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その世界設定には従えない!  作者: 遠野香祥
役割破棄/魔術師ゲルダ編
47/155

休息は束の間のこと

 二人が帰ってきた次の日。

 情報交換を済ませた後、ヴェルとテトラは学院の鐘をどうにか直してくれた。

 三人がかりでも大変な作業で半日が潰れてしまったけど、鐘は元通りよく響く高い音が出るようになった。

 それから、魔術の授業で使う道具を三人で用意する。

 精神操作を防ぐための護符を、生徒たちに自作してもらう予定でいた。

 自作したものであれば、私たちが作って押し付けるよりは大事にしてもらえると判断してのことだ。

 そのための素材をそろえていく。

 色とりどりの布、刺繍糸、ビーズ状の宝石、金属製アクセサリ。それぞれ個人の好みで、勝手な形に組み合わせていい。

 貴族相手に配るから、材料は質の良い物を用意した。どうせ材料費は学院持ちなのだ。生徒の護身の名目で大盤振る舞いしてもらう。

 これで、操り人形にされる人が減るといいんだけど。キラナヴェーダの嫌なイベントの再現は、この学院の中だけでも防ぎたい。

 素材を加工する作業中に、テトラが機嫌悪く言った。

「ねえゲルダ、なんであの剣を引っ張り出してあんな使い方したわけ?」

 トレマイドの術破りの起点に、あの黒い円弧の剣を使ったのが不満らしかった。

「もう必要ないのかと思って」

「確かに使わないけどさ。せっかく忘れてたのに……」

 あの剣を面白がって作った思い出は、テトラにとって黒歴史になっていた模様。

 私としては、あれが放置されていたのはちょうど良かった。ヴェルが実戦で使う剣を持ち出すわけにはいかなかったから。テトラはトレマイド捕獲の間接的な功労者になるけど、本人は納得できていないようだ。



 放課後。学院で働く講師達の集会が行われ、私も出る羽目になった。ヴェルは調査に行っていたので参加しなくてもいいらしい。

 生徒の成績や素行確認が目的のはずの会議は、ほぼ世間話になっている。

 貴族の子を相手に成績や素行不良の指摘なんてできないから、仕方ない。みんな迂闊な発言を告げ口されてクビになっては困るのだろう。

 講師間の確執というのも一部では存在しているらしいけど、私は普段から魔術研究棟にいて他の講師たちとあまり関わらないので、その辺りの面倒さとは無縁でいる。

 私としては問題児を糾弾したことが原因で秘めの庭に帰されてもかまわないけど、ヴェルとテトラをここに置き去りにするわけにはいかない。

 そんなわけで、適当に他の人の話に相槌を打ちつつ当たり障りのないことを言ってやりすごそうとした。

 その途中で。

「ゲルダ先生は旦那さんや息子さんと仲睦まじいようで、羨ましいかぎりですわ」

 いきなりそんな話を振られた。

 ……それは、一体どこのゲルダ先生の話なのか。

 返答に困って愛想笑いをひきつらせていると、皆さんが口々に言う。

「外見もずっと若々しいままで」

「ディー先生も学生達に混ざっても違和感ないですわね」

「円満な家庭と言うのは先生達のことを言うのでしょうね」

 ……?

 何の話なのかまるで見当がつかない……。

 よく分からないまま会議は終わった。

 会議室から出ると、テトラがいる。学院内の見回りを終えて、私を待っていたようだ。

 その姿を見て、老婦人の講師が言う。

「あらあら、噂をすれば、息子さんが」

 それを聞いて、私はようやく皆さんの盛大な勘違いに気付いた。

 どうやら皆さんは、私とヴェルのことを外見が若いだけでそれなりに歳を取った夫婦だと思い込んでいて、テトラのことを私達の子供だと思っているらしい。

 何だってそんな勘違いを……。

 十六歳で講師をやっているとは思われなかったらしい。

 もしかして、一般の人たちは、魔術師名が所属先に合わせて統一されるのを知らないとか? 警備の魔術師たちは王族付きだから、私たちとは違う所属名だ。普通の人はシェルメントと名乗る魔術師と会う機会がないのかも。

 にこやかに去っていく講師陣を見送っても動かない私に、テトラが不思議そうに尋ねる。

「どうしたの、ゲルダ。会議疲れた?」

「……ねえトラングラ。私の発言って古くさかったりする?」

「何、急に。僕が何かやったときに、説教くさいこと言うなぁとは思うけど」

「そう……」

 それが原因かな……。

 ヴェルも子供の頃から達観したようなことを言うし、年相応には見られないのかも。

 考えたら私達三人は、庶民的流行も貴族間流行も全く知らない。

 流行にのれない人間は若者扱いしてもらえないなんて、社会は厳しい……。

 交流不足が原因で、あることないこと言われてしまうのは、どこの世界のどの時代でも同じみたいだ。

 貴族が社交に繰り出し人付き合いに積極的でいるのは、こういった勘違いや悪口を抑える目的もあるのだろうけど。私たちが今更社交的になるのは難しい。どうしようか。



「せっかく王都にいるんだから、たまには市場調査に行こうと思うの」

 私の提案に、ヴェルとテトラは目を丸くする。

「どうしたの、急に」

 薬や武器を作る材料は、申請すれば学院側から提供される。そのため、いつも休みには三人で趣味の作業をしていて、外に出たことがない。

 けど、それではよくない。若者らしいことも、たまにはしておかないと。

 トレマイドの侵入から警備の見直しも終わったし、アーノルド王子が学院に戻ってきて警備が強化されたことで、物と人の出入りが解禁になった。

 週末は日帰りであれば私たちにも外出許可が出る。

「生徒達に護符を作ってもらうためのお手本を用意したいけど、流行に沿わないものだったら興味を無くしてしまうと思って。自分も良い物が作りたいと思ってもらえるように、王都の流行がどんなものか確認しておきたいから」

 私のその言い分に、二人は納得してくれた。

「たまには学院から離れるのも良いね。ずっとここにいると息が詰まるし」

「城下町、何か面白い物あるかな?」

 興味を持ってくれたようで良かった。週末に色々と調べに行って、若者らしいことをしておきたい。

 ……学院の人たちからは若く見えるだけと勘違いされているので、今更私たちが流行に乗っても、年寄りが無理をしていると思われるかもしれないけど……。




 待ちに待った週末が来て、三人で朝から城下町の大通りに並ぶ露店を冷やかして回る。

 首都だけあって、想像したよりも人が多い。物の仕入れ量も多かった。

「第二都市とは雰囲気が全然違うね」

 テトラがあちこちを見回しながら言う。

 昔だったらテトラは急に駆けだして、興味を引く物すべてに近寄ったのだろうけど。もうそんな歳ではないか。いつの間にか私よりも背が高くなっていたし。成長がさみしい。

「昔はジャータカ王国と仲が良かったから、第二都市より王都のほうが国境に近くて、あの国の物が流れてきやすいからね」

 ヴェルの説明にうなずきながら、王城の方角を見た。

 王城の背後の山岳は、人の身では越えられない国境になっている。あの北にある海を越えた先に、世界を動乱に巻き込む黒幕がいる。

 遠いけど直線上にある国だ。海を越える物騒な魔術への対策がヴェルの故郷にあったというけど、いつの時代に作られたものなんだろう。いつの時期から、あの大陸との有事を想定していたのか。帰ったら記録を探してみよう。

 織物が並ぶ露天の前で足を止める。この国の伝統模様である八角形を重ねた柄と、国花である八花弁の白い花が織り込まれた濃い色の生地。そして、それらとは雰囲気が全く違うパステルカラーの生地が並んでいる。

「ここにある生地でトラングラの雨よけの衣を作り直そうと思うんだけど、どの色がいい? 身長が伸びたから前のはもう着られないようだし」

「そういえば、道具袋もボロボロになってなかったっけ、トラングラ」

 私とヴェルが交互に言って、テトラが嫌そうな顔をする。

「何で二人してさあ、買い物のたびに僕の装備の話ばっかりするわけ?」

 と、言われても。

 シャニア姫の占い以後から、二人でテトラの装備を入念に確認する癖がついてしまっている。

 もしかして、私たちが親子だと勘違いされたのは、それも原因だろうか。

 生地の丈夫さや肌触りを確認していると、店の人が説明してくれた。伝統文様は若い人には受けが悪くて、最近は淡い色が人気なのだという。

 そんな……。私はこの伝統文様、気に入っているのに。小物入れとか、本を束ねる帯に使っていた。私が年相応に見られなかったのは、それが原因だったのか。でも魔術師の衣装にパステルカラーを取り入れるのも何か違う気がする。……装飾品であればそんな色合いでもいいかな?

 三人であれこれ話し合いながら、あちこちで買い物をする。

 露天の通りを越えて、食べ物屋が並ぶ通りに向かう。売られている食材や料理は学院に届くものと同じ。開拓が進んで、届く野菜や果物の種類が増えているみたいだ。

 テトラは食べ歩き用の揚げ芋を買ったけど、ヴェルはやっぱり食べ物を買おうとしない。帰るまで何も食べないつもりなのだろう。そこはもう諦めて気づかないふりをする。


 書店で蔵書を確認すると、秘めの庭にあるものより数が少ない。魔術に関する本は、私たちの著作と、エルドル教授が著者であるものくらい。魔術師は大勢いて、記録は多いはずなのに。情報規制に加えて需要がないのだろうか。娯楽的な書籍もあまりない。小説があれば買おうかと思ったのに。

 娯楽向けの書籍は、子供のための童話と、始祖王の伝承に関する本と、吟遊詩人の唄をまとめた本くらい。

 絵画についても、王都なのにあまり見かけない。芸術方面の文化は未開の状態だ。それだけこの国は発展と衰退を繰り返した期間が長く、庶民に余裕がなかったということ。その原因は、きっとキラナヴェーダの黒幕にある。



 気になることを色々見つけてしまったけど、それでも城下町を歩き回ったのは楽しかった。また時間ができたら寄ってみよう。長期休暇で秘めの庭に帰る前とか。

 学院に帰って早速テトラの採寸をしようとしたら、全力で逃げられてしまった。 

「……もう……逃げ足、速いんだから……」

 身体強化の術を使われてしまっては、私には追いつけない。

「術の重ねがけでもする?」

 ヴェルにそんな提案をされ、首を横に振った。

「嫌がられているなら、構わずにおくわ……」

 私の言葉に、ヴェルも苦笑する。

「確かに僕ら、トラングラのことを構い過ぎかもね」

「城下町で息抜きができたなら、それでいいわ」

 私だけでなく、ヴェルとテトラも楽しそうだった。学院に来てから三人で疲れた顔をしていることが多かったけど、今日はヴェルも久しぶりに笑っていた。……最近、あまり笑わなかったから、ほっとした。

「そういえば、書店で気になっていたけど、本はあまり出回っていないのね」

「何か探してた?」

「歴史書を探してみたけど、秘めの庭のほうが種類が多くて。ここでは詳しい物は読めないみたいで残念だわ」

 私の言葉に、ヴェルは思い出したように言う。

「元々、情報の届くところは偏っているからね。僕の故郷では有名だった伝承も、他の地域に行くと知られていないし」

「そんなことがあるの?」

「そう。だから、僕はどうしても故郷にある本を持って帰りたかったんだ」

 どんな内容だろう。

 気になったのが顔に出たのか、ヴェルが言う。  

「君も読んでみる?」

「読んでみたい!」

 つい即答してしまった。

「僕しか読まないんじゃ、もったいないからね」


 というわけで。

 夕飯を済ませ、本を読みにヴェルの部屋まで行くことにした。

 壁にいろいろな種類の武器が吊されている。あとは背の低い本棚があるくらいの、簡素で片付いた部屋だ。 

 ヴェルから分厚い装丁の本を受け取ってあちこち見回してみる。

 かなり読み込まれているのか、あちこちすり切れていて、角がボロボロだ。

 表紙を開いて、目次を見る。活字も古めかしい。何年前に作られた本なんだろう。

 奥付を確認するけど、存在しない。

 読もうとして髪が邪魔になる。手ですくって耳にかけたところで、ヴェルが言った。

「そうだ、髪留め」

「え?」

「二人が香辛料を見ている間に道具を探しに行こうとして、見つけたんだ」

 言いながら、ヴェルは白い花が刺繍された青いリボンを取り出した。

「君の髪を束ねるのにちょうどいいんじゃないかな」

「いいの?」

 これまで、互いの誕生日に物を贈り合ったことは何度かあるけど、それ以外でプレゼントされるのは珍しい。

「せっかく城下町まで行ったのに、君は自分のためには何も買わなかったから」

 ……そんなこと、言われるまで気づかなかった。

 確かに、テトラのための生地と、学院で生徒達が使う道具作りの物しか買っていない。

「……ありがとう」

 なんだか妙に照れくさい。

 私は、ヴェルのために何も用意していないのに。

 受け取ったそれで髪をまとめると、ヴェルは満足そうにうなずいた。


 本を読もうとしたところで、壁に取り付けられていた水晶体が白く発光した。学院の警備を担当している魔術師への連絡道具だ。

「……何があったんだろう」

 ヴェルが立ち上がるので私もついて行こうとしたけど、止められた。

「君はここにいて。全員で宿舎から離れるわけにはいかないし」

「そう? 気をつけてね」

 確かに分散行動していたほうがいいけれど。

 壁に掛けてある剣をつかんで、ヴェルは部屋を出る。そして、魔術で部屋を封じていった。その封じの術は前に三人で話し合って、私たち以外には解除できない仕組みにしたものだ。

 私だけ安全圏にいるのは気が引けるけど、預かった本の内容も気になっている。

 呼ばれるまで読書していても、いいかな。

 そう考えて本を読むことにした。



 勝手に他人の寝台に腰掛けて、本を読み出して数時間ほど経った。

 私に向けた合図や連絡は一行に来ない。

 ヴェルはいつ戻ってくるんだろう。

 本の内容は、始祖王の伝承の中でも私が知らないことだから、読んでいて楽しい。ヴェルは子供の頃にこれを何度も読んでいたのか。

 一般的に知られている始祖王の伝承に加えて、更に詳しい話が載っていた。

 ……キラナヴェーダで見かけた話まで。

 始祖王アストロジアは、民の憂いを晴らすべく旅に出た。そして、隣国の開祖と友になり、二人は北の大陸で妖精姫に出会う。道連れを増やし世界を巡り、大勢の人や人でないモノと出会った始祖王。

 この本には、旅の途中で会った存在の詳細について書かれている。

 空と海の混ざり合う場所で引き上げた碇の話。異界にいる八人の王の話。それらは一般には知られていない。

 そのうちの一部について、キラナヴェーダの中で見かけたことがあった。

 隠しボスの名前が、異界の王の名前と同じだ。

 ラスボスを倒して挑めるようになるあの敵は、この本によると、異界から来ていたらしい。

 そんなところで話がつながっていたなんて。

 あれこれ考えるうちに、眠くなってきた。

 ヴェルはまだ戻ってこない。

 何が起きているのか、分からないまま。

 確認のために外へ出たい。でも、私がここを離れて何か起きても困る。



 気づけば睡魔に負けて、横になっていた。

 窓から差し込む光からして、朝になっている。

 慌てて起きた。どうやら本によだれを垂らしたりはしていない。良かった。

 部屋を見回すけど、ヴェルが戻ってきた様子はない。

 流石にこの部屋に居続けるわけには……。

 本を元の位置に戻したところで、部屋の戸がノックされる。

「ゲルダー、居るの?」

 テトラの声だ。

 急いで術を解いて、戸を開ける。

「あ、ホントに居た……」

 呆れたような口調のテトラに、慌てて聞いた。

「ディーが戻ってこないけど、何があったの?」

 朝の挨拶を忘れて問い詰める私に、テトラは困ったように答える。

「それがさ。ゲルダが捕まえた侵入者が脱走して、ゲルダを狙ったらしくて。ゲルダの部屋、爆散して残ってないんだ。それで、ディーが怒って」

「え?」

「ディーがそいつを殺そうとしたから、騎士に止められて、一緒に拘束されてる」

「どうして?!」

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