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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
51/155

幕間11/再会は望まぬ形で果たされる

 まだ四月が終わる前だというのに、アーノルド王子が学院から一時的に離れるという。

 隠しキャラであるラスターが登場するのは六月なのに。

 全キャラ攻略後の隠しルートでは、主人公は学院が始まって二ヶ月の間にフェンとイデオンの友好値を上げないといけない。その二人と仲良くならずにいては、暗殺者に狙われるフェンを救おうと思えないからだ。

 少なくともゲーム上はそういった仕様だった。

 だというのに、この段階でラスターによる暗殺イベントが発生するかのような展開が起きている。

 挙げ句、学院から離れるのは、アーノルド王子だけでなく、イデオンとディーもらしい。

 そんな……。フェンの護衛はどうするというのか。

 ノイア一人で対処させるなんて、無理がある。

 なら、私が協力するしかない。ガーティがいてくれるのであれば、魔術的な問題もどうにかなる。

 そう思って、ガーティと二人であちこちを警戒して、鐘が壊されているのを見つけてしまった。

 本来は出入り口が魔術的に封鎖され、外との連絡が取れなくなる展開なのに。

 ノイアが一人で宿舎に戻ってくるので、私はその後、ずっとノイアのそばにいた。こっそり武器を談話室の隅に隠して、ノイアがいつ外に出てもいいように備えておいたのだ。


 けれど、やって来たのはラスターではなく。

 その侵入者と決闘したのはゲルダ先生だという。


 どうしてこうも、展開がずれてしまっているのか。

 私はてっきり、ノイアがフェンの好感度を超速で上げてしまったからイベント発生が早まったのだと思っていた。ノイアはフェンやシャニアと会話する機会が多いと言っていたから。

 こんな展開になってしまったのなら、ラスターはどこへ行ったのだろう。ナクシャ王子と同じように、この学院に来ることはないのだろうか。

 この学院には、ガーティのように本来は乙女ゲームにいなかった人物も混ざってしまった。私が彼女についてくるよう頼んだから。

 珊瑚の姫であったジェリカさんも、今月からここで働いているという。学院の中で声をかけられたときは驚いた。

 本来はいないはずの人が学院に増えた以上、ゲームと同じように進行しないかもしれない。私は余計なことをしてしまったのだろうか。

 これから何が起きるのか、もう予測できない。




 会う機会をずるずる逃してしまっていたけど。ゲルダ先生は何者なんだろう。

 ゲルダ先生と、中学生男子みたいな魔術師。あの二人とも、ちゃんと話をしておけば良かった。

 モブと言い切るには無理のある人たちを無視しては、この学院で起きる事件への対処は難しいだろうから。

 ちょうど放課後だし、今から会いに行こうか。

 そう思って魔術研究棟へ向かうところで、ノイアがタリスと会話しているのを見つけた。

 タリスの表情は暗い。

「……噂は噂だと、分かっています。ただ、それを面白がる人間とは、どうしても相容れないのです」

 そう話すタリスと、神妙な顔でそれを聞くノイア。

 何があったのだろう。でも、私はタリスとは知り合いではないから、話に割り込むわけにはいかない。

 距離をおいて通りすぎようとしたところで、タリスが続ける。

「姉さんは、僕達が家族であることは伏せた方が僕のためになると言いました。そこまで気にする必要はないと思っていたのですが。僕が甘かったようです。想像以上に、魔術師への偏見は酷いものでした……」

 それだけ言って、項垂れてしまった。

 そして、私の姿に気付いたノイアから声をかけられた。

「あっ、イライザさん、ちょうどいいところに!」

 対処に困ったような顔。

 私が話に混ざっていいんだろうか。しかし、呼ばれしまった以上は放っておけない。

「……一体何があったのですか?」


 ノイアの説明によると、学院内で飛び交う真偽不明な噂が多すぎて、タリスは事実かどうかの検証に疲れてしまったのだという。

 学院での生活は社交の延長でもあるため、タリスは品のない噂話をする同級生を無碍にできず、聞きたくもない話に付き合わされる羽目になっているのだとか。

「噂の対象が僕であれば、自分で直接抗議します。事実にせよそうでないにせよ。しかし、姉さんが噂されていることに僕が介入しては姉さんの迷惑になりかねない。そして、姉さんに対して酷い噂があると本人へ伝えてしまうのも、違う。姉さんがその噂に自分で気付いて対処しなくては意味がない。その間、僕は、聞きたくもない話をやんわり避けていくしかありません」

 タリスは何故か、初対面の私にまでそんな話をしてしまう。

 それだけその噂話に精神を弱らされているのだろう。

 そこまでは理解できたけれど。

「噂話の対象であるという貴方のお姉さんは、この学院にいるのですか?」

 薄々そうではないかと思っていたことを、タリスは私にも明かしてしまう。

「はい。魔術師ゲルダは、僕の姉です」



 タリスの姉のゲルダリアは、当初は何も知らないゲームユーザーから散々な評価を受けていた。

 それはそうだ。タリスの攻略を投げ出したくなるほどの振る舞いだったのだから。

 実はあの子の極度なブラコンには理由があったのに、判明する前に投げ出した人は多い。

 けれど、最後までゲームをクリアして、タリスとゲルダリアを苦しめた原因を知ったファンはこの姉弟を哀れんだ。もっと早い段階で救えなかったのかと。

 だから私は、あの二人を妖魔に遭わせずに済ませたかった。

 ゲームとは違い、このタリスは、幼いうちから姉と離れて過ごしたのだという。

 だったら、なおさら危なかった。姉がいなければ、タリスはその場で妖魔に取り殺されている。

 私の行動は無駄ではなかったけれど、ゲルダリアが魔術師になっていたのは予想外だった。ゲームの中のあの子と今のゲルダ先生とで体格差が出ているのは、食生活が違ったせいだろうか。

 ……ゲルダ先生がタリスの姉のゲルダリアであるなら。現状、タリスの大事な姉は、タリスが苦手とするディーの側にいるということになる。精神的な負担にはそこも含まれるのだろう。

 私としては、ありきたりなアドバイスしかできない。

「貴方が品のない噂を拒みたいと思うのは、当然のことです。不確かな情報を持ち込むような相手は、商談相手たり得ません。学院で過ごす今のうちから未来の取り引き相手を選んで、不誠実な相手は敬遠してもかまわないでしょう?」

 その辺り、タリスにはまだうまく処理できないのだろう。

 きっと、付け入ろうとする面倒な相手にも絡まれている。

 私の言葉がなくとも分かっていることだろうけど、背中を押す相手が必要かもしれないから言っておく。タリスは上流貴族だからこそ、縁を結ぶ相手は選んでいい。貴族間のコネ作りも、マナーの悪い奴は切り捨ててしまった方が楽だ。

 不埒な人間は監視下に置いた方が安全という考えもあるけれど、そういう調整はもっと鋼メンタルになってからにした方がいい。

 タリスは静かに瞬きを繰り返す。数度息を吐いて、それから弱々しく言った。

「……はい。僕は未熟ですね。先輩方に心配をかけてしまうようでは」

 その言葉に、ノイアが言う。

「タリスさんは庶民の私と違って交友関係が広いのですから、負担は大きいはずです。聞かなくても良いことで、無理をしないでください」

 タリスはうなずいて、顔を上げる。

「先輩達と話をして、気が楽になりました。これからは、妙な話を持ち込む相手とは距離を置くよう心がけます」

「……タリスさん、ゲルダ先生とはお話していかないんですか?」

 ノイアの問いかけに、タリスは首を横に振った。

「それは、またの機会にします。今のままでは姉さんとうまく会話できそうにありませんし、もう日も暮れてしまいますから」

 私もゲルダ先生と話がしたかったけれど、タリスの話を聞くうちに時間がなくなっている。三人で宿舎まで戻ることにした。




 タリスの姉が魔術師として講師をやっていて、侵入者の相手もしてしまった。

 結局、あの子は弟と離れても、誰かの代わりに無茶をしてしまう性格のままらしい。

 あの子が魔術師として戦えるのであれば、私が心配する必要はないかもしれないけど……。前に会話した感じだと、妖魔の弱点を知らない可能性が高い。

 このままでは、ノイアとあの子、どちらも危ないんじゃないだろうか。

 ガーティが集めてきた情報によると、この前の侵入者はまだ学院の中で拘束されたままらしい。フェンは、あの侵入者が呼び込む予定だった相手を、敢えて学院に迎え入れるつもりのようだ。

 学院内の一般人に被害を出さない自信があるのかもしれない。アーノルド王子が学院に戻って来た今であれば、大抵の危機には対処可能だろう。

 それでも、不安だ。


 今日こそゲルダ先生に会いに行かなくては。

 そう思った朝に、どこかから戻ってきたガーティが言う。

「お嬢様。昨夜、あの侵入者が脱走し、一騒動あったそうですよ」

「……え? ちゃんと拘束できていなかったの?」

「恐らく、この国の人は北の国の人間に、妖精の血を引く者がいるのを知らないのでしょうね。彼らは、通常の人間よりも怪我の回復が早い。体に傷を入れる手段で拘束魔術をかけているのであれば、すぐに無効化されてしまいます」

「傷をつけての拘束なんてやっているのね……」

 悪人には情け容赦無用ということか。でも回復されては意味がない。

「人に被害は出なかったようですが、狙われたのはあのゲルダ先生だそうです。捕縛された逆恨みというところでしょうか」

「……そんな」

 ゲーム中と立場が変わっても面倒ごとに巻き込まれる状態であるなら、もし学院に妖魔がやってきたらまずいのでは? あの子はきっと、妖魔に気に入られてしまう。

 そう考えた私に、ガーティは向かい合って言った。

「お嬢様。危険ですから、あの侵入者が学院内にいるうちはゲルダ先生に近づかないでくださいね。何かあっては困ります」

「ガーティ……」

 彼女の優先順位は私を守ることだけど、そこまで過保護にされるわけにはいかないのに。

「兄貴がここに居てくれたなら、私と兄貴のどちらかがお嬢様について、もう一人がお嬢様の案ずる相手を守ることができました。けれど、ここに兄貴は居ませんから」

 私としては、ガーティにだって危険なこととは無縁なままであってほしい。

 そして、私だって自分の身を守れるように鍛えてきたのだから、多少のことで怯えて隠れるわけにはいかない。

 でも、ユークライド・グレアムの仇討ちだって、ガーティが決着をつけた。

 私は、私の役割を果たせているのだろうか。



 事務方から私宛に送られてきた手紙を受け取って、休み時間に読むことにした。

 どうやらグレアム夫妻やドゥードゥと双子姉妹は元気にしているようだ。

 ラフィナとメローナは私に会いたいとごねることがあるらしいけど、それは夏休みまで我慢してもらおう。おてんばなあの二人は、そろそろ猫かぶりにも慣れただろうか。

 一方で、私が情報収集を頼んでいる案件には進展がないようだ。ナクシャ王子は相変わらず表社会へ出てこないまま。

 この学院で危険なことさえ起きないのであれば、私はナクシャ王子を探しに行くことも考えていた。でも、事件が相次いでいる以上、ノイアを放っておくのも心配だ。

 ゲーム内と人間関係が変化している現状、ノイアの行動予測も不可能になってしまった。

 気づくとどこかに行ってしまっている。

 放課後は魔術研究棟でゲルダ先生と魔術研究をしているとのこと。朝と昼はどこでどうしているのやら。

 ボサボサの金髪頭の男子生徒と、ノイアが食堂で会話しているのを見かけたことがある。クラスメイトではなさそうだけど、どういった知り合いなんだろう。

 放課後にノイアを探すも、見つけられない。

 教室にも、魔術研究棟にもいない。

 ひょっとしたら、シャニアとでも会っているのだろうか。王族の利用する通路や庭は、一般の生徒には突き止められない場所にあるから。

 諦めてゲルダ先生に会いに行こうとしたところで、ガーティに捕まった。

 学舎は従者の出入りが禁止されているのに。

「……どうやって他の人に見つからずに行動できているの……?」

 姿をくらます魔術は、この学院全域で無効化されたままのはず。

「魔術が使えずとも、手段はありますから」

 ガーティはそれだけ答え、私のことを引きずるようにして歩く。仕方なく、私は宿舎までついて行く。


 次の日も同じだった。

 ノイアを見つけられない。そして、私が魔術研究棟に向かうと、ガーティに止められる。

 反抗する気にもならずに中庭を歩き、私とガーティの影が伸びていくのをぼんやりと見つめた。

 もう何日も、私は時間を無駄にして過ごしてしまっている。やるせなさは、屋内に入り日が沈んだのを感じて更に加速する。

「ねえガーティ」

「どうなさいました? お嬢様」

「私、このままでは、この学院に来た甲斐がないの」

 私の言葉にガーティは振り返る。私を引きずるのを止め、静かに言う。

「いえ。そんなことはありません。これからきっと、お嬢様は苦労なさいます」

 彼女は真面目な顔で私を見つめる。

「……それは、どういう意味?」

 私の疑問には答えず、ガーティは侍女服の下から二対の短剣を取り出した。

 そして、私の背後に向かって言う。

「どうか、お嬢様に手荒な真似はなさらぬようお願いします」

「……え?」

 一体誰に向けた言葉なのか。

 確認しようと振り返ったところで、影が揺れる。

 風が吹き抜け、ガーティが立っていた場所にナイフが打ち込まれた。

「誰?!」

 私が驚く間にも、ガーティは影からの攻撃を打ち返す。

 日が沈んだ屋内に灯りはない。それでもガーティの姿はどうにか見えているのに、襲撃者だけ目視できない。

 金属音が数度響き、ガーティもナイフを投擲。

 隙をつき私の腕を引いて、ガーティが言う。

「恐らく、あの方は意識が虚ろな状態にあります。辛うじてお嬢様のことだけは覚えている。それでも……」

「何の話? ガーティ」

 私の問いに答える余裕がないようで、ガーティは私の前に立つ。

 そして、誰かの声が聞こえた。

「……イライザ」

 かすれたような、低い声。

 それは、とても聞き覚えのあるもの。

 散々繰り返し聞いた。あのゲームの中で。

 でも、どうして?

「ナクシャ王子……」

 何故 彼が今ここにいて、ガーティと私を襲撃するの?

 私のつぶやきに、影から腕が伸びる。

 ガーティは私に触れさせまいと後退した。

 そこでうめき声が上げる。

 赤い光が朧気に現れて、じわじわと人の形を成していく。

 光が収束した後、ナクシャ王子は苦しみながら床に倒れた。

「王子!」

 ガーティは私が彼へ駆け寄るのを止めなかった。

 膝をついて、王子の手を取る。

 私の手を握り返し、ナクシャ王子は金の瞳で私を見上げる。

「イライザ……貴方に会えて、良かった」

 ナクシャ王子の呼吸と脈は弱っている。

 途方に暮れる私に、ガーティが言う。

「今のは蝕の術です」

「ジャータカ王国の人は魔術が使えないんじゃなかったの?」

「北の魔術師に余計な処置を施され、自我も封じられかけたのだと思われます。けれどこの方は、お嬢様との約束だけは忘れられずにいたのでしょう」

「私との約束?」

 呟いて、思い出す。

 ジャータカ王宮での別れ際。彼は私にこう言った。


『次に自由に動ける機会を得たとき、真っ先に貴方を探しに行こう』



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