめんなさい、先生。私、侮辱的な目に遭わされたと思って1日ずっと泣いていました。けれど、こんな時間にここへ訪れているようでは、あのお方と何も違いませんね……」

「気にしないでください」

 涙も止まって、冷静さを取り戻したようだ。

 それはともかく、あのお方とは?

 尊称で呼ばれながら問題を起こしそうな人物は……王子組しかいないか……。テトラが言っていた件からしてナクシャ王子だろう。

 お茶のおかわりを淹れる。

 流した涙を補うように、彼女はまたお茶を飲む。

 そろそろ宿舎は閉められている時間だ。この子の従者は心配していないだろうか。

「……先生」

「何でしょう?」

「ディー先生と結婚しようと思ったきっかけは何ですか?」

 ……⁉︎

 危うく椅子から落ちるところだった。

 結婚は……していないので……。そもそも恋人ですらない。

 本当に、何故そんな噂が出回ってしまったのか。

「……唐突ですね」

 まともな回答ができずに、はぐらかす。

「すみません……興味があるんです。私の状況とは違うのでしょうし」

 ここでそんな話を持ち出すということは、彼女が泣いていた理由は婚姻事情と関係あるのだろうか。

 この学院に通う女の子達は、お年頃なだけあってやはりその手の話に敏感だ。

 恋愛についてと結婚に関しては別問題だと思うけど、恋が結婚に直結するという意識の子もいるようだ。今のこの国で政略結婚を行なっていないなら、恋と結婚願望は別の物になりそうなのに。目の前のこの子も、ひとまとめに考えているのかもしれない。

「その手の話は無闇に吹聴するものとは思っていませんので」

 私の話を参考にしようとされても困る。

 意地でも解答拒否させてもらおう。

「そう、ですね。それでも、先生達はお互いを大事にされていますから、きっと幸せなのだと想像したんです」

 周りから私達はそう解釈されているのか。

 恋とか関係なく、大事にしたい相手はいると思うのだけど。

「貴方はもう結婚について考える必要があるのですか?」

 私の質問に、相手は俯いたまま頷く。

「我が家の両親はまだ頭が固いのです。この学院で私が色好い相手を見つけなければ、卒業後に勝手に縁談を組むなどと公言していました。ですから、私は今のうちに自分の望む相手を選びたいのです」

 どこの世界にも、時代遅れの考えを持つ身内のせいで苦しむ人はいるらしい。

「そのため、学院では社交の延長で過ごしていました。殆どの方が婚姻のためにここに通う訳ではないと理解しています。恋が必ず成就するものだとも思っていません。けれど、憧れた方にああも酷い扱いを受けるとは……」

 そこでまた涙がこぼれる。

 今回は何をやらかしたの、あの王子。

 ひとしきり泣いた後、彼女は自分に言い聞かせるように言う。

「私に人を見る目が無かっただけなのでしょうね。相手の立場と容姿に惹かれてしまったせい。考えれば、あのお方の事情も、私は何も知りません。それなのに、あの人だけでなく私にまで優しくしてもらえるなどと期待して……甘かったようです」

 どこの世界でも、見目麗しい王子と姫は周りから期待されるもの。分け隔てなしに優しく賢く振舞ってくれる、と。

 その理想を意識的に守ってくれているのはシャニア姫だけ。あの王子達はそこまで考えてくれない。こうなるとこの国の第一王子も素行が怪しいのでは。体が弱いために戴冠が遅れているのも、事実かどうか。

 話を聞くだけの私に、お嬢様は言う。

「ああ、やはり一人で抱え込むものではありませんでした。先生に聞いてもらえて、少し落ち着きました」

 目を赤く腫らしてしまっているけど、表情は柔らかくなった。

 感情を吐き出したことで自己解決してくれたなら、こちらとしても安心だ。

 私では気の利いたことも、アドバイスも言えない。

「お茶を用意するぐらいしかできなくて、ごめんなさい」

「いえ、急に訪れた私が浅慮でした」

「宿舎に帰れそうであれば、送って行きますね」

「はい」


 あちこちにランタンや魔術照明が飾られた中を歩く。

 元気が出てきたのか、お嬢様は規則破りも気にせず弾むように言う。

「私自身のことがなくとも、先生達の話には興味あるんです。聞かせてはもらえませんか? 馴れ初めの話など」

 ……私にその手の話を振らないで欲しい。

 元々恋バナが好きな子なのだろう。

「一度でも話せば、際限なく要求されてしまうので答えません」

 正確に言えば、他人に話せることなど一つもない。

 私より周りの方が私達の関係性について盛り上がっている。完全に置き去りにされた気分だ。

 お嬢様は楽しげに笑う。

「ふふ、やはり先生達は似ていますね」

「何の話ですか?」

「妹が言うには、ディー先生も似たような はぐらかし方をして、ちゃんと答えてくれないらしいのです」

「そ、そうなんですか……」

 姉妹で仲が良いのはいいことだけども……。

 ……聞く限り、ヴェルの方も私と夫婦だという誤解については触れずに放っているようだ。これはどう捉えればいいのやら。

 悩む私に、お嬢様は機嫌良く言う。

「魔術師で夫婦の方々はとても珍しいですから。つい気になってしまうんです」

 確かに伴侶や恋人がいる魔術師の話は聞いたことがない。皆、自分の研究したいことに夢中で、他人と行動するのは仕事上のみ。

 とはいえ、私達を参考資料にしようとするのはやめてもらいたい。

 吟遊詩人の唄の方が役に立つと思うので、今度からそちらを勧めようか。恋にまつわる唄がどれほどあるかは知らないけれど。

 私はこのお嬢様の期待に沿えるような話を何もできなかったのに、相手は自分の悲しみを忘れてしまったかのような はしゃぎ具合。……立ち直れないよりはいいか。



 お嬢様を宿舎の部屋まで送り届けた後、考え事をしようと寄り道する。

 宿舎と学舎を繋ぐ庭も、灯りが満ちていて見通しがいい。今晩だけは噴水に鉱石ランタンがいくつも沈んでいて、寒色系のイルミネーションのようだ。

 セーブポイントとか回復ポイントみたいに見えて、少し楽しくなった。

 解毒剤である緑の鋼玉を噴水に入れて溶かし、水の色を染めて遊ぶ。前からこうやってちょっと遊んでみたかったけど、私がここを通るときはカップル達が噴水を囲むようにして集まっているので諦めていた。 

 この学院は乙女ゲームの舞台だけあって、恋人達の雰囲気作りに向いた設備があちこちに揃っている。ノイアちゃんがそれを利用している気配はないけど。

 ……恋愛ゲームらしいことは、他の人がしておくからそれでいい。

 そう思っていた。

 私は誰の邪魔もしないように、一人で生きられるような手段さえ身に付ければ万事解決するものだとばかり。

 結局は色んな人と関わってしまって、皆で一緒にこの国の滅亡を防ぐ手段を考えねばならない。

 RPG世界の住人になりたいとは思ったけど、国家や星の危機は要らない。

 その状況下で、恋は。していられるだろうか。

 相手は、私と一緒にいてくれると言う。

 なら、それでいい。

 あのお嬢様みたいに深刻に考えなくていい。


 さらさらと水の流れる音を聴く。

 遊びで入れた解毒剤もほぼ流れていった。

 水の術の訓練を兼ね、軽く水流を真上に打ち上げる。

 その水を元にして、鳥の形の使い魔を作った。我が家の家紋に似た小鳥。

 それを連れて帰ろうとしたところで、足音が聞こえた。

 振り返ると、宿舎の方から歩いて来る人がいる。

 咄嗟に杖を両手で握り構えた。

 やって来る相手も私に気付いている。

 魔術師が着る黒のローブに、青い髪と目。見慣れたはずの相手の普段の格好。

 でも、足音が違う。

 歩き方が違うのだ。

 ……同じに見えるのは表面だけ。

 どうやって姿を模しているの?

 屋上のあの黒い円弧の剣が、この短時間で壊されたのかもしれない。

 向こうはまだ私を騙せているつもりのようだ。

 何にしても、対処は一瞬。

 あと数歩の距離まで近づかれて確信する。表情も別人だ。

 ヴェルは口を斜めに釣り上げて笑ったりしない。

「ゲルダ」

 言いながらこちらに腕を伸ばすのを避け、杖を横薙ぎに払う。

「っぐぅ……!」

 躊躇わずに胴を殴る。

 姿勢を下げ膝の裏も打って転ばせた。

 追い討ちの水の術。

 相手がむせる間に、使い魔を飛ばす。

 警備員を呼ぶのが優先だけど、本物のヴェルは無事だろうか。

 そこで不意に笑い声が聞こえた。

 近いようで遠い位置にいるかのようにそれが反響する。

「はは、無様じゃないか、トレマイド! 変幻なんて役に立たない! 苛立ちと執着を結びつけてお前が逃げ出さないようにしてやったけど、面白い結果になったな!」

 声変わり途中の少年のような、高くなく低く過ぎない声。

「……誰?」

 何が起きているのか。

 私が殴り倒した相手は、呼吸を荒くして元の姿に戻っていく。

 ヴェルに化けていたのはトレマイドだった。

 なら、今の笑い声は何?

 苦し紛れにトレマイドが悪態をつく。

「くたばれ、シジル」

 シジル。

 それは、あの鬱ゲーの黒幕の息子の名前。都合よく利用され、魔術実験で自我を無くすはずの。

 不愉快な笑い声は消えない。

 トレマイドを軸にした術による覗き見だろうか。

 魔術の無効化のために、再度杖でトレマイドを殴る。

「っ!」

 バチリと火花が散る。

 途端に子供の笑い声は消えた。

「どういうこと? シジルは閉じ込められているんじゃないの⁉︎」

 状況が分からず問い詰める。

「ああ? やっぱお前こっちの内情知ってんじゃねーか!」

「いいから答えて!」

「クソが」

「アンタの関節全部砕くわ」

 苛立って脅すと、トレマイドは舌打ちしながら言う。

「翡翠の鍵はシジルの配下だ。アイツが有翼獅子も全部牛耳ってやがる」

「 モルスはどうしたの?」

 本来の黒幕は。

「ツユースカが殺した。そのせいでシジルの奴が野放しになっちまった。あの真性の狂人が」

 敵側も、ゲーム内とは事情が変わってしまっている。何が影響しているの。

 それも気になるけど、本物のヴェルはどうしているだろう。

 意識遮断の術でトレマイドを気絶させ、拘束はそのままに宿舎へ向かう。

 身体強化の術で駆けて、ヴェルの部屋の戸をノックする。

「ねえヴェル、いる?」

 返事がない。寝ているのだろうか。

 でも、起きるまで待っていられない。魔術で強制解錠して、戸を開ける。

 誰も居ない。

 慌てて部屋に入る。

 壁に吊るされた武器の数が足りない。もしかして、私と別れてから部屋に戻っていない?

 ……トレマイドが模していたのは今日の姿じゃない。アイツは、今日のヴェルが露骨に武装しているのを知らないのかもしれない。なら、ヴェルはアイツに捕まったわけじゃない。

 どこに行ったのだろう。他の警備担当の人達が来る気配もなかった。

 探しに行かないと。

 学院中で何かが起きている。

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