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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間17/祭りの表側

新月祭でのイライザさん

 肝心なことを伝え忘れていた。

 妖魔の弱点だけじゃなく、ゲルダリア自身が妖魔から狙われやすいことも話しておくべきだったのに。

 新月祭当日の朝になってそれを思い出す。

 慌てて朝のうちに魔術研究棟へ向かう。

「ゲルダ先生!」

 準備室へ飛び込むけど、返事はない。誰も居ないのだろうか。

 隣の教室は鍵が閉まっている。その向こうは工房があるけど、許可なく踏み込むのは躊躇われた。でも、工房の鍵は空いている。

「すみません、ゲルダ先生いらっしゃいませんか?」

 声を上げて奥から出てきたのはディーだった。

「ゲルダなら事務所へ書類を提出しに行ったよ」

 それならすぐ戻ってくるかも。でも、私には待っている余裕がない。ナクシャ王子が私を探して出歩かないうちに迎えに行く必要がある。

「あの、伝言をお願いしても良いでしょうか」

 どうやら今のゲルダリアとディーは、タリスの精神へ負担をかける程に仲が良いみたいだから、この際もうディーに話しておこう。

「何かな」

「妖魔の弱点はゲルダ先生に伝えたのですけど、ゲルダ先生自身が妖魔から好かれやすい性格だと注意しておくのを忘れていたんです。学院の結界が無事であるなら心配ないのですけど、念の為」

 一息に説明すると、ディーの表情が険しくなる。

「……分かったよ」

 空気が重くなった気がした。

 この様子だと、ディーはゲルダリアに説明せず自分で全部解決すると決めてしまったかもしれない。

 けれど、私には時間的余裕がない。

「では、これで失礼します」

 それだけ言って、私は急いで魔術研究棟を出る。

 今日のお祭りの主役がふらふら出歩かないうちに、捕まえに行かないと。



 ナクシャ王子が保護されている部屋まで向かう。

「お疲れ様です」

 護衛の人達に挨拶すると、四人は私の登場にほっとしたように見えた。

「本日も訪れてくださってありがとうございます、グレアム様」

 彼がまた何か無理を言ったのだろうか。

 部屋の戸をノックして、中の相手に声をかける。

「おはようございます、ナクシャ王子」

 私の言葉に、戸がゆっくりと開く。

 今日は大勢の前に出るため、ナクシャ王子は着飾っている。白基調の衣装の上から、緋色の生地に金の刺繍が入った羽織のような肩掛けを垂らした格好だ。

 王族や上流階級の貴族はあまり自分で着替えを行わないものだけど、ナクシャ王子は育った境遇の都合で、他人に着せ替えさせられることをとても嫌がる。

 挙句、休暇中の別荘地では深夜に服を着ずに私の部屋まで忍び込むという酷い事件まで起こした。流石に私も耐えかねて怒ったので、本人も反省してくれたようだけど。

 ガーティが私の側にいてくれなかったら危なかった。頭が痛い。

 本人が護衛は要らないと言ってごねるので、せめて屋内だけでもと一日離して様子を見たらこうなった。暗殺技能を夜這いに利用するのはやめて欲しい。

 あれ以来、護衛の人達にナクシャ王子を監視してもらっている。

 ナクシャ王子は、指定通りの格好はしてくれているけどご機嫌斜めのようだ。むすっとしている。

「おはよう、イライザ。貴方は今日が私にとって重要な日だと言うけれど、まるで実感がない。うまくいくだろうか」

「今日の挨拶で皆に良い印象を与えられないのであれば、この国での生活は難しくなるのだと覚悟してもらわなくてはなりません」

 ナクシャ王子がこの学院の生徒全員の前に姿を現すことは、彼がジャータカ王国の王位継承者であるという宣伝になる。

 隣国の現王はさておき、後継ぎであるナクシャ王子はこの国に対して友好的だという認識を持ってもらう状況作りだ。

 ナクシャ王子は自分がジャータカ王国を立て直す立場になることへの躊躇いがあるようだけど、この国だっていつまで彼を保護しておけるのかは不明である。これ以上、王族としての立場に無自覚なままではよろしくない。

 今日のお膳立てはフェン・ロロノミアによるもの。

 アーノルド王子がどれだけナクシャ王子を嫌おうと、この国の運用を行うのはロロノミア家だ。ナクシャ王子を擁することがこの国のためになると判断されているうちに、足場固めを行ってもらわなくては。

 彼が本当に王になるのであれば、この国より厳しい国家も相手に交渉しなくてはならないから。これは入門編みたいなものだ。


 新月祭は午後から始まるので、それまで講堂の裏の控え室で護衛の人達も一緒にお茶を飲みながら、ナクシャ王子の予定を再確認する。

 講堂に生徒達を集めてナクシャ王子が挨拶した後、校内で自由行動が始まる。でも、ナクシャ王子が勝手に出歩いては困るので、講堂内に留まって他の生徒と軽く交流する機会を設けるのだけど。

「私は興味のない相手とは関わりたくないのだが」

 ナクシャ王子はまだむくれている。社交は嫌いらしい。

「信用できる相手とそうでない相手を見極めるのに、必要な機会ですよ」

「……厄介払いは頼めないのだろうか」

「今の貴方は、それを頼むための人脈から作る必要があるのです」

 このままだと、比喩でも冗談でもなくただの裸の王様になってしまう。

 今期からナクシャ王子も授業に出ているけど、授業が終わると即座に教室から消えてしまうので、同級生達からは幻覚か何かと疑われているらしい。誰とも交流できていないようだ。

「何を話せば良いものか」

「礼を払って相手の顔と名前を覚えるだけでも良いのです。せめて今日の段階では。相手がどれだけ話そうとも、必要のない情報は聞いている振りをして聞き流しても大丈夫です」

「そういうものか」

「できれば情報は多く得て欲しいのですけど。まだ慣れないでしょうから」

「ふむ」

「今日は人数が限られていますから、落ち着いて対処してくださいね」

「分かった」

 ……素直過ぎて不安だ。既に私の説明すら聞き流してないだろうか。目線だけは私を向いて機嫌を良くしてくれたけれど。


 ナクシャ王子が特定の人間、つまりイライザ・グレアムに執心しているという事実はもう隠せなくなってきた。

 私としては公にされると学院での生活に苦労が増えるので避けたいのだけど、彼は私と離れる時間が増えるのをとても嫌がる。空き時間ができる度に私のことを探そうとするので、会う場所を学院側に借りる羽目になった。

 ナクシャ王子が親から不遇な扱いを受けていた事実はこの国では伏せられているため、彼の体面はまだ守られている。この学院の生徒達は、東の国の王子も高潔な身分の者らしく理知的に振る舞うものだと思っている。

 その王子が下級貴族の私と進んで関わろうとする話は、あらぬ憶測を呼ぶ。

 今期が始まってまだ一週間のうちに、同級生が私と距離を置き隠れて噂し合うことが増えてしまった。

 この展開は元々ノイアの役回りだったけれど、私がナクシャ王子に近づくと決めた以上、こちらに対して面倒ごとが発生するのは仕方ないことだ。

 当のノイアはまだナクシャ王子に警戒している。ナクシャ王子の人間性を考えるとそれは正しい判断だ。上部だけ見て引き寄せられるとろくな目に合わない。今のナクシャ王子は父親の指示を完全に突っぱねているから、この学院の生徒を道具や情報搾取の対象にはしないとはいえ。



 講堂に人が集まり、お祭り開始の時間になった。

 ナクシャ王子と護衛だけ壇上にあがり、私は隅に隠れて様子を窺う。

 大勢の人の前に出ても緊張することはないようで、ナクシャ王子はあらかじめ用意してきた口上を堂々と述べる。

「アストロジア王国においてこの私、ナクシャ・ジャータカを受け入れてくれたこと、そして今日この機会を預かったことに感謝している。我が国とアストロジア王国の関係がより良く発展することを願い、新月祭を通じ我が国の文化に触れてもらえれば幸いだ」

 ナクシャ王子が王位を継ぐのであれば、ジャータカ王国とこの国の関係は安定するという印象作りはできたはず。

 お祭りが開始され、大半の生徒達が講堂から出て自由行動に移る中、ナクシャ王子との対面が許可された上流階級の生徒が残る。

 この国の公爵家で在学しているのはソーレント家だけなので、優先順位はタリスからだ。

 社交の延長としてこの場に現れたタリスは、ゲーム内とは違い子供っぽさを捨ててしまったような憂いがあった。姉の支えなく育って疲弊している。それでも、ナクシャ王子に臆することなく向き合って自分の役割を果たす。

 ナクシャ王子の方は鷹揚に頷いてタリスの名乗りと階級について聞いているけど、どこまで意識に留めているのかは怪しいものだ。

 それでも二人目まではちゃんと応対していた。

 だというのに。

「……飽きた」

 三人目を前にして急にそんなことを呟き、身を翻す。

 皆が呆気にとられるうちに、ナクシャ王子は私のところまで駆けてきた。護衛の人達も反応するけど、手荒なことはできないため拘束を逡巡する隙に距離を空けられてしまう。

「まだ二人にしか挨拶していないじゃないですか!」

 苦言を無視し、ナクシャ王子は私を抱き上げる。

「ここにいるのは不愉快だ」

 言いながら、講堂の外へと飛び出した。

「子供のようなことを言わないでください!」

 私が諌めても聞いてくれない。

 どうしてくれよう、この迷惑王子……。

 ナクシャ王子に誘拐される前に見えたのは、置き去りにされたお嬢様の悲壮な表情。

 あの子は、ゲーム中でもナクシャ王子に一途な想いを寄せていた子だ。悪いことをしてしまった。でも、理想と現実の差を思い知って頂けたことかと思う。品行方正な王子なんて幻想だと。少なくとも、この学院に通う王子は問題児しかいない。

 それを承知した上であの子がナクシャ王子に恋するのであれば、それでもいい。

 私にとっての優先順位はナクシャ王子の幸福なので、彼の相手がイライザ・グレアムである必要はないのだ。

 ナクシャ王子が私に向ける感情は、恋というより子供が母親を慕うのに似たものだ。

 いつか私以外の人間に興味が向く可能性を考えて、今日のような社交の機会を歓迎したのに。

 逆に拗らせただけかもしれない。

 それにしても、この人は私を連れて一体どこへ向かうつもりなのか。

 腕を振りほどいて逃げてもいいけど、そうするとナクシャ王子が荒れるだけになりそう。

 ガーティに助けを求めるのと、本人を説得することのどちらが早いか……。

 考えて、懐からハンドベルを取り出し鳴らす。ガーティを呼ぶほうが確実に早い。

 暗殺技能持ちには暗殺技能持ちの人を当てたほうが無難。

 この流れだと、普通にお祭りを楽しむことはできなさそうだし、これからの私の学院生活についても悩ましかった。

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