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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
ブラコン役 ゲルダリア編
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幕間/ヴェルヴェディノによる回想

 超人というものに出会った。



 僕の生まれた街は、王都防衛の要なのだという。

 ここを突破されてしまっては、王都を守るのが難しくなる。

 だから、この街は高い壁に覆われていて、八方位に騎士を逗留させるための施設がある。

 武器も作り、騎士も輩出する。そういう街で、僕は幼い頃から、剣術と剣の鍛造の両方を修めるように言われてきた。

 この街の長は、王家の始祖から力を与えてもらい、強い武器を生み出してきた者の子孫なんだとか。

 街の長は、孤児を引き取り自分の子と同じように育てていた。

 だから、僕には血のつながらない兄弟が大勢いる。

 兄弟達はみんな、父さんやお爺さんを尊敬して、自分も強い武器を作って戦える人間になりたがった。

 毎日工房や鍛冶場で皆から武器の造り方を習い、一人前の鍛冶師が武器を造るのを手伝うのが日常だ。


 父さんの助けで初めて自分の剣を作った日。

 父さんは僕の作った剣の出来栄えを褒めてくれた。

 この調子なら、いずれ僕の作る剣は父さんを超えるものになると。

 そして、父さんは言う。

「お前は、この街の過去の長が始祖王から譲り受けた力を強く引いている。その力は蝕の力だ」

「しょく?」

「ああ。月を蝕むものだ」

 王族は月の魔術を使う。それに対抗しうるのが僕の月蝕の魔術だという。

 今のアストロジアの第二王子は、歴代の王族の中でも月の魔術が強く、始祖返りと呼ばれるほどだそうだ。

 この街は王族が悪事を働かないかの監視目的の街でもあるから、対抗魔術が使える者が必要で、街の長の家系は月蝕の魔術を使うそう。

 長い年月を越え、増えてしまった王族に合わせて、この街も人口を増やした。

 その街の住人の中でも、僕は月蝕の力が強いのだとか。

 そんな話を聞かされたけど、僕にはそれが重要なことだとは思えなかった。

「今の王様も御三家も、民のために尽くしてくれている。街の皆がそう言っています」

 そう言うと、父さんはうなずいた。

「ああ。王族が民を虐げるのであれば、その力は王族を止めるものになる。だが、今はそうではない。それでも、鍛えて悪いことはない。魔術も武器も、使うモノの心の在り様で変わる。誰に対して使うかが問題なんだ。王族が民の敵でないなら、その力は、民と王族両方の敵に向けることになる」

 そのときの僕には詳しく理解はできなかった。ただ、

「魔獣退治にこの力が役に立つということですか?」

「そうだな。今の所、俺達の作る剣も、始祖様から授かった力も、魔獣を退治することだけに使えばいい」

 父さんがそう言ったから、僕は何も心配しなかった。

 月蝕の力についてはこの街以外じゃ詳しく知らない者も多いから、街から出るときや他の地域のものに話すことは止めるように、とも言った。

 僕はそれに素直にうなずく。

 自分がこの街から出ることがあるなんて、このときは想像がつかなかった。


 その日。

 僕は自分の造った剣を、血のつながらない弟や妹たちに見せた。

 みんな口々に褒めてくれた。

 父さんやお爺さんの教えどおりにやれば、みんなも強い鍛冶師になれるんだよ。そう話をしたところで、異変が起きた。

 僕らの暮らす屋敷の外で、何かが爆発したかのような轟音が響く。

 怯える弟や妹を抱きしめてなだめていると、兄さんが部屋に飛び込んでくる。

「魔獣の集団が、街の壁に体当たりして突破しようとしている! お前達、移動の準備をしろ!」

 元々、仲の悪い隣国から何かがやってくるんじゃないか、という想定や、魔獣が発生したときに備えての訓練は街で行われていた。

 それの通りに、僕は弟や妹に準備をさせる。

 戦えない年齢の子達に厚手の服を着せ、自分は防具と剣を用意する。

 そうして兄さんの誘導で、僕らは町の北西の建物へ移動する。

 そこには、もう前線に立てなくなった老人と、病気であまり動けない人、武器を持てない年齢の子供が大勢いた。

 兄さんは僕に言う。

「戦えるものは全員外に出る。だけど、それだけじゃここの皆を守る者がいなくなってしまう。だから、ヴェルヴェディノ。お前はここにいてくれ」

「……分かったよ。兄さんも、みんなも、気を付けて」

「ああ」

 そんなやりとりを最後に、この街の剣士と魔術師は全員いなくなってしまった。僕以外は。



 獣の吼える声と、家屋が破壊される音。耳障りで、恐怖を与えるそれが一日止まない。

 街の皆は苦戦しているらしい。けど、僕は任された場所から離れるわけにはいかない。

 とじこもった建物の外で、一体何が起きているのか。分からないまま時間だけが過ぎていく。

 一晩経って、でも誰も戻ってこない。嫌な予感だけがふくらんでしまう。

 僕は皆がご飯をちゃんと食べるのを確認して、それから、敵が来る可能性の高い正面玄関へと向かった。

 自分の装備を確認する。

 防具も忘れていないし、武器もちゃんとある。父さんが褒めてくれた僕の剣。

 それを手に取る。心を落ち着かせるために剣を抜いて、鍛錬のつもりで剣を両手で振りかぶる。

 いざというときに、ちゃんと動けるようにしないと。


 今までの中でも特大の地響きと揺れ。

 何かが、僕らの避難した建物の前にいる。

 そう気付いて、とっさに剣先を正面へと向ける。

 そして。

 扉に、何かが体当たりを始めた。ドスン、ドスンと低く重い音を立てる度に、奥にいる子たちが悲鳴を上げる。

 今のうちにみんなに裏口から逃げてもらって、王都へ助けを求めてもらうべきだろうか。

 でも、裏口から街へ出ても安全なのかどうかが分からない。

 迷ううちに、扉が軋んで限界を迎えた。

 強い力で殴り付けられた扉は、入り口ごと崩壊した。

 そして、瓦礫を蹴散らすようにして四足歩行の毛むくじゃらの魔獣が姿を現す。

 甲高い奇声を上げ、こちらを睨む。

 牛や馬より大きい。

 体に切り傷がついているから、誰かと戦ったんだろう。けど、その相手の姿はない。

「……っ!」

 うろたえるうちに、魔獣の背後から、更に同じ魔獣が姿を現す。

 一匹、二匹、三匹。

 まだ増える。

 数えるのも悲しくなって、頭を振る。


 僕の身長では、剣があってもあの魔獣に届かない。

 近づけば一撃で殴り飛ばされるだけだ。

 けど、剣だけでなく蝕の魔術を使えば、少しだけなら僕でも止められるかもしれない。

 人前で使うなと言われた蝕の魔術。でも、ここにいるのは皆おなじ街の者。

 鍛錬どおりに魔術で剣を強化しながら構えると、魔獣を睨む。

 もしかしたら、他の街から助けがくる可能性がある。そのためにも、時間稼ぎができれば。

 刀身が魔術により紫に染まり、陽炎のように揺らめいた。

 魔術で間合いを伸ばしたところで、相手がこちらに飛びかかる。

 ためらわずに剣を突く。

 剣を覆う蝕の魔術で、魔獣の身が音をたてて焦げ、刀身が胴へと深く食い込む。運よく急所を焼くことができた。

 魔獣は泥でも吐くかのような異臭をまき、そのまま砂のように散っていく。

 とっさに剣を引いて後退した僕に、横から別の魔獣が殴りかかってきた。

 剣でそれを防ぐけど、相手の力が強すぎて、僕は真横に跳ね飛ばされた。

「うっ……」

 今の一撃と蝕の魔術に耐えられず、剣が砕ける。

 床に転がり、慌てて起き上がろうとするけど、肩と足首を痛めて立つ事ができない。

 魔術を使って待ち構えた状態でも、一匹を討つしかできないなんて。

 こんなの。

 どうしろっていうんだ。

 泣きそうになる。

 これではみんなが助からない。

 せっかく兄さんたちが街で一番の安全地帯へ誘導してくれたのに。

 この街は、全滅する。

 そう絶望したところで。

 銀色の光が見えた。


 それは圧倒的と言うよりほかになく。

 突如辺りを包み込んだ銀の光に、魔獣達がなすすべなく溶けていく。

 強力な魔術だ。

 ああこれは。始祖にしか扱えないという伝承の、高位の月の魔術。

 ボンヤリと光を見つめるうちに、やがて静寂が戻る。

 今までの破壊音が嘘のよう。

 動けずにいると、やがて人の声が聞こえた。

「無事か?!」

 鎧を身にまとう人達が、大勢駆け込んでくる。

 あの鎧の紋は、王都の騎士団だ。

 助けに来てくれたらしい。


 これまで息を飲んで声を出すのを我慢していた皆が泣き出す。

 僕らは助かった。

 でも、助けに来てくれたのは王都からの騎士団だ。この街のみんなは……。

 喜んでいいのかわからずにいる僕は、助け起こしてくれた騎士の肩越しに、その姿を見た。

 僕と歳の変わらないであろう、金の髪に赤い瞳の子。

 騎士団と同じ鎧を身に付けた彼は、大人の騎士に囲まれたまま険しい顔でこちらを見ている。

 あれが噂に聞く、始祖返りの王子。

 あの銀の光は彼によるもの。

 あんな強力な魔術は、他の誰にも使えない。

 暴力的な月の力。

 僕の月蝕の魔術が、彼に影響を出すなんてことが、あるものか。

 僕の力では、街を助けられないのに。


 あれだけの力が、僕にはない。

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