ようやく揃った主要キャラ
倉庫を寝床にするのもそう悪くない、なんて考え一日を終える準備をしていた最中。
私達 魔術師は学院の警備責任者に呼び出された。
トレマイドが学院内へ呼び込もうとしていた存在を、ようやく確保したのだという。
けれど、捕まった相手を確認して驚いた。
褐色の肌に黒い髪。そして、金の瞳を持つ人間は限られている。
隣国の王子が侵入者として捕まるなんて……。
言葉を出せずにいる私たちに構わず、フェンはいつものように淡々と指示を出す。
「彼に施された精神操作の術を、解いてほしい」
どうやら、トレマイドは私の部屋を焼き尽くしただけでなく、学院の一部の出入り口も破壊していたらしい。けど、その報告は私たちには来なかった。
侵入者をおびき寄せるために、フェン達が情報を伏せていたのだ。
私は生徒達の精神操作を防ぐための対策を練っていたけど、トレマイドが既に誰かから操られている可能性については失念していた。
私がトレマイドと会った段階で、そこに気づいておけば良かったのに。
でも、その段階でトレマイドを精神操作から解放していては、ナクシャ王子が学院に侵入するのは難しかったのだろう。
衰弱した状態でナクシャ王子は保護された。
そして、彼は何故かイライザさんの側から離れることを嫌がった。
イライザさんがどこでナクシャ王子と知り合ったのかは分からないけど、二人の関係がナクシャ王子を救うことになったようだ。
月蝕の術が扱えるよう処置を施されたナクシャ王子は、アーノルド王子の暗殺を指示されていたらしい。
けれど、彼はイライザさんとの再会を優先した。
自我が曖昧になっていたため、彼女の護衛であるガーティさんのことは排除しようとしてしまったのだとか。
月蝕の術が使用可能になったとはいえ、魔術の扱いになれていないであろうナクシャ王子に、始祖王と同等の力を持つアーノルド王子を暗殺するのは不可能なことだ。
ナクシャ王子を学院に送り込んだ相手も、そこは分かっているだろう。無理だと承知してわざとこの学院に送り込んだのは、ジャータカ王国の立場を悪くするため。
ナクシャ王子がもしアーノルド王子と対面を果たしていたら、確実に返り討ちにされる。アーノルド王子は彼を嫌っているため、殺意を向けられたなら容赦しないだろう。
そうなってしまえばジャータカ王国は後継ぎを失い、王国としての体裁を保つのが困難になるところだった。
けれど、ナクシャ王子は指示に従わなかった。
その結果、ジャータカ王が誰かに騙されて正常な判断ができていないと証明してしまっただけになる。
北の国では、魔力の無い人間に魔術を使わせる手段があるらしい。でもそれは、魔術を扱える人間の命を奪う必要があるんだとか。
月蝕の術を使える人間は、ヴェルしか生き残っていない。
ということは、ナクシャ王子に魔術を扱わせるために犠牲になったのは、過去に行方不明になった人ということだ。
話を聞かされてからずっと、ヴェルは暗い顔をしている。
「あの街の住人の中で、死体すら見つからなかった人はいた。僕の父さんも。……まさか、他の国に連れて行かれていたなんて」
死ぬ前に連れ去られたのか、死んでから運ばれたのかは分からない。どちらにしても、死者への冒涜ということには変わりがなかった。
フェン達王族は話し合いの結果、ナクシャ王子を『過去に交わした約定通り、留学生として受け入れる』らしい。
暗殺者など、この学院には来なかった。そういうことにしてしまう。
そうすれば、ジャータカ王国の立場を悪くしたい人間の目論見は外れてしまうから。
ナクシャ王子を亡き者にして、更にジャータカ王国とこの国を争わせれば、第三国には都合がいい。けれど実際は、そんな第三国なんていない。
南の国や北の国に対して疑心暗鬼になるように仕向けたい人間がいるのだ。
そこはこの国の王族達だって見抜いている。
南の国は文化も魔術研究も成熟しているし、この国と関わるだけあちらが損をするようなものだから、ちょっかいはかけてこない。
北の国だって、妖精王による統治時代から人の統治に変わる今まで、安定しているはず。国を荒らしているのは魔術師集団と暗殺者集団で、それさえなければ人々は生活には困らない。
国家間で争う必要なんてないのだ。
それなのに、国家間の情報交換を妨害して、関係を分断する工作が昔から行われている。これ以上は、それを許すわけにはいかない。
「面倒くさい、帰りたい」
テトラがぐったりして言う。
気持ちはとても分かる。そして、それに返事こそしないけど、ヴェルも似たような感想を抱いているように見えた。
でも、シャニア姫の予知を思い出す。
この国を更地にしないためには、私たちが逃げてはいけない。
ぼやくテトラをなだめるように言う。
「やるべき細かいことはお偉いさん達が決めてくれるだろうから、それまで私達は息抜きさせてもらってもいいんじゃない?」
ただの現実逃避とも言えるけど。
心を落ち着かせるための余裕は必要だ。
あれこれあって忘れていたけど、三人揃っているうちに確認しなくては。
「前に調査研究の旅でどこへ行きたいか話したとき、ヴェルは私とテトラの意見を聞いているだけだったけど、ヴェルの行きたい所はどこなの?」
私の問いかけに、ヴェルは間を置いてから答えた。
「僕の行ってみたい場所は伝承でしか聞いたことがないから、実在するかどうかは分からないんだ」
「どんな場所?」
「始祖王の伝承の終わり。世界の裏側」
それについては、この前ヴェルから借りて読んだ本に載っていた。
人より長い寿命を持つはずの妖精姫にも先立たれた始祖王アストロジアは、後のことを子孫に任せて、世界の裏側へ隠れてしまった。
隠れるというのが死を迎えたという隠語なのか、それとも表舞台へ出なくなったという意味なのかは分からないけれど。
世界の裏側というのは、星の反対側に当たる場所のことだろう。
ただ、この国では世界が球体だという認識があるかどうかは怪しかった。
キラナヴェーダの二作目になって、ようやく空を飛ぶ乗り物を作って世界中を移動することができたけど。それまでの間に、この世界の人は自分の暮らす土地が球体だと気付くだろうか。この世界も惑星の一つなのだと。
「ヴェルは、世界の裏側ってどんな所だと思う?」
「分からない。情報が足りないから。もしかしたら、死後の世界の話じゃないかとも解釈できるし。実在が証明されるまで、行くわけにはいかないと思って」
それであのとき、私達の話を聞いているだけだったのか。
テトラが言う。
「王族なら始祖王の伝承、もっと詳しいんじゃないの?」
「かもしれない」
「ならさー、何かうまく情報もらえるようになんないかな」
その言葉に、ヴェルは苦笑する。
「そうなると、ここでの仕事を投げ出すわけにはいかないね」
「……ああー、そうか……そうだなー……」
興味を引かれることはとても多い。でも、私達が優先すべきは、生き残る手段を探すこと。
冒険や探求にかまけていられないくらい、この国は先行きが見えなかった。
安定しない世界を旅すると、キラナヴェーダの主人公君のように、国を揺るがす事件に巻き込まれてしまう。望んでもいないのに、勇者役を押し付けられるのだ。ただ辿り着きたい場所があっただけなのに。
RPGの世界はワザと破綻が存在しているものだ。そうでなければ、ヒーローやヒロインが活躍できないから。
最近になって、その破綻がこの国にも投げ出されていたことに気づいた。
私達がこの国で開拓の一端に協力した形になったのは、この国がずっと黒幕から発展を阻害されてきたから。何事もなく順調に国が成長していったのであれば、私達はもっと高度文明の中にいる。そのくらい、始祖王の伝承が始まってから今までの時間は長く流れ過ぎていた。
事件に巻き込まれることなく旅に出たいのであれば。
さっさとキラナヴェーダの黒幕を殴らないといけない。あいつは自分の子供二人すら魔術実験に使うような人間だ。今ならまだ、あの子たちも無事でいるかも。
北の国とこの国の行き来が楽になる手段はないだろうか。ジャータカ王国を経由するせいで妨害が入りやすくなるのだから。
でも、キラナヴェーダ2のあの空を飛ぶ乗り物を作るには、動力源も魔術知識もない。
利用可能な魔力上限が決まっていては、研究もできなかった。
ヴェルが授業に出かけテトラも見回りに出たところで、またエルドル教授からの手紙が届く。
この前の話の続きだ。
教授の行動が禁じられる条件について聞いておきたかった。
手紙を読もうとしたところで、魔術研究棟に知らない人が訪れた。学院の部外者のようだ。
妙にかしこまった成人女性で、私を見るなり深々と礼をする。
「初めてまして、公爵令嬢ゲルダリア様。私、仕立屋のレームニルと申します」
「……人違いです」
思わずそう言ってしまった私に、その人は落ち着き払って言う。
「ソーレント公爵様からの依頼で、貴方の採寸に参りました。正装を仕立てたいとのことです」
唐突にも程がある。
手紙のやり取りすらしていないのに。
まさか、お父様はタリス経由で話を通しているつもりなんだろうか?
「初耳ですし、お断りします」
何を考えて、長年会わずにいる娘の正装を用意する気になったの……。
それを着て家に戻れと言うつもりだろうか。そうなら断固拒否である。
私の言葉を無視するように、自称仕立屋は巻き尺を取り出して構えた。
「お時間は取らせませんから、どうかあの哀れな公爵様の自己満足にお付き合いくださいませ」
哀れとまで言った……。はたから見て、あの公爵様は娘に会えなくて可哀想な人という扱いなんだろうか。
妙に圧が凄い。この人はただの仕立屋さんではないようだ。
じりじり後退する私に構わず、彼女は迫るようにして手早く採寸を済ませてしまう。怖い。
この前テトラが私から逃げた気分が理解できてしまった。
私の身長と胸のサイズを確認して、残念そうな顔をするのはやめて欲しい。私だってもうちょっと身長が欲しかったんだから。
「これで、依頼の品を週末までに作り上げますので」
「受け取り拒否はできませんか」
「構いませんが、そうされるとこちらは職をなくして路頭に迷ってしまいます」
「……」
そんなことを言うのは卑怯だ……いや、悪いのは身内の公爵様なんだけども……。
本当に仕立屋さんなのか分からない女の人は、来た時と同様にぱっと帰ってしまった。幻覚でも見たのかという心境だ。
いいや、忘れよう。
さっきの出来事はなかったことにして、今度こそ教授から届いた手紙を読む。
前回の手紙を受け取った後、私は再度質問を送った。
『国家的な危機の最中でエルドル教授の行動が禁じられるいうのは、どういった状況なのでしょうか』
その答えは。
『私は、始祖王から彼の子孫の行動を妨げることは禁じられています。国難がアストロジア家によるものであれば、それは私には介入できません』
……始祖王から?
アストロジア家による国難?
キラナヴェーダの二作目でこの国が更地になっていた理由は、てっきり北の国と戦争にでもなった結果かと思っていた。あの国にいる黒幕が、魔術兵器の実験としてこの国を犠牲にしたのだとばかり。
もし違うのであれば。
……この国の王族は、北の国の王族よりも先に操り人形にされていた?
ゲームの世界のこの国は、私とテトラが魔術師として存在しなかったから、魔術研究も半端にしか進まなかったのかもしれない。その場合、エルドル教授は魔獣退治に追われて、精神操作を防ぐ魔術の研究が間に合わない。
アーノルド王子が自我を奪われ周りに被害を及ぼす日が来てしまったなら。
解決の役割を負わされるのは、
「……何があったの、ゲルダリア。そんなに落ち込んで」
いつの間にか時間が過ぎていたようで、手紙をきつく握って俯く私に、 彼は声をかける。
「ヴェルヴェディノ。私は……」
思わず手を伸ばして、彼の腕を掴む。
どうして気付くのが遅くなってしまったのか。
この世界の在り方次第では、ヴェルヴェディノの立場はとても救いがない。
国ごと滅んでしまえば他の皆にも同じことが言えるけど、それでも。
今は私が側にいる。一人で矢面に立たせたりはしない。




