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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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状況は緩やかに進展する

 タリスと会話した次の日。

 巨大音叉を校門前の庭に置き去りにしていたことに気づいて、朝から取りに戻った。

 でも、見つからない。忘れ物と間違われて見回りの人にでも回収されてしまったのだろうか。

 事務方に確認に行こうと学舎の中庭を通ったところで、アリーシャちゃんとバジリオ君に遭遇する。

「あっ先生! おはようございます!」

「おはようございます、二人とも」

 答えてから、バジリオ君の反応が静かなことに気づく。

 バジリオ君は目を閉じて両腕に何か抱えている。よく見ると私が忘れていった音叉だ。どうやら構造解析の魔術を使っているらしく、バジリオ君の周囲で緑色の光が渦巻いている。

「その音叉は、私が忘れていった物なんです」

 私の言葉に、アリーシャちゃんが目を丸くする。

「あ、これ先生の道具だったんですね。バジリオが何だか怪しいって言って調べてたんです」

 不審がられてしまっていた。

 最近は事件が多いから、警戒しても仕方ないか。

 術の解析が終わったのか、バジリオ君が目を開いて言う。

「これ、魔術構成を崩すための道具ですか?」

「そうです。バジリオ君には仕組みが分かるのですね」

「うっすらですが。何に使うんですか?」

 始祖王の魔術を解く話を他言していいか分からないため、曖昧に答える。

「警備にもそれ以外にも役立つかと思いまして。まだ試作中なので、作用する範囲が半端なんです」

「これで? 半端? この威力なら、アリーシャが使う程度の魔術は全部潰せますよ」

「えっ、怖っ!」

 バジリオ君とアリーシャちゃんの反応に苦笑するしかない。この二人だって、あと何年かすれば大抵の敵には負けない優秀な戦士と魔術師になる。頑張ればレベルカンストも夢ではないし、ラスボスを倒した後のやり込みで上限突破も可能である。

 音叉を返してもらい、授業の準備のために戻ることにした。

 バジリオ君はまだアリーシャちゃんに魔術的な説明を続けている。

 この二人の未来は、私が魔術を教えたことでどう変化するだろう。

 世界の危機を回避して無事に生き残ってくれるなら、それでいい。できれば最強の装備を集めて、隠しボスを全員殴り飛ばすくらいの強さを得てほしくはあるけど。




 放課後は、恒例の魔術研究。

 ノイアちゃんが金環蝕の術について、ようやく把握したという。

 その前にお茶とお菓子で一服しながら、ノイアちゃんの誕生日について聞いてみた。

 乙女ゲームである王立アストロジア学院は、プレイヤーの誕生日をキャラが祝うために一年が366日になっていて、主人公の誕生日にデフォルト設定はない。

 私の問いかけに、ノイアちゃんは明るく答える。

「私ですか? 8月1日です」

 何と、学院の長期休暇中……。これは、ノイアちゃんの故郷まで押し掛けないと、直にお祝いできない。

 愛が試されている。タリスに教えたらどう反応するだろう。

 そう考えていると、ノイアちゃんから質問が返ってくる。

「ゲルダ先生のお誕生日はいつなんですか?」

「私は4月3日です」

「アリーシャさんが気にしてましたけど、春休み中なんですね」

 どうやらノイアちゃんとアリーシャちゃんは仲良くなったらしい。

 アリーシャちゃんの方は孤児で誕生日が分からないので、あの子はバジリオ君と出会った日を祝っていた。ゲームの中では。

 私達がのんびり会話するのを余所に、ソラリスはテーブルマナー習得のために気を遣いながらお茶を飲んでいる。最初の頃よりは食器の扱いに慣れてきたようだ。

 ノイアちゃんはそんなソラリスに、躊躇いながら聞く。

「……ソラリスさんは、誕生日っていつになります?」

 ソラリスは淡白に答える。

「忘れた。今は養父の誕生日が家族全員を祝う日になってる。誕生日の分からない兄弟もいるから」

「お祝いの日が決まっているんですね」

「あれはただ、養父が酒を飲む口実にしてるだけかと思ってる」

「みんなで揃ってお祝いできる日があるのは、楽しそうです」

 ノイアちゃんとソラリスのやり取りを聞きながら、キラナヴェーダ世界の暦を思い出す。

 ジャータカ王国の暦はこの国とほぼ変わらないようだから、ソラリスの本来の誕生日も太陽暦のはず。

 北の国と南の国はファンタジーらしく独自の暦を採用しているから、この国とは日時のすり合わせが難しい。

 乙女ゲームとして世界観をユーザーに寄せた結果、この国とジャータカ王国だけ他の国と違う暦になってしまった。その辺りも、国家間交流に支障が出る理由のうちの一つだろう。


 休憩を終えて、目当ての実験に入る。

 ノイアちゃんは空を見上げ、太陽の位置を確認しながら魔術発動の手順を踏む。

 そして、両手を握り意識を集中した。

 次の瞬間、ノイアちゃんを中心にして熱が引いていき、彼女の周囲だけ日が陰っていく。

 現象としての日食の再現だ。

 そのままノイアちゃんは光を吸い込むようにして姿を消した。

 ……確かにこれは、暗殺向きの術かもしれない。

 数秒してまた徐々に光と熱が元に戻り、ノイアちゃんも姿を現す。

 自分が日の光の下にいることを確認すると、ノイアちゃんは深く息を吐いた。

「何にも悪影響を出さない範囲であれば、こういった感じになります」

「ありがとう、ノイアさん。その術を使ったことで、どこか体に影響は出ていない?」

 念のために確認する。見た目は今までと変わりないようだ。

「はい、大丈夫です。ただ……」

「ただ?」

「これ以上のことを試してしまうと、きっと私だけでなく、周りにも良くない結果が出ると思います。魔術の発動中、なんだかぞわぞわするような、落ち着かない気分になったので……」

 不安そうだ。

 そんなノイアちゃんに、ソラリスが言う。

「なら、これ以上は試さなくていいと思う。金環蝕の術は、他人の命にも自分の命にも執着しない人間が使ってきたから、危険な部分しか分からなかった。誰も術の威力を調整してこなかったから、攻撃に巻き込まれた人間は、使い手を含めて皆 死んでる」

 魔術を使っていてぞわぞわする、という感覚は私には想像できない。ノイアちゃんに負担をかけるのであれば、もうお願いしない方がいいだろう。ノイアちゃんに危ないことをさせたいわけではない。

 ヴェルとテトラもノイアちゃんの魔術を確認していたけど、それぞれ何かを考え込んでいるようだ。

 全員が緊張しているかのような状態なので、また休憩を入れておやつを振る舞うことにした。

「これでは私、お菓子を頂きに来ているだけみたいですね」

 ノイアちゃんがそんなことを言う。

「気にしないでください。どうせ材料費は学院持ちですし。最近はこの国でも食にこだわる余裕がでてきたから、おやつを楽しむのも社会学のようなものです」

 財政管理をしている担当者には厚かましいと言われるかもしれない。けど、私の冗談にノイアちゃんは笑ってくれた。

 この国の食文化は少しずつ良くなっている。調味料と香辛料が流通して、最近は養鶏も始まった。卵を使った料理も作れるようになったのだ。他国の料理を研究してきた料理人も増えて、創作料理の情報だって入ってくる。そんなわけで、私がこの世界にあるのかどうか分からない料理を作っても、言い訳しやすくなった。


 ノイアちゃんとソラリスが帰った後、菜園で採れた野菜を使って夕飯を作ることにした。

 赤くて細長い芋が最近は庶民の主食になっている。南の国で生まれた野菜で、味も良く栄養価が高い。名前が長いので、テトラは勝手にペコ芋と呼んでいた。

 三人で作業分担して、その芋を茹でて潰して、丸めて揚げていく。サラダとスープも用意して、夕飯が完成する。

 量を増やして作っているのに、テトラがもりもり食べてしまう。最近また身長が伸びてきたから、今までの食事量では足りないのだろう。

 私とヴェルが食事を終えても、テトラはまだ食べ続けていて静かだった。

 それを横目で見つつ、ヴェルに質問する。

「ノイアさんの魔術を見て考え込んでいたけど、気になったことでもあった?」

「初めて蝕の術を使うのに、うまく抑制できているなと思って。自力で調整するのは難しいのに」

「そうなの?」

「僕は家族に調整してもらって扱い方を覚えたからね。あれが自力でどうにかできるとは思わなかった」

 それは、誰かの手を借りないと危険だということだろうか。

 ノイアちゃんがあの術を扱えるようになったきっかけは、ソラリスからの情報だと言っていた。ソラリスがノイアちゃんに対して好意的でなければ、うまくいかなかったのかもしれない。

 ノイアちゃんはあれ以上術を使うのが不安そうだった。ぞわぞわする感覚というのが何を意味するのか、ヴェルには分かるだろうか。

 でも、聞くのはためらってしまう。

 危険な魔術を扱う役割を背負わされるのは嫌なのかもしれない。ヴェルは昔から、月蝕の術について詳しく語ろうとしなかった。私はずっと一緒にいたのに何も知らないままだ。好奇心から質問するわけにいかない。いつか話してもらえるだろうか……。

 考え込んでいるうちに、食事を終えたテトラが後片付けを始めた。私とヴェルも片付けをすることにし、それ以上は蝕の術について話すことなく一日を終えた。




 保護から数日、ナクシャ王子への聞き取りは、ようやく終わったらしい。

 留学という建前で学院に置いているため、軟禁から解放することになった。

 ただ、今更授業に出しても他の生徒への説明が面倒だということで、教室には通わせられないらしい。

 そのため、イライザさんが授業を受けている間は別行動させるという。

 魔術研究棟で。

 ……何故……?

 私たちは面倒ごとを受け付ける部署ではないはずなんだけど……。

 侵入時とは違い、ナクシャ王子はジャータカ王国の貴族が着る白い衣装に着替えさせられていた。

 そして、私たちを前にしてぽつりと言う。

「イライザに会いたい」

「申し訳ありません……私たちには貴方の要求に応える権限がありませんので……」

「そうか……」

 うなだれるナクシャ王子と、対処に困る私たち三人。

 一体どうしろというのか。

 今までみたいに、警備員の宿舎で護衛をつけて保護しておいてくれたら良かったのに。

 フェンが言うには、あの部屋に閉じ込めたままではナクシャ王子の精神によくないとのこと。

 フェンによる温情で、イライザさんと会いやすくしてあげたみたいだ。

 ナクシャ王子には、念のために行動制限がかけられている。魔術封じの枷が右足に付けられ、一部の範囲までしか出歩けない。

 そんなナクシャ王子に何をさせるのかは、イライザさんの提案で決まった。この国で、王族らしい礼節やこの国の歴史について把握してもらいたいとのことだ。

 ナクシャ王子は、用意された資料本と辞書を交互に読んでいる。

「読書は久しぶりだ。父が家庭教師を全員首にしてからは、書物に触れたことはまるでない」

 いちいち返答に困ることを言うので、こちらとしては相槌も打ちにくい。

 イライザさんは授業の合間にやってきて、ナクシャ王子の様子を確認し、私達に頭を下げる。

「先生達に無理をお願いしているのは承知の上ですが、どうかお許しください。この人、本当に残念な頭……いえ、王族にあるまじき環境で育ってきましたから」

 残念な頭とか言った……。

 もしかして、ナクシャ王子はトリックスターというより、常識が足りなかっただけなんだろうか。暗殺技能だけはあるみたいだし。


 ノイアちゃんやソラリスもまだ来るだろうし、しばらく魔術研究棟は賑やかになりそうだ。

 この数話の裏で王族都合のあれこれが起きていたりします。

 ソリュ・ロロノミアのその後と、第一王子が正妻を決める件など。

 全部終わって余裕があれば、その辺りも書きたいところです。


 あと。アリーシャちゃんとバジリオ君が長身少女と小柄男子のコンビだという記述が抜けていたので、登場回を修正してきました。




 Twitterで生ハムの原木が流行っているので、自創作キャラたちにも生ハムパーティして欲しいなとか思ったんですが、この国には生ハムの原木は存在しないので考えるのをやめました。アストロジア王国で養豚が確立される時期から考えないといけない……。

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