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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
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幕間9/変幻師の戦慄

 死にたくなかったら殺せ。

 物心付いた段階で、俺はその文言がまかり通る環境下にいた。

 暗殺者や魔術師なんてそんなもんだ。

 感情を吐き出している間に死ぬ。

 恨み言を口にする間に肉塊へ変わる。

 嫉妬は役に立たない。

 それは分かってる。

 こう生まれついた以上、他人との比較は全部無駄。

 それでも、納得できねえ。

 暗殺組織の頭を張ってる奴らが、その納得のいかなさを利用してるってのも知ってる。連中は基本的に頭がおかしい。最初から、人間性なんて持ち合わせてねえ。愉快犯ってやつだ。そいつらが、雑魚のどす黒い感情を利用して、死体を増やす。

 その中でもたちが悪いのは、正義ぶりたがるやつ。

 偽善ってもんじゃ済まない。死者の数が多ければ大義名分を得て英雄ぶれるっつー皮肉を、自分から喜んで体現しにいくような奴ら。俺みたいなのは、最初からああいった狂人の配下で生きるしかなかった。

 クソとしか言いようがねえ。

 金持ちが憎い、真っ当な人生を歩めた奴が妬ましい、なんて言おうものなら、とことん嘲られ利用される。

 そこから抜け出すには、寝返り以外になかった。

 国家権力なんてクソだ。貴族も王族も、連中から皆殺しにされようが、どうだっていい。

 そう思うと同時に。あの狂人共からまだ滅ぼされていないんなら、あいつらには対抗手段があるんじゃないか。そう期待してもいた。

 他人をゴミと見て踏みにじる連中と、正論でそれを弾圧する奴。どっちもクソ。だが。俺が生きるには、どっち側につくのが得策か。

 そこを見極められねえなら、終わっちまう。



 俺は先祖が妖精の血を引いていて頑丈な体質のため、簡単には死ねない。拷問趣味の連中に捕まったら地獄を見るだけ。だから、ジャータカ王国まで必死になって逃げた。

 そこで俺は雑魚らしく身分をわきまえてクソみたいな生活に甘んじた。

 そんな中である日、転機ってのがやってくる。

 覇権争いしあう暗殺組織の一角が、崩壊した。

 それはジャータカ王宮を根城にしていた連中だ。調子に乗りすぎて、足下をすくわれたんだろう。

 勢力図が変わる。

 俺の居た組織は、別の組織の台頭で飲まれた。俺には都合がいい。そっちのほうがハクがつくからだ。

 運良く生き残るうちに、ジャータカ王国内の組織はほぼ入れ替わっちまった。北の大陸でも何か起きたのか、気づけば、有名な組織の内にいた。

 生き残れりゃ何だっていいんだ。

 世界を牛耳った気になっている連中の目から、逃れることさえできればいい。

 ……そう思ったのは、甘かったらしい。


「何だ、まだ生きていたのか、トレマイド」


 唐突に、声をかけられた。


「しぶとく生き残るのも才能と言うらしいな?」


 うるせえ。

 てめえら狂人と接触しないためにあちこちを転々としてきたってのに。

 愉快犯ほど記憶力も頭もいいときやがる。不条理の極みってやつだ。

 面白く泣きわめく雑魚だと思われては、終わりだ。捨て駒として放り出され、死ぬ。


「おまえに手柄をやるよ」


 信用できるもんかよ。


「うまくやれば、高みの見物ができる」


 てめえは俺もその策の道具にして観察趣味を満たそうとしてやがるくせに、よくもいけしゃあしゃあと言えたもんだな。


「国家が瓦解する様、見届けたくはないか?」


 んなクソ趣味なんざねえよ。

 背筋の凍るような笑顔で虐殺計画を語る連中は、俺がしくじろうが痛くもかゆくもないだろう。俺の失敗を埋める用意をした上で、こんな提案をする。

 憎たらしいことに、こいつに反抗しても勝てる見込みはないときた。

 従うフリをして、この狂人より強い人間をけしかけて殺し合わせる以外に、逃げ道がねえ。




 計画は失敗した。

 どうせ最初から期待されてねえ以上、死ぬのが早まっただけ。

 こうなりゃ、腹いせに俺の邪魔をした奴だけでも殺す。

 そう思ったのに。それすら しくじるなんざ、焼きが回った。


「アンタみたいな人間は、私が殺さなくても勝手に死ぬんだから」


 正論ほどウゼェもんはねえな。

 ああ、ムカつく奴だ。

 能書きたれるようなのに打ち負かされるのは癪だ。

 だが、あの魔女が今まで生き残ってきたなら、その手段を参考にするのはありか?

 あの魔女を殺してやりたいという苛立ちと、利用したほうが得じゃないかという意識がせめぎ合う。

 俺の名前と異名を知っていたなら、あいつも裏社会で生きてきた人間じゃないか?

 王族なんぞに従うのは、権力欲しさだろう。


 その予想すら外れた。

 俺の持ちかけた取り引きを、あの魔女はくだらないと言わんばかりに一蹴しやがった。そんなにも、自分の立ち位置が真っ当な場所にあると信じているのか? 甘っちょろい考えのまま生き残れる環境だと思っているわけじゃないだろうに。

 苛立ちが収まらねえ。



 数日、飯無く放置されて、意識が軽く遠退いた。こんな程度のことで。

 半分眠るような状態で、あの狂人が俺に何か言っていたのを思い出した。奴は、何を言っていたんだったか。

 『イ……チと……ウ……クを結び……られなく……』

 駄目だ、完全には思い出せねえ。余計なことをされたってのは確実だった。



 学院の警備連中は、俺の背中に魔術封じの焼き印を入れやがった。

 が、あいにく俺は普通の体質をしていない。本来なら魔術無しで治らないような火傷も、ある程度時間が経てば治っちまう。

 拘束用の鎖を溶かし、体を伸ばしながら考える。

 このまま、課された任務を諦めて逃げるか、それとも。

 ……気になって、頭から離れないことがある。

 あの魔女は、権力以外に何を求めて生きてんだ?

 王族のいいなりで生きるのは楽なもんには思えねえ。

 どうせ会ったところで、あの魔女は俺の話を聞きゃしねえだろうが。

 何だったら、捕まえて妖魔の餌って手もあるか。

 確か、あいつらはあの魔女みたいな強気な奴を好むって話だ。



 あの魔女の部屋がどこにあるか、手短に調べた。

 学院で働く連中の宿舎にある、南の部屋。

 魔術で壁をぶち破ってみたが、奴はいなかった。

 どこにいるんだ?

 部屋の中には、本棚と箪笥、寝台だけ。

 早くしないと、俺が脱走したことがばれるだろう。

 追っ手が来る前に、あの魔女を見つけねえと。

 それで。

 ……。

 殺すか、従えるか。

 何でだか、迷っていた。

 ためらえば、死ぬのは俺の方になるってのに。

 ひとまず、居場所を潰してやる。

 部屋にあるものを全部燃やしたところで、我に返る。


 生き残るんなら、こんなことせず南へ向かうのが最善だ。


 ああ、そんなもんは最初から分かってる。何からも目をつけられずに済む土地へ、逃げる。

 それができるんなら、こんなとこには来ねえ。

 この国の連中は、自分たちが滅ぶ可能性について、どこまで考えているのか。気づいているのか。

 ……あの英雄気取りの大量虐殺者に対抗する策があるなら、教えてくれ。

 そう正直に言えたら良かったのか。情報を吐くだけ吐いて寝返るのであれば。

 選択を間違えた。

 そう気づいたところで。


 赤い光が、視界に入る。

 とっさに後退したところで、二撃目。

 影から、熱のない赤い剣が打ち込まれる。

 どういう魔術だ?

 気味の悪い赤。

 回避して、逃げ場を探す。

 だが、金属片が左右から飛んで、動きを制限される。

 操術か……。

 俺を見つけた追っ手は、足音からして一人。

 どうしてこの国の連中は、同時に複数の魔術が扱える?

 俺に与えられてきた情報が、間違っていたのか。

 ……。

 都合良く利用されるだけの立場にいたんだ、そうだろうな。

 一撃目からずっと、首を狙われている。

 こっちは敵が見えてねえのに、向こうはどうやって俺を見つけてんだ?

 夜に蜃気楼は役に立たねえ。高温の炎ほど色が目立つ。

 が、相手の居場所が察知できねえなら、やるしか。

 火球を撃って、相手の居場所を探る。

 そのはずが。

 熱による光は、何かに吸われるようにして消えた。

 何だ?

 何が起きている?

 俺の動揺に気づいたかのように、連続で剣が打ち込まれる。

 避けようとして、両足に痛みが走る。

 刺さった短剣二本が、熱を奪うように俺の魔力を吸う。

 魔術も足も封じられた。逃げられねえ。

 首を、落とされる。


 そう思ったところで閃光が走り、目を焼かれた。

「畜生……!」

 悪態をついていると、第三者の足音が聞こえた。

「そこまでです。捕縛としては、もう充分でしょう」

 目を焼きやがった奴は、そう宣言した。脱走者はもう無力化できていると。

 確かに、俺がこれ以上抵抗しても無駄だ。

 だが、最初に俺を見つけたらしい奴は、納得できないらしい。

「何故生かす必要が? 首を落としてやらないと気が済まない」

「彼は生き餌です。フェン様がそう決めました」

「だけど、こいつはあの子を殺そうとした。絶対に許さない」

「貴方の怒りは正当なものでしょうが。その意見は受諾できかねます」

 俺を無視して会話すんじゃねえよ。

 だが、刺さったままの短剣に魔力を奪われ続け、これ以上立てそうもない。

 倒れた俺に構わず、連中は話を続けた。

「貴方は今まで、その術を伏せていてくれました。それをここで使うと決めたほどの怒りは、理解できます。それでも、それを止めるのがこちらの仕事ですから」

「……君は、自分の大事な相手が殺されかけても、その指示に従うと言うのか」

「騎士とは、そうであれと命じられるものです」

 どっちも引く気配がない。

 俺のことを生き餌と言いながら、限界まで失血するのを放っておくつもりか。

「クソが」

 つぶやくと、俺の足下で金属音が響く。

 感覚で、あの赤い剣を打ち込まれたのだと分かる。熱を奪うあの気味の悪い色が、焼けた視界の裏で点滅するかのように見えた。

 怒りをぶちまけるように、奴が言う。

「次は、ない。これ以上あの子に近づけば、首と胴を切り離すだけじゃ済まない」

 ……あの魔女に、男がいたのか。

 こいつ、何なんだ。

 気味の悪い魔術を使いながら、王族に従うなんて。

 そんな異端じみた力があって、真っ当に生きられるっていうのか。


 思い出した。

 あの不気味な色は、たまに見かけるものだ。

 暗い空に浮かぶ、月蝕の赤。


 冷や汗が噴き出す。

 息が詰まって、むせた。

 金環蝕の魔術よりたちが悪いという、あれじゃないか。

 噂でしか聞いていないあの魔術の使い手が、こんなところにいやがった。

 なら、俺が指示を受けて呼ぶはずのあれは。

 あれも、こいつと同じ。

 あいつがここに来て暴れる予定なら……。

 結局、俺は捨て駒であることから逃げられねえのか。

 ……いや、自分で馬鹿やって、逃げ損なったんだ。

 あの狂人に関わって、特定の何かに執着するもんじゃないと理解していたはずだったのにな。


 どうして俺は、あの魔女と話をしようと思ってしまったのか。


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