姉と弟のぎこちない会話
魔術研究棟の庭で、作った道具の実験を始めた。
ヴェルは普段の魔術師らしいローブは脱いで、魔獣狩りのときのような軽装で弓を持ち出した。的を射って、試作した矢の強度と術の作用を確認している。
私は鐘や音叉を作ってみたけど、音が思うように遠くまで伸びない。大きさと金属を変えて、いくつも作り直す。
この国は音楽方面の芸術もそう発達していないから、楽器の研究も進んでいなくて、資料が足りない。
王都なら楽器職人がいるかもしれないし、今度探しに行ってみようかな。
楽器の調律目的よりもサイズのある音叉を打ち鳴らしていると、テトラが見回りから戻ってきて言う。
「それ、音を出す道具じゃなくて、狩りの道具にした方が有用じゃない?」
「……確かに規模を大きくすると、音叉なのか刺又なのか分からなくなるけど……」
巨大な音叉を武器にして戦うRPGキャラも珍しくない。テトラもRPGのキャラだけあって、何でもかんでも武器扱いしがちである。気持ちは分かるけど。
「ゲルダの作ったそれ、矢の先に付けて射ったら?」
「鏑矢みたいに使うってこと?」
「そー」
そのやり取りに、ヴェルが試射を中断して言う。
「それなら、最初からよく音の響く鏑矢を作った方が早いかもしれない」
三人であれこれ話すうちに、放課を知らせる鐘が鳴った。
「……学院のあの鐘と同じ大きさの物を、船の上に積めない?」
「それに合わせて頑丈な船を建造すれば、どうにかなるかもね」
始祖王の魔術を解くことが可能なら、道具は何でもいい。あとは予算の問題があるだろうけど、そこはロロノミア家にどうにかしてもらおう。依頼してきたのはあっちだし。
そろそろノイアちゃんとソラリスがやってくる。
三人で実験の片付けをしていると、あの二人よりも先にやってきた生徒がいた。
「こんにちは、姉さん」
「……タリス」
今日のタリスは、何だか妙に疲れたような顔をしている。
「姉さんに話さなくてはいけないことと、確認したいことがあって来ました。今、良いでしょうか」
ヴェルとテトラがいるなら、ノイアちゃんたちのことを任せても大丈夫だろう。
ヴェルに視線を向けると、意図を察したのか軽くうなずく。
「いいわ。それで、話って?」
家族としての話をするので、他人に聞かれたくないと言う。
魔術研究棟を出て、人気のない校門前の庭へ向かう。うっかり音叉を持ってきてしまったことに気づいたけど、まあいいか。
ベンチに二人で座り、タリスは重々しく口を開いた。
「先日、姉さんのところに仕立屋が訪れたと思います。話すのが遅くなりましたが」
「あの強引な人ね……」
「お父様は、姉さんが成人するまでに一度でいいから会いたいと言うのが最近の口癖らしいです。お母様によると、それに関連した奇行が増え始めたようで。姉さんと連絡をつけたわけでもないのに仕立屋に依頼をしてしまったのだとか」
そこまで病的なの……。
あの公爵様は、タリスまで家から離れて寂しいのかもしれない。とはいえ。
「私はもう貴族らしい振る舞いはできないから、両親と会えば失望させてしまうだけだと思うわ」
「……そう言わずに、せめて手紙だけでもいいからお願いします。今更と思うかもしれませんが」
「タリスだって、私が爆弾を作ったり魔獣退治に行った話をしたら反応が悪かったでしょう? 書けることなんて何もないじゃない」
「その辺りは伏せて、どうにかなりませんか」
「薬作りで貢献したぐらいの話になってしまうけど……」
「そういうのでいいんです。当たり障りのない話を」
武器作りでこの国の開拓に貢献したのも、私にとっては大事な話なのに。
淑やかな令嬢なんていない、という現実は直視してもらえないようだ。
そうだ、授業で護符を作る見本として私が作ったものがあった。あれを手紙に添えて贈っておけば、ある程度は落ち着いてもらえるかもしれない。
「姉さんに聞きたいことがあるのですが」
「何? 手紙は送るけど家には帰らないから」
「そこに関してはもう姉さんとお父様の問題なので僕は構いません。聞きたいのはそうではなく。あの」
何だか口ごもっている。
今まで以上に言葉にするのを躊躇っているようだ。
「……姉さんと、ディー・シェルメントの関係についてです」
……そうだった。
あの噂について訂正するのを忘れていた。
タリスも耳にしてしまったのかもしれない。どうしよう。
思わず下を向いてしまった。
「……前も言ったとおり、一緒に魔術の勉強や研究をしてきたうちの一人だけど」
私のその答えに、タリスは納得しないように言う。
「姉さんは、そのつもりなんですね?」
「つもりも何も、他に答えようがないわ」
三人で魔術研究棟に籠ってしまうから、周りから妙な勘違いをされてしまうのだろう。
シャニア姫の予知がなくても、私たちはきっと一緒にいた。
……でも。あの予知された危機を越えたその後は、どうするだろう。
もう一緒に行動する必要がないと判断して、それぞれ決めた道を進んで会わなくなったりするのだろうか。
考えてみたけど、想像がつかない。
協力し合うのが当たり前になっているから。
タリスはしばらく黙っていた。そして、低く呟く。
「……その割には、……」
後半は聞き取れない。
「何?」
「いえ、何でもありません」
何故か不機嫌になってしまった。
私だけ一方的に質問をぶつけられるのも納得がいかないので、こちらからも聞くことにする。
「タリスこそ、この歳になれば婚約話の一つや二つは持ち込まれているはずだけど、お相手との話は何かないの?」
私の質問に、タリスは急にむせた。
「……そ、それは」
「この学院でタリスと仲の良い相手との話も、興味があるわ」
友人の話でもいい。学舎内では一人で行動している気がするし。
呼吸を整え、タリスは静かに答える。
「今のこの国は、王族の数が多いでしょう? そのため、貴族が数を減らそうが国の在り方には影響しません。家督存続のために貴族が無理をする必要はないんです。今はもう、政略的な婚姻について真剣に考える人はいないと思います」
……そうだった。
数代前にロロノミア家の分家が増えて以後、この国の貴族は王族に対して政略婚を仕掛けることが禁じられてしまった。
そして、その流れで貴族間の縁組みについても必死になる人は減ってしまったようだ。
ただ、任された領地の管理をサボると、ロロノミア家の現当主から厳しい言葉が届いたりする。場合によっては爵位を剥奪されてしまうから、仕事だけはきちんとしないといけない。
その話は、この学院で働くようになってから知った。
それでも一部の生徒たちは、婚約したい相手がいるとかいないとか話していたから、まだ政略結婚は存在するのだと思っていた。
タリスは呆れたように言う。
「姉さんは言うことが古くさいですね。魔術師は浮き世離れしすぎていて、心配になります」
「……ふ、ふるくさい……」
そんな……上流階級の貴族間での認識はそうなの……?
ああ、でも。無理に婚姻相手を決める必要が無いというなら。タリスとノイアちゃんがこれから仲を深めても、何も問題ない。ノイアちゃんはタリスのことをどう思っているだろう。
タリスは軽く怒ったように続ける。
「もし国全体で政略婚に乗り気な時代だったなら、姉さんはとっくに実家に帰らされていますよ。そうですね、お相手は、ロロノミア家の次期当主あたりとして」
「それは止めて」
恐ろしすぎる。想定ですら聞きたくなかった。
あの経済の鬼みたいな執政者の相手なんて、ストレスで死んでしまう。
ノイアちゃんの頭脳なら耐えられるかもしれないけど。私ではフェンが処理する情報量に対応するのは無理だろう。
あの家の人たちは、無能な者は婚姻相手として不要、と言い切りそうな厳しさがある。
そんなフェンに婚約者がいないのは、第一王子のお妃候補の敗者復活戦みたいな位置付けをされてしまっているからとの噂だ。
未婚の王族女性はシャニア姫を入れて五人。そのうち四人は第一王子の正妻の座を狙っていて、その椅子取りゲームに負けた三人は、次にフェンの結婚相手の座を狙うことになるのだとか。
そんなところに割り込もうとする勇者なんていないのでは。
フェンがノイアちゃんの頭脳を気に入って引き抜かない限り、その決まりは覆らない。
タリスは私に言うだけ言って気が済んだのか、立ち上がる。
「とにかく、姉さんは実家への手紙だけはお願いしますね」
「……分かったわ……」
何だか負けた気分だ。
タリスが去ってから、ノイアちゃんについてどう思っているのか聞き忘れたことに気づく。
ノイアちゃんなら義妹になっても安心できそうなんだけどな……。他の子というか、貴族のお嬢様だと身内に魔術師がいては嫌がるかもしれない。私は家から縁を切られても困らないけど、お父様にそのつもりがないなら、タリスが婚姻相手を決めた時に私の話も相手に行くだろう。そのときにしがらみができては良くない。
あと。タリスとの会話で、私には話術も情報も足りないと理解できたので、どうにかしないと。
あれこれ考え込みながら魔術研究棟に戻ったら、私の表情を見たヴェルに心配されてしまった。
「もしかして、弟とケンカした?」
「そんな大げさなものではなかったけど……考えが古くさいって言われたわ」
つい恨みがましく答えてしまった。
「それは……」
「いいの。私も、魔術のことばかり考えすぎて、情報の取り入れ方が偏っているのは理解しているから」
ああも はっきりと言われてしまうと、反論できない。
むすっとした私に、ヴェルがなだめるように言う。
「じゃあ、今度の休みは魔術研究以外に何かしようか?」
「何かって?」
「それについては……これから考えるとして」
困ったように言うので、思わず吹き出してしまった。
ヴェルも、魔術と戦闘以外については詳しくない。私と似たようなものだ。
「そうね。何をするか、三人で考えてみたい」
言ってから、テトラの姿が見えないことに気づいた。
「テトラは?」
「ああ、テトラなら、拗ねて工房で鍛鉄してる」
「何かあったの?」
「ロロノミアの人が来たから、試作した道具を提出したんだ。そのときの説明で、僕らは海まで行かせてもらえないって聞いたから」
始祖王の魔術破りを実行するのは、他の魔術師に任せてしまうのか。
テトラは海が見たいと言っていたから、期待が外れたのだろう。
「それなら、長期休暇に海へ遊びに行く計画でも立ててみる?」
私の提案に、奥からテトラがすっ飛んできた。
「行く! 海、行く!」
……妙にタイミングがいいんだけど、もしかして、私たちの会話に聞き耳でも立てていたんだろうか。
そこは気にしないことにして、三人でこれからの予定を立てることにした。
テトラが思い出したように言う。
「そういえば、ノイアさんから伝言があったんだ」
「伝言?」
「金環蝕の術がどんなものか掴めてきたから、そろそろ実行してみたいって」




