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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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備えあっても憂いあり

 テトラの話によると、ヴェルは警備員の宿舎の方で拘束されているらしい。

 抗議に行こうとしたところで、テトラに止められた。

「ディーなら無事だから、大丈夫だよ。それよりゲルダ、自分の部屋を確認してきたほうがいいよ」

「何も残っていないなら、見に行く意味はないでしょう?」

「あー、それは、そうなんだけど」

 テトラは何故か歯切れの悪い言い方をする。

「何かあるの?」

 私の問いかけに、テトラは顔を背ける。

「……本人の希望なんだ。まだ頭が冷えていないから、ゲルダに会うのが気まずいって」

「そんなの、私は気にしないのに」

 私だって、同じ状況に置かれたら、トレマイドのことを許さない。

 無事だったからいいという問題じゃないし。あの部屋には、秘めの庭から借りてきた本もあったし、過去に二人からもらった物も持ってきている。それが全部、焼失したなんて。

 簡単には怒りが収まらない。

 テトラは困ったように言う。

「とにかくさ、ゲルダはこれから生活する部屋の手配、してもらってきてよ。ディーに会うの、それからでもいいでしょ?」

「……そう言われても……」



 テトラに押し切られたのでヴェルに会うのは諦めて、私は学院の管理者に問い合わせることにした。

 直談判だ。

 要するに、相手はフェン・ロロノミア。

 学院長の部屋で書類を読んでいたフェンは、私がやって来たのを見て視線を落とす。

「……君か。昨晩のことは、こちらにも報告されてはいるが……」

 フェンも忙しいのか、機嫌の悪さを隠そうとしない。

「どうしてディー・シェルメントを拘束したんですか?」

「こちらとしては、あの侵入者をまだ生かしておく必要があった。だが、彼はイデオンによる説得に応じなかったと聞いている」

 ……そんなことが。

「あの侵入者を、この学院に置いておく理由は何ですか?」

 前はそこについて教えてもらえなかったけど、流石にこうも迷惑をかけられると、話してもらうまで引く気になれない。

 フェンは私の態度を見てごまかすのを諦めたようで、渋々答えてくれた。

「あの侵入者が学院に呼び込むよう手配していた相手も、一網打尽にするつもりでいた。そのために、まだあれを監獄へ送るわけには行かない」

「その相手がどんな存在か、判明しているんですか?」

「その点については、あの侵入者も知らされていない可能性がある。そこだけは白状しなかったからな」

 トレマイドのことだから、半端な情報しか与えられていないのかもしれない。

 捕まって目的を白状しておきながら、私のことを殺しに来るなんて。

 そんなにも、あの取り引きを蹴ったことが気に入らなかったんだろうか。

 でも、自力で脱出できるのであれば、私に取り引きを持ちかける必要もなかっただろうに。意味が分からない。

 ……アイツの行動に整合性を求めるのは無駄かもしれない。

 その場しのぎで生きていそうだし。

 納得できないまま、フェンとのやりとりを切り上げることにした。

 私も、頭を冷やさないといけない。ヴェルに会うためにも、落ち着かないと。



 事務方に話をすると、講師向けの宿舎に空き部屋はないので、どこかで調整を入れると言われてしまった。部屋が余っていないなら魔術研究棟に寝袋を持ち込んでも構わないし、何なら奥の倉庫を整頓して寝床にするのもいいかもしれない。他の人との相部屋だと、魔術道具を持ち込むわけにはいかないし。

 そんなことを考えながら魔術研究棟に向かうと、ノイアちゃんとアリーシャちゃんが既に居た。

 朝から二人がここに来るなんて珍しい。なんて思っていると、二人は私を見て声を上げた。

「あー! 先生! 無事ですか!」

「昨日、大丈夫でした?!」

 ……え?

「どうしたんですか、二人とも」

「私、金環蝕の属性に変わってから、太陽の魔術を察知できるようになったみたいで、昨日の夜に魔術反応を感じていたんです」

「あたしは、変な魔術の反応が先生達の宿舎の方角からあったって、バジリオから聞きました!」

 それで二人は朝になって様子を見に講師の宿舎へ向かい、私の部屋が無残なことになっているのを見つけてしまったらしい。

「あんなことになっていたから、二人でゲルダ先生が無事なのか心配していたんです。私たち、初対面でしたけど……」

 ノイアちゃんの感じ取った太陽の魔術とは、ヴェルがイデオンの説得に応じなかった際のことだろうか。

 バジリオ君が言う変な魔術というのも気になるけど……。

「心配かけてごめんなさい。私は昨日、自分の部屋に帰らなかったので無事でした」

 そう言うと、二人は安堵の息をつく。

「そうと分かってほっとしました。直接あんなことに巻き込まれたんじゃないんですね」

 ノイアちゃんはそれ以上追求しなかったけど、アリーシャちゃんは私をじっと見て言う。

「じゃあ、先生はどこにいたんですか? まさか、ずっと研究でここに?」

 ……そこは深く追求しないでほしい。

「ソウデス」

 嘘をついておくことにした。

 あのときは伝承の載った本を読みたさに、ヴェルの部屋に押しかけてしまったけど。あまり人に言えることじゃない。

「そんな、ちゃんと休まないと駄目ですよー! そのおかげで助かったにしても!」

「ハイ。気ヲツケマス」

 引きつったように答える私に、ノイアちゃんが言う。

「でも、これから先生はどこで寝泊まりするんです?」

「あたしの部屋に来ますか? 先生」

「持ち込む魔術道具の数が多いので、それでは貴方に迷惑をかけてしまいますから」

 アリーシャちゃんの提案を断ると、彼女は納得したようにうなずいた。

「そうですよね、あたしの部屋でなくても、旦那さんの部屋でもいいですもんね」

 ……。

 その間違った噂、どこまで広がっているの……?

 タリスの耳にだけは入れたくないんだけど。面倒ごとになりそうだから。

 ふとアリーシャちゃんの隣へ視線を移すと、何故だかノイアちゃんがにっこりしていた。何かあったのだろうか。

 訂正しておこうと思ったところで、アリーシャちゃんが私の背後を見て声を上げた。

「あ、話をすればちょうど! では、あたしたちはこれで!」

 それだけ言って、アリーシャちゃんはノイアちゃんの左肩を担ぐようにして猛ダッシュで去っていった。

 ノイアちゃんはバジリオ君と違って物理的に振り回される耐性がないから、無茶しないであげて……。

 そう思いながら振り返ると、ヴェルが戻ってきていた。

 やっと解放されたみたいだ。

 駆け寄って、様子を確認する。

 少し、顔色が悪い。他は問題なさそうだけど……。

「拘束されたって聞いたけど、大丈夫だった?」

「頭を冷やすよう言われただけで、拘束されてはいないよ」

 いつもの落ち着いた声。

「でも、トラングラの言い方だと……」

 フェンだって、ディーを拘束した件について否定しなかったのに。

「うまく説明できなかったから、勘違いしたのかもね。とにかく、僕に問題はないよ。君の方こそ、何もなかった?」

 ……私は、いつも優先してもらっている。

 ヴェルは遠慮しがちだ。自分の都合については話さないし、疲れていても言おうとしない。

 今回だって、トレマイドに狙われたのは私なんだから、私が直接アイツを殴っておくべきだった。……殴るだけで我慢できたかどうかは、怪しいけど。

 余計なこと全部、ヴェルが引き受けてくれているようで悪い。

「私は平気。でも、私だって貴方のことは心配なのに」

「……ゲルダ」

「授業が始まるまでそう時間はないけど、それまでちゃんと休んで。眠れていないんでしょう?」

 私の言葉にヴェルは少し口ごもったけど、ややあってうなずいた。

「分かったよ」


 長椅子で、ヴェルは横になって眠っている。宿舎に戻るより、私が作業しているそばにいた方がいいと言われた。

 軽めの食事でも用意しておこう。すぐに食べられるものと、お茶。

 ヴェルも自分で料理しようとするけど、毎回火加減ができていない。材料を炭にしてしまってテトラを怒らせている。農家の子は食材の扱いに厳しい。

 薄く切った根菜を植物油で揚げて、細かくすりつぶした岩塩をかける。

 この学院は塩と砂糖も質の良い物が届くから、チップス系のおやつも味がいい。

 秘めの庭に戻ったら、もう質の悪い塩を使った料理が食べられないかもしれない。そのくらい、ここでの生活に慣れてしまった。

 贅沢に慣れてしまうと、旅に出たときに困るかもしれない。人里がない地域で食材確保するときにおなかを壊しそうだ。

 あれこれ用意して、遅くなった朝食を済ませた。

 お茶を飲んでぼんやりしていると、鐘が鳴る。私が担当する授業の時間が近づいてきた。

 今日はこの棟での実技はない。

 寝ているヴェルを起こさないように静かに出ようとしたけど、声をかけられた。

「いってらっしゃい、ゲルダ」

「……行ってきます」

 結局、ちゃんと眠れていないようだ。

 体を壊さないといいんだけど。




 三人で用意した物を小箱に詰めて揃え、教卓の上で並べて見せた。

 今日から数日は、生徒達に護符を自作してもらう。

 貴族でも手芸は芸術的教養のうちとして習得する人もいるから、拒否する子は少ないだろう。

 そう思いながら授業に参加している生徒を確認し、思わず二度見した。

 普段は授業に出ていないシャニア姫が、珍しく参加している。

 王族の三人は、学院に入る前からここで習うのと同等の知識を修めているから、授業を受ける必要がない。学院に居るのは、政治的な都合。フェン曰く、不届き者をおびき寄せるための囮としてだとか。

 だから、一般の教室でシャニア姫に会うのはこれが初めてだ。

 彼女は私が驚くのに気づいたようで、ふんわりと微笑んだ。

 こちらには構わずにどうぞ、と言うかのよう。

 とはいえ、驚いているのは私だけでなく、他の生徒達も同じ。

 一人だけ占術師の衣装であることと、振る舞いが周りの生徒達よりも洗練されているため、シャニア姫だけ雰囲気が違う。

 このお姫様に学校机や椅子を使わせるのは、間違いにしか思えない。

 周りにいるのは上流貴族の子達ばかりだから、私語は慎んでいる。それでもシャニア姫のことが気になっているようで、ちらちらと視線がさまよっていた。特に男子。落ち着いて欲しい。そのお姫様の婚約者は暴君王子だから、迂闊な関わりは命取りになるから……。

 私が気にしては授業が進まないので、全員に向けた挨拶だけして、説明を始める。

 各自で好きな材料を使っての作業ということで、生徒達は代わる代わる教卓の上の素材を受け取りに来た。

 事前に告知はしておいたから、それぞれどんなデザインのものを作るか決めているようだ。

 シャニア姫は護符を作る授業について、どうやって知ったんだろう。ノイアちゃんから聞いたんだろうか。それとも本人の予知で把握したのか。

 とにかく、シャニア姫も作る物を決めていたようで、素材を選ぶのが早かった。

 金と銀に橙色の素材を、刺繍糸からビーズ状の宝石まで集め、作業に取りかかる。

 あれはきっと、王族御三家の月、太陽、星、のイメージなのだろう。

 本人のために作っているのか、誰かに贈るために作るのかは分からないけど、作業をするシャニア姫はうれしそうに見えた。元々、対外的に笑顔を絶やさないよう気を遣っている人ではあるけど。

 他の生徒達も作業を楽しんでいたようだ。

 シャニア姫のことを気にした男子生徒が素材を床にばらまいてしまった以外は、何も起きずに授業は終わった。




 放課後に、魔術研究棟の奥の倉庫を片付ける。

 ノイアちゃんとソラリスには悪いけど、今日の二人の魔術研究は中止にしてもらった。

「ねえ、本当にここで寝るの? ゲルダ」

 手伝ってくれるテトラが呆れたように言うけど、他に部屋が空いてないならここを使うしかできない。

「考えたら、魔術研究棟の方が宿舎より安全でしょう? すぐ隣が工房と教室だから、朝の準備も楽でいいと思うわ」

 お風呂まで行くのが遠いけど。困るのはそれぐらい。着替えも寝袋も用意してきた。

「秘めの庭でだって、作業場で寝る魔術師は居なかったのに……」

「そう? 書庫に住んでる人なら居たような気がするけど」

「何それ。怪談の話?」

「怪談?」

 そんなもの、あの施設にあっただろうか。噂話にも怪談にも興味のなさそうな人しかいない場所だったのに。

 片付けの手を止めない私に、テトラは考え込みつつ言う。

「誰かが言い合ってた気がする。書庫に変な人が出るって言う人と、そんなもの見ない、研究のしすぎだから休めって言っている人」

「それは怪談とは言わないでしょう?」

 休まず研究をしすぎたせいでおかしくなっている人がいても、不思議ではなかった。

 納得できないようで、テトラは続ける。

「教授に聞いたら、その人ごとの魔術の性質によって感じ取り方が変わるから、書庫で感覚がずれることがあるかもって。書庫自体に仕掛けがあるって」

「……初耳なんだけど」

「そのせいで、書庫に人が住んでるように見える人がいるかもしれないって、教授が」

 ということは、私が書庫に行くたびに奥で本を抱えたまま寝ている人を目撃していたのは、幻覚だったんだろうか……。

 そうなら確かに怪談めいている。

 思わず手を止めたところで、ヴェルがやってくる。

「片付け、終わった?」

「まだ、もうちょっと。それより聞きたいことがあるんだけど」

「何?」

「秘めの庭の書庫、住み着いている人がいなかった?」

 私のその問いに、ヴェルはあっさりうなずいた。

「ああ、あの人? ときどきミミクルさんに蹴っ飛ばされていたね」

 私とテトラは、顔を見合わせる。 

「……ってことは、幻覚じゃ、ない?」

「でも、教授は嘘つかないよ?」

「二人して、何の話?」


 教授に聞きたいことが増えてしまった。でも、質問する優先順位としては、この前の続きのほうが大事だ。書庫の怪については、秘めの庭に帰ってから調べてみよう。


「書庫の人についてはともかく、本当にゲルダはここで寝るつもり?」

「ヴェルまで。寝袋を使うのはこれが初めてじゃないのに」

 今まであちこちに出かけて野宿だってしたから、雨風がしのげれば平気なのに。

「……いや、君、弟が知ったらどうするのかと思って」

 あ……。

 でも、このぐらいならいいだろう。

 昨日の夜にヴェルの部屋で眠ってしまったことを思えば、まだ問題ないはず。

 それよりも、眠れるときにしっかり眠らないと。

 フェンから聞き出した話を思い出す。トレマイドが呼び込むつもりでいた相手が何者なのか分からないけど、まだ事件は起きるのだろう。

 そのときに、睡眠不足で対処できないようでは困るから。

「片付けと掃除、手伝ってくれてありがとう。二人こそ、ちゃんと休んでね。また夜に呼び出されるかもしれないんだから」

 二人も事件が起きる可能性について聞かされているのか、反論なくうなずいた。

「……そういうことなら、今日はもう休むよ。おやすみゲルダ」

「僕も朝から見回りあるし早く戻ろ。おやすみ、ゲルダ」

「おやすみなさい」


 そういえば、何か忘れていることがあったような……?

 考えたけど、思い出せない。命に関わることではないなら、今はそっとしておてもいいか。  

 次は時間が数日ほど巻き戻って、ノイアちゃんが裏で何をしていたかの単発話になります。

 それからまたイライザさんの視点により、やっと幕間7のその後に至ります。


 キャラが増え、小説の真横にキャラ相関図を置いて読み比べないと、訳が分からなくなっていそうですが。画面を縦に分割しての情報表示、できないんですよね……。

 何か良い手はないでしょうか。

 

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