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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間15/仲人はロマンスを楽しむより探偵になりたい

 イライザさんのお陰でいくらかマシな振る舞いになったとはいえ、私はまだナクシャ王子のことが怖い。

 ゲーム中、気づくと背後に立っていて、しかもパーソナルスペースというものを丸で無視した近距離にいた。ナクシャ王子は笑顔ではあったけど、私には恐怖を感じる行為だ。

 もしかしたら、あの神出鬼没で強引な登場にキュンとくる人もいたのかもしれない。

 でも、私はずっと推理系のゲームや刑事ドラマに浸かって生きていたタイプの人間だから、ときめくことができないのだ。

 ああやって他人に近づくのは、確実に自身の安全確保かつ相手に有利な状態を得るため。相手の命すら脅かせる立ち位置を取っているように感じられた。片手片腕で相手の首を絞めるには、都合のいい間合い。

 どうしても、好意による接近とは解釈できない。笑顔は好意に限らないから。

 けれど。

 ゲームの中とは違い、ナクシャ王子はイライザさんのことを信用していて、同じように自分もイライザさんから信用されたいと思っているようだ。……悲しいかな、現状、そのための行動は空回っているように見える。

 この世界にはもうあの乙女ゲームの世界と同じ展開が来ない。シャニア姫の未来視に参加して強く感じたことだ。

 なら、私がナクシャ王子に怯えるよりは、イライザさんへの協力をしよう。

 ゲームの中のイライザさんは、自分のことより主人公ノイアへの心配ばかりだった。

 お兄さんが亡くなったことをずっと引きずって、男性に対して信用ができずにいたあの子。

 今のイライザさんは、苦労が増えてしまって別人のようだ。

 この世界でノイア・ミスティはイライザ・グレアムの幸せも目指すことに決めた。

 今の私の悩みは、推理小説を読みたいのにこの世界にはそのジャンルが存在しないことぐらい。

 恋に国家間事情が絡むイライザさんと比べたら、大したことではないから。



 放課後に魔術研究棟へ行くと、ゲルダ先生達は忙しそうにお祭りの準備をしていた。

 庭には様々な形状の金属ランタンが並んでいる。

 新月祭のための魔術照明や、持ち歩き可能なランタンが沢山必要なのだ。

「ゲルダ先生、私にも手伝えることはありますか?」

「そう言ってもらえるのでしたら、庭に運んだ完成品に火を灯すのをお願いします。工房は私達三人の作業で空きがないので」

 おお、私にもできることがあった。

 火の術であれば得意だ。昔から、近所のお姉さんが書き損じた恋文の処分を任されていたので。

「分かりました、順番に点火していきますね」

 魔術で作られた蝋燭は、火を灯すと簡単には消えず長く燃え続ける。お祭りまで数日あるけれど、一カ月は燃え続けるものだから気にしなくていい。

 火を付けた蝋燭を、凝った細工の金属ランタンに収めていく。これが短時間で作られていくのは、とても不思議。

 金属ランタンはディーさんが作っていて、ゲルダ先生は透明な鉱石を加工して魔術照明を作っている。トラングラさんは謎の材料を溶かして混ぜて蝋燭を。三人とも作業慣れしているのか、動きに淀みない。

 工房の熱は私には慣れないし邪魔になるので、完成品の受け取り以外であまり近づかないようにする。

 しばらく作業するうちに、イライザさんとナクシャ王子も魔術研究棟にやって来た。

 イライザさんは私や先生達の作業を確認して考え込む。

「皆さんお祭りの準備で忙しいのですね。こうなると、私はガーティを連れて警備のお手伝いでもした方がいいかしら」

 それは裏方作業ということに?

 新月祭はジャータカ王国のお祭りだから、ナクシャ王子とイライザさんが一緒に準備から楽しんでも良いのに。

 ナクシャ王子はイライザさんの考えを改めさせたいのか、縋るように言う。

「今日は私に説明してはくれないのだろうか。私は自国の民がどう過ごしているのかを何も知らない。この国に来てから書物で把握できるようになったが、それでも祭というものについて、想像がつかないのだ。実際に体験した貴方の話が聞きたい」

 ナクシャ王子の言い分を、イライザさんはあっさり受け入れた。

 時々キツイことを言うけど、彼女は結局、ナクシャ王子のことが大事なのだろう。


 今日はタリスさんは宿舎で同級生達とお祭りの準備をすると言っていたし、ソラリスさんは警備の経路確認でここに来られない。

 みんな忙しそう。

 一人で作業に没頭する合間に、シャニア姫の占術結果について考える。

 学院が崩壊するとして、きっかけは何だろう。

 王都全体の空に広域攻撃魔法を防ぐ結界が張られているなら、崩壊の原因はもっと小規模な手段。学院にだって魔術結界は張られている。物理的な炎を防ぐ処理もしてある。

 その万全の備えがあって、どう壊すのか。

 ……まさかと思うけど、建築物を破壊する規模の投石?

 魔術が使えない人間には物理手段しか無いし。

 投石のための石をどこで用意するのかと地理を思い出している間に、今日の作業は終了になった。


 火を入れたランタンを、学舎の倉庫までみんなで運ぶ。

 お祭り当日に、これを学院中に配置するそう。

 学院には火事防止の水の術が仕掛けてあるというから心配は要らない。

 片付けが終わった頃にはナクシャ王子の自由行動時間が終わり、イデオンさんの案内で収容所、もとい専用のお部屋へと戻っていく。

 それを見送って、私とイライザさんも宿舎へと向かう。

 周りに人はいないけど、声をひそめてイライザさんが話す。

「……この間の、未来視の件なのだけど」

「はい」

「あれはどのぐらい先まで見通せるものなの?」

「そういえば、そこについては確認し忘れていましたね。今度シャニア姫に聞いてみます」

「流石に五年や十年も先のことではないと思うけれど。直近過ぎて備えが間に合わなくても困りますし」

 この国の防衛に関してであれば常に騎士団が待機しているし、非常時であれば王族に仕える魔術師たちが対策に出る。

 でも。

 ジャータカ王国の危機にこの国が対応するには、現状の関係性では難しい。

「イライザさんは、ナクシャ王子が帰る場所を心配しているんですよね」

「……そう、ですね。彼があの国で権力闘争に勝ち抜くための基盤がないとはいえ。帰る場所は、故郷であるのが理想です」

 ナクシャ王子はイライザさんの気を引くために必死で、王位を継ぐことをあまり考えていないようなのが気にかかるけど。

 あの国の王様やその背後にいる人がナクシャ王子を後継ぎと考えていなくても、現王に何か起きてナクシャ王子がジャータカの王位を継ぐ宣言をしたとき、この国は受け入れるだろう。

 イライザさんに懐いている状態の彼は、他者が利用しやすいように見える。

 その現状を心配して、彼女はナクシャ王子が民のための為政者であるようにと毎日二人で勉強会を行っている。ナクシャ王子が真っ当な情報を得ていくことをよく思わない人はいるので、時々学院に不審者が近寄っているけど、今のところは全員 侵入未遂で済んでいる。

 ……そのはずだけど、時々ゲルダ先生たちやソラリスさんの反応がおかしいので、私の知らないところで事件でも起きているのだろうか。

「ナクシャ王子は、イライザさんの側に居られるのであればこの国の生活で満足していそうですね」

「……私としても、最優先は彼の幸福です。けれど、ジャータカ王国の庶民の皆さんの生活を放っておくのも心配なんです。食こそ満たされていますけど、治安は悪い。その対策を取る為政者がとっくに存在するのであれば、私も彼を帰すことを考えずにおくのですけど……」

 複雑なようだ。

「イライザさんも、ナクシャ王子の側にいたいのですね」

 私の言葉に、イライザさんは顔を赤くする。

「……彼の置かれている状況を知った時、誘拐してでも安全な場所へ連れて行きたいと思った程度には……ずっと、心配していましたから」

 力強い決意だ。

 それは、ゲームの中のイライザさんからは考えられないような発言ではあるけど、私としては好ましく感じる。

「イライザさんは強くて優しいですね。ナクシャ王子が離れたがらないわけです」

「あの人を甘やかしては本人のためにならないと思っているのですが、ねだられるとつい、断れなくて……」

 照れたようなその言葉に、微笑ましく思う。

 ただ、私個人はその『ねだる』という言葉に馴染みがないためどうにも苦い思いをする。

 ねだる、という言葉を漢字変換すると、誤読してしまうのだ。

 私は推理小説や刑事モノに慣れ過ぎたせいで、ねだる、とは読めない。

 つい、ゆする、と読んでしまう。脅迫の意味の方だ。

 強請る。これを ねだる と読めずに ゆする と読んでしまう私は、恋愛小説を借りて読んだ時に混乱した。

 何故突然に脅しが始まったのか。

 そう考え理解に苦しみ、最終的に小説を放って考えるのをやめオヤツを食べた。チョコチップクッキー美味しいです。

 そんな誤読以来、ねだるという言葉を聞いたり読んだりするとモヤっとしてしまう。恋愛小説では珍しくない言葉選びのようだけど。

 おねだり概念、私には難しい。

 本当に、こんな思考の私が恋愛ゲームの主人公になってしまったのは大いなる間違いである。



 宿舎の食堂でも二人であれこれ会話した。

 その最中、ふと視線を感じて辺りを見回す。

 私の髪と目の色が原因なのか。それとも、見られているのはイライザさんなのか。

 食事を終えて部屋に戻る途中で私から視線が外れたので、あれはイライザさんを見ていたようだ。来た道を引き返し、イライザさんと別れた場所を窺う。

 そして、彼女の後を追うように、コソコソ隠れつつ歩いている女の子を見つけた。

 長い橙色の髪を細かく編んで飾り付けた、ふんわりした性格のお嬢様。

 ああ、忘れていた。

 ゲームの中で、ナクシャ王子を攻略するときのライバル役だ。

 今はゲームとは違い、ナクシャ王子は既にイライザさんのことしか頭にない。あの子は一目惚れした瞬間から失恋が決定してしまった。それでもこうしてイライザさんの後を付けているということは、納得できていないのか。

 真面目で頑張り屋な子だったから、イライザさんに対して悪どい行為は働かないだろうけど……。

 しばらく様子を見ることにした。

推理小説や刑事モノは強請(ゆす)る、の読みが珍しくないのと、

恋愛小説では 強請(ねだ)る、と読む前提で書かれているのが珍しくないので、

両方のジャンルを読むと瞬間的に混乱します。

いっそ漢字変換しないで欲しいという個人的事情。

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