幕間12/弟と弟分の不毛な会話
ゲルダリアが、卵を混ぜて練った小麦粉を伸ばして油で揚げている。
最近王都で流行りのお菓子らしい。
熱された油の中で色が変わるのを見計らって、ゲルダリアはそれをすくいあげる。作業を眺めながら、僕は前から気になっていたことを聞いた。
「ゲルダリアはどこで料理のやり方を覚えたの?」
「ラーラさんが色々教えてくれたでしょ。テトラだって、ラーラさんから作り方教わってるじゃない」
間髪入れずにそんな答えが返ってくる。
でも、僕はそれに納得できない。
「母さん言ってたよ。ゲルダリアは最初に会ったときから料理が出来たって。ゲルダリアは公爵様の子なんでしょ。貴族って自分でご飯作らないよね」
僕の言葉にゲルダリアは軽く黙ってしまったけど、すぐに答える。
「直接は料理しなくても、使用人の仕事を見て手順は把握していたから」
何だか、適切な言葉を探した模範回答のような言い方だ。
ゲルダリアはたまにこういうことがある。
「……そう」
それならそれでもいいけど。僕は何も困らないから。
ただ、ゲルダリアの知識の出所がときどき気になるというだけ。
横から手を伸ばして、揚げ菓子を取って口にする。ふかふかして美味しい。
今はヴェルが授業に出かけている。戻ってくるのは放課後だ。
その前にゲルダリアに聞きたいことがあった。
「ゲルダリアは、魔術師であることは辞めないんだよね」
「辞めないし、家にも帰らないから。この前の交渉だって、魔術が関係してなかったら行こうとは思わなかったし」
「そっか」
交渉相手の貴族はゲルダリアのことを気に入ったように見えたし、ゲルダリアも初対面の相手なのに妙に警戒心が薄かった。そんなだから、向こうから手紙が来た時はてっきりゲルダリアも会うつもりかと思ったけど。その予想は外れて、貴族らしい社交は弟に任せたらしい。
それで僕は安心した。
シャニア姫の予知がなかったら、今頃ゲルダリアは僕らと一緒に居てくれたか分からないけど。
僕らの関係がまだこのままであれば、それでいい。
他の人がいないと魔術師としての名前を忘れて、うっかり本名で呼び合ってしまう。その失敗は他人の前でやったことはないからいいか。せっかく魔術師名をくれた教授には悪いけど。
ゲルダリアの弟は、きっと僕らも魔術師名と本名が違うことは気づいているだろう。
あのタリスとかいう人は、僕とヴェルのことを信用できないのか、たまに学院内ですれ違うと胡散臭い人間を見る目をしてくる。
……ゲルダリアは、あの人に僕らのことをどう説明しているんだろ。
ゲルダリアがいないときにヴェルにその話をしたら、ヴェルからはあんまりなことを言われた。
「それは、テトラの行動が一般人から見て不審だっただけじゃないかな……」
「何かやったっけ」
「目立つ木に話しかけたり、畑に埋まってたりするからだと思うけど」
「魔術に関係したことなのに」
「畑に埋まる魔術師は、テトラぐらいしかいないよ」
「そーかな」
世界全体で見たら、おかしなことじゃないかもしれないのに。
僕らも秘めの庭以外の魔術師については全く知らないから、魔術師としての行動模範というのを知らないけど。
ヴェルは多少困っているかのように言う。
「僕の方は警戒されるというより、避けられている気がする」
それは仕方ないんじゃないかな……。
気づいたら、僕ら三人が親子だという間違った噂が学院内で流れていて、修正不可能な段階になっていた。
あの人がこの前ゲルダリアに会いに来たのは、それが原因なんだろう。
あのときゲルダリアがどう答えたのかは知らないけど、タリスから僕らへの対応は変わっていない。
家族を取られた、ぐらいに思っているだけならマシな方。もっと面倒な勘ぐりをされているかもしれない。
放課後の見回りの時間が来たので、魔術研究棟を出る。
学舎を経由して図書館に向かう。今日もあの女子生徒がいて僕に声をかけてくるけど、異常はないみたいなので放っておく。
それから剣の鍛錬場とか運動場を確認して、屋外に出たところで知らない男子生徒に声をかけられた。
「おい魔術師、手合わせしていかないか?」
長剣を肩に抱えて、ニヤニヤしている。
こうやって喧嘩みたいな話をふっかけられることは時々あった。素行不良の生徒から馬鹿にされているらしい。
こっちが殴り付けると学院を追い出されてしまうから、ヴェルから相手をしないように注意されている。僕にそんなことを言うヴェルの方は、たまに耐えかねて倍返しにしていた。僕よりヴェルの方が喧嘩をふっかけられる回数が多いみたいだ。その話は不良の間で広まってるのに、懲りずにこうやって絡んでくるやつがいる。
「そういうのはさ、剣を持ってる人間に言わないと釣り合い取れないでしょ」
僕の返しに、相手は不愉快な笑顔のまま。
普通は魔術師が素手で剣の相手するわけないだろうに。何か試されてるのかな。挑発への耐久度とか。
「あんたみたいな人がいるなら、僕が警備しなくても良さそうじゃん? 不審者が来たら僕の代わりにシメといてよ」
それだけ言って次の場所に行こうとしたけど、相手は放っておいてくれなかった。
「逃げることないだろ?」
背後から突貫をかけられて、身体強化で跳ねて上に逃げる。
懐の手甲を取り出して装着すると、着地がてら相手の剣を掴んだ。
「は?!」
相手の反応を無視し、そのまま熱で剣をへし折って、投げ捨てる。
「面倒くさいなあ……何でいちいち魔術師に突っかかってくるんだよ」
問答無用で剣を向けてくるのって、不審者と変わらないよな。
捕まえて尋問か何かした方がいいんだろうか。
手持ちの武器を壊されて呆然とする相手に、一応教えておく。
「警備の担当者ってさ、不審者と判断した相手を拘束しても許されるんだけど?」
僕の言葉に相手がうろたえるけど、許してやらない。
わざとらしい火柱四つで囲んで、逃げ道を塞ぐ。それから足引っかけて転ばせて、拘束用の縄でぐるぐる巻きにしたところで、他の誰かがやってきた。
「……一体、何をしているんですか?」
声をかけてきた相手を見ると、ゲルダリアの弟だった。
「助けてください、ソーレント様!」
縛り付けられた生徒がそんなことを言う。
あーあーめんどくさ。最初に口塞いで黙らせておけばよかった。
「何? この不審者と知り合いだった?」
普段変な目で見られる恨みもあるし、こっちも機嫌悪く返す。
「……彼は僕の同級生ですが」
「ふーん。明日にはその教室から一席減ってるかもね」
それだけ言って、縄を引きずっていこうとした。でも、タリスは納得しないようで、僕を止めてくる。
「その拘束に正当な理由があるのですか?」
「背後から剣持って突進されたらさあ、正当防衛しかないじゃん?」
「嘘です! 俺そんなことしてません!」
「よくもそんなことが言えたな!」
こうやって嘘ついて学院で働く人間を首にしようとするの、不良の間で流行ってるんだろうか。
目撃者がいないみたいだから、端から見たらどっちの言い分が正しいのかは分からない。
腹が立つ。
タリスは拘束された生徒を無視して、僕に聞く。
「そちらの正当性は、誰が保証するんですか?」
「さあ? 雇い主じゃない? この学院、王立だから、王様かな」
そこまで大事にはならないだろうけど。教授に迷惑かけるのは嫌だな。
タリスはしばらく考えていたけど、僕はそれを無視して引きずっていく。
「ソーレント様!」
「うるさいよ」
警備員は僕以外も不良には迷惑してるから、きっちり処罰してくれるはず。でも、この生徒が金持ちの息子だったら減刑されたりするのかな。
タリスが助けてくれないと判断して、拘束された生徒は僕を罵倒し始めた。
僕を罵倒して、それからヴェルを罵倒して、最後はゲルダリア。
こいつは単に魔術師が嫌いなだけかもしれない。
そう思ったところで、背後から風が吹いた。
何かおかしい。
振り返ると同時に、悲鳴が上がる。
風が不良生徒を撫でるように走って。
赤いものが飛び散った。
「え……?」
めちゃくちゃな勢いの風が、暴れるようにして吹き付けてくる。
風の中心にいるのは、タリスだった。
タリスには、ゲルダリアへの侮辱が許せなかったらしい。
そう気づいた頃には、不良生徒の傷が増えていく。
この場に他の人間がいないだけまだマシだけど、誰かが通りかかったらまずい。
慌てて止めようとするけど、風の勢いが強くてタリスのところまで行けそうにない。
タリスは自分の意思で魔術が抑えられないのか、目を見開いて頭を抱え始めた。
僕に飛んでくる攻撃は防げても、地面に転がってる不良の方はうまく防いでやれない。こいつが死んでも僕は困らないけど、このままだとタリスが人殺しになってしまう。
ゲルダリアのためにも、それは止めないと。
地面に手をついて、土の魔術を使う。タリスの足場を振動させ、更に相手の魔術を崩す術を重ねていく。
僕の魔術が伝って届き、タリスの魔術を破壊する。
タリスは、円形に陥没した中で倒れた。
術の強制破壊で気絶したのか、駆け寄って声をかけても返事がない。
ああもう、どうしようか。
結局、他の警備担当者を魔術で呼んで、不良をそのまま引き取ってもらう。
そして、僕はタリスを医務室まで運ぶことにした。
医務室には、腰の曲がった白衣のおばあさんがいる。
いつも見かけるその人にタリスを任せて、僕は医務室を出た。
これ、どう処理されるんだろう……。
ゲルダリアには報告できそうにない。
時間をおいて様子を見に医務室へ行くと、ちょうどタリスの意識が戻ったようだった。
僕に気づいて、ばつが悪そうに言う。
「……迷惑をかけてしまって、申し訳ありません。自分の意思に反して魔術を使うことになるとは、思ってもみませんでした」
やっぱり暴走してたのか、あれ。
「僕は怪我してないからいいけど。不良の方も知ったことじゃないし」
「本当に、そちらには非がなかったのですね。僕は、あの同級生の性根の悪さに気づけなかったことを、情けなく思います」
そりゃ上流階級の人間相手には無害だろう。おべっか使いってそんなものだ。
タリスは青白い顔で僕に聞く。
「普段から、魔術師はあんな人間を相手にしているんですか?」
「あんなのばっかじゃないけどさ、僕とディーは何でか喧嘩を売られやすい。ゲルダは知らない。たまに何か手紙が届いて燃やしてるけど、中身を読ませてもらったことはないから、喧嘩売られてるのかそれ以外かは分からない」
「……そうなんですか」
「ゲルダリアは殆ど魔術研究棟にいるし、魔術研究棟から出る昼休みは背の高いあの女の子が一緒だから、面倒な奴には絡まれにくいかも」
「……自分の思うように魔術が扱えなかったことで、考えていたのです。家を出て魔術師を目指すべきは僕のほうだったのではないかと。姉さんが我が家を継いだほうが、物事はうまく回ったのかもしれません」
「そうかな」
僕はタリスと仲良くなれるかどうか分からないし、ヴェルではもっと無理だろう。
タリスは、病気の僕に薬を作ってくれただろうか。
ゲルダリアとタリスの立場が逆になるのは、想像がつかない。
「ゲルダリアの思考回路は、魔術師だよ。貴族向いてない」
「……そうでしょうか。姉さんであれば、どの教養でもうまく身につけたと思います」
他に選択肢がなくて、生き方が自分で決められないなら、そうかもしれない。潔く諦めて、ワガママ言わずに自分の役割をこなすだろう。
でも、選択肢が用意されていたから、魔術師になった。
そんな可能性の話をされても、遅いんだ。
タリスはゆっくりと起き上がる。そして、寝台に腰掛けた状態で僕に聞く。
「貴方にとって、僕の姉さんはどういう人間ですか?」
質問の意図が分からなくて、黙ってしまう。
考えて、言葉を選んで答える。
「僕にとって、ゲルダリアは恩人だよ」
「……恩人、ですか」
「子供の頃の僕は体が弱かったから、ゲルダリアが薬を作ってくれたんだ。それがなかったら、僕はここに来ていない。今頃どうしていたか分からないんだ」
引っ越した先のジャータカ王国で、独学で魔術について調べてたのかな。それとも親と一緒に農家として生活してたのか。
そこも、想像できない。
「そうですか……」
僕にとってゲルダリアは家族みたいなものだけど、本来の家族であるタリスには、そんな話は聞かされたくないだろうから。
この問いかけ、ヴェルならどう答えるだろう。
……ヴェルだと、タリスを怒らせるようなことを言うかもしれない。
「今更ですが。僕が傷つけた相手は、どうなりましたか?」
「ああ、あいつなら、僕に攻撃してきたのを理由に退学になるって。普段から問題あったみたいだし、その後のことも自業自得だから気にしなくていいってさ」
あの生徒よりタリスの方が階級が上なのもあって、タリスに対する処罰は無いようなものだった。
「説明、ありがとうございます。後で僕からも確認に行くことにします」
こういうとこは真面目なんだな、この人。そうでないと貴族としてやっていけないんだろうか。
魔術研究棟に戻ると、日が暮れる時間になっていた。
僕が部屋に入ると、二人が言う。
「おかえりなさい、テトラ」
「おかえりテトラ」
「ただいま、二人とも」
いつものやりとり。
今日起きた余計な話は、ゲルダリアには届いてないみたいだ。
そう思う僕に、ゲルダリアが話を振る。
「さっきヴェルと話してたんだけど、このまま問題なく長期休暇になったら、どうやって海まで行こうか考えてたの。コンテナの路線、二種類あるんだって」
「へえ?」
「湿原の側を経由するか、荒野を通るかなんだけど」
ヴェルが地図を出して説明を始める。
……これが今の僕の日常で、ゲルダリア無しでは成り立たない。
だから、タリスには悪いけど、ゲルダリアには家へ帰って欲しくなかった。
三人で海に行く予定だと言ったら、タリスは怒るのかな。
ゲルダリアが僕らとまだ一緒にいるつもりなら、邪魔されたくない。
今更ですが! 感想、お待ちしております!!
https://twitter.com/tohnokashou/status/1155459212396265472
今のところ、どのキャラが人気なのかとか全く分からないので……
好きなキャラ名の一言だけでもいいので知りたいのです




