錯綜する情報と感情
また情緒不安定になっているのか、このところ寝覚めが悪い。
寝袋から這い出てしばらく膝を抱えていた。
滅ぶ可能性がある国で生活して安心も何もない。
そんな中で余計なことを考えている場合じゃないのに。
今まで通り。それで対策が取れるはず。
大切な人が協力してくれるから私は平気だ。
……向こうが私を見限らずにいてくれるなら。
夜通し光を灯し続ける新月祭では、照明が沢山必要だ。
持ち運べるランタンのようなものでもいいし、蝋燭を燭台に刺しただけでもいい。魔術照明として造られた特殊な物でもかまわない。
とにかく、学院では灯りとして機能するものを広く募集している。
貴族の子達は、実家の財力と人脈を使って自前で豪華な物を用意してきた。
どこぞのお嬢様は、大勢の職人に依頼して作らせたという豪奢なシャンデリアを、宿舎の談話室に設置させてふんぞり返っている。
学院への寄付や貢献は貴族に任せ、私達は自力で照明を用意できなかった生徒達のために小型の魔術照明やランタンを配っていた。
私が用意した手のひらサイズの魔術照明を見つめ、アリーシャちゃんは嬉しそうに言う。
「蕾の形、可愛いです。お祭りが終わっても飾っておきたいなー」
「そう言ってもらえて安心しました。これからも何度か新月祭を行うそうですから、それは貴方が大事にしていてください」
「本当ですか⁉︎ 嬉しいです!」
はしゃぐアリーシャちゃんとは対照的に、バジリオ君は静かに六角柱の金属製カンテラを眺めていた。
「……これを作ったのは先生達ですか?」
「そうです。鉱石の加工は私が、金属の加工はディーが」
「作り方、聞いてもいいですか?」
「申し訳ないけど、公開制限がかけられているんです」
魔術に関して勉強熱心なバジリオ君には悪いけど、鉱物や金属を扱った魔術については情報公開が制限されていた。私も学院に来てフェンから聞かされるまで知らなかったけど。
「そうですか」
想像していたのか、バジリオ君はそれ以上何も問わなかった。
明日の新月祭は私も学院内の見回りをしなくてはいけない。
そのため昼の会議に参加して、前日に起きた事件の話を聞かされた。
……テトラとは今朝も顔を合わせたのに、その話は聞いていない。いつもと変わらず、何事もなかったかのように振舞っていた。タリスが私に事件を知られるのを嫌がって、テトラもその意見を尊重したのだろうか。
私もタリスに海で遭遇した巨大生物については言わなかったし、仕方ないか……。
自分が得体の知れない存在から狙われたことなんて、他人に言い触らす気にはなれない。気持ちの悪いことはすぐに忘れてしまいたい。
タリスが今どうしているのか気になったけど、押しかけても迷惑になる。放課後に使い魔を飛ばして確認しよう。
そのことは一旦置いて。
タリスを狙ったあいつが言った、南からの諜報員というのが引っかかる。北のイシャエヴァ王国や東のジャータカ王国からじゃないのか。
南の国、ユロス・エゼルはアストロジア王国よりも魔術文明が発達しているから、この国の魔術や技術を知ったところで役に立たないと思うのだけど。量産ゴーレムを労働力にして一次産業を任せるような国だ。この国へ諜報員を送る理由は何になるだろう。王族の動向を知るためだろうか。
南の国の出身者として思い浮かぶのは、アリーシャちゃんとバジリオ君。
あの二人が何故この国にいるのかはまだ聞いたことがなかったっけ。
事務所に行って、生徒名簿を借りる。あの二人の出身を調べると、この国の外れの町になっていた。
……おかしい。
あのゲームの中では、アリーシャちゃんとバジリオ君の生まれはユロス・エゼルの国で、育った村を出て首都まで放浪し、魔術施設に引き取られたという経歴だった。
アリーシャちゃんは裏表のない性格だからともかく。バジリオ君が時々妙な観察眼を発揮するのは気になっていた。この学院で得られる知識は、彼にとって既知のものじゃないのかと疑う程には優秀だ。あの国から諜報員として扱われていても不思議はない。
でも、バジリオ君が一番大事にしているのはアリーシャちゃんのこと。危険があるかもしれない役目なんて引き受けて、彼女を巻き込むようなことをするだろうか。
私があの二人の出身を知っている理由を言えない以上、直接問い詰めるわけにもいかない。
今まで通り接して様子を見るしかないか。
照明やランタンを配ったり飾り付ける作業もひと段落ついたので、休憩を入れる。
魔術研究棟に戻ってパンを焼いていると、テトラも見回りから戻ってきた。
「お帰りなさい」
「ただいまー」
テトラは私の作業を見て、お茶の用意を始めた。
釜の火加減を見ながらテトラに言う。
「ねえ」
「何?」
「さっき会議に出て、昨日起きた事件について説明されたわ」
「ふーん」
私の話す内容を予測していたかのような、淡白な返答。
「テトラがタリスを助けてくれたのね、ありがとう」
「いーよそんなの。間に合ったのは図書館にいた子が異変に気付いたお陰だし。あれ無かったら、どうなってたか分からない」
楽しくなさそうな口調だ。
「テトラも怪我はしなかった?」
「何も。手甲使って殴ったぐらいだし」
手柄を吹聴するつもりが無いのか、詳しく話そうとしない。
「ならいいの」
事件が起きる度に後始末や報告に追われて疲れてしまうから、余計なことを言う気になれないのかもしれない。
隙間時間ぐらいはのんびりしよう。
パンが焼き上がる頃にはヴェルも戻ってきて、いつものように三人で雑談しながら過ごした。
こうやって過ごせる時間が、あとどのくらいあるだろう。
王族があの未来視に備えてどう動くかを決めたら、国仕えの魔術師に休暇はない。
放課後、タリス宛に使い魔を飛ばして話をする。タリスは自室で本を読んでいた。
「昨日の事件について会議で聞いたから、貴方の様子を確認したかったの」
「姉さんが心配することは何もありませんよ。僕に被害は出ていません。そう報告されていませんか?」
やっぱり私には知られたくない話だったのか、拗ねたような言い草だ。
「それは聞いたけど、念のために」
「姉さんは僕に構わず他のことをしてください。忙しいのでしょう?」
「これ以上放っておきたくはないと思ったから」
「そう思うのであれば。姉さんの方も、僕にちゃんと聞かせてください。危険な目にあったことも含めて」
「……もしかして、トラングラから聞いたの?」
「はい」
「そう……」
テトラがタリスに海であったことを話すとは思わなかった。タリスのことは私に伏せていたのに、どうして。気まぐれなのかわざとなのか。
「明日からの新月祭も、姉さん達は警備で忙しいのでしょう?」
「そこまで余裕がないわけじゃないわ」
「調べたんです、あの祭りの由来」
妖魔を避けるための行為。
それは本来であればこの国では必要のない手段。
「この学院で行うのはジャータカ王国との交流目的でしょう?」
「それもあるのでしょうけど、何だか嫌な予感がします。僕も無謀なことは行いませんから、姉さんもくれぐれも注意してくださいね」
「分かったわ」
新月祭を不穏に思うのはタリスも同じようのだ。
それは当然か。貴族の子にとってこの学院での舞踏会は重要な機会だったのに、その代理で実施されるのが新月祭では。何か裏があると考えるだろう。
今まではノイアちゃんとソラリスの魔術訓練を見にやってきていたフェンが、今期から姿を見せていない。陰で何の手配をしているのやら。
代わりに、アーノルド王子が一人でこれ見よがしに学院内をうろついているのが目撃されている。あの王子の能力を知っていれば誰も暗殺なんて試みない。不審者の炙り出しというより、露骨な牽制だ。
シャニア姫はあの王子が月を降らせる未来を視て、ノイアちゃんが学院崩壊の未来を視たわけだけど、その二つの予知は繋がっているんじゃないかと疑ってしまう。
タリスとのやりとりを終えて一息ついていると、工房での作業を終えたヴェルが戻って来た。私の向かいの席について、心配そうに尋ねる。
「弟と上手くいっていないの?」
「……よく分からないわ。接する加減がつかめなくて」
「それは向こうも同じように見えるよ」
「そうなの?」
「僕の主観だから正しいかどうかは分からないけどね」
そういえば、タリスはヴェルの生徒なのに、二人には殆ど交流がないように見える。タリスはノイアちゃんやイライザさんとも会話するし、ソラリスにも挨拶するのに。ヴェルやテトラには頑なに会おうとしない。何か理由があるのだろうか。
ヴェルは私の様子をじっと見つめる。
「最近また元気が無いようだから、家族のことで悩んでいるのかと思ったけど、原因は別にあるのかな」
「……そんなにも分かりやすく落ち込んで見えた?」
気付かれないようにしていたつもりなのに。
「うん。弟が原因じゃないなら、シャニア姫の未来視に参加した結果のせいかな」
タリスの件で色々あったから、そのこともヴェルとテトラには伝え忘れていた。
「……悲惨な結果しか出なかったから、うまく説明できそうにないの」
アーノルド王子の件はヴェルに話すのは躊躇いがある。
未来視直前のあの光景についても。
私が悩まされること全部、明かせそうにない。
ヴェルはしばらく考え込むようにこちらを見ていた。
そして、いつもの落ち着いた口調で言う。
「君が言いたくないなら詳細は聞かない。それでも不安を抱えているなら側に居るよ。直接的な解決にならなくても」
思わず見返して、瞬いた。
ヴェルは私が話を誤魔化しても責めない。怒らない。
これ以上、私のことを気にかけてもらってもいいのかな。
でも、嬉しいと思ってしまった。
「ありがとう……」
辛うじてそれだけ返事をすると、ヴェルは頷く。
そして、安堵したように微笑んだ。
いつもこんなことを繰り返してるのに、ヴェルは私を突き放さない。
もう湿っぽいことを考えるのはやめた。
好きな相手を離さないためにも。




