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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
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幕間2/魔術師の庭

前回に続いてヴェルヴェディノ視点の話になります。

次からまたゲソちゃん視点の進行に戻ります。

 夜毎みる悪夢に君はいない。



 暗い中を、僕は必死になって走っている。

 その理由を思い出したところで、背後から黒い塊のようなものが襲いかかってくる。

 僕は手にしていた剣で受け流す。

 けど、立ち止まるわけにはいかない。

 相手の数が多すぎて、僕一人では対処しきれないのだ。

 逃げて、逃げて、逃げて。

 そこでようやく僕は思い出す。

 魔術を使えばいい。

 もう、あのときほど弱くない。

 今なら、この場を切り抜けるぐらいの戦い方はできるはず。


 そう思い出すのが、毎回遅い。

 夢の中の僕は、いつもよく分からない暗がりに追い込まれる。

 そして、魔術の発動より先に、魔獣の突進により押し潰される。


 おかしいな。

 剣術の鍛錬も、魔術の強化実験も、実戦も、散々経験しているのに。

 まだ足りないのか。

 まだ、この状況から抜け出せないのか。

 あの始祖返りの王子には届かないにしても、今の僕には、大人の魔術師だって敵じゃない。

 山賊や小型の魔獣程度なら返り討ちにできる。

 なのに、この魔獣には勝てないのか。

 悔しくて泣いたところで、毎回目を覚ます。



 必要な強さには、まだ届かない。

 どうして思うような強さを得られないんだろう。

 そう考えながら、エルドル教授の講義を受ける。

 その後に。

「ヴェルヴェディノ、また朝ごはん食べていないでしょ?」

 ゲルダリアが、いつものように僕に声をかける。

「栄養が足りないと、研究も鍛錬もはかどらないから、ちゃんと食べないと」

 この言葉を聞くのが、ここ数年の日課になっている。

 いつものように、僕は言い訳する。

「豆の料理は好きじゃないんだ」

 故郷では何を食べていたっけ。

 よく思い出せない。でも、豆以外の食材だった。

 僕の言い訳を否定せず、ゲルダリアはうなずく。

「そうね。ここのご飯、食材が微妙だものね。私の育てた作物じゃ、限界があるわ。魔術の研究者にも、貴族と同じように栄養のある食材がもらえないかお願いしているけど、そっちの反応も微妙だから」

 どちらかと言えば、ゲルダリアの作った栄養剤のほうが飲みやすい。あれは果物も配合されているから。

 ゲルダリアは薬と爆弾の研究だけでなく、食事についても気にしている。

 もっと美味しくて栄養のあるものがこの施設で確保できれば、きっとみんなの頭も冴えて良い発想が出る。

 そう主張するゲルダリアは、ご飯をちゃんと食べたかどうかを気にしている。

「カブの育ちがもっと早くなるといいんだけど、私の作った薬だと今の速度での成長が限界で、採取できない時期は豆料理を食べるしかないし……」

 どうしてこうもゲルダリアは食事にこだわるんだろうか。

 他の皆は何を食べても同じだと思っているし、僕もだ。だから、聞いた。

「ゲルダリアは、貴族や王族が何を食べているか、知っているの?」

「小麦で作ったパンや焼き菓子と、お肉や魚が出るわ。栄養が全然違うの。ここで出るお肉は大抵が魔獣のお肉だけど、あれよりも味がよくて食べやすいし」

 今までゲルダリアの出身を気にしたことがないけど、庶民の出ではないらしい。

「王国の役に立つ魔術を研究させたいなら、もっと美味しいご飯が作れる食材を贈ってくれてもいいのに。やっぱり自力で勝ち取るしかないの……?」


 ゲルダリアの考え方は、僕にはまだ理解が及ばない。

 食事を楽しいと思えないからだろうか。

 でも、ゲルダリアがみんなの健康の心配をしているのだというのは分かる。

「とにかく、ヴェルヴェディノも、果物だけでいいから食べないと。この前の狩りの報酬にベリーの苗をもらって、そろそろ収穫できそうだから、このまま一緒に畑に行きましょう」

 有無を言わさず連れて行かれる。

 嫌な気分ではない。

 沈んだ気分のときには、何か気を紛らわせることをした方が良いからだ。

 この施設に来た当初は、強い武器をどう作るかしか考えていなかった。

 でも、教授やジョンさん、そしてゲルダリアと過ごすうちに、心にも少しは余裕ができたと思う。



 畑に行くと、既にテトラがいた。

 ゲルダリアの薬のおかげで元気になったテトラは、最近は僕らのように魔術師を目指すようになった。

 でも、テトラは教授の講義を受けたり受けなかったりしている。いいんだろうか。

 畑の手入れも大事ではあるけど。

 テトラは赤毛の頭を揺らしながら土を掘る。

 雑草を燻して作った肥料を土の中に埋め、それから新しく届いた苗を植えていた。

 そこで僕とゲルダリアがやってきたことに気付いたようだ。

「あ、ゲルダリアにヴェルじゃん。もうガウチャガノンヴルゾルジュダゴンの苗なら僕が植えちゃったよ」

「……ガウ、何?」

 思わず聞き返す。そんな名前の苗があるのか。今までに見たことがない形状の葉をしている。

「がうちゃがのんう゛るぞるじゅだごん!」

 テトラによる復唱を聞いても、名前を覚えられそうにない。ゲルダリアを見ると、こちらも聞き取れなかったらしい。

 おそるおそる、ゲルダリアが聞き返す。

「その苗をもらうときに、どういう作物なのか、ちゃんと聞いた?」

 たまに魔獣を狩る依頼を受けたとき、変な報酬をもらうことがある。

 依頼者に価値のある物が出せなかったときとか、依頼者には正体不明の物だったりとか。

 よく分からないモノだから魔術師に預けてしまえばいいか、という考えの人がいるのだ。

 この前、ジョンさんがテトラを初めての狩りに連れて行くと言っていたので、恐らくそのときにもらった苗だろう。

 ゲルダリアの問いに、テトラは得意気に言う。

「当然! これはね、育つと畑の害虫を食べてくれるんだって!」

「……食虫植物、なら、それでもいいけど……」

 前向きな解釈をするゲルダリア。

 僕としてはそんな良いものには思えなかったけど、テトラが魔獣狩りに行っての初報酬だろうから、邪険にもしづらい。

 あんな嫌な予感のする植物は今までに見たことがない。

 植物に擬態して育つ魔獣ではないといいけど。

 秘めの庭に持ち込む前にミミクルさんが確認しているだろうから、平気なのか。

「そうだ、私達はベリーの収穫に来たの。皆で採って、おやつにしましょう」

 本来の目的を思い出すゲルダリアに、テトラは元気よく反応した。


 三人で採取したベリーを洗い、一つずつ口にする。

 甘さと酸っぱさを同時に感じる。これなら、豆の料理よりも食べやすい。

 テトラがおいしいおいしいと言ってはしゃいでいる。

 ゲルダリアは何か考えていた。

「どうかしたの?」

 そう聞くと、ゲルダリアは困ったように言う。

「お砂糖もここには無いから、ジャムが作れないなって思ったの」

「ジャム?」

「そう。果物を砂糖で煮詰めて、パンとか焼き菓子に塗って食べるんだけど……」

 ゲルダリアの説明に、テトラが目を丸くする。

「何それ。どこに行ったら食べられるの?」

「貴族や王族の社交の場とか、お祝い事の席とかね」

「うわずるい。貴族いいなー」

 テトラの率直な感想に、僕もゲルダリアも苦笑する。

「貴族は礼儀作法が厳しいから、良いことばかりでもないけどね」

 ゲルダリアがどうしてこの施設に来たのか、聞いたことがない。

 彼女は僕がここに来た理由について、他の皆から少しは聞かされているだろうけど、僕本人には直接問わない。

 それと同じように、僕も彼女がここに来た理由については聞かずにいた。

 みんなそれぞれの事情がある。

 テトラの場合は、ゲルダリアの薬で具合がよくならなかったら、隣国に引っ越したかもしれないそうだ。

 隣国のジャータカ王国は温暖な気候で作物が豊作だから、栄養のある食べ物が庶民にも出回っている。

 だから、食べるものを求めて隣国に行ってしまう人はいるらしい。


「カブの収穫量が今の倍以上に増やせるなら煮詰めて砂糖に近いものを作ることもできたかもしれないけど、数が足りないから、普通に食べるしかできないし……」

 ゲルダリアはまだ考え込んでいる。

 テトラはそんなゲルダリアの腕をつかんでゆさぶった。

「難しいことはいいよ。それより、三人で魔獣退治に行ける日はいつになるの?」

「テトラは狩りに行きたいんだ?」

 そう問うと、勢いよくうなずく。

「そりゃーね。母さんにお肉を食べてもらうには、狩りに行かないとでしょ」

 なるほど。

 僕は食事についての興味が薄いけど、テトラはそうではないらしい。

 ラーラさんとゲルダリアの影響だろう。

 テトラの言葉を聞いたゲルダリアは、真剣な表情で狩りの計画を立て始めた。

 親孝行なテトラのために力を貸したいのだろう。

 僕としても、狩りで素材集めと武器の強度実験ができるなら行っておきたい。

 テトラが一緒だと、まだ危険な魔獣の相手はできないだろうけど。



 みんなで狩りに出て、新手の魔獣を退治する。

 村の周囲に出て人を襲うとのことだけど、ある程度退治に慣れた僕とゲルダリアがいたので、大したことはなかった。

 退治した魔獣から角と牙をもぎ取りながら、ゲルダリアが言う。

「この魔獣、今まで以上に変な姿してるのね」

「三本足で跳ね回って、うっとうしかったねー」

 テトラの言う通り、行動が予測しにくくて奇怪だった。

 細長い足が三本と、額に角が一本生えた狼のような何か。それを三匹。

 近接戦だと角のせいで苦戦したかもしれないけど、今日はテトラの魔術の訓練も兼ねて遠距離から攻撃したのですぐに終わった。

 狩りの依頼が入るたびに、違う姿の魔獣に会う。

 まだ僕の故郷を襲ったアイツに似たのには遭遇していない。

 魔獣がどこからやってくるのかはまだ分かっていないけど、いずれ研究しないといけないことだ。

 武器の用意と魔術訓練だけしても、キリがない。



 退治した魔物を袋に詰めて引きずって帰ったら、庭で素材の品定めのために待っていたミミクルさんに溜め息をつかれた。

「ああ、こいつは何の素材にもならん奴じゃないか」

「そうなんですか?」

「こいつの角と牙では、一角玉を素材にするより質の悪いものしか作れない。皮も脆いから防具作りにも役立たないし、食べられる部位はないな」

「ええー……」

 食材を母親に届けたかったテトラはしょげている。

「唯一役に立つとしたら、こいつの死体を焼いてから畑に埋めて、育てている作物の栄養にすることだな。そうすると作物が強く育つんだ」

「魔獣の血肉と魔力が作物にも巡るのね!」

 ミミクルさんの説明に、やっと使い道を見つけたゲルダリアは喜んだ。

 畑へと魔獣を引きずっていくと、揚々として言う。

「ふふ、ここを、お前の墓場にしてやる!」

 悪人じみたことを言い、ゲルダリアは魔獣を焼くための穴を掘り始める。

「……何だか、悪人みたいな台詞だね」

 思わずそう呟くと、ゲルダリアは笑顔で答える。

「そうよー、実は私は悪役なの!」

 これはゲルダリアなりの冗談なんだろうか? にしたって。

「それはそんな得意気に言うことではないよね」

 僕の言葉にも、ゲルダリアは気にすることがない。

「そうね。でも、ここにいられるなら、私は多分、悪人にならずに済むの」

「ここにいられるなら?」

「だってここの皆は、私を悪い人間にはしないでしょう?」

 突き放して見捨てたりしない、という意味だろうか。

 確かにそういう意味では、この施設の人間は悪人にはなれない。

 悪行に走っても、誰かが無理矢理に止めるだろう。

 この施設の魔術師全員が外から悪く思われないため、という意味でもあるし、善悪の区別がつかないような状態になってしまった仲間がいたなら元に戻してやりたいと思うだろうし。

 根っからの悪人であれば、そもそもここには入れないから。


 エルドル教授は、魔術は使い手の心次第だと言っていた。

 魔術属性がどうあっても。

 なら、秘めの庭にいる魔術師相手なら、僕の使う魔術の属性について明かしても、誰も気に止めないかもしれない。

 月蝕の術について、どういう印象を持たれているのかは分からないけど、ここにいる間は、隠さなくてもいいんじゃないだろうか。

 ここの魔術師たちは、魔術属性だけを見て相手が悪かどうかなんて考えない。

 なら、僕が月蝕の魔術について鍛えたところで、僕が王家への謀反を企てているとは思わないだろう。


 そう思いながらぼんやりしているうちに、テトラが火の魔術で魔獣を焼き始めた。

「お前はガウチャガノンヴルゾルジュダゴンの栄養になるんだぞー」

「結局その名前は何? 誰が名付けたの?」

「知らないー」

 テトラとゲルダリアのやりとりに、気が抜ける。

 本当に、ここにいる間は、深刻に悩む必要なんてない気がしてきた。





 暗い中を、僕は必死になって走っている。

 その理由を思い出したところで、ためらわずに魔術を使う。

 王族の月の力を蝕むという、月蝕の力。

 背後から黒い影の塊のようなものが襲いかかってくるけど、即座に反撃して退治する。

 そうだ。

 もう魔術の行使にはためらわない。

 毎夜、夢の中で僕が魔術を使わなかったのは、月蝕の力について知っている魔術師が少なかったせい。

 奇異な目で見られる可能性に怯えていたから。

 それで一人で逃げて、走り回る夢を。


 この夢に君はいない。でも、君に影響された僕はいる。


 月の魔術に救われた僕は、王族を害そうという意識はない。

 でも、理解されない魔術だから、使わないほうがいいと思っていた。

 だけど、秘めの庭のみんなやゲルダリア相手になら、月蝕の魔術を隠すことはないかもしれない。

 僕が魔術を悪用しないと信じてくれるだろうし、悪用する日が来ても、止めてくれるだろうから。

 そう考えた途端に、悪夢の中でも体が軽くなる。

 今まで逃げ回っていた影と向かい合い、打ち消していく。


 強さは必要だ。

 もう二度と僕の故郷と同じような被害を出さないために、僕は僕の持てる力を伸ばさなくては。


 騎士達に囲まれた王子の、冷たい目。

 あの街は、王族が民と相容れなかったときのための最後の砦でもあるのに、結局王族がいないと助からなかった。

 何のために始祖から力を譲られているのか。そう呆れられていたのかもしれない。

 でも、見限ったりはせずに助けてくれた。

 始祖返りの力に届かなくともいい。

 魔術が弱いなら、他で補えばいいのだ。

 きっと、ここの皆は、協力してくれる。


 そう考えるようになってから、僕が悪夢にうなされることはなくなった。

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