一度限りの令嬢ごっこ
五月の間は事件らしいことも起きず、順調に時間は流れていった。
ノイアちゃんはうまく学院での生活を送っているようだし、イライザさんとナクシャ王子も問題なく生活できているようだ。
魔術研究棟に皆が集まることにも慣れてきた。
タリスとノイアちゃんの関係は、進展しているような、していないような。ソラリスが優位かもしれない。せっかく私が邪魔せずにいるのに。タリスの方は押していこうという気配がない。何故だろう。他に気になる相手でもいるのだろうか。
私の方は、実家との手紙でのやり取りを穏便に済ませることに成功した。実家には帰らないという私の主張を両親も受け入れてくれたようだ。仕立屋さんから届いた衣装は出番がなくなり、奥にしまい込んだまま確認していない。
過去の事件の調査が進んだようで、フロラーナさんが私にお礼を言いに来た。
彼女の恩人は晴れて解放され、ようやく連絡が付いたのだという。
六年前、北の国から来た使者は、ジャータカ王国を経由する間に偽物と入れ替わってしまっていたらしい。フェンがこの国と北の大陸を結ぶルートを解放すると決めたのは、その件も関係したのだろう。
六月に入る頃には、始祖王による海峡封鎖もどうにか解かれた。
この国と北の大陸に航路が確立され、直接的な交流が再開する日も近い。
いずれイシャエヴァ王国からの使者が来る予定だそう。
……もしその使者が信用の置ける人であれば、その人に精神操作を防ぐための術を伝えて、あちらの国の王族を守るよう手配してはもらえないだろうか。やって来るのが普通の人でも、護衛に魔術師は連れてくるだろう。
私にも面会の許可が欲しい。
「北の国から来る使者と、魔術知識交換のための面会は行えないでしょうか」
学院長の部屋に押し掛け、フェンにそう尋ねる。
フェンはまたお前かと言いたげに片眉を吊り上げたけど、こちらも引けない。
「魔術師からのその申し込みは多い。どの情報をあちらへ出そうとしているのかも確認しなくてはならないし、非常に手間だ。いっそ全て受け付けを拒否しようかと思う程に」
……みんな考えることは同じか。
どうにか出し抜けないものかと考えていると、フェンは資料を読みながら言う。
「使者としてやって来るのは、あの国の王族に仕える貴族だ。そして、あちらの国の貴族は、こちらの国の貴族と取り引きすることに興味があるようだ」
「そうなんですか……」
貴族は社交も仕事のうちだから、この国でもコネを作っておきたいのだろう。魔術絡みの話には興味がないかもしれない。
いやでも、魔術だって国益に繋がるわけだし、そこは……。
考え込んでその場に留まる私に、フェンが言う。
「君は魔術師であれど出自は捨てていないと聞いたが?」
……ロロノミア家の次期当主の前で、個人情報保護なんてあったものじゃない。
うちの家はロロノミア家とどこまで仕事をしているのやら。
「それは身内の考えです」
「君は当主ではないから、決定権はないだろう? 公爵家の人間であるままだ。目的のために利用可能なものを全て利用する狡猾さは、そう疎むことではないと思うが」
……引くに引けないときぐらいはズルをしても良い、という唆しだろうか?
フェンにとっては、自分の立場や権威は利用できるだけ振り回す道具。そうであれと育てられ、本人も納得しているから。
でも、私は……。
「……御助言、痛み入ります」
フェンが私に助言をしたのは、これ以上仕事を邪魔されたくなかったのもあるだろう。
そこも踏まえて覚悟は決めた。
私は貴族のフリをして、北の国からの使者と会う。そして、精神操作を防ぐ魔術をあの国へ持ち帰ってもらうのだ。この計画が成功すれば、あの嫌なイベント戦闘は全部なくなる。
キラナヴェーダの主人公君達は、王族の管理する地域を通り抜ける許可をもらいに城へ向かう。けれど間が悪く、城にいる王族と従者は大半が正気を失った後だった。奥へ進む度に、奇声を上げながら姿を現す王族たち。例外なく皆、異形の姿へ変わり果ててしまう。
その酷い光景に耐えながら進むと、ようやく生存者を発見する。幼い王女と王子を連れた医術師が、元凶から逃げていたのだ。
助かった王族は二人だけ。そのため、イシャエヴァ王国はラスボスを倒した後もずっと再建に苦労することになる。
あの事件が防げるのであれば、私が一時的に卑怯者になる程度、どうってことはない。
家に帰らないと宣言しておきながら、生まれながらの地位を利用するのは気が引けるけれど。
「最終手段を使ってでも、あの国の使者と魔術の情報交換をする約束を取り付けたいの」
私の説明に、ヴェルもテトラも無言で目を瞬いた。
「そういうわけで、二人にお願いがあります。護衛役として私について来てください」
貴族が護衛無しで出歩くのは不自然だ。とはいえ、魔術師である私がこんなことを頼めるのはこの二人しかいない。
人脈作りは貴族には必要なことだけど、魔術師であっても同じかもしれない。研究に明け暮れたせいで、私にはコネがないのが痛手だ。
ヴェルにもテトラにも、今まで私の出身に関した話はしていない。それでも二人はうっすら気付いていたようだし、学院に来て弟についてもバレた。もう隠す意味はない。
二人は私の頼みに驚いたようだけど、うなずいてくれた。
「分かった。僕だってあの国の魔術については興味がある。君がそうすることで情報が得られるなら、手伝うよ」
「そんな他人行儀な頼み方しなくてもいいのに。ゲルダリアがそうしないと、魔術師なんて相手してもらえないんでしょ? ならそれでいいよ。僕らもそれに乗っかって情報もらいに行く。他の魔術師からズルいって思われてもさ」
「ありがとう、二人とも」
持つべきものは理解のある仲間である。
魔術師だからこそ、魔術探究の手段は選ばないのだ。
この国で魔術師を管理しているのもロロノミア家なので、他の国に出して良い魔術情報についてもフェンと話し合わないといけなかった。
どうやらフェンによるあの助言は、本人が手間だと言っていた案件を私に押し付ける目的だったらしい。私が行う魔術情報交換の交渉は、元からフェンも考えていたとのこと。
うまく利用されてしまったけど、そこはもういい。一度決めた以上は無事に交渉をこなさなくては。
その面倒な調整の合間に、ヴェルとテトラを城下町の仕立屋まで引っ張っていく。
護衛として、国賓の前に出る衣装を用意してもらうのだ。
私の衣装はこの間お父様から贈られたもので問題ないらしい。
ヴェルは仕立屋さんとの話し合いで、これは本当に戦闘に向いた格好なのかと問い詰めていた。見栄えより非常時を想定しての機能にしたがるのは分からなくはない。でも、話し合いの場はロロノミア家の管理する来賓館だから、騎士による護衛もある。道中も安全なはず。
仕立屋さんは、騎士以外に戦士の正装を用意する機会がないようで、生地選びと衣装の構造で悩んでいた。
テトラの方は魔術師としての正装なので、色違いのローブを作るだけ。採寸後に白い生地を用意して手続きは終わった。
あくびを噛み殺してテトラがぼやく。
「ヴェルの方、まだ終わらないの?」
「ちゃんと戦えないと納得できないみたい」
「あー。ヴェルは、戦闘に出てから後悔するのが怖いみたいだし、仕方ないか」
故郷が壊滅した件を、ずっと引きずっている。
だから、自分の動きが制限される格好では絶対に戦闘には出ない。確実に生き残るための手段を、多く用意したがる。
ヴェルが強迫観念に囚われている要素に触れるぐらいなら、護衛じゃなくて別の頼み方をした方が良かっただろうか。でも、従者のフリなんてお願いできない。私はこの二人と対等な立場でいたいから。護衛であっても貴族が依頼主では、端から見たら主従関係と余り変わらないかもしれないけど……。
結局、ヴェルは国賓の前だろうと構わずあからさまな武装で行くことに決めたようだった。交渉で理不尽な押し切り方をする相手だった時に備えて、圧をかける役としてそのままお願いした。
数日かけて、準備に手間取ることをどうにか全て解決した。あとは当日に私がうまく交渉を取り付けられるかどうかという状況だ。
使者と交渉の日は学院が休みであるため、そちらの心配はしなくていい。
空き時間に礼儀作法の本を読み込んだ。
付け焼き刃で品のある振る舞い方を身につけたところで、油断するとぼろが出そう。気をつけないと。
私が貴族としての地位を利用するなんて話は言いふらしたくないから、ヴェルとテトラ以外には説明していない。どうか現地周辺で学院の関係者に出会いませんように。
交渉の前日から、三人で城下町の宿に泊まって用意をする。
準備には万全を期したはずだけど、当日の朝は緊張で食事が喉を通らなかった。
髪と目の色を本来の色に戻し、今日だけ公爵の娘であるゲルダリア・ソーレントとして振る舞うことになる。
格式高いドレスを着ることも、踵の高い靴を履くことも、緊張に拍車をかけた。慣れない格好で制限のある動きを行うのは難しい。これでは、ただ仮装をしているだけのよう。
優雅な貴人として思い浮かぶのはシャニア姫だけど、私が彼女の動きを真似てもぎこちなくなるだけ。こんなことなら、弟子入りしておけば良かった。彼女のマナー教室はきっと厳しいだろうけど。
ヴェルとテトラは、普段とは違う格好をすれども落ち着いている。
剣を腰から下げたヴェルは、魔獣退治にでも行くのかという出で立ちだ。でも、その姿に安心した。
交渉役は私なのだから、交渉の場では二人に頼ることができない。しっかりしよう。
手配しておいた馬車に三人で乗り、王城の手前にある来賓館へ向かう。
馬車に乗っている間も、お作法の確認のために本を読んでいた。
落ち着かない。交渉のための道具や資料はちゃんと揃っているので、あとは私の話術次第。素人に外交じみたことを任せたフェンも無謀だけど、言い出したのは私だ。損失を出そうものなら、責任を取らされるだろう。
「……顔色が悪いよ、ゲルダリア」
隣に座るヴェルから心配そうに声をかけられる。
「そ、そう……?」
「ゆっくり呼吸して」
「……」
言われた通り、深く息を吸って、吐く。
「ありがとう、ちょっと落ち着いた」
「交渉自体は、普段から王族相手に話していることを思えばうまくやれるはずだよ」
ヴェルの言葉に苦笑する。
「……そうね、ロロノミア家の人を相手にする方が、神経を使うかもしれない」
フェンは時折皮肉を混ぜて、こちらの忍耐を試しているようなことを言う。
あれに慣れれば、大抵の嫌みは耐えられる。貴族が相手なら、品のない皮肉なんて言わないだろうし。
テトラは私たちの会話を聞きながら、連れてきた白猫をあやしていた。私が普段使う魔術杖もテトラに預かってもらっている。この国と他国の交渉を邪魔するような不届き者は、王都に入る前に排除されるだろうけど、念のために自衛策も用意してきた。
地味に困っているのは、慣れない靴でどこまでまともに歩けるかということ。
こうも踵の高い靴を日常的に利用しなくてはいけないなら、実家には絶対に帰るものか。
私には貴族の仕事は向いていない。
この交渉が終われば、レディの爵位であるゲルダリア・ソーレントは再び消える。
残るのは、魔術師ゲルダ・シェルメントだけ。
反則行為はこれが最初で最後。
来賓館に到着し、私はヴェルの手を借りて馬車から降りる。
荷物や交渉道具はヴェルとテトラが運んでくれていた。
「ありがとう、二人とも」
「まだ早いよ。これからでしょ」
テトラに言われ、うなずいた。気を引き締め直す。
堂々としなくては。
館の案内人に導かれた部屋の入り口で、私は思わず立ち止まりかけた。
部屋の中でこちらを待っていたのは、私が一方的に知っている相手。
ローズグレイの柔らかな髪に、ミントグリーンの瞳をした、冷静沈着な青年。
ルジェロ・グリンジオ。
キラナヴェーダというRPGの中で、私が一番気に入っていたキャラだ。
彼が使者としてこの国へ派遣されていたのか。
あのゲームで遊んだとき、キャラ強化のアイテムは殆どこの人に割り振っていた。杖で敵を殴り倒すタイプの医術師に仕上げてしまっていたのだ。
こうして会う相手は、そんな脳筋じみた発想とはまるで無縁の、涼やかな笑顔。
……この人が相手であれば、信用できる。
こちらの国に対してどういった印象を抱えているかは分からないけれど。仕える相手には誠実な人だ。
彼はこちらの姿を確認し、立ち上がった。
その向かいまで歩き、礼をする。挨拶からの口上を述べ、席についたら交渉開始だ。
ルジェロさんには、何としてもあの魔術を持ち帰ってもらうのだ。
それは、彼の周りの不幸を減らすことにも繋がるから。
ようやく医術師の登場となりました。
ゲルダリアの中の子は、後衛キャラにも物攻強化のアイテムを割り振る脳筋スタイルで遊ぶ子だったので、推しキャラによるごり押しでの攻略が多いです。
儚げ美少女であろうと白磁の美少年であろうと、構わず筋力強化する業を背負っているゲーマー。
タクティクス系のゲームも、一人のキャラに強化を集中させてレベル差で敵をなぎ倒すのを楽しむタイプ。俺TUEEEならぬ、推しTUEEE。
そんなゲルダリアは、ゲームの外でも中でも、似たようなことをしているというのが今回の話です。
元のゲームより健康的に育ったキャラが、側に。




