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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間14/伏せた感情

久々のヴェルヴェディノ視点

 季節ごとの休暇に帰る秘めの庭は、いつも通りだった。

 たまに、テトラの両親の頑張りで畑の作物が入れ替わっているぐらいの変化しかない。

 施設で暮らす魔術師も入れ替わることはあるけれど、魔術師が一人でもいるなら魔術研究の施設としては不変だ。

 学院から戻る毎に、テトラの両親が老けていくのを感じる。

 人は歳を取る。

 ……その現象とは無縁な相手が、僕らを出迎えてくれた。

「お帰りなさい、三人とも。学院での仕事と旅行で疲れたでしょう。宿舎はラーラさんたちが整えておいてくれましたから、今日はこのまますぐに休んでもらうことができます」

「お久しぶりです、教授」

「ありがとうございます」

「教授、元気だった?」

 テトラは相変わらず教授に対しても言うことが軽い。礼節が足りないというか。

 それを気にすることなく、エルドル教授も答える。

「ええ。事件らしいことも起きず至って平穏ですから。変わらず生活していますよ」

 穏やかな笑みも昔と同じ。

 教授の青い髪と瞳が空の色か海の色かという話は、実際に海へ行ったことで余計に判断しにくくなった気がする。海の色にも空の色にも見える。

 教授は人間なんだろうか。

 ただ、人であれそれ以外であれ、恩師であることには変わらない。

 だから、その疑問は追求できずにいる。


 部屋に荷物を置いて、テトラの家に向かう。

 三人で持って帰った食材を使って、テトラの両親に食事を振る舞うと決めていた。

 家からテトラの叫び声が聞こえる。

 何事かと思って入ると、部屋が猫まみれになっていた。

「僕の部屋 何で猫に占拠されてんの⁉︎」

「何よ、どうせあんたはたまにしか帰ってこないんだからいいじゃない」

 ……ラーラさんたち、テトラがいなくなって寂しいのかもしれない。

「ええ……どこで寝ればいいんだよ……あっ畑行こ」

 テトラはテトラで、思考構造が僕の理解を超えている。

「……お邪魔します」

 僕の言葉にラーラさんがやっと気づく。

「久しぶりね、ヴェルヴェディノ。また身長伸びたんじゃない?」

「少しだけ。ラーラさんたちはお変わりないですか?」

「ええ、私達は健康だけが取り柄だから、何も変わらないわよ」

「母さん前よりシワ増えたよね」

「あんたはすぐそういうことを言う辺り、まだ子供ねえ……」

 そんなやり取りをしていると、ゲルダリアが果物を抱えてやってきた。

「ただいま帰りました、書庫に寄って調べ物をしたのでちょっと遅れましたけど」

「ゲルダリアも相変わらずみたいで安心したわ」

 こうして皆で会話していると、昔に帰ったようだ。

 あの頃と同じではないけど、気が休まる。


 料理の最中、今回も僕は火を使わせてもらえなかった。

 ……そんなにも火力調節は下手なままだろうか。

 テトラとゲルダリアがほとんど調理してしまうので、僕は食材の分割と食器の用意しかしていない。

 僕が役立てずにいようがテトラの両親には関係ないようで、夕飯が仕上がると二人とも僕ら三人のことを称えてくれた。

 久々の、五人での食事。

 まだこうやって過ごせるのは嬉しかった。

 ゲルダリアが実家に帰る可能性については昔から考えていたし、学院で弟と再会してからの彼女は特に悩んでいたようだった。それでも、ゲルダリアは僕らと一緒に行動することを選んだ。

 そんな彼女は、ノイアさんからもらった果物を食べながら、その甘さについてラーラさんと嬉しそうに話している。

 昔からゲルダリアは、砂糖やその代替になる甘味料が普及していないことを嘆いていた。

 好物を得られない生活が不満だったのだろう。

 それは貴族として生活すれば手に入るものなのに。

 そうせずここで魔術師として暮らすことが、彼女にとっては優先すべきことだった。

 魔術師であるために、得られるはずの物を捨て、僕らと過ごした。

 それは僕にとっては都合のいいこと。

 本人に後悔はないのだろうか。



 食事と片付けを終えてテトラの家を出た後、ゲルダリアは果物の種を栽培するために薬を取りに行った。

 あの果物をここで育てるつもりのようだ。

 どうやらあれは貴族向けに売られている貴重なものらしい。

 そのまま食べることもできるし、果汁を煮詰めて甘味料としても扱える。

 そう知って、ゲルダリアはとても機嫌が良かった。

 種を植物用の栄養剤に浸けて発芽させ、畑に植えてしばらく様子を見ると言う。

「これが上手く育って収穫可能になれば、ここに帰ってくる楽しみが増えるわ。私がいない間の世話はラーラさん達に任せることになってしまうけど……」

 これからも、ここが彼女にとっての帰る場所。

 少なくとも本人はそのつもりでいる。

「……安心したよ」

 思わずそう呟いて、ゲルダリアが振り返る。

 不思議そうに僕を見上げた。

「帰り際、弟に使い魔が見つかったとか言って何か考え込んでいたけど、元気が出たようだね」

「……あれは……私のやらかしが原因だから。反省もしたし、せめてここに居られる間はいつも通り過ごしたいから」

 結局、はっきりとは説明してくれない。

 彼女が自力で解決するつもりなら、僕が無理に聞き出しても話してはくれないだろう。

 僕が彼女に話せないことがあるのと同じで、ゲルダリアにも僕に話したくないことがある。

「……明日から学院に戻るまでの間、ここですることは決めてる?」

「今までと同じ。もっと強い爆弾や武器を作れるようになりたいの」

 海で遭遇した怪物について思い出したのか、ゲルダリアは力を込めて言う。

「他の国から物騒なモノが流れて来るなら、対抗しないと」

 得体の知れない存在に怯えるより、前向きな発想だ。

 あのときゲルダリアは、海上に集められた人を逃して自分だけ残ると決めた。本人は怖くないのかと心配したけど、彼女にとっては恐怖より怒りが勝っていたらしい。

 人を攫い 食おうとする怪物を許さず、確実に退治することを選んだ。

 きっと僕らでは対策が足りず上手くいかなかっただろうけど、あのときは妖精猫が協力してくれた。

 ゲルダリアが自分を狙う存在から逃げたとしても、僕らは止めようとは思わない。無謀なことには挑まず逃げ延びていい。けど、そうしなかったからあの妖精猫達は彼女を気に入ったのだろう。

 ゲルダリアは、状況を解決するための要因を味方に付ける運の良さがある。それも強さのうちだ。

 そして、やっと安全な場所まで帰ってきたのに、ゲルダリアは危機を排除することを考えている。

 そうなら、僕も手伝うだけだ。

 シャニア姫の占いがいつのことか分からない以上、僕らはまだ油断できない。


 二人で工房に向かう。

 僕達以外に秘めの庭で金属加工の研究をしていないのか、工房は埃を被っていた。

 明日からまた利用するために掃除をしていると、ゲルダリアが言う。

「ここでの作業も、とても懐かしい」

「学院の工房に慣れてしまったからね」

「それもあるけど、私、最初にここに来たときのことはよく覚えているから」

 それについては僕も同じだ。

「君が爆弾を作りに来たって言ったのには驚いたよ」

 講義室でゲルダリアを見かけたときは、魔術師にしては品のいい子がいるとしか思わなかったから。彼女と僕の研究したい内容が重なるなんて考えもしなかった。

 今までも不思議に思う。貴族出身のゲルダリアが、どうしてそんな発想に至ったのか。

「私としては、必要なことなのにどうして誰も研究しないのか不思議だったわ」

「大半の魔術師は、強い道具を作るより自分の力を強くした方が早いと考えるのかもしれない。魔術師以外に頼ろうとしないか、あるいは、普通の人間に道具を与えたくないのか」

「それはこの前に魔術結社に寄って感じたかも」

 会話しながら片付けて、作業はまた明日。

 自室まで戻ることにした。




 ずっと押し込めようとしていた感情がある。

 言葉にしてしまうと、自分では抑えておけなくなる気がして伏せてきた。

 口にしないように。表へ出さないように。

 見ない振りをしていた。

 学院にいると、そうさせてくれない人間に囲まれる。

 やめて欲しかった。

 揺さぶりをかけるような人間は斬り捨てたいとさえ考えた。

 ……けれど、もう限界だ。

 これ以上耐えたところで、解決はしない。

 そう吹っ切ったところで、今度は邪魔ばかり入る。

 平穏な日常が続いていた時期に手を打たなかったのが悪いのか。

 ぼんやりとそんなことを考えながら目を覚ます。

 懐かしい天井が見えた。

 ここにいるうちは、面倒な人間とは会わない。

 感情を乱されずに済むんだ。

 安堵して息を吐いた。


 久しぶりに食堂でラーラさんが作った朝食を食べる。

「珍しいわね、ヴェルヴェディノが寝坊するなんて。テトラもゲルダリアも、もう畑に行った後なのに」

「……今までよく眠れていなかったので」

「仕事や旅行中に、うちの子が迷惑かけてない?」

「いえ、テトラが居てくれて助かっています」

 テトラはあれで察しはいいから、最近は物を分からない振りして誤魔化したり逃げたりするようになった。

 とはいえ、テトラが気遣うのはゲルダリアと僕に対してだけだから、たまに苦情が届く。ゲルダリアの弟とテトラの間で何かあったようだけど、答えてくれない。


 食事と片付けを終えて畑へ向かうと、ゲルダリアとテトラが昨日植えたばかりの木の面倒を見ていた。

 魔術による成長促進で、ある程度は虫害に耐えられる段階まで育っている。

「早く実がなるように大事にしてあげないと」

 ゲルダリアは真剣に手入れしている。

 ここまで特定の作物に思い入れるのは珍しい。今までは本人のためじゃなく、研究のために育てている物が多かったからだろうか。

「おはよう、二人とも」

 僕が声をかけると、二人は口々に言う。

「おはよう。寝坊するなんて大丈夫? まだ疲れてない?」

「おはよー」

「もう大丈夫だよ。それはともかく、結局テトラは昨日畑で寝たんだ……?」

 相変わらず土の上でも構わず転がっている。

「今の僕、家で猫より立場下だからさー」

 どうやら猫達との和解は失敗したらしい。



 畑での作業を終え、工房へ向かう。

 作業のためにゲルダリアはいつもの黒い姿に着替え、髪を束ねた。僕が前に贈った髪留めをまだ使ってくれている。

 彼女は普段から衛生状態に気をつけて身嗜みを整えるけど、着飾ることはない。

 この前の正装はとてもよく似合っていたのに、本人はああいった格好をすることに興味がないらしい。

 目的である魔術研究を優先する。

 だから、過去にシャニア姫へ贈る道具を三人で作ったとき、ゲルダリアが短剣を見て可愛くないと言ったときは驚いた。本人は自分で使う道具は実用性を重視するけど、人に贈る物については意匠にもこだわるらしかった。

 ゲルダリアが物の形状に対して文句を言ったのは、あれ以外にない。

 港町で工房を借りたときも、 ノイアさんに贈る物だけ見た目と魔術性能にこだわって作って、本人が普段使う魔術杖の方は機能優先の武骨な形状に仕上げていた。

 本人がそれで満足しているのか、それとも我が儘を言わずにおこうとしているだけなのか。何にせよゲルダリアの好む意匠が分からない。

 せめて僕から贈る物を彼女が喜ぶ形にできればと考えるけど、ゲルダリアは贈り物に優劣を付けず受け取ってくれるから、その形状について内心どう思っているのか不明なままだ。

 子供の頃にテトラがゲルダリアの誕生日に蛇の抜け殻を贈ったときも、彼女はそれを素材になると言って受け取っていた。テトラは後からラーラさんに説教されていたけど、本人は気にせずにいたようだ。

 受け取った物も、大事に使ってくれる。あれは他に同機能の物を用意するのが面倒だったからなのか、本人が気に入ってくれたからなのかも察することができない。

 彼女が望む物は何だろう。

 元々、必要だと感じた物は自力で作ってしまうし。

 贈って喜んでもらえる物について考え続けている。



 粉末にした金属と可燃性の薬を混ぜて練り、爆発物を作る。途中で発生する臭いが酷いから、こんな物を自力で作りたがる人間は少ない。

 ゲルダリアが納得していても、彼女の身内はどう思うだろう。辞めさせて他の人間に任せるんじゃないだろうか。作業の度にそう考える。

 魔術師でなくとも扱える爆弾と、魔術補助のための小道具をいくつか作った後、今日の作業を終える。長時間これを作り続けるのは身体に悪い。

 作業の後はゲルダリアが治癒薬を持って来て、金属で荒れたり火傷した手を治してしまう。本人だけならともかく、僕に対しても常にこうだから、僕は鍛冶師らしい手をしていない。武器を扱ってできるはずの皮膚の硬化も治ってしまう。僕が他人から侮られやすい理由は、ここにも原因があるのかもしれない。

 僕の手が治ったのを見て、彼女は満足そうだ。これが治せる薬なら大抵の怪我には対処できる。

 いつもの流れ。

 秘めの庭で、僕らはずっとこうして過ごして来た。

 たまに魔獣退治や遺跡探索に出る以外に変化のない日々。

 このままでいたかった。

 ここから出て関わり合う人間が増え、ゲルダリアのことを気にいる人間と危害を加える人間も増えていく。

 ゲルダリアは初対面の相手に警戒するし、貴族や王族相手には距離を取る。だからこそ、あのルジェロ相手にだけ反応が違ったのが気になった。

 最初に会った時から違和感があった。それでも、ゲルダリアがあれ以上相手と会うつもりがないならそれで済んだのに。

 海で事件に巻き込まれた後、結局 向こうとゲルダリアは協力関係を組むことに決めた。

 それは安全確保に必要なことだ。あの国からの情報はあった方がいい。

 そうと分かっていても、あの国との橋渡し役がゲルダリアである必要はなかったのにと思ってしまう。

 ……ゲルダリアが誰と関わろうが、他人が口出しすることではない。

 僕の願望を押し付けるわけにはいかないのに、つい子供じみた我が儘を言いたくなる。



 作業の片付けを済ませて汚れを落としたところで、書庫に向かう。

 今日は書庫で寝ている人はいなかった。そういえば、ミミクルさんにもまだ会っていない。休暇が終わるまでには会うだろうから、それはさておき。

 ゲルダリアは歴史書や伝承の本を探していた。

「この国では、始祖王より前の時代の話は分からないのね」

「急にどうしたの」

「……ちょっと気になって。他の国との情報が合わないから」

「何の話?」

「テトラが言ってたの。妖精猫から変な話を聞いたって」

 この国の始まりについて語られるのは始祖王の登場からだ。それ以前はない。あったとして、それは別の国のことだから。

「始祖王以前の時代に興味はあるけど、この国の中でその記録を探すのは難しいんじゃないかな」

「……そうなると、やっぱり王族から情報をもらうか、他国に行くしかないのね」

 それだけ言って、ゲルダリアは本を閉じる。

「北の国へ行く許可が降りるなら、どうにかして行ってみたいのだけど……あの国との交流が進まないと難しそう」

 そこまで考えていたなんて。昔から好奇心の向く先が広いからおかしくはないか。

 本を片付け、ゲルダリアは言う。

「もしあの国に行けるようになったら、今回みたいに、また三人であちこち見て回る計画を立てたいの」

「……そうだね。許可が下りたら、考えようか」

 僕はずっと、ゲルダリアと離れずに済む手段を探していたけれど。

 彼女が僕らとこの先も過ごしていくと決めているなら、悩む必要はないのだろうか。


 僕はずっと君の隣に。

 それさえ叶うなら他はどうだっていい。



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