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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間13/予期せぬ出会い

テトラの単独行動

 新天地に来てすることは、いつも同じ。

 散策して、魔術の道具になりそうな素材探しだ。

 昨日や一昨日は初めて見る海辺の景色に夢中になって、普通に観光していたけど。

 ゲルダリアは今まで使っていた杖より強い道具を作る気になったらしく、ヴェルと一緒にあちこち見て回っている。

 希少品を扱う店の人は珊瑚や真珠とかを勧めてくるけど、ゲルダリアは魔術の素材を求めているから聞く耳を持たない。濃紺の貝殻と黒い鉱石を選んで、店の人を困惑させていた。

「うーん、やはりこの国の人は魔力の無い宝玉は買わないねえ。東の国に持って行くとよく売れるのに」

「珊瑚や真珠も、産地や育成条件によっては魔術道具になりそうですけど、この地域で採れる物はそうではないですから」

「お洒落のための装飾品に、魔術向きかどうかは関係ないんじゃないかい?」

「命を守れない装飾品より、命を救う道具の方が価値があります」

 この国の王族や貴族が着飾るときも、装飾品はただ豪華に見えるだけじゃない。呪いを跳ね返す道具だったり、魔術を強化するための道具だったりする。

 ゲルダリアの言葉に、店の人は溜め息をつく。

「……じゃあ、魔術道具になるように育てさせた珊瑚や真珠なら、この国でも売れるかねえ?」

「それは面白そうですね。それが実現するのであれば、装飾道具としても魔術の補助具としても人気が出る可能性はあります」

 店の人は真面目に考え始めた。

 珊瑚や真珠って人が育てられるものなんだ?

 僕には分からないけど、誰か研究してるのかもしれない。


 面白いものがあれば買おうかと思ったけど、最近すぐにお腹が空くから、僕は一人で食べ物を探しに行くことにした。

 この地域で採れるものは海産物以外も美味しそうだ。

 黄色い果物と緑の果物を細かく切って炭酸水に付けた物があったので買った。甘酸っぱくて美味しい。後で二人にも教えてみよう。


 あれこれ食べ歩いてると、小柄な影がゲルダリアとヴェルの後を付けていくのを見つけた。

 ここ数日、あの小さいのが僕らの後を付いて来る。

 日差し避けの黒い薄手のローブを纏ったあいつは、前にも見かけた。

 あのルジェロとかいう人の背後を歩いていたから、従者か護衛か、あるいは勝手について来た子供なんだろう。

 どうしてその子供がゲルダリアの後を付けてるんだ?

 疑問に思って、距離を空けて追跡する。でも、人通りの多い場所に出てすぐに見失った。まあいいか。何かをしてくる気配はないし。


 変な姿の軟体生物の塩焼きに挑むかどうか迷っていると、ゲルダリアとヴェルが素材集めを終えて戻って来た。

「いい道具作れそう?」

「そうね、今まで以上に効率よく魔力誘導できるかも」

 そう答えるゲルダリアは楽しそうだ。やっぱり、この人は魔術師としての思考しかできない。旅行先でも魔術のことばっか考えてる。そうでないなら、僕らとは一緒にいてくれないだろうな。魔術師であること以外に、接点なんてないから。


 お昼ご飯は、露店で売ってる白身の貝の蒸し焼きだ。

 噛みごたえのある食感と、塩味。しばらく夢中になって食べたところで、またこっちというか、ゲルダリアの後を付ける影が見えた。ヴェルもここに来てからすぐに気付いてたけど、今のところは放っている。

 どうしようか。無害そうだけど、気になる。

 食事を終えたところで、ゲルダリアとヴェルは道具作りのために借りられそうな工房を探しに行くと言う。

 僕はまだ食べ足りないと言って、二人と別行動することに決めた。


 さて、あの黒いローブを被った子供はどこに行ったのかな。

 僕らが食事してるのを眺めたあと、ふらふらしながら去っていったけど。

 食堂の並ぶ通りを歩いていると、海鮮焼きのお店の前にあいつがいた。引いた位置で、店頭の赤身魚の炙り焼きをじっと見ている。

 買わないのかな。お小遣いもらってなくて買えないとか?

 背後から僕が近づいても気付かない。

「お腹空いてるんじゃないの?」

 声をかけてみると、相手は驚いて飛び上がった。

「みっ⁉︎」

 甲高い声。

 そして、勢いよく僕から距離をとる。身軽だ。

 ローブに隠れて顔は見えない。

「オマエ! あの女の護衛か!」

 警戒心を剥き出しにされた。

「驚かせたのは悪かったけどさあ、そっちから追跡しといて怒らなくてもいいじゃん」

 何か、構え方が変だな。体格が妙というか。

「うるさい! そっちが悪いんだ!」

「何で?」

 聞き返したところで、ぐぅって音が鳴って、相手は前のめりにぱたんと倒れた。

「みゅ……」

「やっぱ お腹空いてんじゃん」

 近づいて助け起こすと、ローブの下に長い毛のような物が見えた。ヒゲみたいな。

「……え?」

 触れた感触も、何だかもふもふしているような?

「うう、勝手に触るな、人間」

 もしかして……。

 ローブ越しに頭に触れると、三角形の耳のようなものがある。

「猫……?」

「違う!」

 喋ってるし、ただの猫じゃないのは分かる。

 じゃあ……。

 まさか。

「妖精猫……?」

「何だ、この国にも知ってる奴はいるのか」

 僕の手を振り払って距離を取ろうとするけど、空腹だからか力が弱い。

 そのときに、袖から猫の足が覗いて見えた。

「ほ、本物だー!」

「叫ぶんじゃない!」

「握手してください!」

「騒ぐな!」

 僕の反応が鬱陶しかったのか、威嚇の構え。

 そして、そのまま妖精猫はくるりと回って、キラキラした光を撒いた。

「……?」

「……みぅ……」

 何だろう、今の。

「そうにゃ。こいつ魅了とか通じないん……」

 言いながら力尽きる妖精猫。

「大丈夫?」

 声をかけるけど、お腹の鳴る音しか返事がない。


 ご機嫌取りに赤身魚の炙り焼きを買って紙に包んでもらい、一緒に人のいない桟橋まで行った。

 座り込んで魚を食べながら、話をしてくれる気になるまで待つ。

 波の音と鳥の鳴き声を聴きながら、日光浴してる状態だ。

 ひとしきり食べて満足したのか、妖精猫は体を丸めて眠り始めた。

 いやいーけどさあ、気まぐれ過ぎるよ。

 何で後をつけてきたのか、答えてくれないのか。

 北の大陸まで行かないと会えないと思っていた妖精猫が、こんなところにいるとは思わなかった。



 妖精猫が寝ている間に、魔術で海水の使い魔を作る。二足歩行で歩く猫。

 僕は魔術属性が合わないから、水を撃ち出したりはできない。こうやって部分的に移動させるだけ。

 ゲルダリアは魔力誘導の道具を新しく作ったら、水の術の実験をするって言ってたっけ。

 今どうしてるかな。道具はできたかな。

 そろそろ日が暮れてきた。

 もう起こした方がいいよな。

「いつまで寝てるの。君も帰らなくていいの?」

「んに……はっ?」

 びくんとして起きた妖精猫は、被っていたローブが脱げて頭が見えた。

 灰色の毛並みで、口周りだけ白い。綺麗な青い目をしている。

 辺りを見回して状況を思い出したようだ。

 でも、逃げずに座り直す。

 妖精猫は顔を撫で回して言う。

「ご飯、美味しかった」

「そっかー」

「この国の魚も悪くない」

「なら良かったよ」

 何でこの国まで来たかは知らないけど、それなりに楽しく生活してるのかな。

 このまま色々話していってくれるといいんだけど。

「姫さまを誘拐したこの国、そう悪いところじゃないんだな」

 一瞬 誰の話かと思ったけど、思い当たるのは一つしかない。

「始祖王のこと、妖精達はまだ根に持ってんの?」

「忘れるもんか。まだ五百年だぞ」

「まだ、なのかぁ……」

 長寿の種族は気が長い。

「創世神話を忘れた国のくせに、調子に乗ってる」

「何それ。そーせー?」

「ふん。教えてやらない」

「それより、何で僕らの後を付けてきたわけ?」

「ルジェロが会いたがってるのに断るなんて、どんな人間かと思ったんだ」

 そんな理由でゲルダリアの観察してたのか。

 妖精猫は少し不機嫌だ。あのルジェロって人と仲がいいのかな。

「あの人は貴族同士の社交とか興味がないんだよ。魔術師だから」

「それは建前だろ」

「え?」

 聞き返すと、妖精猫は鼻息を荒くして言う。

「あの男が、ルジェロを追い払いたいだけだろ」

 ……ヴェルのことかな。他にいないよなあ。

 この街に来てルジェロと遭遇したときも、ヴェルの機嫌悪かったし。

「そうかもね」

「人間の関係って複雑だ。もっと分かりやすくしろ」

「それは僕も同意見だけど」

「飽きた。帰る」

 唐突だ。

 妖精猫と言っても基本が猫だし、ここまで会話してくれただけいいか。

「そっか、気をつけて帰ってね」

 誘拐されないように屋敷まで送っていったほうがいいのかな。

「……オマエ、名前は?」

「僕? トラングラ・シェルメント」

「魔術師名は聞いていない」

「……テトラ」

「テトラ。もし北の大陸に来る日があるなら、歓迎しなくもないぞ」

 それだけ言うと、妖精猫は人に擬態をするのを止めた動きで跳ねて、すぐにいなくなった。

 一人残されると、幻覚でもみていたかのような気分だ。

「あ……しまった」

 向こうの名前、聞き忘れたなあ。

 北の大陸に行ったとして、妖精猫の郷に入れてもらえるかな。


 妖精猫に会ったこと、ゲルダリアやヴェルには黙っておくことにした。

 きっとゲルダリアとヴェルも妖精猫に興味を持つだろうけど、あの子に会うためにはルジェロと話をつけないと無理だろう。

 ゲルダリアとルジェロが仲良くなったら、ヴェルは嫌だろうし。

 せっかく学院から離れている間ぐらいは、邪魔が入らないようにしておきたい。

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