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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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新月祭

 学院中に灯りを満たすだけでは面白くない。

 お祭り当日の朝に、出店を学舎の中庭に設置することを思い付き、慌てて学院側の許可をもらいに行った。

 その出店でお菓子を配ることを提案する。

 学院のどこかで人寄せをした方が警備が楽になるという判断で、許可は簡単に降りた。

 そうとなれば、お祭り開始の夕方までに急いで準備するだけ。

 ベリーを潰して煮て、抽出したハーブと混ぜ、毒々しい色合いのジャムを作る。赤と青の斑らになった状態だけど味に変化はない。一口サイズの焼き菓子にそれを塗って、薄い紙袋に包み、封をするリボンで簡素な飾り付け。

 黒い天幕で覆われた、いかにも怪しい雰囲気なお店を用意して、受け付けのテーブルに籠盛りのお菓子と魔除けの道具を並べて置いた。

 魔女のお菓子屋が完成だ。

 お祭りには謎の露店があった方が盛り上がる。

 店番のときに黒い三角帽子でも持ってこよう。こういった催しの準備はとても楽しい。

 私が見回りに行く間はジェリカさんが店番を引き受けてくれることになった。

 この不気味な色をしたお菓子に挑む勇者は現れるだろうか。

 そんなことを考えていると、設営を手伝ってくれたテトラが言う。

「このお菓子、僕ももらっていいの?」

「そうね、誰も受け取ってくれなくて余ったなら」

 私の返答が不満らしく、テトラはむくれる。

「この国の人、毒とか平気なんだから変な色にしたって気にしないじゃん。先に受け取らないと僕の分なんて残らないよ」

 それもそうだった。

 でも、テトラにお菓子を出してはすぐ食べ尽くされてしまう。

「テトラの分は魔術研究棟に用意しておくから」

 そう答えると納得したのか、テトラは素直に見回りへと出かけていった。



 お祭り開始の口上は、講堂に生徒達を集めて行うらしい。

 私は生徒ではないので、その間に裏方作業。

 追加のお菓子も用意していた。

 常に空腹なテトラの分の焼き菓子とジャムを別々に作ったところで、ヴェルが戻ってきた。

 今日のヴェルは魔獣退治の時と同じ装備で魔術師らしかぬ出で立ちのため、すれ違う生徒達に驚かれている。黒い軽装に魔獣の頭蓋骨を砕くための厚い剣と、切れ味の良い短剣を腰から吊るして、投擲用の金属板の束もあちこちに仕込んでいる。殺意は高め。私には見慣れた格好だ。

 ヴェルも新月祭を行う理由に警戒しているようで、ずっと学院中の結界を見直していた。

「今のところ異常はないよ」

「それなら、順調にお祭りが始められそうね」

「ゲルダリアも用意できたみたいだね」

「魔術道具もお菓子屋に隠して置いたから、何かあっても問題ないわ」

 このまま杖もお店に持ち込むし、不良に邪魔されても殴り返せる。

 日が傾いてきたので、二人で中庭へ向かった。

 途中、ヴェルが気になることを言う。

「講堂の方は大勢で警戒しているから平気だろうけど、この国の王族は姿を隠しているみたいだったよ。あの場には居ない」

「それだとナクシャ王子が囮みたいになってしまうけど……あの三人が表に出るのを控えないといけないなら、新月祭はちょうど良いのね」

 警備の強化について考えると、舞踏会は難しいのかもしれない。

 あれこれ推測していると、ヴェルが唐突に言う。

「さっき警備の主任に掛け合って、これから僕は君と行動することにしてもらったから」

「急な話だけど、何かあったの?」

「……魔獣狩りの時と同じ連携が出来た方が良いと思ったんだ」

 一息にそれだけ答える。

 私とヴェルの扱える魔術は違うから、いつも魔獣狩りに出るときは前衛と後衛に分かれて対処していた。私がヴェルに防御の術をかけて、ヴェルは身体強化の術を自分に使う。そこからヴェルが敵に近接戦を仕掛けて、私が遠距離から魔術で攻撃するという流れ。

「学院の中では狭くてその戦い方は難しいと思うのだけど」

「念のためだよ。いざとなったら建物や設備なんて庇ってられないだろうし」

 そこまで想定しないといけない事態が起きられては困るけど、ちゃんと考えないと駄目か……。

 生徒達は純粋にお祭りを楽しむつもりでいるから、そんな状況になったらパニックが起きかねない。非常時の誘導については一応説明があったのを思い出す。

 避難経路を思い出していると、自由行動開始になったらしく、騒がしくなった。

 生徒の皆を不安がらせないように振る舞わないと。

 元々のゲームでは、この時期の舞踏会でノイアちゃんが意中の相手と距離を縮める機会だったはず。新月祭の今、ノイアちゃんはどうしているだろう。



 中庭の中央には、学院側が用意した花の形の魔術照明がところ狭しと飾られていて、色鮮やかな花壇のよう。写真を撮る技術がない世界なのが残念なくらい、煌びやかな光景だ。

 そんな中庭の隅の怪しいお店で、黒い三角帽子を被り待機する。

 生徒達は私のいるお店に興味はあるようだけど、育ちが良い子は料理人以外が作った物を食べることに抵抗があるのか、お菓子は受け取りに来ない。

 女の子達がおずおずと寄って来るけど、一緒に飾ってある魔除けの装飾の方が人気だ。これなら魔除けのお店でも良かったかも。

 黒い天幕の内側には一人しか入れないのでヴェルはお店の横で待機しているけど、こちらからは様子が見えない。暇じゃないだろうか。

 余所事を考えつつ、魔除けが欲しいと言う子に猫の形の金属チャームを手渡した。

「ありがとうございます、先生。最近 夢見が悪くて困っていたんです」

 そう言って、儚げな雰囲気のお嬢様は嬉しそうに去っていく。

 それからしばらくは誰も来てくれない。

 ヴェルと二人で店の受付越しに会話していると、元気な声が聞こえてきた。

「あー! ゲルダ先生!」

 アリーシャちゃんが人混みを縫って全速力で駆けてくる。

 あの速度で人にぶつからないなんて、長身に見合わぬ身軽な動きだ。忍者かな?

「ここで何をしてるんですか⁉︎」

 私の目の前で息を切らさず はしゃぐ元気っぷりに、ヴェルが困惑している。

「お菓子を配っています。不人気ですけど」

「あ、お菓子もらえるんですね! じゃあ二人分ください!」

「はい、どうぞ」

 包みを二つ手渡すと、アリーシャちゃんはとても喜んでくれた。

「いい匂いですね、ありがとうございます!」

 それから、どこかへ置き去りにしたらしいバジリオ君の元へと走って行く。

「バジリオー! ゲルダ先生からお菓子貰ったー!」

 身体能力だけ見ればあの子も諜報員向きではあるのに、性格からして無理そうだ。

 ヴェルが、呆れているのか感心しているのか分からない調子で呟く。

「……あの子、いつも元気だね……」

「アリーシャちゃんは賑やかな方が安心できるわ」

 そんなやり取りをしていると、アリーシャちゃんの影響で興味を持ったのか、他の子達もやってきた。

 お菓子を受け取ってすぐ開封し、ジャムの色に驚きつつも食べてくれる。味が本来のベリーのままだと分かってほっとしたようだ。こうやって、お菓子を受け取ってくれた人の表情がころころと変わるのを見るのはとても楽しい。

 


 完全に日が落ちて、空には星が輝いている。

 ジェリカさんがやって来てくれたので、店番を変わってもらう。

 お菓子も魔除けもまだ少し残っているし、ジェリカさんは心療室の出張でもあるので、女の子達がお店に集まってきた。

 ……何だか、私が店番している時より人気のような?

 私だと不審感が強いのだろうか。

 悩みつつ、ヴェルと二人で見回りへ向かう。

 お祭りとはいえ夜更かしして良いわけではない。学舎に留まれる時間がいつもより長いとはいえ二時間だけだし、宿舎へ戻る門限もいつも通りだ。そろそろ学舎の中に居残っている生徒を追い出さないといけない。中庭だけは門限ギリギリまで集まれるけど。

 あからさまな武装をしたヴェルと、銀色の長い杖を抱えた私が魔術で周囲を照らすのを見て、いつもなら調子に乗っている不良達が逃げていく。そんな、幽霊でも見たかのように……。威嚇するつもりではなかったし、悪さをしてないならこちらも何もしないのに失礼な。

 不良達が溜まっていた教室を覗くけど、異常は無い。今日のために用意されたランタンが教卓の上に置かれ発光しているぐらい。

 一階から三階まで順に確認し、最後は屋上へ。

 屋上から学院全体を見回して気付く。明るいのはこの学院だけではなかった。

 ここから見える城下町も。王城も。いつも以上に光が溢れていた。

 今日は王都全域が不夜城のよう。

 少し見惚れる。

 でも、これだけ灯りを集めるのは、始祖王の加護が限界まで弱まっているから。

 そう考えると、綺麗なこの夜景も急に不安に感じてしまう。

 ヴェルも王城の方角を見て眉をひそめている。

「学院で新月祭を行うだけならともかく、王都全体で実施していたなんて」

「これからも警戒しないといけない日が来るのね」

「祭りの名目で灯りを掲げられない日が一番危険かもしれない」

 本当はこんな仕事の話なんかせずに、全部投げ出したい。

 でもこの星のどこにも安心できる場所はない。ラスボスや隠しボスが全滅しないことには。

「そろそろ戻ろうか」

「……そうね」

 中庭のあのお店も片付けないと。

 屋上から直接、中庭へ降りよう。

 手を取り合って二人で同時に風の術で飛び降りた。

 落ちる速度を風で調整しているけど、他の人から見てそれは危なっかしく映るようで、上から現れた私達に気付いた生徒達がざわつき始める。

 テトラも普段から魔術で学院中を跳ね回っていて見慣れたことだと思ったけど、そうでもなかったらしい。

 私とヴェルが歩き出すと、何故か近くにいた男子生徒達に逃げられた。もう門限近いから早く宿舎へ帰ってくれるならそれでいいけど、失礼過ぎないだろうか。


 

 お店の片付けへ向かうと、ジェリカさんが手を振って、ふわふわした笑顔で言う。

「お帰りなさい、ゲルダ先生、ディー先生」

「店番ありがとうございます、ジェリカさん」

 片付けを始め、異常がなかったかどうかを確認する。

 ジェリカさんはおっとりと、問題なかったと教えてくれた。お菓子は全部配り終えたようだ。

「店番、とても楽しめました。皆さんから色んなお話も聴けましたし」

「そうなんですね……」

 心療医と魔術師へのこの信用の差……。

「皆さん、ゲルダ先生に相談したいことは沢山あるようですけど、魔術研究棟へは近づきがたいそうです」

「庭の植物で怖がらせているかもしれませんね……」

 フェンが来ている時はイデオンが入り口を塞いでいるし、最近はナクシャ王子のこともある。どう思われているのやら。

「あと、皆さんが興味あるのは恋のおまじないだそうですよ」

 お(まじな)い。恋の。

 ……申し訳ないけど、それは私が全く触れてこなかった分野だ。

 それに、その類いの術は精神操作に該当するものが多いからこの国では禁止だし、この前に私達が配った護符でほぼ防いでしまう。

 美容の相談とかであれば受け付けるのだけど。

「普段の授業は評判が悪いのですね……」

 学院からは基礎と護身手段を教えるように言われているけど、興味が薄いのだろう。

 私よりもジェリカさんに恋愛相談してもらった方が良いのでは。

 魔術師への期待なのか、それとも。

 片付けを手伝ってくれるヴェルを見る。

 私とヴェルは夫婦だと勘違いされたままだから、私に恋のおまじないなんて期待する子がいるのかもしれない。

 ……ヴェルがあの噂を聞いていないわけではないだろうけど、私とは今まで通りだ。どう思っているんだろう。

 そろそろはっきりしておきたい。


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